2008年08月31日

WINGER「HANGIN ON」

うぃんがーばとる.JPG

お〜しゃんれ〜ん.JPG
8月も終わりですね....
なんだか、台風接近のニュースが流れていないのに、
集中豪雨が降りまくっています。
まさに、季節の移り変わりならではの天気ではないでしょうか?

とにかく異常気象により、極端な天気が続いた2008年…。
猛暑や暴風雨と気が休まらない時が多かったような気がします。
なので、外出が面倒くさいと思う日が多かったです。

そんな時に家でよく聴いているのが、OCEANLANEのニュー・ミニ・アルバム。
カバー・アルバムで、バラエティに富んだ内容になっています。
CD収録曲(全5曲)
01:Norwegian Wood (THE BEATLES)
ノルウェイの森/ザ・ビートルズ
02:Isn't She Lovely (STEVIE WONDER)
イズント・シー・ラヴリー/スティーヴィー・ワンダー
03:Smooth Operator (SADE)
スムース・オペレーター/シャーデー
04:House Of The Rising Sun (THE ANIMALS)
朝日のあたる家/ザ・アニマルズ
05:Crazy Train (OZZY OSBOURNE)
クレイジー・レイン/オジー・オズボーン

このブログ的には、5曲目の「クレイジー・トレイン」に注目かもしれないけど、
僕は、シャーデーのカバー「スムース・オペレーター」がお気に入り。
もう、この曲は原曲が大好きでしてね....。
夕方に川沿いを歩きながら聴きたい楽曲です。
「クレイジー・トレイン」も、力が抜けた心地よいアレンジで好きです。
OCEANLANEらしさが出ているのは、やっぱビートルズですけどね。
一昨日のキング・ダイアモンドの紹介のときに、
日本の若手ロック・アーティストに触れましたけど、
彼らも2001年デビュー・アーティストにして、楽曲センスが素晴らしい。
↓のポッドキャスティングで、ミニ・アルバム視聴出来ます♪


れぶび〜ち.JPG
さて、今日8月31日は、技巧派ギタリスト、レブ・ビーチの45回目のお誕生日…。
アメリカ・ペンシルヴァニア出身で、本名リチャード・アール・ビーチ・ジュニア。
多くのテクニカル・ギタリストが登場したメタル・シーンにて、
かわいい童顔であり、美貌のギタリストである。
現在ホワイトスネイクのギタリストとして、カヴァーデールに認められた実力派。
ホワイトスネイク加入前には、ジョージ・リンチ脱退後のドッケンの
リード・ギタリストとして活躍するなど、多くのバンドからラヴ・コールが来た、
シーンを代表するギタリストと言えよう。
そんな彼が彗星の如くシーンに登場したのが、やはり、ウィンガーでのパフォーマンス。
鼠と一緒.JPG
活動休止を繰り返しながらも2006年に復活したウィンガー。
昨年の2007年、ウィンガーはラットとジョイント・ツアーで来日。
なんだか、不釣合いなジョイントのような気がするが、
先輩であるラットン・ロールを凌駕する、テクニカルなステージを披露。

まもなく来日が控えているホワイトスネイクでは、
ダグ・アルドリッチにリード・ギターを委ね、
ウィンガーでは、驚愕のプレイでリード・ギタリストとしての存在感を出し、
マルチな展開で活躍中のギタリスト、レブ・ビーチ。
お誕生日おめでとうございま〜す!!!

ウィンガーって.jpg
ってなワケで、今日はウィンガーをフィーチャーさせていただきます。

僕がアメリカ滞在時、MTVの「BEAVIS AND BUTT-HEAD」が大流行。
放送禁止地区まで出てしまった「DMC」ばりな過激なアニメでしたが、
このアニメに出るスチュワートと言う、いじめられっこが着ているTシャツが、
毎度ウィンガーのTシャツでした。
因みに、6月に紹介したロイヤル・ハントの時の
自分が着ていたTシャツはウィンガーでした(笑)
なんだか、スチュワートを見ると、自分に似ているような…
また、メタリカの「Nothing else matters」のPVで、
ラーズがキップ・ウィンガーのポスターに悪戯しようとするシーンがあった。

どうもウィンガーの存在はアイドル・バンドに見られがちだった...。
確かに、バレリーナ歴があるキップの回転ベース・パフォーマンスは笑えてしまう。
もしかするとレブ・ビーチの存在が、シーンに残れた要因なのか?
多分、映画「グローバル・メタル」のサム監督もウィンガーは軽視したハズ(笑)

いやいや!!彼らは、カッコ良いバンドですっ!!!
そんなワケで、レブ・ビーチが存在感を遺憾なく発揮した、
ウィンガーのデビュー・アルバム、「WINGER」をピックアップ!!!

勝つんがぁー.JPG
このブログで、エイジア、コントラバンドとスーパー・バンドを2組紹介したが、
このウィンガーも、実績のあるプレイヤーが集ったスーパー・バンド。
右からレブ・ビーチ、キップ・ウィンガー、ロッド・モーゲンステイン、ポール・テイラー。

履歴書.JPG
ウィンガー結成は、キップ・ウィンガーとレブ・ビーチが、
トゥイステッド・シスターズの5thアルバム「Love Is for Suckers」に
ゲスト参加したのがキッカケ。
当時、キップはKIXの「Midnite Dynamite」の収録曲、
「Bang Bang (Balls of Fire)」を提供したり、
アリス・クーパーのバンドで活躍した、スタジオ・ミュージシャン。
レブ・ビーチもまた、ハワード・ジョーンズ、チャカ・カーン、ビージーズと、
幅広いアーティストたちのアルバムに参加したギタリスト。
そんな二人が、トゥイステッド・シスターズのアルバム参加で出会い、
お互い意気投合し、“サハラ”と言うバンドを結成させる。

スタジオ・ミュージシャン同士の二人の人脈により、
現ディープ・パープルのギタリスト、スティーヴ・モーズと共に、
ディクシー・ドレッグスで活躍していたドラマー、
ロッド・モーゲンステインを迎え入れ、
キップのアリス・クーパー時代の盟友であり、
トミー・ショー・バンドの元メンバーでもあったポール・テイラーが参加。
隠れ文字?.jpg4人編成の“サハラ”が誕生するが、
既にサハラと言うバンドが存在したため、
バンド名をウィンガーへと変える。
1stアルバムのジャケット右下に、
SAHARAの文字があったりする。
もし、レブ・ビーチが、
イングウェイやインペリテリのように、
自己主張強いギタリストだったら、
バンド名はビーチだったのか?!

勝つがぁーA.jpg
1988年、アトランティツク・レコードから、
名プロデューサーであり、キップとレブを発掘したボー・ヒルの下、
デビュー・アルバム「WINGER」が完成!!!

1stシングル・カットは「Madalaine」。
心地よいアメリカン・ハードロック・ナンバーであり、
レブ・ビーチが魅せた、加速力ある独特のタッピング奏法を展開。
ビルボード・チャート初登場27位を記録。
続く2ndシングルは「Seventeen」。
「Madalaine」よりも、ポップ性を増したナンバーであるが、
レブ・ビーチの歴代ギター・テクNo.1なプレイを聴かせてくれる。
高速ピッキングから、強引なまでのチョーキング…
そして、レブ十八番の縦横無尽に展開するタッピング。

HR/HM楽曲の和訳と言えば、西森マリー氏。
彼女が訳した「Madalaine」と「Seventeen」が、今読むと笑えてしまう。

「Madalaine」のサビ♪
マッドレイン
こんなタフな愛はボクには抑えられない
マッドレイン
あのコは要注意
心の痛みにご用心

「Seventeen」のサビ♪
アタシはまだ17才だけど
アンタが体験したこともないような愛を
おしえてあげるわ
あのコはまだ17才
パパはまだ子供だというけど
そんなことはない オレにはピッタリさ

こりゃあ、メタリカにバカにされてしまうよね(笑)

1988 へあーめたる.JPG
とは言え、親しみやすい楽曲でウィンガーのデビュー作は
1988年プラチナム・ディスクを獲得。
とにかく、1988年は俗に言う“ヘアー・メタル”、または“グラム・メタル”全盛期。
この頃のチャートには、必ずやハードロック・アーティストがチャート・イン。
ハードロックの安土桃山時代と言ったところか....
大御所と新人がひしめき合うシーンの中で、
ウィンガーは、音楽性とレブのギター・テクが話題となり、
ナイトレンジャーのような位置づけで、他バンドと差別化されたかも。
そして、1stアルバムが発売されて、1989年を迎え、
彼らは3枚目のシングル「Headed for a Heartbreak」を発表。
このPVを、「ベストヒットUSA」で初めて観て、
翌日、即効友&愛に行ってレンタルしましたね。
ポール・テイラーのキーボードをフィーチャーしたミドル・バラード。
ビルボード・チャート19位を記録し、彼らを代表するナンバーとなった。

この曲の注目すべきは、やっぱ曲後半の1分以上のレブのソロ。
泣きのフレーズと、スペーシーなタッピングが曲に空間を生んでいる。
スティーヴ・ヴァイと同じく、レブ・ビーチもIbanezeプレイヤーだが、
ヴァイとは違ったレブ独特の音色を奏でています。
また、ロッド・モーゲンステインのスローな楽曲なのに、
なんとも複雑なリズムも刻んでいるのが凄いです。
こんな楽曲は、ブリトニー・フォックスにも、ウォレントにも、
はたまたラットにも、ボン・ジョヴィにも生まれない、
ウィンガーならではの楽曲と言えるかもしれない。

シングルカットされてはいないけれど、
このアルバムには、ジミヘンの「PURPLE HAZE」のカバーが収録。
この曲のみ、故フランク・ザッパの息子、ドゥイージル・ザッパが、
サイドギターとして参加し、レブとギター・バトルを展開している。

さて、そんな僕ら世代には、
当時、話題性高かった彼のデビュー・アルバムからのピックアップは、
あれっ?VAN HALEN?って一瞬思ってしまう
爽快なアメリカン・ハードロック・チューンexclamation×2「HANGIN ON」exclamation×2

まだまだ暑い日は訪れるだろう9月初旬…
海岸線を、この曲を聴きながらドライブしたくなってしまいます。
出だしからレブのテクニックが火を吹き、
ラストはロッドのドラム・テクニックが炸裂する、
テクニシャン集団ウィンガーならではの秀逸なナンバーです。
調べてみたら昨年のラットとのライヴでは、この曲は披露しなかったみたい。
2001年に発売されたベスト盤にも収録されていないし...
すげぇーカッコイイのになぁ...

