2008年09月29日

JUDAS PRIEST「HARD AS IRON」

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一昨日の土曜日に、はじめて屋形船での宴会を楽しみました。
総勢30名の一隻貸切の飲み会であり、
残り3ヶ月の2008年の素敵な思い出になりました。
船は、勝どき橋からスタートし、お台場方面へと進み、そこで停泊。
それから隅田川を経由して勝どきに戻る2時間。

yakatabuneB.JPG天ぷらをメインにした和食コースで、
船内は、日本人が落ち着く、畳の和の空間。
生ビールや焼酎、ワインなどお酒も豊富。
マイクを持ってしまうと暴走気味の自分…。
幹事でもないのに仕切り始めてしまいました。
カラオケは、Sさんのジュリーからスタート。
僕も、吉川晃司とBUCK-TICKを熱唱(笑)
それからは、氣志團、冠次郎、大黒摩季、
リンドバーグ、ユニコーン、モー娘。…っと
微妙にジェネレーションがバレてしまう、
レパートリーが船内を盛り上げていました。
船が移動する間は、程よい揺れが生まれ、
海上にいることを実感できました。
まぁ、酔いの揺れなのか、船内の揺れなのかが、
わからなくなってしまいましたが(笑)

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この日の主役は、Yさんの息子さん二人でございました。
長男の円蔵君のマイク・パフォーマンスに嫉妬さえ覚えました(笑)
大人30人を目の前に、堂々のMCっぷり!!!
どうやら、マイクで自分の声を出すことに快感を得たようです。
う〜ん、彼は大物になる予感がする.....。
将来は歌手?もしかして声優??

さてさて、現在ジューダス・プリースト来日ツアー真っ只中!!!
本日、最終公演、日本武道館でライヴが控えております。
3年振りの来日であり、新作「ノストラダムス」を引っさげてのライヴ。
3年前の公演に行った僕は、ロブ完全復活を目の当たりにし、
ジューダスの“メタル・ゴッド”の存在感に安堵と感動を体感した。
おそらく、9月24日の名古屋公演から、彼らのアクセルは全開であろう。
本日、聖地日本武道館では、新たなセットリストを準備して、
ジューダス・ファンを楽しませてくれるのではないか??
そんなワケで、今日はジューダス・プリーストをフィーチャー!!!!
巨人メタリカを凌ぐ、メタル・シーンでの絶大なる存在感。

1970年に、イギリス、バーミンガムで結成され、
今年で結成38周年を迎える、言わずと知れたNWOBHMの重鎮であり、象徴である。
1974年の1stアルバム「Rocka Rolla」から、最新アルバム「ノストラダムス」まで、
オリジナル・アルバム16枚をリリースし、全世界で3500万枚を売り上げた、
まさに、“メタル”のアイコン的存在であり、現在も、そのポジションは不動である。

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1974年…僕が生まれて1年後にジューダスは1stアルバムを発表。
この年では、エアロスミスが2ndアルバム「Get Your Wings」、
ディープ・パープルは8枚目のアルバム「BURN」、
キッスは、ジューダスと同期で、デビュー・アルバム「KISS」、
クィーンは3rdアルバム「Sheer Heart Attack」、
UFOはマイケル・シェンカーを迎えての4thアルバム「Phenomenon」…
などなど、HR/HMが確実にロック・シーンの定位置を築き上げた時である。
この検証により、老舗バンドのイメージが強いジューダスなのに、
エアロやUFOなどは既にリリース済みであり、
両バンドの歴史の深さを改めて、感じてしまいます。

early JP.jpgとは言え、70年代バンドのジューダス。
彼らが活動してきた約30年間で、
消えたバンドは星の数ほどいる。
なのに、彼らは失速せず、
王者の風格で堂々たる健在ぶり。
バンドを維持させる“タフさ”とか、
時代に適応できるフレキシブルさとか、
そんな言葉では済まされない、
「メタル」を追求したハングリーさ、
そしてメタル・ゴッド故の責務、
それらが彼らを30年以上活動させる原動力なのでは??
グレン・ティプトンは、もう還暦過ぎ!!!
平均年齢58歳のジューダス・プリースト。
20代の若者を虜にさせる旋律を、今もなお奏でているお爺ちゃんバンドだ!!!!

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2003年にロブ・ハルフォードがカムバックし、
1990年の大傑作「Painkiller」から、スコット・トラヴィスが正式ドラマーに。
その布陣で、来日公演を展開中のジューダス・プリースト。
数々の“メタル・アンセム”を世に送りながらも、
個々のメンバーも歴代メタル・プレイヤーとして、その名を刻む者が集結した、
非の打ちどころのない完璧なバンドのような気がする。
彼らから漲るオーラは、アイアン・メイデンやスコーピオンズのような、
ゴリゴリの“男っぽさ”なんだけれども、メイデンやスコーピオンズには無い、
ファッションなどの一貫とした世界観が彼らにはあり、
そんな彼らにファンは虜になってしまうのではないか??
「The Hellion」が高らかに流れ、「Electric Eye」の演奏が始まり、
ロブがカットオフGジャンとジーパンでステージに現れたら、
ファンは「オイオイ!!!」っとブーイングが出てしまうハズ。
暑い夏だろうと、彼らはレザー&スタッズを身に纏わないとダメなのである(笑)

leather JP.jpg彼らのファッション・スタイルは、
「Hell Bent for Leather」を収録した、
1978年発表の5thアルバム
「Killing Machine」
邦題「殺人機械」から確立された。
ファッションの確立と共に、
ロブのシャウトが強調され、
サウンドも加速力と攻撃性が増した。
そして80年代のプリーストは、
ヘッドバンキング満載の
スピード・メタルを量産し、
“メタル・ゴッド”の称号を手にする。
80年代に突入してからのプリーストは、
10年間で6枚のアルバムを発表。
今回のピックアップ・アルバムは、
80年代最後のアルバムである、
通算11枚目のアルバム
「Ram It Down」

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ジューダス・プリーストは、イギリス。ウェストブロミッチにて、
写真左のイアン・ヒルと隣のK.K.ダウニングの
近所のお友達同士のキッカケでバンドが生まれた。
バンド名「JUDAS PRIEST」は、ボブ・ディランの1967年発表のアルバム
「John Wesley Harding」に収録されている、
「The Ballad of Frankie Lee and Judas Priest」からインスパイア。
アル・アトキンスをヴォーカリストに、バーミンガムを中心に活動。
ブルース・バンドとして活動していたが、徐々にハードロックへと転向。
時折、バッジー、Thin Lizzy、トラピーズの前座などを務める。

その後、ヴォーカリスト、ロブ・ハルフォードとドラマーのジョン・ヒンチが加入。
1stアルバム「ロッカ・ローラ」のレコーディングの際、
ザ・フライング・ハット・バンドで活躍していたグレン・ティプトンを迎える。
ブラック・サバスのプロデューサーとして活躍したロジャー・ベインの下、
1stアルバム「ロッカローラ」を1974年に発表。

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デビュー当時のジューダス・プリーストは、スピード感というよりは、
ツェッペリンやブラック・サバスのようなグルーヴ感あるナンバーが多い。
2ndアルバム「Sad Wings of Destiny」邦題「運命の翼」に収録されている
歴史上の暴君的、独裁者を歌った「Tyrant」から、攻撃性を兼ね備え、
プリーストらしい、伸びやかでキャッチーなサビの持って行き方が出てくる。
また、7分を超える大作「Victim of Changes」では、ツェッペリンを髣髴させ、
プリーストの音楽性の幅広さを垣間見え、ロブならではのハイトーンが光っている。
このアルバムから、ドラマーがジョン・ヒンチからアラン・ムーアを迎える。
1977年、3rdアルバム「Sin After Sin」邦題「背信の門」を発表。
ディープ・パープルのメンバーであり、名プロデューサーとしても知られる、
ロジャー・グローヴァーを迎え、前2作よりもグッと音に重みが増した。
ドラマティックな名曲「Sinner」から始まるこのアルバムは、
アメリカではゴールド・ディスクを獲得。
当時若干19歳の天才ドラマー、サイモン・フィリップスがドラムを担当し、
ボブ・ディランを発掘したジョーン・バエズの楽曲
「Diamonds & Rust」のカバーなども収録された第一期プリーストの成功作。

サイモン・フィリップスからレス・ビンクスを新ドラマーに迎え、
1978年に4thアルバム「Stained Class」を発表。
ライヴでも定番であり、グレン&K.K.のツイン・ギターが光る「Exciter」、
パワー・バラードの金字塔とも呼べる大名曲、
「Beyond the Realms of Death」邦題「死の国の彼方に」、
そして自殺の引き金となったと裁判沙汰まで発展してしまった、
プログレ・バンド、スプーキー・トゥースのカバー
「Better By You, Better Than Me」も収録された話題作。

そして同年の1978年に、先ほども触れた「Killing Machine」邦題「殺人機械」を発表。
アメリカでは、アルバム・タイトルにNGが出てしまい、
「Hell Bent for Leather」として発表される。
このアルバムからジューダス・プリーストならではの皮ジャンと、
ピラミッド・スタッズという重厚なファッションで、バンド・カラーを構築。
収録曲「Hell Bent for Leather」では、ハーレーに乗るロブが、
ステージ上に現れるパフォーマンスは有名であり、
本日の武道館でも展開されるのではないか??
このアルバムには、フリートウッド・マックの1970年ヒット作
「The Green Manalishi」のカバーも収録されている。

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そして、1980年代へと突入し、6枚目のアルバム「British Steel」を発表。
地位と名誉を確立したプリーストは更に加速力を増していく。
プリースト・サウンドの原動力であり、プリーストの醍醐味である、
K.K.ダウニングとグレン・ティプトンのツイン・ギター。
二人のギター・バトルが80年代から目立ち始め、
よりヘヴィ・メタルな世界になってくる。

HR/HMシーンで、ツイン・ギターを擁するバンドは、それはそれは多い。
リズムを刻む、バッキング・ギタリストと、ソロでテクニックを魅せる、
バンドの花形とも呼ぶべきリード・ギタリスト…。
リズム&リードの編成ではアンガス&マルコムのヤング兄弟のAC/DCや、
スラッシュ&イジーのガンズ、スコット&ダンのアンスラックスが印象的。
ジューダス・プリーストの場合は、両ギタリストともにリード・ギターであり、
お互いが持つ得意奏法を展開させるツイン・リード編成。
ナイトレンジャーのブラッド・ギルス&ジェフ・ワトソン、
アイアン・メイデンのデイヴ・マーレー&エイドリアン・スミスが代表的。

右→左、左→右と、ツイン・ギター編成ならではの空間の広がりを、
ヘッドフォンやスピーカーで味わえるのが醍醐味。
グレン・ティプトンの変形型ギブソンSGから奏でられる
ドライブ感溢れるダイブボムと、ハンマリング&プリング・オフの流麗なレガート。
それに対してK.K.は、ハイ・ポジション&チョーキングの高音を
主軸とするグレン・ティプトンと対称的に、
ロー・ポジションから繰り出すヘイマーUSAのギター・テク。
ピッキング・ハーモニクスと滑らかなスウィープ奏法など、
攻撃的なグレンと職人的K.K.の華麗で激情なツイン・ギター・バトル。
そんな二人が同旋律を奏でたときの美しきユニゾン・スタイルが、
スピード・メタルらしさを出しながらも、NWOBHMの精神を色濃く出している。
ナイトレンジャーのスポーティーなツイン・ギター、
アイアン・メイデンの刹那メロディにおける芸術的なツイン・ギター、
そしてプリーストの“硬さ”を強調させたメタラーの琴線ストライクのツイン・ギター。
僕は、そんなツイン・リード・ギター・バンドが本当に大好きです(笑)

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大好きな奥田民生さんも、思わず手にとってしまうジューダス・プリースト。
民生さんが手に持つプリーストのベスト盤
「リヴィング・アフターミッドナイト〜ザ・ベスト・オブ・ザ・メタル・ゴッド〜」は、
80年代からの後期プリーストの名曲がずらりと並ぶ、
我々世代が一番愛してきたナンバーばかり。
asato with metalogy.JPG「The Hellion」→「Electric Eye」から始まる、
1982年発表通算8枚目の作品
「Screaming for Vengeance」
邦題「復讐の叫び」から僕らはハマった。
それから「Defenders of the Faith」
邦題「背徳の掟」に続き、「Turbo」
そしてピックアップ・アルバム
「Ram It Down」っとジューダスにゾッコン。
最後は「Painkiller」で驚愕した!!!!
そんな流れの同い年メタラーは多いのでは?
そして、←の写真のコンプリート・ボックス
「メタロジー」を思わず買ってしまうのである。
最近中古市場で安くなってしまっているのが悲しい。
確か定価は9000円だったような気がします。

とにかく歴史が長く、多くのファンを獲得しているプリースト。
膨大な名曲を持つプリーストにおいて、
出来ればベスト盤にも収録されていない名曲を選ぼうと考えた末、
決まったのが、「Ram It Down」からのナンバー、
「メタロジー」にも収録されていない名曲exclamation×2「HARD AS IRON」exclamation×2
アルバムのタイトル・ナンバー「Ram It Down」も名曲であり、
遊び心満載のチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」のカバー、
グレン&K.K.のギター炸裂ナンバー「Heavy Metal」、「Come and Get It」など、
珠玉ナンバー満載のアルバムなんだけど、「HARD AS IRON」の
サビで聴かせる“ヴィーークトーーーリーー!!!”のロブのシャウトが、
鳥肌が立っちゃう爽快感があり、最高です。
当然グレン・ティプトンとK.K.ダウニングの鋭利なギター・バトルも
思いっきり堪能できます。なんで、ベスト盤に選ばれないんだろう。

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今回は、「HARD AS IRON」の前にグレン・ティプトンのソロ・アルバム
1997年発表「Baptizm of Fire」からタイトル・ナンバーで、
「Painkiller」を髣髴させる、グレンのギター炸裂インスト・ナンバー
「Baptizm of Fire」とリミックスした編成で放送されます。
この「Baptizm of Fire」は、ベースがビリー・シーン、
ドラムには故コージー・パウエル、キーボードはドン・エイリー、
そしてグレン・ティプトンと言う最強の4人が奏でるナンバー。
スーパー・プレイヤーの持ち味が出まくる、
フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチのようなインストです(笑)

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すっかり秋らしい季節になりました。
そろそろ、自動販売機にはホット・コーヒーが並ぶ頃です。
さてさて、本日のジューダス・プリーストでお蔭様で、
50アーティスト目です!!!
50アーティスト目がジューダス・プリーストと言うのも、なんだか嬉しいです(笑)
生粋のB型人間で、飽きっぽい自分が、ココまでよく書いたと思います。
すっかりブログの意図を通り越した、自己満足のアーティスト紹介ですが、
それでも読んでくださる皆様、ありがとうございます。
来月は、50アーティスト突破を記念して、
今まで紹介させていただいた全アーティストを一挙放送します。
編集のN君にも泣いてもらっております。
是非、放送のほうも楽しんでください。
有線放送キャンシステム
衛星デジタル音楽放送スペース・ディーバ

はぁ…今年もあと2ヶ月かぁ....
posted by 佐藤朝問 at 11:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

METALLICA「No Remose」

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「あの時に食べたお蕎麦をもう一度…」
「蕎麦と言えば、このお店…」
「蕎麦を食べに、車で2時間掛けて行く…」
…などなど、そんなお蕎麦に対するエピソードってあります??

都内でも、美味しいお蕎麦を堪能できますし、
最近の駅中にある立ち食いそばも、侮れないほど美味しいです。
とは言え、やっぱシチュエーションによって、
美味しい蕎麦が、さらに美味しくなるものです。
緑豊かな場所で食す蕎麦は、至福の時間を得られますよね。

写真は、奥多摩のそば処 とちより亭の「天そば」。
このお店は、味も素敵なんですが、とにかくお店に辿り着くまでが大変!!
4年前ぐらいに、後輩とツーリングに行った際に見つけたお店。
バイクで登るのも至難な程の急傾斜の山道をひたすら上がる。
このお店に、歩いて向かう事を想像すると、ゾッとします。

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4年前に見つけたときの感動を覚えていて、
今回また行ってきちゃいました。
「天そば」と一緒に、その場で焼いている「ヤマメの炭火焼」も注文。
これもまた、とちより亭ならではの美味メニューです。
うちの猫にも食べさせたいけれど、骨がねぇ…(笑)

このお店で、お蕎麦を注文すると、刺身こんにゃくと大根酢漬けも食せます。
また、お蕎麦のメニューには、ほんのり甘い、そば団子や
天然のわさびも出してくれて、旅行気分倍増です。
これからの紅葉シーズンにお薦めのお店です。
とは言っても、車で行った方がイイですよ.....
まぁ、山道を歩いて、とちより亭で食した時は、
達成感と充実感両方を味わえるでしょうけど....

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台風直撃の先週金曜から、サバイバル・キャンプを実行していた、
長年仲良くさせてもらっているディレクターさんたち。
土曜日から途中参加で、奥多摩のキャンプを楽しみました。

本格的なキャンプ・セットを持っている皆さんの手際さに感動。
時折の雨による不安定な天気なんかビクともしないテント内で、
バーベキュー、そして熱きUNO対決などを楽しみ、
翌日の日曜日のお昼に、とちより亭に行ったワケです。

とちより亭
http://www.okutama.gr.jp/mikaku/totiyori/totiyori.htm

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さてさて本題に入りまして…
今週末27日は、メタリカの初代ベーシスト、クリフ・バートンの命日。
享年24歳と言う若さで、この世を去った偉大なるベーシスト。
彼がこの世を去って、もう22年の月日が経つが、
彼の攻撃的ベース・プレイは、今もなお圧倒的な存在感が漲っている。

今回は、ベーシスト、クリフ・バートンを偲び、
そして、5年振りの新作「Death Magnetic」発売を祝し、
請謁ながらメタリカをピックアップさせていただく雷雷

この時点で、今回のブログは長くなるような気がします…

まず、クリフ・バートンと言う男を紐解いてみる....
1962年2月10日、カリフォルニア州、カストロ・バレーにて生まれる。
幼少の頃は、両親の薦めで、ピアノを習うが、彼が13歳のときにベースと出会う。
ABCスタジオのスティーヴ・ドハーティの下、毎日6時間の猛練習を積む。

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1979年、クリフ17歳のときに、高校時代の友人であり、
後のフェイス・ノー・モアのギタリスト、ジム・マーティン、
(写真右のフライングVを持った男)
同じくフェイス・ノー・モア出身で、現在オジーのドラマーとして活躍中の
マイク・ボーディン(写真左から2番目のドレッドヘアーの男)と、
EZ-Streetと言うバンドを結成し、バンド・スキルを高めた。

高校卒業後、シャボット・カレッジに進学。
あのトム・ハンクスも、シャボット・カレッジで2年間学び、
カリフォルニア州立大学サクラメント校へ編入している。

クリフは、同じくシャボット・カレッジに入学したジム・マーティンと、
Agents of Misfortuneと言うバンドを結成。
カリフォルニアで開催された「Battle of the Bands」と言うコンテストに挑戦。
このコンテストで、後のメタリカを代表するナンバーとなる、
クリフの真骨頂ベース・ソロ楽曲「(Anesthesia) Pulling Teeth」と、
2ndアルバム「Ride the Lightning」収録の「For Whom the Bell Tolls」を披露する。
(「For Whom the Bell Tolls」のイントロ部分)
「For Whom the Bell Tolls」に関しては12分間もベース・ソロを展開したらしい。

リッケンバッカーによる、ずば抜けたベース・テクニックと、
従来のベース音を超越した、ディストーション全開のサウンドを展開したクリフは、
このコンテストをキッカケに、トラウマと言うバンドのメンバーに....