また、今回の「HANGIN ON」に、レブ・ビーチが参加した、
オムニバス・アルバム「GUITAR BATTLE」に収録されている
ビートルズの「Abbey Road」収録曲「Something」を、
ギター・インストでカバーした楽曲をリミックスさせました。

夏の終わりにピッタリな、緩やかに、軽やかに
ジョージ・ハリスンが歌う原曲の良さを維持した素晴らしいインスト。
アル・ピトレリ、ブラッド・ギルズ、スティーヴ・モーズ、
マイケル・リー・ファーキンス、ジョン・ペトルーシ、
そしてレブ・ビーチの6人が、交互にギター・テクを披露した、
このアルバムのみ聴ける「Something」です。

asato with cheaptrick.JPG
諸事情などがあって、更新が大分遅れちゃいました。
さてさて8月が終わってしまいました。
思えば、今年の夏は飲みまくっていた夏だったので、
8月下旬あたりから、体調が不安定でした。
そんな不安定な身体を解消させるために、
「養命酒」を飲むようにした自分です(笑)

改めて、「養命酒」ってお酒なんですね!!!
「当たり前だろ」っと、色々な方から突っ込まれましたが、
僕は「お酒」という認識が無かったので、
今更ですが驚いております。
「養命酒」を飲むようになってから、
人間の体ならではの自然治癒能力、
そして男性ならではの衝動が起きている自分です(笑)
よっぽど身体が毒されているんでしょう....
posted by 佐藤朝問 at 01:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

KING DIAMOND「AT THE GRAVES」

KD&MF.JPG

HBD.JPG
今週の火曜日で、35回目の誕生日を迎えました。
四捨五入したら、四十っすよ.....
まったく早いものです。
十年前を振り返ってみても、既に社会人だったワケですから、
年輪を刻み続けた大人の仲間入りだなぁとつくづく思います。

かの、織田信長公が詠った、
「人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり」。
彼が愛した、能の「敦盛」であり、明智光秀の謀反「本能寺の変」にて、
自刃する前に、炎に包まれながら詠った事でも有名です。

織田信長が上洛、足利政権であった室町幕府を終焉させたのが、
ちょうど、彼が35歳ぐらいの頃。
彼の上洛により、中世と近世の区切りが生まれたそうです。
彼が詠う“人間五十年”にて、最も勢いのあった歳であったような気がする。

あのハリウッド俳優、ハリソン・フォードは、
往年の名作「スター・ウォーズ」のハン・ソロ役を射止めたのが35歳の頃。
また、ケヴィン・スペイシーは、ブライアン・シンガー監督作品、
「ユージュアル・サスペクツ」、デヴィッド・フィンチャー監督作品「セブン」など、
話題作に立て続けに出演したのが35歳の頃。
そんでもって、ジョージ・クルーニーも、
「フロム・ダスク・ティル・ドーン」で本格的にハリウッド進出したのが35歳...

男が惚れる「男」たちのバイオグラフィーに、35歳と言うのは、
人生の分岐点であり、努力が実り、開花する時なのかもしれない。
僕も頑張らなくてはと、つくづく思う次第でございます。

そんな僕に、各現場でいただいた、面白いプレゼントが↑の写真です。
ありがとうございました。
「B型 自分の説明書」は本当に面白い本でした。

さてさて、すっかり日本を席巻してしまった「デトロイト・メタル・シティ」。
遂に、その「DMC」が実写映画化され、先週公開されました。
今週の映画ランキングでは、「ポニョ」の首位には及ばなかったものの、
初登場2位を獲得し、幸先の良いスタートを切った作品。

メタル・ファンのみに支持されていては、こんな快挙は成し得られません。
連日の映画公開前のイベントの盛り上がりを見る限り、
メタルには縁遠そうな男性、女性たちを虜にした作品のような気がします。
とは言え、メタルを経てきた僕らからしても、
大爆笑必至であり、こんなバンドいたなぁ...みたいな見解が出来る。

おまけに、主人公のヨハネ・クラウザーII世の根岸君が本当に愛している、
渋谷系ポップは、フリッパーズを経てきた僕ら世代ドンピシャだし。

もし、「DMC」は好きだけど、DMCのようなバンドは知らないと言う方へ、
今回のメタル無頼漢はフィーチャーしていこうと思う。
そしてピックアップ・アーティストは、勿論彼らしかいない!!!

デンマーク出身のキング・ダイアモンド!!!!
DMCのようなデス・メタル・バンドではないが、
後のメロディック・デス・メタル、そしてブラック・メタルに
多大なる影響を与えた、1985年デビューから、
今もなお、その強烈な存在感を放つ偉大なるアーティストである。

そのキング・ダイアモンド、1989年発表の4thアルバム
「Conspiracy」をピックアップ。

DMC@.JPG
2005年から、「ヤング・アニマル」で連載が開始された「デトロイト・メタル・シティ」。
とにかく、卑猥極まりない作風により、男臭さ漲る漫画ではあったが、
急速にファンを拡大し、様々なメディア・ミックスが進み、
連載3年目にして、実写映画化までいった、まさにスラッシュ・メタルのバッキングの如く、
たたみかけるよな展開で成長していった異例な作品と言える。

調べてみると、原作者である若杉公徳氏は、メタラーではないらしく、
メタラーではない視点ならではの、「デス・メタル」を描いたことにより、
幅広いファンを獲得したのではないだろうか??

ハロルド作石先生の「BECK」、矢沢あい先生の「NANA」など
ロック・バンド結成から追ったバンド漫画が注目されたが、
僕ら世代からすれば、「イカ天」などのバンド・ブームが、
テレビなどで大きく取り上げられていた時代だっただけに、
“バンドをやろうぜ”と思う気持ちを奮い立たせてくれるメディアが、
今のテレビや雑誌などを検証しても、当時に比べると少ないような気がする。

とは言っても、最近の日本のバンドたちのクオリティの良さはハンパじゃない。
末恐ろしい若手たちが、どんどんシーンを賑わしている。

RADWIMPS、9mm Parabellum Bullet、チャットモンチー、
the band apart、マキシマムザホルモン、ELLEGARDEN、
キャプテン・ストライダム、オレスカバンドなどなど....

またSUPERCAR、くるり、ハイスタを中心としたPIZZA OF DEATH系列アーティスト、
アジカン、サンボマスター、銀杏BOYZなども僕世代からすれば、
ニューカマーとして注目したバンドだったような気がする。

まさに、群雄割拠な日本のロック・シーンにおいて、
存在感をガツガツ見せようとせず、マイペースな展開で、
己の音楽を発信するバンドが多いような気がする。

それに比べて、僕らは、ビジュアルやテクニックを前面に押し出そうとする、
バンドやグループに注目してしまった世代な気がしてならない。

本家悪魔ロック.jpg
“不良の音楽こそ、ロック”のようなアイデンティティ、
そして女の子から黄色い声援をもらいたいと言う、男ならではの願望、
そんなキッカケから生まれた「ロック道」は、もう時代遅れなのかも....。
そんな時代遅れで不器用なフレーバーが、
今回の「DMC」に面白く描かれていることにより、話題を生んだのでは?

もし「DMC」の事を始めて知る僕ら世代がいるならば、
真っ先に聖飢魔IIや筋肉少女帯などを思い浮かんでしまうかも....。
若い世代からすれば、聖飢魔IIは、KABUKI ROCKSと同類扱いされる、
コスプレ・バンド、コミック・バンドのように軽視してしまうのでは?

今でも聖飢魔II、筋少大好きな自分としては、
“オマエら、彼らをバカにするなよ!!!”っと叫びたくなるかもしれないが、
この日本のロックの急激な向上を目の当たりにすると、
そんな投げかけも出来なくなってしまう自分がいる。

あさと作くらうざー.JPG
熱いロックが激減し、洗練されたロックが日本ロック・シーンの土台になった昨今にて、
「DMC」を漫画の世界ならではの笑えるバンド物語として読まれる事により、
僕が好きだったバンドは、「漫画の世界だけでいいよ」って言われてしまうのかも。

そして、この流れがメタル・シーンの衰退を生み、
一部のマニアにしか受け入れらないヲタクな音楽扱いをされちゃうんだよね。
まぁ、この流れに対しては、憤りなんかは感じませんけどね。
音楽シーンなんて、そんなものです....。

このブログも、そんな時代遅れな楽曲を振り返ることにより、
メタルの滑稽さや、カッコ良さなどの多面性を紹介する事により、
好きな人には、懐かしんでもらえればいいし、
メタルを知らない世代には、へぇーーって言ってもらえればと思う。

そして今回のピックアップ・アーティストは、
何事にも冷め気味な若い人たちにも、「DMC」のように興味を持ってもらえる
バンドなんじゃないかな??

KD@.JPG
ねっ?!
もう、写真からバカっぽいでしょ??(笑)
でも、すっごく楽しそうなところが、この頃のバンドの良さなんだよね。
ニコニコ顔で中指を立てるところが、ドン引きポイントであり、
「DMC」を髣髴させているような気がしてならない.....(笑)
中学時代の修学旅行で、意味を知らずに中指を立てた写真があるんだけど、
今見ると、ため息が出てしまうほど後悔しています(笑)

さて、改めて、紹介すると彼らの名はキング・ダイアモンド。
奥に並んでいる心霊写真のような男がキング・ダイアモンド様(笑)
パンフルートをも使いこなすキング・ダイアモンドは、
ホワイトフィッシュ、ブラック・ローズというバンドで活動を経て、
ブラッツというバンドで活動していたギタリスト、ハンク・シャーマンと出会う。
そして、デンマーク、コペンハーゲンで1980年、マーシフル・フェイトが誕生した。

MF.jpg
1980年から1985年まで活動したマーシフル・フェイトも、
最初っから、クラウザー全開のキング・ダイアモンドではなく、
写真のように、レザー・ジャケットにハーレー大好きで、
ジャック・ダニエルを飲んでそうなオッチャンみたいな風貌(笑)
今年の3月に紹介したアリス・クーパーも、ネジが一本づつ抜けてしまったかのように、
人格と風貌が徐々にサタニックへと変貌してしまった....。
まさに、根岸君がクラウザー化してしまったような(笑)
まぁ、↑の写真のままだと、人数の多いモーター・ヘッドに見られがち(笑)

とにかく、キング・ダイアモンドの恐怖を感じさせる高音ボイス、
そしてオカルトな世界観と、NWOBHMならではのメロディー・ラインが、
極上にブレンドされたマーシフル・フェイトならではの楽曲。
また、ハンク・シャーマンと言うテクニカルなギタリストを擁していたのも、
彼らのバンド成功のひとつかもしれない。

1992年に再結成したマーシフル・フェイトであるが、
1985年に、ハンク・シャーマンを除くメンバーたちで、
もっと悪魔的サウンドを追求したバンド、キング・ダイアモンドを結成する。

こえーばんど.JPG
振り返れば、キング・ダイアモンドの登場により、
ルックスが怖いバンドは続々と現れたものだ.....。
コミカルな風貌にも見えがちなキッスだって、小さな子供から見れば大泣きだろう。
「DMC」のヨハネ・クラウザーII世は、「サツガイ」、「レイプ」などの決めセリフで、
攻撃的&破壊的要素が強い風貌の持ち主。
当時のL.A.メタル全盛期のモトリーやW.A.S.Pのような存在に近いかも。

しかし、グウォーを筆頭に、スリップノットやローディーと言った、
楽器のメンテナンスよりも、特殊メイクのほうが金が掛かるのでは?
っと、変な心配をしてしまいたくなる、強烈なバンドもいる。

彼らは、他のバンドを圧倒させる差別化を図ったパフォーマンスではなく、
何か人間的に、ちょっと壊れてしまったような人種が集まったバンドかも。
そんな彼らには、DMC信者ばりな熱狂的ファンがいる。
3年前のサマーソニックに行った時、一台のワゴンから、
スリップノットのコスプレ集団がゾロゾロ出てきたときはビビりましたよ(笑)
あと、この暑い中、大変だなぁって思いました(笑)

まぁ、もっとヤバかったのが、生きた鳩や蝙蝠を食いちぎったオジーだけどね(笑)

KDA.JPG「こんな俺とバンドやらない?」なんて、
←のような顔で言われても誰もが拒むハズ(笑)
しかし、昨年までに12枚のアルバムを発表し、
メンバー・チェンジなども繰り返しながら、
今もなお、その存在感は健在であり、
メタル・シーンに残してきた功績は絶大。
デンマーク出身と言えばプリティ・メイズと言う
イメージがあるが、彼らの名が浮かばないのは、
それだけ、デニッシュな雰囲気を消し飛ばす、
大御所オーラがほとばしっているからかも。
とは言っても、ルックスが損している…。
中学時代の僕は、この風貌で聴く事を拒絶!!(笑)
しかし、聴いてみたら、メイデンやプリーストを髣髴させるメタル・バンド!!!