1982年、トラウマのメンバーとして、ロスアンゼルスにあるナイトクラブ、
ウィスキー・ア・ゴー・ゴーでライヴを実施。
この時の対バンに、初期メタリカが参加していた。
この時のメタリカのベーシストは、ロン・マクカヴニー。

トラウマのメンバーとしてベースを弾きまくるクリフの姿に、
ジェームズとラーズは、ビビりまくったそうだ…。
クリフのプレイに心底惚れ込んだ二人は、ロンの代わりに、
クリフ・バートンを正式なメタリカのメンバーとして迎え入れる。
(ロン・マクカヴニーは、初代メタリカのギタリストであった
デイヴ・ムステインに嫌気がさしてメタリカを脱退してしまう)

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クリフ・バートンが在籍した頃のメタリカは原点であり、無敵である。
スラッシュ・メタルの礎を築いた名盤3枚は、
今もなおロック・シーンに影響を与えているのではないか?
上記3枚の中で、クリフ・バートンの名前がクレジットされた楽曲は、
1stアルバム「Kill'Em All」では、「(Anesthesia) Pulling Teeth」
2ndアルバム「Ride the Lightning」では、「Fight Fire with Fire」、
「Ride the Lightning」、「For Whom the Bell Tolls」、
「Fade to Black」、「Creeping Death」、「The Call of Ktulu」

3rdアルバム「Master of Puppets」では、「Master of Puppets」、
「Orion」、「Damage, Inc」
  
そして、他界後にリリースされた「…And Justice for All」に収録されている、
9分を超える壮大なインスト・ナンバー「To Live Is to Die」の合計12曲。

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3rdアルバム「Master of Puppets」の大成功により、
メタリカは欧州ツアー“ダメージ・インク・ツアー”を敢行.....
頂点を極めたモンスター・バンドの位置づけに奢らず、
精力的にライヴを展開したメタリカ。

スウェーデン巡業時、メンバーはツアー・バスに乗り、一路コペンハーゲンへ....
疲労が溜まっていたのか、クリフは後部座席に座っていたジェームスに、
席を替わって欲しいと言い、彼は後部座席へ移動した。

午前6時15分…バスが凍結した路面によりスリップ…横転した。
後部座席に座っていたクリフは窓ガラスを突き破り、外に投げ出され即死。
この時のバスの運転手は酒を飲んでいたらしい.....。
1986年9月27日…クリフ・バートン永眠....享年24歳

クリフの突然の他界はシーンに激震が走った。
メガデスを始動させた、元メタリカのギタリストであり、
クリフと共にメタリカのステージも経験したデイヴ・ムステインは、
3rdアルバム「So Far, So Good... So What!」に、
彼への追悼の意を込めたナンバー「In My Darkest Hour」を収録。
クリフの死に絶句し、悲しみのどん底になってしまったデイヴの
怒りと悲しみが、ひしひしと伝わる6分越えの壮大な名曲。

アンスラックスは3rdアルバム「Among the Living」、
メタル・チャーチは2ndアルバム「The Dark」をクリフに捧げるアルバムとして発表。

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メタリカは、後任ベーシストのオーディションを実施。
このオーディションには、技巧派、プライマスのレス・クレイプールも参加した。
そして、メンバー3人が選んだのは、フロットサム・アンド・ジェットサムのリーダー、
ジェイソン・ニューステッド。
忌まわしき事故から2年後の1988年8月に、「…And Justice for All」を発表。
生前にクリフが手がけた楽曲「To Live Is to Die」を収録。
「Master of Puppets」収録の「Orion」を髣髴とさせるインスト・ナンバー。
「…And Justice for All」はシングル・カット「ONE」のヒットにより、
前3作を大きく上回る売り上げを記録…。ここから第二期メタリカの幕が開ける。

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グラミーの常連ともなったメタリカだが、頂点に君臨し続ける重圧が圧し掛かる。
その辺の彼らの栄光と苦悩を描いた作品が「メタリカ 真実の瞬間」。
バンド歴今年で27年目を迎えたメタリカの歴史が、
2003年に発表されたアルバム「St.Anger」の制作経緯と共に振り返る、
ファンにとっては、涙が止まらないドキュメンタリー映画である。
デイヴ・ムステインの解雇、クリフ・バートンの死、
ジェイソンに対する視点、新ベーシストのオーディション、
そして新作を作り上げる苦悩…フィクションにも見えがちではあるが、
真実を伝えたノン・フィクションな構成である。

先日のフォビドゥンの際にも紹介したように、
メタリカが残した功績は、あまりにも大きい…
特に、1stアルバム「KILL'EM ALL」の登場は衝撃度があり過ぎる。
今回のMETAL無頼漢も、この「KILL'EM ALL」をフィーチャー。
この作品をピックアップしながら、本体であるメタリカを今度は検証する。

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写真で上から左は、故クリフ・バートン、
>ジェームス・ヘッドフィールド(リード・ヴォーカル&サイドギター)
カリフォルニア州、ドウニー出身、1963年8月3日生まれ
使用ギターは、ESPのシグネチュア・モデル「トラックスター」、「グリンチ」。
>左下、カーク・ハメット(リード・ギター)
サンフランシスコ出身、1962年11月18日生まれ、
フィリピン人の母親とアイルランド人の父親。
使用ギターはESPのシグネチュア・モデル「KH」シリーズ。
1980年〜1983年までエクソダスのメンバーであり、
ジョー・サトリアーニの門下生でもある。
>ラーズ・ウルリッヒ(ドラマー)
デンマーク、コペンハーゲン出身 1963年12月26日生まれ
元プロ・テニス・プレイヤーの父親のもと、17歳でカリフォルニアに移住。

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1981年に結成されたメタリカ。
デビュー・アルバム「KILL'EM ALL」から最新作「DEATH MAGNETIC」までの
27年間の彼らのバイオグラフィを、ざっと並べてみた。
デビュー当時の骨太でストイックな存在だった彼らも、
時代とともに、様々なサントラやコンピレーションに参加しているのが伺える。
やはり、クリフの死とともに、表現方法が変わった事も伺えてしまう。
メタリカと言うバンドは、歴史が長いバンドだから、発表している作品も多い…
っと言う単純計算が当てはまるバンドでなかったような気がする。
商業目的や時代に迎合すると言ったバンドではなかったハズだ....。
しかし、紐解くと上記のようなバイオグラフィであり、
明らかに5thアルバム「メタリカ」通称、ブラック・アルバム以降が、
無駄にサントラへ楽曲提供したりして、アイデンティティを見失いかけてしまっている。

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そんなメタリカの迷いは、シングル・ヒストリーを分析すると、如実に出てしまっている....。
ブラック・アルバムから6枚のシングル・カットを発表してからは、
手抜きなデザインで、インパクトの薄い楽曲が無駄にシングル・カットされている。
B'zのような、シングル出せば必ずオリコン・チャート1位と言う、
楽曲の良し悪し関係ない、熱狂的なファンの支えと、
音楽ビジネスの戦略が垣間見えるようなリリース方法を取って欲しくないものである。
とは言え、日本の音楽シーンは、シングルを常に出し続けなければ、
忘れられてしまう程のアーティストが飽和状態であり、
確実かつ安定度のあるラインに乗らなければ、正直、消えてしまうのが、
日本の音楽シーンならではの下克上なんだけどね....。

メタ真.jpgメタリカなんだから、巨人らしく堂々して欲しいのに、
グランジ、ミクスチュア、メロコアの追い風により、
彼らでさえ、試行錯誤の日々が続いたに違いない。
そんな彼らの苦悩を、「メタリカ 真実の瞬間」により、
メタリカ・ファンである我々は知ったような気がする。
U2やプライマル・スクリームのように、
時代が求めている音楽に適応するような器用さは、
メタルには必要ないし、メタリカなら尚更である。
そんなメタルだからこそ、取り残されたシーンであり、
その普遍的でマンネリな部分が良さでもあったりする。
どんなアーティストでも“新譜の俺らを聴いてくれ”
…っと言う趣旨で、ツアーを敢行したりするわけだが、
多くのファンは過去の名曲が聴きたいのが正直な話。
進化し続けることが大事なのか??
それとも確立したスタイルを持続するのが大事なのか??
非常に難しいポイントである。

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1981年結成時の初期メンバーには、ご存知メガデスのフロントマンである、
デイヴ・ムステインがリード・ギタリストであった。
元々デイヴはパニックと言うバンドで活動していたが、
ラーズのプローモションによる地元のコミュニティ紙での、
リード・ギタリストの募集告知を見て、メタリカのメンバーとなった。
とは言え、デイヴはアルコールとドラッグの常習者であり、
デイヴの飼っていた犬が、レコーディング中に暴れたりするなど、
バンドと言う一組織として考えるにあたって、問題児であり、
ジェームズとラーズの理想のメタリカ・フォーメーションにならなかった。
よってデイヴは解雇され、カークが新ギタリストとして起用される。
とは言え、デイヴの名前がクレジットされている、メタリカの楽曲は何曲かある。
「The Four Horsemen」、「Jump in the Fire」、「Phantom Lord」、
「Metal Militia」、「Ride the Lightning」、「The Call of Ktulu」の6曲。

“バンドやろうぜ”と言う勢いだけでもバンドは成り立たないし、
いくら優れた技術を持っているメンバーであっても、
組織を乱すような人物がいては、バンドは存続出来ない…。
だいたい、こういったバンド内のコントロール問題は、
バンドがデビューしてから起こりうる問題なのだが、
メタリカの場合は、アルバム発表以前に、そんな問題を克服した。
正直に言えば、デイヴ・ムステインと言う強烈な問題児と遭遇した事により、
メンバー間の結束の大事さを知れたのかもしれない(笑)
また、ジェームズとラーズが持っていたメタリカの理想像は、
計り知れないほど高いものであったに違いないし、
逆を言えば、ワンマン社長の会社が持つ社訓のような、
融通の利かない自己主張主義が強かったのではないか?っとも思う。
だからこそ、予想もつかなかったクリフの死に、
右往左往してしまったのではないだろうか???
“人生何が起こるかわからい”と言う生命保険のキャッチコピーではないが、
そんな人間が生きていくにおいて、常に考えなければいけないことが、
メタリカの生き様を見ると、改めて感じてしまうのである。
そして、そんな人間味あふれるところもメタリカの良さなのかもしれない。
そんな人間味は、徐々にメタリカのメンバーの風貌にも現れていくのだが、
生粋のバッドボーイだったデイヴは、いまだにブロンドヘアーを維持し、
若々しいルックスで活躍していると言うのも皮肉である(笑)

mtllc dm.JPG
メタリカは、デビュー前に発表されたデモ盤の存在も有名である。
特に「KILL'EM ALL」前のデモ盤は貴重なモノかもしれない。
初期デモ盤は、「KILL'EM ALL」に収録された楽曲ばかりであり、
デモ盤に収録されながら、徐々にアレンジが変わり、肉付けされ、
1曲1曲が完璧に仕上がったと言うことである。
他には、ラーズ個人的に愛したダイアモンド・ヘッドのカバーや、
現デフ・レパードのヴィヴィアン・キャンベルが在籍した事でも知られる、
スウィート・サヴェージのカバーなども収録されている。
デモ盤を発表することにより、中途半端なメジャー・デビューを避けてきた、
メタリカの完璧主義な一面も垣間見えるのである。
その間で、ベーシスト、ギタリストの交代劇などを経て、
最強の4人が集ったメタリカは、1983年「KILL'EM ALL」を満を持して発表するのである。

邦題「血染めの鉄鎚」として日本でリリースされた「KILL'EM ALL」。
フォビドゥンの紹介の際にも触れたが、西海岸出身バンドの“メタル革命”が、
このアルバムによって生まれ、その伝説は今もなお継承されている。
デビュー・アルバムにして本国アメリカでプラチナ・ディスクを獲得。
ジェームズとラーズが築き上げた土台と、
悪童デイヴ・ムステインのエッセンス、神業ベーシスト、クリフのプレイ、
そして、今や世界的ギタリストとして成長したカーク・ハメットのプレイ、
メタルの重要キーワードが凝縮された一枚なのである。

そんな「KILL'EM ALL」からのピックアップ・ソングは、
当然クリフ・バートンの追悼の意を込めて、
「(Anesthesia)Pulling Teeth」
そして、その流れで「Whiplash」と行きたいところなんだけど、
今回は、exclamation×2「No Remorse」exclamation×2にしました。

クリフ・バートンの歪を効かしたノイジーなベース音を
驚異的なフィンガー・ピッキング、そしてワウペダルを駆使し、
曲中盤からタッピング奏法をも展開させる、クリフ十八番のベース・インスト・ナンバー。
ラーズ&クリフの息の合った、加速力を増した部分は、
何度聴いても鳥肌が立ってしまう。
そして、ヴォーカル・トラックとしてピックアップさせていただいた、
「No Remose」(邦題「懺悔無用」)は、インスト・ナンバーではないかと思うくらい、
カークのギターが火を吹きまくる!!!!
トータル6分26秒は終始、スピード・メタル・アンセムが展開される。
この曲は、極上の転調を繰り返すので、3部構成のような曲展開。
まるでユニコーンの「おかしな二人」のような、聴き所が3パターンある(笑)

「(Anesthesia)Pulling Teeth」→「No Remose」と言う流れで、
放送には組み込まれております。
メタリカ・ファン的には、気持ち悪い流れかもしれませんが、
ご了承いただければと思います(笑)
「Whiplash」も、それはそれは名曲なんだけどね....
放送を聴いてくれた方が、この流れで、「オイ!!!」ってずっこける姿が目に浮かびます(笑)

asato with oni hattchuu.JPG
先週テレビ東京のレギュラー番組「オニ発注」の最終回収録を終えました。
若かりし頃に観ていた深夜番組ならではの、
ソフト・エロな世界が出ていた番組でした(笑)
最終回の収録のときに、「オニ発注」Tシャツを、
スタッフの方からいただきました。
この番組では、僕はかなり低めな声でのナレーションであり、
自分にとっても新たな声での仕事だったので楽しかったです。
思えば、最初の収録の際、スタッフの方が僕にオーダーした声が、
「郷里大輔さん風の声だと嬉しいです」…
っと、まさしくオニのような発注が来ました(笑)
げっ!!!! あんなに低い声出ねぇーーーーっ!!!!
って最初、躊躇してしまいましたが、
僕なりな映像と声のギャップ感を強調させたナレーションをしました。
そして、その声で一発OKをもらった時は嬉しかったです。

結構僕の周りの制作関係者は、「オニ発注」を観ていてくれて、
かなり業界ウケが良かった、知る人ぞ知る番組だったかもしれません。
是非、また「オニ発注」スタッフの皆様とお仕事が出来る日を楽しみにしています。

mtllcC.jpg
DANZIGさん、二度目のカキコミありがとうございます。
メタリカの新譜、最高ですよね。
今年のベスト・アルバムかもしれません。
ブログでも書かさせていただきましたが、ブラック・アルバム以降のメタリカは、
もう聴く気にもならない作品ばかりだっただけに、
今回の新譜も期待していませんでした。
何事も期待しすぎると、ハズレてしまうケースが多い昨今ですが、
「デス・マグネティック」に関しては、
メタリカ原点回帰を感じずにはいられませんでした。

大人になってしまうと、“あの頃のようには出来ないよ”
なんて思ってしまいがちですが、歳を重ねたって、
若かりしアクセル全開だった頃のような行動を取ったってイイと思うんです。
そこに、自分のキャパの広さを再確認出来るワケだし。

確かにVOIVODは変態スラッシュかもしれませんね。
“変態スラッシュ”って「ハイスクール奇面組」の“奇面フラッシュ”みたい(笑)


posted by 佐藤朝問 at 03:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

FORBIDDEN「R.I.P.」

禁断.JPG

ekiben.JPG
本日敬老の日…午前中の仕事を終えて新宿駅へ。
1日4本しか運行しない、小田急あさぎり号に乗って、
僕の田舎である静岡県沼津市へと行きました。
静岡県へ向かう旅といえば、「鯛飯弁当」を食しながらの旅が理想。
っが…!!!!
残念ながら売り切れだった為、
久しぶりに、横浜名物、崎陽軒の「シウマイ弁当」を買いました。

王道の白俵型ご飯と、シウマイと鮪の照り焼、唐揚げ。
そして崎陽軒ならではの筍煮。
この筍煮が、小さい頃嫌いでしたね。
絶対食べませんでした(笑)

シウマイ弁当とは言えど、「和」が基調となった名物弁当に、
今では至福の時間を過ごせるようになった自分…
味覚の変化を経て大人になった事を感じてしまったような気がします。

asato with gp.JPG今年で97歳を迎えた僕の祖父。
いやいや、最近すこぶる元気になっていて、
孫としても安心でございます。
とにかく、僕が幼少の頃は厳格な祖父であり、
色々な面で怒られた思い出があります。
とは言え、お小遣いやお年玉をくれて、
この歳になっても、あの頃の祖父であります。
午前中の現場が赤坂だったので、
「とらや」の羊羹を敬老の日のお祝いに持参。
照れながら「ありがとう」っと言ってくれました。
「最近景気はどうだ?」っと会うたびに尋ねる祖父ですが、
「あっ....あ、けっ…景気ねぇ...まーまーかな」っと返す自分。
ぶっちゃけ祖父は、僕の仕事をあまり理解していません(笑)
また、ちょっと前まで金髪で、ロックTシャツ着て仕事していることも
当然祖父は知りません…。きっと…たらーっ(汗)たらーっ(汗)たらーっ(汗)