そんな「DMC」に因んでピックアップしたキング・ダイアモンドの
ピックアップ・ソングは、4thアルバム「Conspiracy」のオープニングを飾った曲、
トータル8分強の壮大なるナンバーexclamation×2「At The Graves」exclamation×2

このアルバムにより、キング・ダイアモンドはメイクを変更した。
なぜなら、映画「デトロイト・メタル・シティ」にも出演した
大御所キッスのジーン・シモンズから怒られちゃったから(笑)
そのせいか、このアルバム・ジャケットは、
キング・ダイアモンドの強烈な表情がドーーンとデザインされていて、
まるで、「ジーンさん、コレでイイっすか?」っと投げかけているみたい(笑)
キング・ダイアモンドさえも震え上がらせるジーン・シモンズと対峙した、
松山ケンイチ君演じるクラウザーII世の迫真の演技は見物かも(笑)

まぁ、メイク変更と言うより、顔が汚れているみたいなキング・ダイアモンドだが、
「At The Graves」で聴かせてくれるサウンドは最高です。
ドラマティックな構成の楽曲に、高音&低音を巧みに歌いこなす、
キング・ダイアモンドのヴォーカル・パフォーマンスが凄い!!!
マイケル・デナーとアンディ・ラ・ロックのツイン・ギター・プレイ中に、
ツェッペリンの「移民の歌」のフレーズが盛り込まれたりと、
遊び心がありながらも、転調を繰り返すギター協奏曲は寒気モノです。

今回は1992年に再結成したマーシフル・フェイトのアルバム
「In the Shadows」に収録されているインスト・ナンバー
「Room of Golden Air」とピックアップ・ナンバー「At The Graves」を繋いだ、
METAL無頼漢オリジナル編集で楽しめますんで、放送のほうもお楽しみに!!!

asato with L.A.Guns.JPG
ちょっと更新が遅れ気味でして…。
さてさて誕生日を迎えまして、不思議なものをいただきました。
懐かしいのが、ファミコンのソフト「ソンソン」。
横スクロール式で「マッピー」のようなゲームですよね。
あと、「URUMA」という沖縄オリジナルの煙草。
そして、「へこたれへん」&「どM」と言うライター。
皆さん、どうもありがとうございましたぴかぴか(新しい)

さて僕の誕生日が訪れたときは、もう夏の終わりです。
「24時間テレビ」が放送されたり、高円寺の「阿波踊り」があったり、
ラジオでは山下達郎さんの「さよなら夏の日」が流れたり…。
そんなノスタルジックになってしまう時期なのに、
なんだか天候が不安定ですよね....。
猛烈な豪雨が降ったりと、なんだか、いつもの夏終盤じゃないです。

みなさんにとって、どんな夏でしたか??
(キング・ダイアモンドを紹介してからのコメントじゃないね(笑))
posted by 佐藤朝問 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月22日

SEPULTURA「Stronger Than Hate」

らとぅるぱせ.JPG

5ブリン.JPG
サマソニ、ライジング・サンなど、猛暑の中での怒涛の夏フェスが終わり、
オリンピック日本代表の大活躍により、
日本中が心地よい残暑の候を迎えているカンジです。
夏って言うと、ホラー映画、怪談話などが盛り上がる時期でもあります。
今年も色々な番組で、心霊映像や恐怖ビデオなどが公開されたようです。
昨年の夏、僕も心霊写真を題材にした心霊写真25枚を紹介した番組
ナレーションをさせていただいたことがありました。
僕が尊敬するナレーター、鈴木英一郎さんの
「奇跡体験アンビリバボー」で聞かせてくれる、鋭利な刃物のような
恐怖を倍増させる、あのナレーションを意識して原稿を読みました(笑)

「お気づきになられただろうか??」

「それでは、もう一度・・・」

思えば、その現場に立ち会ってくれたマネージャーが、
仕事を終えた僕の背中に塩をかけてくれたのが思い出深いです。
因みに、我々ナレーターがナレーションを収録する際に入る、
ナレーター・ブースと呼ばれる防音の部屋には、
結構、怖いエピソードがスタジオによってはあります。
もう、今は無くなってしまったスタジオですが、
そこのブースに限って、息苦しくなってしまった経験はありました。

正直な話、若かりしころは、心霊スポット、廃墟、樹海などに行ったものです。
元々、僕の実家である鎌倉が、そういった肝試しとなるスポットが多く、
テレビなどで特集されていたこともキッカケかもしれません。
おまけに、ホラー映画も大好きなので、捻じ曲がった性格かもしれません...(笑)

さて、サウンドで恐怖を倍増させてくれたバンドと言えば、
やはり、イタリアのプログレ・バンド、ゴブリンじゃないでしょうか?
ホラー映画の巨匠ジョージ・A・ロメロ監督作「ゾンビ」、
そして、ダリオ・アルジェント自らが監督した「サスペリア」。
この2作品で聴かせてくれたゴブリンの世界は、「迫り来る恐怖」、
「戦慄の恐怖」、「絶望の世界」です。
どことなく浮遊感のあるスペーシーなサウンドなのに怖い(笑)
また、全編おどろおどろしい楽曲ではないところも、
彼らのミュージシャンとしてのポテンシャルが伺えます。

今回の2枚においてメタル・ファンにお薦めなのは、
やっぱ「ゾンビ」のサントラに収録されている「ザラトゾム」。
キング・クリムゾンっぽいし、スコーピオンズっぽくも聴こえます。
まぁ、メタルじゃないけど「サスペリア」の「Sights」を
深夜寝る前に聴いてみてはいかがですか??
不気味な囁き&うめきが、暑くて寝苦しい夜を、一気に涼しさせるかも(笑)
「ソンビ」のテーマ曲は、ちょっとキース・エマーソンの「幻魔大戦」に似てます(笑)

さてさて、ホラー映画の話はココまでで、
今回のMETAL無頼漢は、明日公開する映画「グローバル・メタル」をフィーチャー。
2006年に公開されたメタル・ファン必須映画
「メタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー」のサム・ダン監督が贈る、
メタル・ドキュメンタリー映画第二弾です!!!

第一弾である「メタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー」にて、
メタルのルーツを紐解いたサム・ダン監督。
そんな彼が、今度はワールドワイドにグローバル化していったメタル・シーンを、
彼自身がその目で確かめようと、ブラジル、日本、中国、インドに出向き、
英語圏ではない国のメタル事情に潜入した渾身のドキュメンタリー。

「メタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー」の衝撃をもう一度…
そんな、メタル・ファンの夏を、更に激熱にしてくれる「グローバル・メタル」。
そんな話題作における、METAL無頼漢ピックアップ・アルバムは、
映画内でも、サム監督自身が大ファンだと自負していた、
ブラジリアン・スラッシュの先駆け、セパルトゥラの1989年発表の3rdアルバム、
「Beneath the Remains」をフィーチャー!!!!!

GM@.JPG
生活水準が低い若者が聴く、野蛮な音楽だと、当時罵倒され続けたMETAL。
将来性のない若者が聴く音楽で、社会を破滅へと導くともまで言われていた...
そんな、毛嫌いされるMETALを、大学で人類学を学んだサム・ダン監督が、
自身がメタル・ファンである情熱を糧に、メタルのルーツを紐解いた映画、
「メタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー」が公開されたのが2006年…
先日紹介させていただいた映画「テネイシャスD」で、
ジャック・ブラックが高らかに歌い上げた「メタル死せず」を
題材にした映画と言っても過言ではない....。
この映画が、海外でどう評価されたのかは解らないが、
“情報武装してこそ、メタルを楽しめる”
っと言うモットーを持つ、日本のメタル・ファンにとっては、
まるでライナーノーツを読んでいるかのような映画構成に、
思わず、メモ帳に書き留めたくなるような内容が
「メタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー」には散りばめられていた。
“ルーツを聴かずして、音楽を語るなっ!!!”
そんな、メタル愛を超越した、アナログ気質なメタル馬鹿が、
僕を含めて、日本には多いのではないか??

いささか偏りのある構成ではあったにせよ、サム監督のメタルに対する熱意は、
髭男爵で言うならば、「オマエ、やるじゃないかーーーい」って賛辞を送りたくなる。

手応えを感じたサム監督は、またもや知られざるメタル・シーンを紐解く事を決意!!
満を持して完成させた、鋼鉄ドキュメンタリー第二弾、「グローバル・メタル」。

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脚本/監督/製作 SAM DUNN サム・ダン(写真左)
イギリスのストラウドに生まれ、
カナダのブリティッシュ・コロンビア州ヴィクトリアで育つ。
ヴィクトリア大学で人類学と歴史の博士号を取得し、
その後ヨーク大学で社会人類学の博士号を取得。
現在、カナダのプログレ・バンド、ラッシュのドキュメンタリー映画を製作中。

脚本/監督/製作 SCOT MCFADYEN スコット・マクフェイデン(写真右)
カナダのミシサガに生まれヴィクトリア大学で脚本を学び、
数々の映画やテレビ作品で音楽監修および
サウンドトラック・プロデューサーをも務めてきた。

GMC.JPG
この最新映画をいち早く観れたのも、毎度ながら伊藤P氏のお陰です。
振り返れば、「テネイシャスD」の試写会と同じ日でのダブル・ヘッダー!!!
メタル・ムービー三昧だった日である(笑)
弟さんが生粋のメタラーだと言う、フリーディレクターのSさんも同席。
試写会会場は、スタッフの皆さん、そして観客の方たちは、
みーーんなメタルTシャツを着ていたのにビックリ!!!
伊藤P氏が、試写会の内容を内緒にしていたので、普通の服で行ってしまった。
僕も、サム監督が着るデス・エンジェルのTシャツに負けない、
骨太スラッシュ・アーティストのTシャツを着て、出向きたかったです(笑)
会場が銀座だったので、少々気が引けたかもしれないけど…

そんな経緯もあって、「ドラゴンキングダム」以来の、METAL無頼漢・映画コラボ!!
配給&宣伝のB.B.B様から、メタル魂踊る写真を提供していただいた。

GMD.JPG
映画「グローバル・メタル」、タイトル通り、メタル・シーンが世界各国に、
どれぐらい、グローバルに波及しているのか?を追求したドキュメンタリー。
ブラジルを皮切りに、日本、中国と主にアジア諸国を巡った、
過酷なドキュメンタリー映画である。
なんと言っても、我が日本でのサム監督の密着ドキュメンタリーは必見かも。
日本を拠点にしたマーティ・フリードマンや、ご存知伊藤政則氏、
そしてX-JAPANのYOSHIKI氏などに、
日本のメタル・シーンについてインタビューを敢行していく。
日本のメタル・フェスの現状、いかにして日本にメタルが普及したか?
日本産オリジナル・メタル・バンドの存在などなど、
サム監督ならではの、欧米人っぽい視点に少々、苛立ちを覚えるかもしれないが、
どの国にも負けない、メタル愛が育まれた国であることが描かれている。

まぁ正直に言うならば、“ノーと言えない国”と呼ばれる日本らしい、
自国のアイデンティティに欠けているが故の情報過多なグローバル化が、
日本のメタル普及化を生んだようにも見えてしまう。
正月に初詣に向かい、お年玉をもらって、各国の料理が堪能できて、
各国の音楽や映画に触れられ、そしてクリスマスを祝っちゃう日本だからこそかも。

サム監督の巡礼地であった中国やイスラエルなど、
宗教や文化による壁などで、メタルの間口が狭い国の現状を知れば知るほど、
いかに日本という国が情報に恵まれているか、
そして欧米化が進んでいるかが露呈されてしまう。

だけれども、日本のメタル愛は世界一ではないか?っと、
どの国よりも負けねぇ!!って思ってしまう気持ちも出てしまい、
非常に皮肉でシニカルであり、かつ、欧米に憧れているイエローモンキーなのか?
っと考えさせられてしまう映画でもある。