すらっちゅ.JPG
さて、今週土曜日開催の5周年を迎えたスラッシュ・ドミネーション。
先週のヴォイヴォドに続き、今週はフォビドゥンをピックアップ。

このブログを始めてから、改めて“METAL”と言う音楽を探求していったワケだが、
今更ながら、“METAL”の奥深さ、そしてジャンルの広さを感じてしまった。
そして、結論で言うならば、“時代錯誤”な音楽であり、
暑苦しい存在で、カッコ良さを見出しずらい音楽である事も否めないのである。

このブログで、もっと僕が簡潔にまとめなければいけないのに、
ついつい、熱くなって書いてしまうが故に、
更にMETALへの拒否感を募らせてしまう方も、かなり多いようだ(笑)
この流れにより、現役メタラーを窮地に追い込んでしまっているようで、
最近は申し訳ない気持ちになってしまっている。

過去、メタルを聴いていた若者が、徐々に音楽の好みが変わっていき、
持っていたメタルのCDをガンガン、中古CD屋へ売り飛ばし、
メタルを卒業し、大人へとなっていっている。
こういった流れは非常に多く、よってメタラー人口は減少していった。

別に、この流れに意義申すとは僕は言いません…。
音楽そのものに興味を無くしてしまっている人間も僕の周りには沢山いるので、
そんな方たちよりかは、音楽の趣味が変わっても、
“I LOVE MUSIC”のポリシーを持っているならば素敵だと思います。

“I LOVE MUSIC”と言うより、“I LOVE ROCK”な方に、
かなり贔屓してしまう自分ですが、そんな洋邦問わず、
ロックを愛する方たちにとって、METALと言うワードは、
眉をひそめてしまう響きなんだろうけど、
不思議とスラッシュに関しては、皆認めている感があるような気がする。
前述で触れた、メタルCDを売ってしまい、メタルを卒業してしまった人も、
ハロウィンは売っちゃったけど、メタリカやアンスラックスは売らずに、
自宅のCDラックに保管している…って方が僕の周りには多い。

それだけ、スラッシュと言うジャンルは、
メタルのジャンルの中でも、色褪せないカッコ良さを兼ね備えたジャンルなのかも。
だからなのか、今もなお現役を貫いているスラッシュ・バンドが多い。
ライヴ熱がすっかり失せてしまった自分も、
スラッシュ・アーティストの来日だけは行きたくなる。

ボン・ジョヴィ、エアロスミスのようなミーハー感が無く、
孤高の存在感が漲っているのがスラッシュ・アーティスト。
邦楽ロック・シーンにおいてB'zが認められていないのに対して、
マキシマム・ザ・ホルモンの人気度は絶大である。
チャートを賑わすアーティストを毛嫌うロック通が、
世代関係なく多い日本のシーンを振り返ってみれば、
スラッシュが「METAL」と言う枠を飛び越えて、支持されているのが
うなずける様な気がしてならない.....。

さて、そんなスラッシュ・シーンにおいて、アンスラックスの際に触れた、
メタリカ、スレイヤー、メガデス、アンスラックスのスラッシュ四天王と、
もうひとつ欠かせないのが、“ベイエリア・クランチ”と呼ばれた、
サンフランシスコを拠点に生まれたベイエリア・スラッシュ・アーティストの存在。

エクソダス、テスタメント、デス・エンジェル等を中心に生まれた、
メタリカの成功に触発されたムーヴメントである。
そのムーヴメントで、独自の存在感を出し、
ベイエリア・クランチを代表するアーティストとなったフォビドゥン。

今回は彼らの1990年発表の2ndアルバム
「Twisted into Form」をフィーチャー。
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先日のW.A.S.P.の際にも触れたのだが、
とにかく、アメリカ西海岸出身のアーティストは、非常に横の繋がりが強い。

ベイアエリア・クランチが生まれたキッカケも、
エクソダス出身のカーク・ハメット、そして故クリフ・バートンが、
交流のあったエクソダス、テスタメント、そしてデス・エンジェルたちと、
サンフランシスコ近郊で、精力的にライヴを展開しながら、
互いに自主制作のデモ・テープを評価し合うようになってからの事。
各バンド、独自の世界観を持ちながらも、共通のロック・スピリットを見出し、
メタリカの1stアルバム「Kill'Em All」のヒットをキッカケに、
ベイエリア・クランチ・ムーヴメントを始動させたのである。

先輩☆後輩.JPG
上記のような年表を作ってみたんだけど、改めて、メタリカの1stアルバム
「Kill'Em All」が偉大な1枚だと言うことが解る。
1983年の同年発売であるスレイヤー、ヴェノムは、デビュー当時は、
サタニック要素強いビジュアルと音楽性であり、
スラッシュ・アーティストのカテゴリーとしては微妙な存在。
クロスオーバー・スラッシュのスーサイダルも1983年デビューであり、
あのパンテラも、メタル・バンドとして83年デビューである。

デイヴ・ムステインを解雇し、エクソダスのギタリストであった
カーク・ハメットを起用し、1stアルバムを発表したメタリカ。
って事は、エクソダス自身、非常に長い歴史を持ったバンドなんだけど、
メジャー・デビューしたのはメタリカのデビューから2年後の1985年。
同年、悔しい思いをしたデイヴ・ムステインのメガデスがデビュー。

そして、メタリカが既に頂点を極めてきた1980年代後半から、
テスタメント、デス・エンジェル、そして今回のフォビドゥンがデビューし、
スラッシュが産声を上げてから4年の歳月を経てベイエリア・クランチは誕生した。

スラッシュの土台が築き上げられ、
1980年代後半はスラッシュ・アーティストが大活躍した時期。
攻撃的なリフと社会問題を説いたリリックで、
スラッシュ・アーティストの存在感が絶大となり、
METAL=THRASHとなっていった中で、フォビドゥンは異色な存在感であった。
スラッシュ・バンドならではのツイン・ギター編成バンドだが、
ヴォーカリスト、ラス・アンダーソンのハイトーン・ヴォーカルにより、
他のスラッシュ・バンドのサウンドよりもソリッド感が生まれている。
メタル・チャーチのヴォーカリスト、ロニー・マンローの声にも似ているんだけど、
ラスには、伸びやかな高音シャウトがある!!!!

frbddnA.jpg
フォビドゥンはサンフランシスコで、1985年に結成。
初期メンバーは、ヴォーカル:ラス・アンダーソン、
ギター:クレイグ・ロシセーロ、ベース:ジョン・テジオ、
ドラム:現テスタメントのドラマーであり、
エクソダス、スレイヤーのドラマーとしても活躍したポール・ボスタフ。
そして、サイドギターには、現マシンヘッドのフロントマンであり、
ベイエリア・クランチ・アーティスト、ヴァイオレンスのメンバーでもあった、
ロブ・フリンがフォビドゥンの初期メンバーであった。

当時のバンド名はフォビドゥン・イーヴル(FORBIDDEN EVIL)。
このメンバー構成で1985年から2年間活動していた。

VLNC.JPG
後にヴァイオレンスのメンバーとなったロブ・フリンは、
サウンド・メーカーとしての才能もあり、1988年に発表された
フォビドゥン記念すべきデビュー・アルバム「Forbidden Evil」には、
ロブが関わった楽曲が3曲も収録されている。

ロブ脱退後のフォビドゥンは、新ギタリスト、グレン・アルヴェライス、
ベーシストにはマット・カマチョを迎え、バンド名もフォビドゥンに改め、
1988年にメジャー・デビューする。

88thrash.JPG
1988年は、スラッシュ・メタル・アーティスト全盛期であり、
カーカス、ナパーム・デス、デスと言った、デス系、グラインド・コア系も、
メタル・シーンに欠かせないジャンルとして確立された年でもある。
また、パンテラもフィル・アンセルモを新ヴォーカリストに迎え入れ、
パワー・メタル、スラッシュ・メタル要素を取り入れ、徐々にその存在感を出していった。
クリフ・バートンを亡くしたメタリカは、ジェイソン・ニューステッドを
新ベーシストとして迎え入れ、「…And Justice for All」を発表。
翌年の1989年に、初のビデオ・クリップ「ONE」がMTVでオン・エア。

1990年、フォビドゥンは、今回のピックアップ・アルバム「Twisted into Form」を発表。
グレン・アルヴェライスが脱退し、新ギタリスト、ティム・カルヴァートが加入。
アコースティック・ギターを起用したインスト・ナンバーを散りばめ、
コンセプト・アルバムのような構成に仕上がった彼らの大成功を収めた秀作。
シングル・カット「Step by Step」では、
ザクザク感溢れるスラッシュ・ナンバーでありながらも、
キャッチーなメロディ・ラインで、フォビドゥンを代表するナンバーとなった。
アルバム収録曲のほとんどを、ギターのクレイグ・ロシセーロと、
ドラマーのポール・ボスタフが関わっており、
テクニカル要素濃いナンバーが収録され、聴き応え十分な仕上がり。

このアルバムから、METAL無頼漢ピックアップ・ナンバーは、
7分を超えた大作ナンバーexclamation×2「R.I.P.」exclamation×2
「R.I.P.」とは、「RUST IN PEACE」の略であるのだが、
1990年と言えば、メガデスの最高傑作「RUST IN PEACE」も発表された年であり、
もしかすると、メガデスと差別化を図るために、タイトルを「R.I.P.」にしたのかも。

ラスの攻撃力増したハイトーン・ヴォイスと、
ティム&クレイグのツイン・ギター構成から放たれたヘヴィなリフが、
アンビエントな世界観を生み、インテレクチュアル・スラッシュな仕上がり。
ベイエリア・クランチ勢の中でも、このような楽曲を発表したバンドは、
フォビドゥンだけかもしれない。
今回はアルバム「Twisted into Form」の魅力の一つである、
アコギ・インストナンバー「Spiral Depression」とリミックスして放送されてます。

boze asato with seikimaII.JPG
夏休み明けの三連休、どんな休日でしたか??
僕は、今めちゃくちゃ首が痛いです(笑)
土曜早朝から釣りに行き、痛恨の釣果ゼロで終わり、
そのまま、釣りの帰りに飲み会に合流し、
カラオケで、SEX MACHINGUNSをヘドバンしながら歌いまくり!!!