ちょっと話が逸れてしまうが、
僕が父親の転勤により、家族でアメリカに渡ったときが1990年の夏…。
英語を極めよう!!、異国の文化を知ろう!!などと言う、
「留学」と言うような目的でアメリカに渡ったワケではないので、
実に冷静に、当時のアメリカ文化を垣間見えたような気がする。
当時僕が17歳を迎えるときで、アメリカン・ハイスクールに通い始めて思ったのが、
当時のアメリカの高校生は、まだまだCDなど買える身分ではなかった事を思い出す。

ほとんどの生徒がラジオを録音したテープで音楽を堪能し、
MTVで最新音楽を知ると言う状況…。
でも、MTVもペイパビュー・チャンネルだけに、
ペイパビューに加入していなければ、MTVすら観る事が出来ない....。

また、当時は湾岸戦争勃発の時期で、
アメリカが世界のリーダーと自負していた時であり、
他国の文化に触れるようなグローバルさがアメリカには無く、
アメリカン・ミュージックが最高と謳っていた時のようにも思える。

何が言いたいのかと言うと、非常に情報が乏しいのである。
日本人を見る目も偏りがあり、
音楽に関しては、ルーツを遡ろうなんてしない。
インターネットなんて存在しない時なので、当然かもしれないが、
やはり情報を入手できるコンテンツが日本に比べて乏しく、
固定観念が肥大していた時期だったような気がしてならない。
でも、そんな情報乏しいが故だからこそ、
爆発的なムーヴメントが生まれるのもアメリカならではなんだけど。

そんな思い出があるせいか、サム監督とほぼ同世代の自分だけに、
彼の視点が、僕がアメリカ在住時のアメリカ人とシンクロしてしまう。
そんな性格だからこそ、スラッシュ・メタルは認めるが、
エクストリーム、ラットや、ドッケンは認めない....
みたいな演出が映画に出てしまうんじゃないか?って思う。
メタル文化のグローバルを追求しても、
監督自身が、メタルの音楽そのものにグローバルでは無いんだよね....。
グローバルなメタルの視点を語れるのは、
もしかすると、映画内で「日本にはタブーがない」っと言う見解を持つ
マーティ・フリードマンなのかもしれないね。

GMB.JPG
ちょっと、映画批判っぽくなってしまったが、
日本人の僕ぐらいの30代って音楽シーンがどうだからとか、
あんまり考えず、純粋に知りたいと思う探究心により、メタルにハマったワケであり、
ぶっちゃけ言うならば、今のメタル・シーンは全く解らないので、
もうメタラーではない自分がいるし、過去の音楽に縋っているだけかも。
歳を重ねたことにより、メタルへのグローバルな受け入れが消失してしまったんだよね。

今の僕は、Perfumeってイイね...なんて普通に言えてしまうし(笑)
このブログは、当時の思い出を手繰り寄せているだけであり、
サム監督のように、“今のメタルは?”なんて探究心は、
これっぽっちも無い自分がいるだけに、彼の映画化への情熱には、尊敬の意に値する。
そんな彼の情熱により、写真に写るメタリカのラーズや、スレイヤーのトム・アラヤ、
そしてメイデンのメンバーなどが、快くインタビューに応えるのではないか??

GME.JPG
この映画のクライマックスにて登場するのが、
メタル界のサザンオールスターズ?って呼ぶにも相応しい、
幅広い世代から愛されているアイアン・メイデン.....。
いやっ....全世界から愛されているモンスター・バンドなんだと、
この映画を観ると、改めて感じさせてくれる。
そして、はぁ....メタル信者で良かった...って心から思ってしまう。

GMF.JPG
今回の「グローバル・メタル」で、サム・ダン監督が特に取材に力を入れていたのが、
日本ではなく、やはりブラジルだったのではないかと思う。
監督自身も映画内で、セパルトゥラにハマった事を語っている。
元セパルトゥラ、現ソウルフライのヴォーカリスト、
マックス・カヴァレラのインタビュー、アングラのメンバー、
そしてロック・イン・リオを体感したメタラーなどの肉声を取材し、
ブラジルの国内で起きた、「メタル」と言うビッグ・バンの経緯のドキュメンタリーが、
実に面白く描かれており、正直日本の取材よりも胸躍ったような気がする。

南米に海外アーティストがライヴすることの無かった80年代にて、
1985年に記念すべき、ロック・イン・リオが開催され、
1日あたり15万人のロック・ファンが集った伝説のライヴ....
クイーン、AC/DC、スコーピオンズ、ホワイトスネイク、メタリカ、
アイアン・メイデン、オジー・オズボーン....。
考えられないほどの豪華な顔ぶれだった1985年のロック・イン・リオ...

この衝撃を目撃した若者たちが、メタル愛を育ませ、
そしてセパルトゥラ、ヴァイパー、アングラなどが誕生した。
カヴァレラが1992年の第二回ロック・イン・リオのステージに、
セパルトゥラとして立った思い出を語るシーンが印象的である。

ってなワケで、今回のフィーチャー・アーティスト、セパルトゥラへ....

らとぅすぱせA.jpg
ふぅ....もう疲れたぁぁ....
さて、セパルトゥラは、ブラジル南東の都市ベロオリゾンテで、
マックス・カヴァレラ、イゴール・カヴァレラの兄弟を中心に結成。
“セパルトゥラ”とはポルトガル語で「墓」を意味し、
マックス・カヴァレラが、モーターヘッドの1983年発表の7thアルバム
「Another Perfect Day(邦題「悪魔の化身」)収録の
「Dancing on Your Grave」からヒントを得て、バンド名に決めたんだそうだ。

当初のメンバーは、ギター:マックス・カヴァレラ、ドラム:イゴー・カヴァレラ、
ヴォーカルは、後のサルコファゴのヴォーカリスト、ワーグナー・ラモーニア
ベーシストはパウロ・ジュニアの4人編成。

1985年マックスがヴォーカルを担当し、ギタリストにジャイロ・Tを迎え、
5曲入りのミニ・アルバム「Bestial Devastation」を発表。
グラインド・コアなサウンドを展開していたが、
当時の彼らは英語詞を書くことが出来なかった為、
当初はポルトガル語で歌詞を書き、友人に英訳してもらっていたそうだ。
そりゃそうだ、なんてったって、この時マックスは弱冠16歳だったし(笑)

当時のマックスはヴェノムを、こよなく愛しており、
ヴェノムのようなサウンドを追求していたが、
まだまだセパルトゥラ・サウンドは未完成だった。
しかし、前述で触れた、ロック・イン・リオのブラジル・アーティスト枠に、
幸運にもエントリーされ、大観衆の前でティーンとは思えないステージを展開した。
翌年の1986年にフル・アルバム「Morbid Visions」を発表。
前作と今作、非常に音が悪く、正直酷いアルバムなんだけど、
1曲目収録のタイトル・ナンバー「Morbid Visions」は、
オジーの「TRIBUTE」のオープニングでお馴染み、
メタル・アーティストが大好きな、鬼気迫る臨場感のクラシック・ナンバー、
カール・オルフの「カルミナ・ブラーナ」を起用しちゃっている(笑)

らとぅるぱせB.jpg模索中だったセパルトゥラは、
どちらかと言うとデス・メタル時代…。
しかし、ジャイロ・Tが脱退した後に、
1987年発表の3rdアルバム「Schizophrenia」から、
サンパウロ出身の新ギタリスト、
アンドレアス・キッサーを迎え、
スラッシュ色溢れるアルバムに完成する。
収録曲「Inquisition Symphony」は、
7分を超えるインスト・ナンバーであり、
メタル・インスト・ナンバーとしては、
素晴らしい完成度であり、
アンドレアスのギター・テクが光まくり!!
このアルバムからロードランナーと契約し、セパルトゥラ始動の幕開けである.....

そして、今回のピックアップ・アルバム「Beneath the Remains」が、
2年後の1989年に発表される。
バンド・ロゴも、オビチュアリー、モービッド・エンジェルのような
毒々しさを一新させ、シンプルなバンド・ロゴへと変更。
じっくり作り上げた感があり、初期メタリカを髣髴させる、
スタンダードなスラッシュ・ナンバー満載の、彼らの大成功アルバム。
このアルバムの成功により、彼らはキング・ダイアモンドの
オープニング・アクトに抜擢され、アメリカで初ライヴを敢行する!!!

今回紹介した「グローバル・メタル」のオフィシャル・ホームページを見ると、
サム・ダン監督が着ているTシャツは、「Beneath the Remains」のTシャツ。

さて、「Beneath the Remains」からのピックアップ・ナンバーは、
exclamation×2「Stronger Than Hate」exclamation×2
とすしいえ.jpg
この楽曲は、フロリダ出身のテクニカル・デス・メタルの先駆け、
ATHEIST(エイシスト)のヴォーカリスト、ケリー・シェイファーが提供した楽曲。
たたみ掛けるバッキングとアンドレアスの早弾きが印象的な、
エイシストの提供楽曲だけに、テクニカルな展開が楽しめる1曲。
アルバム毎に、セパルトゥラが進化しているのが肌で感じられる。
曲終わりの不気味なベース・ソロが最高です。

asato with Cinderella.JPG
なーーんと!!!
配給&宣伝のB.B.B様
のご協力により、
今回紹介した映画
「グローバル・メタル」の
劇場招待券ペア2組4名様を
ココでプレゼントしちゃいます。
おまけに、
サム・ダン監督直筆サイン入り
マスコミ用プレスもセットです!!

劇場招待券は、申し訳ないのですが、
東京渋谷のアミューズCQNのみ観賞用です…。

しかし!!! クイズに答えてください。
では、問題です....

映画「グロ−バル・メタル」最後の写真で、
マックス・カヴァレラと一緒に写真に写るサム・ダン監督が着ている
Tシャツのアーティストは誰でしょう??


是非!!プレスが欲しいし、映画を観たい!!!って方は、
クイズの答え、メールアドレス、そしてお名前をココへ!!!
感想も書いてくれると嬉しいです。
締め切りは、8月31日(日)迄とします。
沢山のご応募お待ちしておりますひらめきひらめきひらめき

【注意事項】
・賞品の発送先は、日本国内に限らせていただきます。
・賞品の当選は発送をもって発表とかえさせていただきます。
【ご応募時に取得する個人情報について】
取得した個人情報は、管理者が責任をもって管理し、
当選者の抽選および賞品送付・付与のためのみに使用し、
第三者への開示や他の目的での使用はいたしません。
また、このプレゼントのために取得した個人情報は、
商品発送1週間後に消去いたします。


※先日のking-joeさん、カキコミありがとうございます。
長野から大阪....大変ですがライヴ楽しんで来てください。
マイケル・シェンカーの雄姿、観てみたいものです。
ツアーTシャツもカッコイイんだろうなぁ....

あっ、今回試写会で一緒だった伊藤P氏は、サム監督にインタビューされてます。
そして、映画の評論も....
是非、そちらもご覧ください。
≪伊藤P VS サム・ダン監督 3連発!!!!≫
台風伊藤P、日本を誤解しないでくれ!!!の巻
台風そのカット盤のほとんどはクズだったけどね…の巻
台風聖飢魔Uのアルバムに「0点」の巻
ばなーだ.jpg
posted by 佐藤朝問 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

THE MICHAEL SCHENKER GROUP「RED SKY」

マイシェン@.JPG

ツーリング@.JPG
久々にツーリングに行って来ました。
ロックにハマった者は、女の子にモテる為に、ギターを練習し、
煙草に手を出し、そしてバイクに憧れるものです(笑)
とは言え、大人になるにつれ、夏は暑いから、冬は寒いからと言って、
バイクから車へとシフトしてしまっていくのも正直あります。
特に今年の夏は猛暑の連続ですよね.....。
風を切って走るとは言え、それはそれは暑い暑いツーリングでしたよ。
今回3台でのツーリングでしたが、見事に3台ともタイプが異なるバイク。
右から、レーサー・レプリカのHONDA CBR600
真ん中は我が愛車、クラシック・タイプのW650
そして、アメリカンの王者、ハーレー・ダビッドソンのスポーツスター883
攻撃的、普遍的、絶対的の三種類が集ったカンジです。
ギタリストで言うならば、CBR600が、ポール・ギルバート、
W650が、リッチー・サンボラ、ハーレー883がザック・ワイルドってとこかな??

昨日の木曜日から本日までの1泊ツーリング。
目的地は、神奈川県厚木方面。
ご存知のように、ココ最近、天候が急変します。
案の定、東名川崎IC手前の稲城市辺りで、大雨に遭遇。
ジョナサンで雨宿りし、天気が回復してから、東名で厚木方面へ....。

僕以外の二人は、生粋のバイカーなので、ハッキリ言って、
彼らのスピードにはついていけませんふらふら
なので、厚木の出口で待ち合わせと言う事になったのですが、
僕が厚木の出口を見逃してしまい、そのままブーーーーーっと行ってしまう。
とっくに出口に着いて待っている二人は、
あまりの僕の到着が遅いのを心配してしまう。
結局僕は、厚木出口から14キロ先の秦野中井出口で降りることに…。
そして、待っている彼らを強引に、秦野中井まで呼び出し、
僕の失態により、出だしからドタバタのツーリングに。

今回のツーリングはノープランだったので、
現地で宿屋を見つけると言う、お盆真っ盛りだと言うのに、
極めて、危険度の高い1泊旅行だったのですが、秦野で素敵な素泊まりの宿を発見。

震生湖.JPG
朝4時まで、居酒屋→宿泊先でガンガン飲み、
朝10時から、バイクで出発。
秦野の地図で、ちょこんと小さな湖を発見したので、そこまで行きました。
秦野市街から、丘陵地帯のS字カーブをガンガン登った先にあった震生湖
その名の通り、関東大震災の時に、付近の丘陵が崩落し、
川筋と窪地が湖を形成したんだとか....。
緑に囲まれた、知られざる湖ってカンジで癒されましたよ。

ツーリングA.JPG
かれこれ10年以上付き合いの大学時代の悪友2人とのツーリング…。
ホワイトライオンの「Rader Love」のPVを意識しながら、
バイクを飛ばしていた自分ですが、二人の足を引っ張ってしまっていました(笑)

疾走感溢れるメタル&ハードロック大好きな自分ですが、
バイクの走りはバングルスの僕のブログ、本題に入ります(笑)
さて、まもなく来日が控えているマイケル・シェンカー。
ぶっちゃけ、またドタキャンするのでは?っと心配の方も多いのでは?
8月25日大阪なんばHATCH、27日愛知ダイアモンドホール、
28日、29日東京中野サンプラザの怒涛の4DAYSツアーが控えています。
ってワケで、チケット払い戻しが起きないことを祈って、
マイケル・シェンカーをピックアップさせていただきます(笑)

先月22日にコントラバンドをピックアップした際に、
マイケル・シェンカーに、ちょい触れましたが、今回はガツンと紹介。

ドイツのハノーバー近郊、サルステッド出身で、今年53歳のマイケル・シェンカー。
同世代では、アルフィーの3人、ジャッキー・チェン、エルヴィス・コステロ、
デンゼル・ワシントン、ジョン・トラボルタ、はたまた、安部元首相(笑)

HR/HMシーンでは、エディ・ヴァン・ヘイレン、ニール・ショーン、
アンガス・ヤングと、稀代のギタリストが名を連ねております。
同年代である三大ギタリスト&リッチー・ブラックモアが初代ギタリスト伝説で、
その次世代が、マイケル・シェンカー、エディ、アンガス、ニールって事だね。

スコーピオンズ、UFO、M.S.G、そしてソロ作品を振り返れば、
40タイトル以上、HR/HMシーンに発信してきたマイケル・シェンカー。
現在も飛翔伝説は継続中であり、幅広い世代を虜にしている。

そんな膨大なタイトルの中でのピックアップ・アルバムは、
MSGの4thアルバム「Built to Destroy」
(邦題「限りなき戦い」)


マイシェンA.JPG
とにかく、この方は美しいほどギタリストとして“絵になる男”である。
その出で立ちから奏でられる、極上のメロディ・ラインに、
ギター・キッズが衝撃を受け、後世に多くのギタリストを輩出したに違いない。
名機ギブソン社のフライングV、ディーン社のシグネチュアVモデル、
この二つこそが彼のトレードマークであり、
前かがみで、超絶テクニックを駆使するその姿は、まさに“神降臨”。

LC.jpgマイケル・シェンカーを語る上で、
やはりお兄ちゃんのルドルフ・シェンカー在籍の、
ご存知スコーピオンズのデビュー作
「Lonesome Crow(恐怖の蠍団)」である。
1972年に発表されたこの作品に、
若干16歳でギタリスト・デビューを果たしたマイケル。
この作品をキッカケにUFOのサポートを務め、
UFOから、マイケルにラブコールがかかる。
マイケル脱退後、ウリ・ロートがスコーピオンズへ....。

マイシェンB.JPG
1969年に結成し、NWOBHMの礎を築いたUFO。
4月に紹介させていただいたFASTWAYのピート・ウェイと
ヴォーカリスト、フィル・モグ、ドラムのアンディ・パーカーが中心となって結成。
エディ・コクランの「C'mon Everybody」のカバーなどが収録された、
1970年発表の1stアルバム「UFO 1」、大作「Star Storm」、「Flying」収録の、
1971年発表の2ndアルバム「UFO 2 Flying」までリード・ギターは、
ミック・ボルトンが務めていたのだが、ドイツ公演中にミックが失踪。
この失踪事件により、マイケル・シェンカーのUFOデビューの幕が開く。
ヘソ出しファッションが初々しい↑の写真のマイケル・シェンカー(笑)

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マイケル・シェンカー在籍時のUFOは、まさに黄金期。
マイケルがUFO初参加のアルバム「Phenomenon」には、
ライヴでは定番の彼らを代表する名曲「Doctor Doctor」、
そしてマイケル節が6分も楽しめちゃう「Rock Bottom」収録されており、
まさに、優秀な中途採用社員の如く、素晴らしい楽曲を次々と生んだ。

1974年発表の3rdアルバム「Phenomenon」(邦題「現象」)から、
78年発表の7thアルバム「Obsession」(邦題「宇宙征服」)までの4年間に発表された、
5枚のスタジオ・アルバムに収録されたナンバーは、どれも珠玉ナンバーばかり。
マイケル・シェンカーは、ギタリストとしてのテクニックは勿論一流であるが、
サウンド・メーカーとしても、その発想力が素晴らしい。
疾風の如く、うねりを上げるロック・チューンから、
哀愁漂う、聴く者の涙腺が洪水状態になってしまうバラードまで、
歴史ある古豪UFOは、いつの間にかマイケル・シェンカーのバンドとなってしまう。
彼がUFOへ貢献した、輝かしい実績は、まだ1970年代だと言うことも驚きである。

マイシェンD.jpgとは言え、マイケル・シェンカーはドイツ人。
言葉の壁により、彼は孤立状態だったそうだ。
“音楽に国境は無い”とは言うが、
バンドと言う組織の中では、
そうはいかないのが現実だったに違いない。
だからこそ、音楽で認めてもらいたいと言う、
彼の想いが名曲を生んだキッカケなのかも。
僕も海外経験があるので、あの頃を思い出すと、
絵を描くのが少々得意だった僕は、
アメリカン・スクールの美術の時間で、
自分を思いっきり表現した経験がある。
些細な会話さえも、ままならない頃、
アメリカ人から軽視されていたんで、絵で自己アピールした思い出があります。

マイシェンF.JPG
マイケル・シェンカーとUFOの関係は、言葉の壁のみならず、
アルコール依存症だった、ヴォーカリスト、フィル・モグとの衝突、
また、状況に耐えられないマイケルは失踪してしまう事もしばしば…。
逃避行癖のあったマイケルは、UFO来日公演をも出演拒否…。
そんなマイケルに対し、新興宗教に加入したとの噂までも広がった。
結果、マイケル・シェンカーはUFO脱退or解雇?という事となる。

苦しんでいるマイケルの状況を察した、兄ルドルフは一時的に
古巣であったスコーピオンズのメンバーとして迎え入れる....。
その時に生まれた楽曲が、先月までMETAL無頼漢のオープニング楽曲だった、
スコーピオンズの「LOVEDRIVE」収録の「Coast to Coast」や、
「Another Piece Of Meat」、そして「Lovedrive」の3曲。
しかし、そのスコーピオンズヨーロッパ・ツアー中に、
またもマイケルは失踪してしまい、急遽ドイツから現スコーピオンズのギタリスト、
マティアス・ヤプスがヘリコプターでライヴ会場に参加すると言う、
前代未聞の大事件を起こしてしまうたらーっ(汗)たらーっ(汗)

RR&JP.JPG
その後、マイケル・シェンカーは、ジョー・ペリー脱退後のエアロスミス、
ランディー・ローズを亡くしたオジー・オズボーンなどにアプローチ。
しかし、両バンドとも正式メンバーとしては受け入れてくれなかった。
う〜ん....オジー&マイケルも見てみたかったけどね。
そして、彼は自身のバンドを立ち上げることを決意する。

マイシェンE.JPG
そんでもって、やっとMSGの登場ってワケだ....
ヴォーカリストに、イギリス出身の元フレイザー・ナッシュのゲイリー・バーデン、
ベーシストにジェフ・ベック、ゲイリー・ムーアなどとプレイしていた、
イギリス出身の実力派モ・フォスター、
ドラマーには、これまた実力派サイモン・フィリップス、
そしてキーボードには、あのドン・エイリーという、
(ヴォーカリスト以外は)豪華な顔ぶれを揃えた。
プロデューサーにはディープ・パープルのベーシストであり、
プロデューサーとしても手腕を発揮していたロジャー・グローヴァーを迎え、
記念すべきMSGデビュー作「The Michael Schenker Group」
(邦題「神(帰ってきたフライング・アロウ)」)を発表。
この作品は、デモの段階では、ベーシストにビリー・シーン、
ドラムにはモントローズのデニー・カーマッシが参加していた。
ギターを買ったら、即練習したくなっただろう名曲「Armed & Ready」、
そして名インスト・ナンバー「Into The Arena」が収録された歴史的名盤!!