飲んだ勢いでのヘッドバンキングなので、
腰を使わず、ひたすら首を振りまくってしまい、
案の定、首が悲鳴を出してしまいました(笑)

さてさて、もしWOWOWに加入している方いらっしゃいましたら、
明日から始まる音楽番組「RO15」観てください♪
真夏の祭典「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」と年末の祭典「COUNTDOWN JAPAN」。
この二大フェスのファンにお届けする、スペシャル・プログラムです。
第一回目のアーティストは木村カエラちゃんです。
ロック大好きスタッフに囲まれながら、ナレーションをさせてもらってます。
是非、観てくださいね♪
はぁ…首が痛えーーーっ
posted by 佐藤朝問 at 23:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

VOIVOD「Jack Luminous」

VVD@.JPG

tokuchan wedding.JPG
昨日、長年お仕事を一緒にさせていただき、
ジョジョ話で盛り上がりながらの酒を交わした、
CMディレクター徳さんの結婚式に出席させていただきました。

今年初の結婚式の出席でありましたが、
何度出席しても、結婚式というセレモニーは素敵です。

新郎新婦の人徳なんでしょう、それはそれは大盛り上がり。
披露宴が1時間もオーバーしてしまう程(笑)

よって二次会のスタンバイが大変でした。
二次会の司会を僕が担当させてもらったんですが、
あまりの演出の多い二次会だけに、
リハ不足により、ちょいドタバタ気味でしたが、
これまた大盛り上がりの二次会で、僕も司会をさせてもらって楽しかったです。

社会人になってから12年目ですが、
結婚式の出席は、司会を承った事も含めると、もう20組ぐらい。
ここ7〜8年は毎年出席しているような気がします。

僕を差し置いて、どんどん、みんな幸せになりやがる!!!!(笑)
まぁ、何はともあれ、徳さん、お幸せに〜♪

THらどみ.JPG
さてさて、鋼鉄話題へ…
今月の20日、21日に毎年恒例のスラッシュ祭り、
「スラッシュ・ドミネーション」が川崎クラブチッタで開催されます。
昨年の「スラッシュ・ドミネーション07」は、
ニュークリア・アソート、デストラクション、アナイアレイター、ネヴァーモアの4組。
今年は、テスタメント、ヴォイヴォド、フォビドゥンの3組。
ベイエリア・クランチの2強と、カナダの技巧派スラッシュの競演。
3アーティストとも大好きなアーティストだけに心踊ります!!!
んなワケで、テスタメントは既に紹介させていただいたので、
今週と来週で、ヴォイヴォドとフォビドゥンをピックアップさせていただきます。

今週は、カナダはケベック出身のヴォイヴォド!!!
アナイアレイターぶりのカナダ出身のバンドのピックアップ。
1982年結成で、元メタリカのジェイソン・ニューステッド参加や、
中心人物“ピギー”ことデニス・ダムールの急死など、
様々な出来事を経て、今もなお活躍中のカナダを代表するバンド。
2006年までに11枚のアルバムを発表し、元祖“SFスラッシュ”であり、
プログレ要素強い、変拍子が縦横無尽に展開される、
難解なスラッシュ・サウンドで、多くのスラッシュ・ファンを魅了している。

今回のピックアップ・アルバムは、1993年発表の通算7枚目となる
「THE OUTER LIMITS」をフィーチャー!!!

VVDA.JPG
“VOIVOD”(ヴォイヴォド)…凄いバンド名ですが、
語源はスラヴ語で、スラヴ語圏内とされるロシア、ポーランド、
ルーマニア、セルビア、クロアチアなどから生まれた言葉らしい。

強大な権力を持つ君主をヴォイヴォドと呼んでいたそうだが、
ドラキュラ伝説の発祥の地であるルーマニアなどでは、
人喰い戦士をヴォイヴォドと呼んでいたそうで、
そこからヒントを得て、バンド名にしたらしい....

そんな、権力と残忍性と攻撃性を感じさせるバンド名の彼らは、
デビュー当時の80年代初頭は、ゴリゴリのスラッシュ・メタル・バンド。

リード・ヴォーカルのスネイク、ギターのピギー、
ベースのブラッキー、ドラムのアウェイの4人編成でバンドを結成する。

ヴォイヴォドの発祥の地、カナダ、ケベック州は、
ご存知、カナダ国内で唯一、公用語がフランス語という特殊な文化圏。
先日、滝田洋二郎監督作「おくりびと」がグランプリを獲得した、
「モントリオール国際映画祭」が行われる場所としても有名であり、
昨年、佐藤琢磨選手が6位入賞の偉業を成し遂げたカナダGPの開催地でもある。

カナダの華やかな催し物の開催地であり、
フレンチ・カナディアンによる様々な文化が交錯する地で、
彼らはNWOBHMや70年代のハードコア・パンクなどからインスパイアされ、
ヴォイヴォドのサウンドが生まれた。

特殊な文化圏に生まれた彼らの本名は、
スネイクは、デニス・ベランジェ(Denis Bélanger)
ピギーは、デニス・ダムール(Denis D'Amour)
ブラッキーは、ジャン・イヴ・テリオー(Jean-Yves Thériault)
アウェイは、ミシェル・ランジュヴァン(Michel Langevin)
読むのが非常に難しい名前ばかりなので、
彼らはラモーンズのように??バンド内でのメンバー名を持っている。

VVDB.JPG
初期ヴォイヴォドの作品は、子供の落書き??
はたまた電話していると、話しながら、ついメモ帳に何気なく描いてしまった、
奇妙な落書きのような、滑稽なジャケット・デザインのヴォイヴォド。
1stアルバムから、このデザインを担当しているのが、ドラマーのアウェイ。
そんなアウェイが、“ヴォイヴォド”をバンド名に提案したらしい。

1984年、記念すべき1stアルバム「War and Pain」を発表したヴォイヴォド。
荒削りなリフとダークな世界観、そしてスネイクのデス・ボイスで、
当初のサウンドは、かなりブラック・メタルに近い世界観。

1986年発表の2ndアルバム「Rrröööaaarrr」。
ツェッペリンの最高傑作「Led Zepplin IV」も
本当のアルバム名が読めなかったが、
彼らの2ndアルバムは表記されているのに読めない!!!(笑)
ルルルォオオアアアアウァァーー!!!っかな??
名曲「Fuck Off and Die」や「Ripping Headaches」が収録された1枚。
王道なスラッシュ・ナンバーもあれば、
ヘッドバンギングしようと思ってもしずらい、
奇奇怪怪なヴォイヴォド・ワールドが展開し、
当時はB級スラッシュ・アーティストとして君臨していた。

1987年発表の3rdアルバム「Killing Technology」から、
ピギーのギターが、かなり前面に押し出されてきて、
金属的、メタリックなサウンドを展開したヴォイヴォド。
70年代ハードコア・パンクを髣髴させるメロディ・ラインと
ピギーの不協和音な予測不可能なギター・プレイが、
後のプログレ要素強いヴォイヴォドへのキッカケなのかもしれない。

PRC.JPGヴォイヴォドを知ったキッカケは、
TBSで毎週日曜の深夜放送されていた、
伝説の番組「PURE ROCK」でした。
「ヤング・ギター」元編集長、山本隆士さんが、
マスターとして営む「ピュア・ロック・カフェ」に、
伊藤政則氏、キャプテン和田氏が訪れ、
カウンターに座りながら、
お薦めのバンドなどを紹介した番組。
うじきつよしさんが声を務めていた、
ド派手な猫のマスコット、ガスの兄貴、
そして英語が堪能な菊池君、
あと、故野本礼三さんが声を担当した、
ゴミのおっさんのマペット・キャラも、
「PURE ROCK」ならではの不思議な構成(笑)
この番組で、ヴォイヴォドの「Killing Technology」のシングル・カット
「Ravenous Medicine」を紹介したのが、ヴォイヴォドとの出会いでしたね。
まぁ、この時14歳だった僕にとってヴォイヴォドの魅力は、
全然解りませんでしたけどね(笑)