マイシェンG.JPG
1981年に2ndアルバム「M.S.G.II」(邦題「神話」)を発表。
ドラマーに伝説のドラマー、故コージー・パウエルを迎えた傑作中の傑作!!!
バック・ヴォーカルに、バッファロー・スプリングフィールドの
スティーヴン・スティルスも迎えた、ロック通にはたまらない内容。
ベーシスト&キーボードは現UFOのポール・レイモンド。

名ライヴ・アルバムとして有名な「飛翔伝説〜M.S.G.武道館ライヴ」では、
1981年8月のMSG初来日のライヴ音源が余すことなく収録。
ただ、このライヴの時には、2ndアルバム「神話」は発表されていなかった為、
未発表曲として、2ndアルバムからのナンバーを披露している。
故コージー・パウエルのダイナミックなドラミング、
そしてUFO時代の「Doctor Doctor」も披露してくれるなど、
マイケル・シェンカー・ファンにとって、マスト・アイテムとなった。

ヴォーカリスト、ゲイリー・バーデン、そしてコージー・パウエルが脱退。
コージー・パウエルは、ホワイトスネイクに加入する。
その二人が抜けてから、1982年「ASSAULT ATTACK」(邦題「黙示録」)を発表。
ヴォーカリストに二代目レインボーのヴォーカリストとして活躍した、
ハードロック界のダンディーマン、グラハム・ボネットを迎える。
新ドラマーはテッド・マッケンナを迎え、4人編成MSGとして発信。
グラハムを迎えたことにより、伸びやかなヴォーカル、
そしてコブシの効いたシャウトが組み込まれ、
アメリカン・ハードロックの世界観と攻撃性あるMSGが誕生。

そして、やっと今回のピックアップ・アルバム「Built to Destroy」。
グラハム・ボネットは「黙示録」1枚のみで脱退、アルカトラズへ....
彼はスーパー・ギタリストが大好きなのかもね(笑)
さて、今回の「Built to Destroy」は、呪われしアルバムとして有名な1枚。
まず、ヴォーカリストとして、いまいち評価が低いゲイリー・バーデンが復帰。
前作がグラハムだっただけに、パワーが低下してしまった感がある。
でも、僕は彼のヴォーカルは嫌いじゃありません。
この頃のマイケルは、アメリカ市場を意識していた事もあって、
アメリカでのマネージメント会社の言いなりになってしまっていた。
よって、日英同時発売だった「Built to Destroy」の初盤が急遽回収!!!
アメリカで作られたミックス盤が再販され、
かつ、6曲目収録の「Still Love That Little Devil」は、
ゲイリー・バーデンのトラックを削除し、アメリカ側が用意したギタリスト、
デレク・セント・ホルムズが歌うと言う異例の事態が発生してしまう。
非常に、音楽ビジネスの難しさと、嫌な面が垣間見えてしまう。

マイシェンH.jpgとは言っても、素晴らしい1枚です。
1曲目から産業ロック?って思ってしまう程の
めっちゃ爽やかな「Rock My Nights Away」。
後半のギター・ソロはナイトレンジャーを髣髴します。
MSGのインスト・ナンバーとして有名なのが、
前述でも触れた「Into The Arena」ですが、
この作品に収録されている「Captain Nemo」も、
マイケル・シェンカー・ファンの間では、
親しまれているインスト・ナンバー。
僕は「Ulcer」の方が好きなんですけどね...
さて、そんな「Built to Destroy」、
邦題「限りなき戦い」からのピックアップは、
多分、このアルバムで一番人気度高い楽曲、
exclamation×2「RED SKY」exclamation×2
不思議なオリエンタルな世界観と哀愁さが溶け合う、
気持ちの良いロック・チューンです。
因みに、後のロビン・マッコーリー時代の「Invincible」って曲とソックリです(笑)

今回「RED SKY」の放送は、UFOの「LIGHTS OUT」(邦題「新たなる殺意」)に
収録されている名曲「LOVE TO LOVE」のイントロとリミックスさせてます。
是非、放送の方も楽しんでください!!!!

asato with Joe Satriani.JPG
オリンピック盛り上がってますね!!!
金メダルがガンガン増えてきてます。
思い返してみると、オリンピック開催の時期って、
どこかに出かけている思い出が多いです。
2008年は、冒頭のツーリング旅行…
8年前の2000年の夏には、キャンシステムのみんなで、
埼玉県長瀞にキャンプに行って、
泊まった旅館で、当時の田村亮子選手の試合を観戦しました(笑)
車2台で男だけの総勢10名の大旅行でした(笑)
バーベキュー場で、めちゃくちゃ暴れまくり!!!
上司のWさんは崖から落ちちゃうし(笑)
温泉場で、僕は堀内孝雄を熱唱しちゃうし!!!
いやいや、懐かしい思い出です。

あっ、DANZIGさん!!!始めましてわーい(嬉しい顔)わーい(嬉しい顔)
カキコミありがとうございます。
GTAって「グランド・セフト・オート」でしたっけ??
メタルが流れているのを、ちょっと聴いたぐらいですね。
笑えたのが、鳥山明先生キャラクターのX-BOXのゲーム「BLUE DRAGON」って、
ゲームの挿入歌をイアン・ギランが歌っているんですよね(笑)

あーーっDANZIGの「MOTHER」が聴きたくなったぁ(笑)
これからもカキコミお待ちしてます!!!
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2008年08月08日

ANTHRAX「Finale」

すくっらすんあ.JPG
今日からオリンピック開幕です。
我らが日本!!!多くのメダルを獲得していただきたいものです。
さて、4年に一度の世界の祭典「オリンピック」。
数々の歴史的スポーツの奇跡が刻まれてきたワケですが、
僕なりに、ボイコット問題のあった1980年のモスクワ・オリンピックから、
1996年のアトランタ・オリンピックまでの4大会にて、
その年のメタル事情を振り返ってみようと思います。

1980.JPG
まずは1980年....
この年に結成されたバンドは、マノウォー、マイケル・シェンカー・グループ、
オーバー・キル、マーシフル・フェイトなど。

ツェッペリンのジョン・ボーナム他界のため、ツェッペリン解散....。
AC/DCのヴォーカリスト、ボン・スコット他界...
ピーター・クリスがキッスを脱退し、エリック・カーが正式メンバーに。

アルバムでは、オジー&ランディの珠玉の名作であり、
1stアルバム「ブリザード・オブ・オズ」が発表され、
多くの名盤がシーンを賑わした1980年。

1984.JPG
ロサンゼルス・オリンピック開催の1984年結成は、
エージェント・スティール、アナイアレイター、
イングウェイ・マルムスティーン、テスラ、セパルトゥラなど。

ディープ・パープルが再結成、
デフ・レパードのリック・アレンが交通事故により左腕を失くす。
ハノイ・ロックスのドラマー、ラズルが、
ヴィンス・ニールが運転する車が交通事故に遭い、他界。

VAN HALEN「1984」を筆頭に、歴史的名盤がリリースされた1984年....

1988.JPG
続いて、ソウル・オリンピック開催の1988年、
この年に結成されたバンドが、パラダイス・ロスト、ミスター・ビッグ、
ガンマ・レイ、カンニバル・コープスなど。

この年の年末に、ボン・ジョヴィ、ラット、キングダム・カム、
ブリトニー・フォックスの4バンドによる年越しライヴ
「Heat Beat Live'89 in Big Egg」開催。

1988年もメタル黄金期で、数々の名盤がリリース。
リヴィング・カラーの大躍進も1988年...
ウォレントのデビュー・アルバム「マネー・ゲーム」、
ポイズンの「初めての***AHH!」のヒットなど、俗に言うヘアー・メタル系全盛期(笑)

1992.JPG
バルセロナ・オリンピックが開かれた1992年...
この年、ヴィンス・ニールがスティーヴ・スティーヴンズと共に、
ソロ・プロジェクトを始動。

この年の4月に、フレディ・マーキュリー追悼ライヴが、
ロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催。
ガンズのアクセル・ローズ&スラッシュ、エクストリーム、メタリカ、
デフ・レパードのジョー・エリオット、フィル・コリンなどが参加。

イジー・ストラドリンがガンズを脱退。

アルバムではドリーム・シアターの大ヒット、
スティーヴ・クラークを失ったデフ・レパードの再起を賭けた作品、
新たなるメタル・ムーヴメントの幕開け的存在のパンテラなど。

1996.JPG
そして、アトランタ・オリンピック開催の1996年....
この年に、ナイト・ウィッシュ、アーク・エネミー、ソナタ・アークティカなど、
21世紀のメタル・シーンを牽引するバンドが続々と生まれる。

この年に、エクストリーム、スキッド・ロウが解散。
エースとクリスが戻り、キッスがオリジナル・メンバーで復活。
ジューダス・プリーストの新ヴォーカリストに、
ティム・リッパー・オーエンスが決定。

この年のアルバムは、メタル衰退期であり、
マリリン・マンソン、スリップノットなどが、シーンを揺るがしていた。
VAN HALENのベスト盤には、新録楽曲にて、デヴィッド・リー・ロスが参加。

ってなカンジの16年間のメタル・ムーブメントでした。
時代が進むにあたって、メタルのともし火が消えかかっていくことに、
少々ノスタルジックな気持ちになってしまいましたが、
この統計を調べてみた結果、オリンピック・イヤーにリリースする、
アーティストが意外と多いことが浮き彫りに....

AC/DC
1980年:「BACK IN BLACK」
1988年:「Blow Up Your Video」
1992年:「Live」
IRON MAIDEN
1980年:「IRON MAIDEN」
1984年:「Powerslave」
1988年:「Seventh Son of a Seventh Son」
1992年:「Fear of the Dark」
DEF LEPPARD
1980年:「On Through the Night」
1992年:「Adrenalize」
1996年:「Slang」
VAN HALEN
1980年:「Women and Children First」
1984年:「1984」
1988年:「OU812」
1996年:「Best of Volume I」
JUDAS PRIEST
1980年:「British Steel」
1984年:「Defenders of the Faith」
1988年:「Ram It Down」
BON JOVI
1984年:「Bon Jovi」
1988年:「New Jersey」
1992年:「Keep the Faith」
MOTORHEAD
1980年:「Ace of Spades」
1984年:「No Remorse」
1992年:「March ör Die」
1996年:「Overnight Sensation」
KISS
1980年:「Unmasked」
1984年:「Animalize」
1988年:「Smashes,Thrashes & Hits」
1992年:「Revenge」

それでは本題で…
本日は、大御所アンスラックスでございます。
来週15日金曜日、奇跡の1DAYライヴを、聖地クラブチッタで行うアンスラックス。
18時開場、19時開演と言う健康的なスケジュールのせいで、
ライヴに行く事が出来ないで悔しい思いをしている自分です。
アンスラックスなんだから、もっと遅い時間でのライヴにして欲しかったです。

本当に、2008年はビッグなアーティストが来日しますよね....
30代のメタラーの皆さんは出費が多くて困っているのでは??
また関東圏内の方はイイとして、地方のアンスラック狂には、
川崎1DAYは辛いかもしれません....。

思えば2年前の幕張で行われたLOUD PARK06でのアンスラックスのステージ…。
ベラドナ復帰のアンスラックスを待ち望んでいたオールド・ファンの渦の中に、
臨戦態勢状態の自分がいました。
アングラのステージで爆睡していたので、充電完了だった自分!(笑)
そして、彼らがステージに登場し、「Indians」のドラミングが始まった瞬間!!!
戦国時代の騎馬隊のように、ファンがステージに向かって、
ドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
そこからは、彼らのバッキングに合わせて、汗臭い男たちの狂喜乱舞が繰り広げられた。
次の大トリであるメガデスへの余力を残さなくてはいけないのに、
もうグチャグチャになってしまった自分がいました(笑)

あぁーライヴ行きてぇぇっ!!!
夏フェスに冷めてしまった自分だけに、アンスラックスは悔しいです。

そんな大御所アンスラックスは数々の名盤を世に送り込んだ。
それだけに、ピックアップは悩みましたが、METAL無頼漢は、
1988年発表の4thアルバム「State of Euphoria」をピックアップ!!!

Aすくっらすんあ.JPG
HR/HMシーンの常識用語である“スラッシュ四天王”…
メタリカ、メガデス、スレイヤー、そしてアンスラックス。
日本人は、この「四天王」と言う言葉に弱い....。
「四天王」の他に、「御三家」なんて言葉もあり、
各分野において、ベスト4、もしくはベスト3を確立してきた。
Wikipediaで「四天王」と調べると、それはそれは色々なジャンルの四天王が掲載。

そんな「四天王」を選ぶ基準は、知名度や功績なのかもしれないが、
Wikipediaに掲載されている、現代の「四天王」において、
うん?!っと、納得いかないものもあったり、
どうでもいい四天王もあれば、4人しかいねぇじゃんって四天王もあった(笑)
「四天王」評議委員会のようなものがあるわけではないから、
いつの間にか、メディアが作り出した「四天王」が増加したのかも....。

四天王.JPGそれに比べると、スラッシュ四天王は納得がいく。
個々のバンド色が色濃く出ており、
かつスラッシュの礎を築いた、
偉大なる功績を残した4バンドと言えよう。
そして彼らから影響受けた若者が続々とデビュー…。
後世へと受け継がれていく原点を生んだ者こそが、
「四天王」と呼ばれるに相応しい。
メタリカ、スレイヤー、アンスラックスは、
それぞれ1981年結成の同期組。
2年遅れて1983年にメガデスが結成。
攻撃的バッキングと破壊的メッセージ....
ロックが普通のカレーだったら、
スラッシュは、10倍激辛カレーと言ったところ。
反社会を説いたパンク・ムーヴメントとは違う、
商業主義に走った80年代初期ミュージック・シーンへの暴発かも。

MTV全盛期であり、ヒットチャートを意識したアーティストが量産された、
生ぬるいエイティーズ初期は、間違いなくハリウッドを拠点とした西海岸が発信源。

メタリカ、スレイヤー、そしてメガデスは西海岸出身であり、
そんなエイティーズに刃を剥いた無頼漢なのだが、
今回のアンスラックスだけは、歴史あるストイックな東海岸出身のバンド。

Bすくっらすんあ.JPG
高校の同級生であったスコット・イアンと、
現ニュークリア・アソートのダン・リルカ。
彼らは生物学の時間に、「Anthrax(炭疽菌)」の言葉の響きに、
悪魔的エッセンスを感じたことから、バンド名にしたんだそうだ。
そして二人は、これまたニュークリア・アソートのヴォーカル、
ジョン・コネリーと共にバンド練習を積んで行った。
その後ダンとジョンはニュークリアの前身バンドを結成しながらも、
スコットと一緒に初期アンスラックスとして、ステージに立つ。
この時のメンバーは、ヴォーカル:ジョン・コネリー、
ギター:スコット・イアン、ギター:ダン・リルカ、
ベース:ケニー・クシュナー、ドラム:デイヴ・ワイスの5人。

このメンバーでバンド・サウンドを構築していく事によって、
メンバーが、ちょくちょく交代する。
1981年のバンド誕生から、1stアルバム「Fistful of Metal」まで、
ヴォーカリスト二人、ベーシスト二人、ドラムには後のホワイトライオンの
グレッグ・ディアンジェロも在籍していた。
そんな目くるめく交代劇をキッカケに、ヴォーカリスト、ニール・タービンと出会う。

こんな時代も・・.JPG
この当時のリード・ギター、ボブ・ベリーを2度目のレコーディングで解雇、
代わりに加入したのが、ランディーVのプレイヤー、ダン・スピッツ、
そしてグレッグの代わりにチャーリー・ベナンテが参加。

1stアルバムに収録されている「Soldiers of Metal」など、
この時にレコーディングされていた楽曲のプロデュースには、
実は、当時のマノウォーのギタリスト、ロス・ザ・ボスが担当していた。

アルバム製作が着々と進行していく中、メガフォース・レーベルと契約。
アリス・クーパーの「I'm Eighteen」のカバーなどを収めた1stアルバム、
「Fistful of Metal」を1984年にリリース。
盟友ダン・リルカは、それまでの初期アンスラックスを支えていたが、
金銭トラブルでイアンから解雇を告げられてしまい、代わりにフランク・ベロが加入。
フランク・ベロは、チャリー・ベナンテの甥っ子にあたる。

1stアルバムの制作過程において、色々な出来事があったアンスラックス。
この頃の彼らは、NWOBHMサウンドを追及した作品であり、
スラッシュ・メタル・バンドの地位に行き着くための模索時期かもしれない。

Cすくっらすんあ.JPG
1stアルバムの制作を考慮し、スコット・イアンは、
チャーリー・ベナンテとのソング・ライティングに重点を置く事を決断、
ヴォーカリスト、ニール・タービンを解雇。
次のヴォーカリストに、初期スキッド・ロウのヴォーカリストでもあった、
知られざる不遇のヴォーカリスト、マット・ファロンを起用する。
だが、ミニ・アルバム「Armed and Dangerous」の制作にて、
後のアンスラックスの顔とも言うべき、ジョーイ・ベラドナをヴォーカリストに起用。

1985年、1stアルバム「Fistful of Metal」制作中に生まれた楽曲に、
新曲を追加したミニ・アルバム「Armed and Dangerous」。
なので、解雇されたニール・タービン、そしてダン・リルカが、
1stアルバムに関わった事によりクレジットに名前が記されている。
また、パンク大好き、スコット・イアンの要望?アイディアなのか、
セックス・ピストルズの「God Save the Queen」が新録で追加。

ジョーイ・ベラドナ、スコット・イアン、ダン・スピッツ、チャーリー・ベナンテ、
そしてフランク・ベロと言う、最強の布陣が整ったアンスラックスは、
同年に「Armed and Dangerous」も収録したフル・アルバム、
「Spreading the Disease」を発表。
彼らのライヴ定番とも呼ぶべき「Madhouse」、「Gung-Ho」が収録されている、
アンスラックス好発進の名盤となった。
因みに「Gung-Ho」はニール・タービンも関わった楽曲なんだよね。

Dすくっらすんあ.JPG
ジョーイ・ベラドナ、フランク・ベロが初参加した「Spreading the Disease」は、
大手アイランド・レーベルからの発売により、アンスラックスは一気にスターダムへ....。
また、同年の1985年にはスコット・イアンのサイド・プロジェクト、
Stormtroopers of Deathこと、S.O.D.の1stアルバム
「Speak English or Die」をリリース。
5秒の曲や、1分弱の曲などが21曲おふざけ満載に収録されている(笑)

情熱的で伸びやかなヴォーカル・スタイルのベラドナを迎え、
スラッシュ・メタル要素を確立したアンスラックスだが、
S.O.D.などで魅せるスコット・イアンのパンキッシュ・フレーバーが、
アンスラックスにしか表現できない、唯一無二のサウンドとして生まれていく。
このスタイルこそが、後のミクスチュアー・シーンに多大なる影響を与えた。

そして、「Spreading the Disease」発表の2年後、満を持して発表された、
アンスラックス通算3枚目の作品「Among the Living」。
名プロデューサー、エディ・クレイマーを迎えた今作は、
名曲「Indians」、「I Am The Law」などを収録した名作中の名作。
また、このアルバムは86年に急死したメタリカのベーシスト、
クリフ・バートンへの追悼の意も込められた作品でもある。

あまん まん まん.JPG
この「Among the Living」に収録されている楽曲陣から、
アンスラックスの新たなる側面が垣間見える。
まず、「Among the Living」、「A Skeleton in the Closet」は、
あのスティーヴン・キング原作の作品からインスパイアされている。
「A Skeleton in the Closet」は、ブライアン・シンガー監督作品で知られる、
「ゴールデン・ボーイ」(原題「Apt Pupil」)からインスパイアされたもの。

「Efilnikufesin(N.F.L)」は、ブルーズ・ブラザーズのジェイクを演じた、
33歳の若さで、この世を去った名優ジョン・ベルーシの、
破天荒な生き様にインスパイアされた楽曲。
「Efilnikufesin」とは、「Nise Fukin Life」を逆さにした造語。

そして、アンスラックスのキャラクターとしても定着している、
スタローンも演じた、アメコミ・ヒーロー「ジャッジ・ドレッド」から
インスパイアされた楽曲が「I Am the Law」。

あュチスクミ.JPG
ゴールド・ディスクを獲得した「Among the Living」。
更にアンスラックスは同年の1987年にEP盤での「I'm the Man」を発表。
切れ味鋭いスラッシュなバッキングに、スクラッチとサンプリング、
そしてラップを取り入れた革命的ナンバー。
ロックとヒップホップの融合と言えば、
ご存知、エアロスミスとRUN DMCの競演「WALK THIS WAY」が代表的。
1986年に、エアロとRUN DMCの競演プロモーション・ビデオが流れ、
ロック・シーンに激震が走った....。
その1年後でのアンスラックス自らが歌い上げるラップ・メタル!!!
エアロとRUN DMCの既存曲におけるヒップホップの融合とは明らかに違う。
この経験こそが1991年の、アンスラックスとパブリック・エネミーとの競演、
ご存知「ブリング・ザ・ノイズ」に反映されたのである。
また、同年の1987年は、レッチリの「Fight Like a Brave」や、
ビースティ・ボーイズ「Fight for Your Right」も発表された年であり、
“ミクスチュア”“メロコア”の原点が生まれた記念すべき年かもしれない。

そして、この時期のメタリカは「Master of Puppets」で天下を勝ち取り、
スレイヤーは、名プロデューサー、リック・ルービンを迎えた、
名曲「Angel of Death」を収録した「Reign in Blood」を発表、
メガデスも「Peace Sells... but Who's Buying?」を発表…。
まさに、この頃より、メタリカを頂点に、四天王の座が確立していった。

トラスト青ベルベット.JPGそして、やっと今回のピックアップ・アルバム、
アンスラックス通算4枚目となる
「State of Euphoria」が1988年発表。
5分を越すナンバーが散りばめられた、
アンスラックスの渾身の力作。
1曲目「Be All,End All」では、
イントロにチェロを起用するなど、
新たなアンスラックスを予感させる。
収録曲で最も有名なのが、
2006年に奇跡の復活を果たした、
“フランスのAC/DC”と呼ばれた、
トラストの楽曲「Antisocial」を、
アンスラックスらしくカバーし、
彼らのライヴ定番曲となる。
6曲目収録の「Now It's Dark」は、
デヴィッド・リンチ監督作、カルト映画の金字塔、
「ブルー・ベルベット」で魅せた、デニス・ホッパー演じる、
怪人フランク・ブースからインスパイアされた楽曲。

ピックアップ・アルバム「State of Euphoria」から、METAL無頼漢チョイスは、
タイトル名通り、アルバム最後を飾るexclamation×2「Finale」exclamation×2
初期アンスラックスを感じさせる、激しさとご機嫌さがクロスオーバーしたナンバー。
ザクザクしたバッキングと、とにかくチャーリー・ベナンテの
曲後半の加速力を増した転調から聴かせる、怒涛のツーバスが凄い!!!
オフスプリングを髣髴させるメロコア要素がありながらも、
スラッシュ・メタルらしいドラマティックで緻密な構成が印象的。
最初は、「Schism」にしようかと思ったんですが、今回は、編集のN君にお願いして、
フランク・ベロ&チャーリー・ベナンテのリズム隊がメインのインスト・ナンバー「13」と
「Finale」を1曲にまとめて収録させていただいております。
是非、放送のほうもチェックしてみてください。
今回はマニアック?な選曲かもしれないっすね(笑)
僕にとって一番好きなアンスラックスの楽曲は「In My World」です。
自分に自信が持てなくなった時に、よく聴いてます。

asato with kix.JPG
改めて、北京五輪無事開催しましたね。
日本代表のアスリートの皆さんには頑張ってもらいたいものです。
さて、冒頭で過去のオリンピック・イヤーに触れましたが、
僕にとって思い出深いオリンピックと言えば、
ロサンゼルス・オリンピック開催の1984年…。
この時、コカコーラとオリンピックのコラボ企画で、
イーグル・サムのデザインが施されたヨーヨーにハマっていました(笑)
「スケバン刑事」などもあったせいか、僕ら世代にとってヨーヨーは、
大事なムーヴメントだったような気がします。
スプライトのロゴが記された緑のヨーヨーと、
スピン・ギアが付いた真紅のコカコーラ・ヨーヨーを持っていて、
「犬の散歩」や「ブランコ」など練習してましたね。
あの頃は、独楽をしたり、メンコしたりと楽しかったなぁ。
よーよー.JPG
posted by 佐藤朝問 at 23:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