1988年発表の4枚目のアルバム「Dimension Hatröss」。
プロローグとエピローグの2部構成となったコンセプト・アルバム。
アルバム最後には、「バットマン」のテーマ曲のカバーが収録。
キング・クリムゾンっぽいサウンドへと移行し、
デビュー6年目の貫禄が漲る珠玉の1枚かもしれない。

VVDC.JPG
1989年、大手レーベル、MCAと契約。
通算5枚目となる「Nothingface」を発表。
よあふき.JPGビルボードのアルバム・チャートに、
チャート・インしたヴォイヴォド最大のヒット作。
また、ピンク・フロイドの1967年発表のデビュー作、
「The Piper At The Gates Of Dawn」
邦題「夜明けの口笛吹き」に収録されている、
「Astronomy Domine」(邦題「天の支配」)を、
原曲の世界観を忠実に再現し、
ヴォイヴォドのプログレの世界観の第一歩がココから始まったかもしれない。

コード進行における“ディソナント・コード”。
そう、日本語で言う不協和音が確立されながらも、
今までのヴォイヴォドで聴かせてくれた荒々しさが排除され、
物悲しさとサイケな世界が伝わる楽曲が、この頃から生まれてきている。

TT.JPG
また、「Nothingface」発表の1989年には、アナイアレイター「Alice in Hell」、
エクソダス「Fabulous Disaster」 クリーター「Extreme Aggression」、
メタル・チャーチ「Blessing in Disguise」、オーバーキル「The Years of Decay」、
テスタメント「Practice What You Preach」
など、“テクニカル・スラッシュ”と言う新たなムーヴメントが生まれた頃である。

そして、MCA移籍第二弾であり、通算6枚目となる「ANGEL RAT」が1991年に発表。
ヴォイヴォドと同郷のハイテク集団、ラッシュのアルバムを多く手がけてきた、
名プロデューサー、テリー・ブラウンがプロデュースを担当。
ベーシスト、ブラッキーがキーボードを担当するなど、
収録曲は、かなり鍵盤が目立ってくる。
それだけに、かなり聴きやすいアルバムかもしれない。

変なの.JPG
そして、やっと今回のピックアップ・アルバム「THE OUTER LIMITS」。
1993年に発表された、「X-FILE」??って思わせる変なジャケット。
左のジャケットは、懐かしい赤青の3Dメガネが付属されている
3D立体ジャケット??仕様のアルバムであり、右のアルバムが通常盤。

この変な??アルバムから、長年ヴォイヴォドのリズムを刻んでいた、
ベーシスト、ブラッキーが脱退し、3人編成となったヴォイヴォド。
その為、ピギーがギターのみならずキーボードとサウンド・エフェクトを担当。

この流れだと、ヴォイヴォド失速を辿るのか?
っと思ってしまうが、これが恐ろしいほど素晴らしいアルバム。
ヴォイヴォドのファンの間でも、間違いなく最高傑作と呼ばれているのでは??
最高傑作と呼ぶメタラーは、スラッシュも好きで、プログレも好きな、
メタル追求型かもしれないけど、とにかくバラエティに富んだ1枚。

moapf.JPG今回の「THE OUTER LIMITS」でも、
ピンク・フロイドのカバーに挑戦している。
バルベ・シュローダー監督の1969年映画、
ヨーロピアン・ヒッピーを描いた作品
「モア」のサウンドトラックを担当した
ピンク・フロイドの楽曲「The Nile Song」をカバー。
彼らがピンク・フロイドを敬愛しているかが伺える。
そして、その勢いは「THE OUTER LIMITS」に
遺憾なく発揮されており、プログレ度が数段にアップ。
当然、テクニカル・スラッシュ色も申し分ナシ!!!
スネイクのヴォーカルも素晴らしい。
とにかく、捨て曲が1曲もない今作だけに、
1曲に絞るのが難しかったですが、
やはり、一際存在感が出ていたのが、トータル尺17分26秒と言う、
まさに、プログレならではの長尺ナンバー!!!!

exclamation×2「Jack Luminous」exclamation×2
17分間のナンバーなのに飽きさせない構成で、
プログレ色溢れていて、かつ変調を効かしながらスラッシュ・モードへ、
ザクザク引きずりこむ流れは、最高です。
故ピギーのギター・テクが素晴らしく、彼の他界が悔やまれる。

LLS.JPG
10分以上のナンバーと言うと、今思い出すのが上記6曲。
☆ドリーム・シアターの7部構成楽曲「A Change of Seasons」。23分6秒
☆キング・クリムゾンの2部構成楽曲「Moonchild」。12分13秒
☆ボストンの4部構成楽曲「Walk On」。10分23秒
☆アイアン・メイデン「Rime of the Ancient Mariner」。13分34秒
☆ガンマ・レイ「Heading for Tomorrow」。14分31秒
☆イエス「Heart of the Sunrise」。11分27秒
他にも、ロック史に残る壮大な長尺ナンバーは多い。
っが、やはりトラックに分かれた構成となる楽曲が多く、
1曲そのまま10分以上というのは、なかなか無いもの。
ガンマ・レイの大名曲「Heading for Tomorrow」も途中、失速気味となり、
ダレてしまう構成だが、今回のヴォイヴォド「Jack Luminous」は、
終始ドラマティックにスラッシュ&プログレッシヴが展開されます。

apu wear voivod.JPG
ヴォイヴォドの付録である3Dメガネを、愛猫にかけさせました(笑)
このコの顔にピッタリな小っちゃいメガネなんですよね。
なんだか、この赤と青のアナグラフ式3Dメガネも懐かしいアイテムですよね。
でも調べてみると、3Dメガネ着用で楽しむブログがあったりしました↓
http://yaplog.jp/yap_3d/
僕が、このメガネで思い出すのが、
ファミコン・ソフト「とびだせ大作戦」や、映画「ジョーズ3」、
ディズニー・ランドでしか観られなかった、
マイケル・ジャクソン主演映画「キャプテンE.O.」かなぁ.....
さんでぃ.JPG
う〜ん....懐かしい。
posted by 佐藤朝問 at 23:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

W.A.S.P.「THE HEADLESS CHILDREN」

わすぷ.JPG

ろぼこっぷ?.JPG
9月に入り、四季の中で一番好きな秋が近づいてきました。
学生の方は、新学期なんでしょうね....
夏休みの宿題は大丈夫だったかなぁ?
なんて、爽やかな問いかけは、このブログでは不必要ですよね(笑)

「宿題」と言う言葉は大人になると、関係ないような気がしますが、
「会議までの資料を来週までに」
「プレゼンテーションが決まったんで、企画書を作れ」
などと言った提出書類作成に追われることもあったりします。

特に毎週放送される番組を制作するスタッフの皆さんは、
それはそれは大変です。
僕のようなナレーターが収録する日、“MA”と呼ばれる作業は、
映像作品の最終仕上げの時です。
ですので、制作スタッフの皆さんは、何日も寝ていない状態なので、
半ゾンビ状態で、スタジオにいらっしゃいます。
過酷な宿題と毎日向き合っているような環境だと言えます。

学生時代、夏休み終盤ギリギリで宿題を終わらせる、一夜漬けタイプだったか、
じっくり夏休みの期間を利用し、ゆとりをもって宿題を終わらせる堅実型か?

この二通りの性格は、社会人になっても変わらないですよね。
なので、どんな職場でも、そんな二通りの人たちが、
日々忙しく仕事をしているんだろうなぁと思います。

僕は正直、勉強が大嫌いで、成績は最悪であり、
宿題も完璧にこなせた事は皆無だったような気がします。
でも「絵」を描くことは好きだったので、
絵を織り交ぜた自由研究や、絵日記などは楽しくしていました。

小学校の頃の夢が、漫画家だった自分なんですが、
先日のキング・ダイアモンド紹介の際、アップさせていただいた、
クラウザーII世の絵も、久々にマウスで描いてみて、
ペンだったら、もっと上手く描けるのに…って思いながらも、
結構ニコニコしながら描いてみました。

「絵」って描こうと思うモチベーションが生まれないかぎり、
なかなか鉛筆やペンが進まないような気がします。
ましてや、マウスで描くことなんて根気と、集中力が必要です。
クラウザーII世を描き終えた時、
この勢いを持続させようと、再度チャレンジしたのが、
今回のSDガンダムのようなロボコップの絵です(笑)

なぜ?ロボコップ?っと言うと、
ただいま、伊藤P氏たちと「シネドラ番外編」と言う
映画コラムを先月から書かさせていただいておりまして、
今日9月1日にピックアップした映画が「ロボコップ」だったからです。
映画がお好きな方は是非、遊びに来てください。

正確に言うならば、“絵を描く”と言うより、
模写する事が好きな自分です。
ですので、一からオリジナル・キャラクターは描けないんです。
オリジナル要素の無い独創性に欠けている、物まねタイプでしょうね。
もともと、声の仕事を志したキッカケも小林克也さんの物まねからだし…。
だからか、「あれっ?あの番組、佐藤君じゃない?」なんてよく言われます。
「いやっ…それ僕じゃありません...」なんて、悲しい返答をしてます。
つまり、僕ならではの確立した声が完成されていないんです。
「絵」同様、僕はそんな人生なのかもしれません。

ポッドキャスティング9月号です。誰かに似てます??