「SEGA RALLY CHAMPIONSHIP〜J.S.KICK START REMIX'99〜」 & 「I CAN DO IT」

racing soundtrack.JPG

apu august.JPG
早いもので8月突入です。
なんだか、不思議な焦りが僕を包んでいる今日この頃です。
そう言えば今日、サマージャンボの最終日だったので、バラで10枚購入....ふくろ
1等、2等なんて欲張りません....3等1000万円当たらないかなぁ(笑)
さてさて、久々のうちの愛猫の登場です。
もう、結構大きくなりましたね....猫猫
でも、まだ生後10ヶ月目です....。
僕の下で、サバイバル術を身につけ、たくましく成長しています(笑)

この子は女の子なんですが、時々、先日のタイガース・オブ・パンタンの
1stアルバムのジャケットのような顔をします(笑)
なかなかの、おてんば娘でして、この子のストレス解消のため、
時々、二人でスパーリングをしています。
どんなスパーリングかと言うと、僕がミッキーのマペットを手につけて、
この子に攻撃するのです....。

fighting apu.JPG
すると、↑の写真のように宿敵ミッキーという眼光で、
ノゲイラばりに体いっぱい飛び掛ってきます。
そこからは、約5分ほどの死闘が繰り広げられます。
戦いを終えた、この子はジョーばりに、心地よい疲れを感じながら
真っ白になっています(笑)
そして、美味そうにキャット・フードを食べて、僕の膝で寝ちゃいます。

しかし、その戦いの後は、物凄い猫の毛が舞っています....
ただでさえ、夏で毛が抜けるというのに、僕の体は猫の毛でいっぱい....。

そんな、愛猫「あぷ」を、どーぞ宜しくです。
そして、皆様、暑中お見舞い申し上げます。晴れ晴れ晴れ

さてさて、8月からオープニングとエンディングのインストが変わります。
約5ヶ月間、オープニング:スコーピオンズ「COAST TO COAST」、
エンディング:デフ・レパード「SWITCH 625」の2曲がリスト・アップされておりました。
そんでもって今日8月1日から、
オープニングとエンディングをリニューアルさせていただきました。
今日は、その2曲について触れたいと思います。

今回の2曲は、僕の個人的な思い出あるセレクションなんです。
声優事務所に所属して、約8年目の自分なんですが、
大学を卒業してから、まず広告代理店に勤め、
その後当時のポニーキャニオンのレーベルにて、
宣伝プロモーターとして2年半頑張っていた時期がありました。
ちょうど、10年前の25歳の時でして、若さと気合で頑張っていた思い出深い時期です。
この頃に培われた経験は、今の僕にとって大きなプラスとなっており、
大切な人生の1ページだと自負しております。

主に「ゲーム・ミュージック」のサウンドトラックを発信してきたレーベルであり、
従来のミュージック・シーンとは違った角度での宣伝展開に、
上司に指示され、試行錯誤しながらも、のべ40タイトルは宣伝してきました。
それら作品の中には、オリコン・チャートにも食い込んだ作品も何枚かあり、
各作品それぞれには、ちゃんと僕の名前がクレジットされております。
リスナーの手に渡るCDブックレットに名前が記された時は嬉しかったし、
今思えば、自分の自信に繋がる軌跡だとも思っております。

VGM.jpgファミコン世代でもある我々にとって、
思い出のゲームには、必ず口ずさんでしまう
ゲーム・ミュージックがあったと思います。
でも、それらは俗に言う「ピコピコ音」でした。
「音楽」としてではなく、BGM的「音」として、
当時僕たちは捉えていたような気がします。
しかし、その親しみやすい単純なループした旋律を、
一音楽として発展させたのが、ご存知細野晴臣さん。

細野さんプロデュース「ビデオ・ゲーム・ミュージック」は、「ゼビウス」のサウンドに
YMOのような、テクノ・リミックスを施した革命的アルバムであり、
この作品から、ゲーム・ミュージックの革命が生まれた。
1984年に発売された、このアルバムは、今聴いても斬新であり、クラフトワーク、YMO、
そして電気グルーヴ好きな方でも楽しめる一枚じゃないだろうか。

DQIV.jpgそして、ご存知「ドラゴンクエスト」シリーズは、
巨匠すぎやまこういち氏作曲の
壮大な冒険絵巻を演出するオーケストラレーション。
ゲームの存在感に、音楽が必要不可欠となっていく。
この頃から、「ゲーム・ミュージック」産業が発展し、
音源集などがどんどん発売されていったワケである。
もしかしたら、このブログを読んでくださっている方も、
一枚は買った経験があるのではないか??
それだけ、ゲーム・ミュージックは完成度が高く、
そしてCDプレイヤーでも聴きたくなる親しみやすさが、あったんじゃないだろうか??

GMBAND.JPG
かなりマニアックな話題かもしれないけれど、
このゲーム・ミュージックが注目されたことにより、
ゲーム・ミュージックを手掛けたクリエイターたちがバンドとして活躍した。
セガのゲーム・ミュージック・バンド、S.S.T.BANDとタイトーのZUNTATA…。
実力を兼ね備えたフュージョン・バンドであり、ゲーム・サウンドを、
バンド・サウンドへと進化させた偉大なるバンド。

S.S.T.BANDが奏でる、戦闘機ゲームの金字塔「アフターバーナー」、
そして、僕個人的には大名曲だと思う「パワードリフト」は、
メロディアスなハードロックが好きな方ならば、
心地よい寒気を感じてしまうロック・チューンであり、
ZUNTATAが奏でる「ダライアス」、「ニンジャ・ウォリアーズ」は、
現在人気急上昇ユニット、Perfumeのような心地よいエレクトロ・ポップである。
あと、プロレスラーの入場曲っぽいところも男のツボにハマるんだよね(笑)

また、データイースト社のゲームミュージックバンド、
ゲーマデリックのゲーム「空牙」の楽曲「VAPOR TRAIL」は、
アイアン・メイデンを髣髴させる、ゲーム・ミュージック・メタルっすよ。

まぁ、細野さんの功績、ZUTATAたちの情報は、リアル・タイムには経験しておらず、
プロモーター時代に、A&Rの上司陣に叩き込まれた情報ではあるんだけど、
この情報と音楽に触れたことにより、
「ゲーム・ミュージック」=「ヲタク系」と言う概念が一気に払拭され、
宣伝にも力が入った思い出があります。

そして時は、「プレイステーション」、「セガサターン」の登場により、
ゲーム・ソフトがCD-ROM化され、ゲームがハイ・スペックとなっていく。
ハイ・クオリティな映像、そしてスタジオで収録された生音が、
そのままCD-ROMへと収録され、ゲーム・カルチャー最高潮の時代を迎える。
ゲーム・ミュージック・レーベルも、そのタイミングでどんどん登場する。

ゲームは、コンシューマーと呼ばれる家庭用ゲームと、
ゲームセンターなどで稼動しているアーケード・ゲームの二つがあり、
その両ゲーム市場に強かったのが、当時のセガとタイトーであり、
両社のサウンド・センスは抜群でした!!!!

今回のピックアップ・アルバムは、そのハイ・スペック化してからのセガ作品であり、
アーケードで火が付き、後にコンシューマー・ソフトへと移植した、
レーシング・ゲームのサウンドトラック。

まずはオープニング・ナンバーは、
セガのレーシング・ゲームの名曲を集めたベスト盤、
「セガ・レーシング・ベスト」に収録されているボーナス・トラック、
exclamation×2「SEGA RALLY CHAMPIONSHIP
〜J.S.KICK START REMIX'99〜」exclamation×2


crush40_bnr1.JPG
ゲーム・ミュージック界のスーパー・ギタリスト、瀬上純さん自ら、
「セガ・ラリー・チャンピオンシップ」の楽曲をハードロック・アレンジに施したナンバー。
瀬上さんは、現在、元ハードラインで、現在アクセル・ルディ・ペルの
ヴォーカリストとして活躍しているジョニー・ジョエリと
クラッシュ40と言うバンドで活躍中であり、「BURRN!」読者だったら、
瀬上さんの「OPEN YOUR HEART」と言うコラムは読んだことがあるんじゃないかな?

当時プロモーターだった僕は、瀬上さんと仲良くさせてもらっていて、
彼の凄腕プレイを生で見せてもらったり、色々な情報を教えてもらっていた。
また、BURRN!編集部にも、何度か連れてってもらったり....

このベスト盤が発売されることになった時、
瀬上さんから、「あのさ、セガ・ラリーを僕なりに
アレンジしたんだけど、アルバムに入れてもらえないかな?」
っと直々にご連絡をいただき、早速、僕は聴かせてもらった....

「おおおおっ瀬上さん、カッコイイじゃないですかぁぁ!!!
まだ、マスタリングしていないんで、収録してもらうよう頼んでみます。」

っと、僕個人的にめちゃくちゃ惚れてしまったので、
ディレクターに直訴して、ボーナス・トラックとして収録する事になった。

「この曲のリミックス名って決まっているんですか?」
っと瀬上さんに伺ったら…

「佐藤君、リミックス名決めちゃって良いよ」

exclamation×2exclamation×2

イントロの出だしが、モトリーの「KICK START OF MY HEART」を髣髴していたので、
瀬上さんのイニシャル、J.S.を活かし、
「J.S.KICK START REMIX'99」と僕が命名しちゃったんです(笑)

そしてエンディングに選ばさせていただいたのが、
名作「ヴァーチャ・ファイター」を世に送り込んだ、
セガAM2研製作のレーシング・ゲーム「デイトナUSA」シリーズの
「デイトナUSA2」のサウンドトラックに収録されているナンバー、
exclamation×2「I CAN DO IT」exclamation×2

RB.jpgこの「I CAN DO IT」は元々はヴォーカル・トラック。
今回はインストとしてヴォーカル無しをピックアップ。
この楽曲は、あのレブ・ビーチがギターで参加、
ドラムはロッド・モーゲンスタインと、
ウィンガーのメンバー二人が参加。
このスーパー・テクニシャン二人を擁した、
「デイトナUSA2」のサウンドトラックは、
もう、ハードロック・アルバムである。
このアルバムのジャケ写とプレスリリースを持って、
初めてBURRN!編集部に行きましたよ(笑)
F木さんに熱いプロモーションしたっけ!!!

DUCE.jpg余談ですが、「デイトナUSA2」発売前に、
当時のイースト・ウエスト・ジャパンから、
「デイトナUSA サーキット・エディション」の
サウンド・トラックが発売され、
当時ミスター・ビッグで活躍中だった、
エリック・マーティンが、テーマ曲を担当。
「The American Dream」と
「Sons of Angels」の2曲を歌い上げている。
このギターは瀬上さんなんです。

そんな僕個人的なチョイスですいません…たらーっ(汗)たらーっ(汗)
ただ、この頃のゲーム・ミュージックは、マジ侮れませんよ!!!ぴかぴか(新しい)
本日更新のポッドキャスティングでも、熱く語っちゃっています(笑)

あっ!!最初に紹介した「セガ・レーシング・ベスト」にも、
「デイトナUSA2」の楽曲が収録されておりますので、
残念ながら廃盤となってしまっていますが、是非探してみてください。
それか、放送の方を楽しみにしててください。

asato with journey.JPG
偉そうに、自分の経歴を語ってしまいました.....。
でも本当に、自分にとって大事な経験なんですよね。
そして、このプロモーター経験により、
キャンシステムにも巡り合えたんです。
リクエストセンターに置いて頂く為に、
当時の8cmシングル20枚ぐらい持って、
荻窪にプロモーションしてました。

思い返せば、瀬上さんのアレンジ曲が1999年ですけれど、
99年の年末には、もう僕はキャンシステムに入社し、
店内放送のナレーションをさせてもらったんですよね。
この時から養成所とキャンシステムでの生活が始まったんだよなぁ....
時が過ぎるのは早い早い.....ふらふらふらふら
posted by 佐藤朝問 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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