ぐうxoーーー.JPG
さて、9月に入ってのMETAL無頼漢ですが、
今日9月1日のピックアップ・アーティストは結構悩みました。
当初、今週、新木場スタジオコーストで来日公演を控えていた、
GWARを紹介する予定だったんですが、残念ながら来日中止。
あの衣装に、何かトラブルでもあったんでしょうか??(笑)
それにしても、特撮でも、ココまで怖いルックスの怪人はいませんでした(笑)

チェーン草.jpg
色々調べてみた結果、GWARにも負けない強烈な男の誕生日が、
9月4日だと言うことが分かり、彼のバンドをフィーチャーします。
チェーンソーが、レザー・フェイスの次に似合う男、ブラッキー・ローレス。
メタル・ヴォーカリストでは、僕の中ではベスト10に入る男。
彼は9月4日で52歳の誕生日を迎える。
地獄の使者のようだった彼も50歳を超えたんですね....。
そんな彼が率いるバンド、W.A.S.P.(ワスプ)をフィーチャーします。

まずブラッキー・ローレスという男を紐解くと、
彼は、カナダの先住民ブラックフット族の血を引いたアーティスト。
ブロリダに生まれ、ニューヨークへ移住。
ニューヨーク在住時は、ニューヨーク・ドールズの
サポート・ギターとして参加した経歴を持つ。
その時に出会ったニューヨーク・ドールズのベーシスト、
白血病により4年前に他界したアーサー・ケーンと共にカリフォルニアへ。
ケーン自身のバンド、キラー・ケーン・バンドのメンバーとして活動。
しかし、ケーンはニューヨークへ戻ってしまうのだが、
ブラッキー・ローレスは、ロスで活動することを決意。

1976年、後のW.A.S.P.のギタリストとして活躍するランディー・パイパーと、
シスターというバンドを結成させる。
シスター活動時、ステージでは既にブーツから火を出したり、
生きた芋虫を食べたりするパーフォーマンスを展開し、
W.A.S.P.の原点とも呼ぶべきバンドであった。
とにかく、ブラッキー・ローレスの存在は、W.A.S.P.結成前から話題であり、
あのキッスのジーン・シモンズもシスターのステージを観て、
アルバム「Love Gun」の制作に反映させたと言う。

その後も、1979年にサーカス・サーカスと言うバンドを結成。
1981年には、ロンドンというバンドを、現モトリー・クルーのニッキー・シックスと結成。
このロンドンというバンドは、数々のプレイヤーを輩出したバンドであり、
第一期ロンドンにブラッキーとニッキー、
第二期ロンドンには元ガンズ、現ヴェルヴェット・リボルバーのスラッシュ、
第二期の頃は、イジー・ストラドリン、シンデレラのフレッド・コウリーなども参加し、
ロンドン出身のL.A.メタル・アーティストは多いのである。
1990年に活動休止したが、2006年に活動を再開させている。

ロンドンを離れたブラッキーはW.A.S.P.を結成、
ニッキー・シックスはモトリー・クルーを結成する.....

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残虐メタル・アーティスト、W.A.S.P.の誕生が1982年…。
W.A.S.P.と言う頭字語を用いたバンド名。

“We Are Sexual Perverts”

“We Are So Perfect”

“We Are So Powerful”

“White Anglo-Saxon Protestants”

“We Are Satan's People”

“We Are Satan's Preachers”

W.A.S.P.の略は、ファンの間で色々と憶測が勝手に飛び回ったそうだが、
特に、最初の“We Are Sexual Perverts”(我々は性的変質者)は、
メンバー自身も憤慨したそうだ....。
ブラッキー曰く、スズメバチの巣からヒントを得たようなことも述べているそうだ。
まぁ、とにかく強烈な存在だけに、ファンたちの彼らのイメージは増幅するのである。

さて、デビュー当時の彼らのメンバー構成は、
ブラッキー・ローレス、リック・フォックス、ランディ・パイパー、
そしてトニー・リチャーズの4人編成バンド。
1984年に大問題となったシングル「Animal(F**k Like a Beast)」を発表。
何が問題かと言うと、過激すぎるジャケット・デザインであり、
即効発禁ジャケットとしてリリースにブレーキが掛かってしまう。

教育上良くない楽曲.JPG
デビュー・シングルからお騒がせしまくりのW.A.S.P.(笑)
タイトルもR指定だが、ジャケットは、もっとR指定!!!
股間に切れ味鋭そうな回転のこぎりが装着された、
卑猥さと残忍さがダブルで描かれたジャケットである。
そう言えば昨年9月、このデザインのTシャツを、ご用達PGS音楽市場さんの
アーティストとギョーカイ人さんが選ぶこの1枚」で、
選ばさせていただきました。
バリバリの金髪だった自分が懐かしいですふらふら

この楽曲は、1985年に発足された「Parents Music Resource Center」 (PMRC)
日本語で“青少年を有害な音楽から守る団体”ってカンジ?
映画「不都合な真実」で地球環境破壊を訴えた、
元アメリカ副大統領、アル・ゴア氏の奥様ティッパー・ゴアさんが
設立した団体であり、この団体からW.A.S.P.はレッドカートを提示された。
この団体から、目を付けられた有名な15曲が下記のタイトル。↓
・プリンス/「Darling Nikki」:セックス表現
・シーナ・イーストン/「Sugar Walls」:セックス表現
・ジューダス・プリースト/「Eat Me Alive」:セックス表現
・ヴァニティ/「Strap on Robbie Baby」:セックス表現
・モトリー・クルー/「Bastard」:バイオレンス
・AC/DC/「Let Me Put My Love into You」:セックス表現
・トゥイステッド・シスターズ/「We're Not Gonna Take It」:バイオレンス
・マドンナ/「Dress You Up」:セックス表現
・W.A.S.P./「Animal (Fuck Like a Beast)」:セックス表現、放送禁止用語
・デフ・レパード/「High 'n' Dry(Saturday Night)」:ドラッグ&アルコール表現
・マーシフル・フェイト/「Into the Coven」:悪魔崇拝
・ブラック・サバス/「Trashed」:ドラッグ&アルコール表現
・メアリー・ジェーン・ガールス/「In My House」:セックス表現
・ヴェノム/「Possessed」:悪魔崇拝
・シンディ・ローパー/「She Bop」:マスターベーション

映画「グローバル・メタル」の際にも触れたが、
1980年代は、とにかくメタルは有害な楽曲として罵倒されていた。
有名な話では、1986年、オジー・オズボーン「Suicide Solution」を聴いた少年が
自殺したと主張する少年の遺族が訴訟を起こした事件。
そして、1990年のジューダス・プリーストの「Better By You, Better Than Me」、
この楽曲を聴いた少年が自殺したと遺族が訴訟を起こした事件。

結局、両ケースも言論の自由を侵害するものであり、
立証できるものではないとして棄却されたのだが、
生死に関わる問題までも派生してしまったメタル楽曲において、
上記のような団体が発足しても致し方がないわけであるが、
今もなおロック・バンドたちは、この団体へ挑戦状を叩きつけており、
1993年に開催されたロック・フェス「ロラパルーザ」では、
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのメンバー全員が、
全裸フル●ン状態で、口をガムテープで押さえ、
4人の裸体には、P、M、R、Cと書かれ、ステージに仁王立ちした事件も起きた。

とにかく、デビュー早々問題を起こした前代未聞のバンド、W.A.S.P.(笑)
初期メンバーであるベーシスト、リック・フォックスが、
イングウェイを起用したばかりのスティーラーへ加入してしまった為、
ブラッキー自身がベーシストとなり、ギタリストにクリス・ホームズを迎え入れる。
ここから、W.A.S.P.伝説の幕開けである!!!!!

わすぷ黄金期.JPG
1984年記念すべきデビュー・アルバム「W.A.S.P.」(邦題「魔人伝」)を発表。
L.A.メタルならではの鋭利なリフとキャッチーさが印象的な、
名曲「I Wanna Be Somebody」でシーンに衝撃を与えまくった!!!
このアルバムからインスパイアされたアーティストは数多く、
特に、北欧ブラック・メタル・アーティストらのバイブル的アルバム。

1985年発表の2ndアルバム「The Last Command」から、
元スティーラーのロン・キール率いるキールのドラマーだった、
スティーヴ・ライリーを迎え、第二期W.A.S.P.を始動。
マウンテンの「ミッシシッピー・マウンテン」のカバーや、
哀愁漂うハードロック・チューン「Wild Child」、
ブラッキー・ローレスのエッヂの効いたシャウトが印象的な、
トルクフルなロック・ナンバー「Blind in Texas」など名曲揃いの1枚。
教育上良くないバンドが一気にスターダムを駆け上がった。

1986年発表の3rdアルバム「Inside the Electric Circus」では、
デビューからW.A.S.P.サウンドを支えてきたランディ・パイパーが脱退。
ブラッキーがベーシストからサイドギタリストへ....。
ベーシストに、元キング・コブラのジョニー・ロッドを迎える。
バンド・サウンドのクオリティがアップし、レイ・チャールスの
「I Don't Need No Doctor」のカバーや、ユーライア・ヒープの名曲
「Easy Living」のカバーなど、彼らの音楽性の幅広さが伺える1枚。
僕は、このアルバムで彼らを知りました。
「I'm Alive」を聴いて、彼らのファンになっちゃいました。

わすぷA.JPG
1980年前半を怒涛に駆け抜けていったW.A.S.P.
そんな彼らの転換期となったのが、今回のピックアップ・アルバム
1989年発表「The Headless Children」。
この時のメンバー編成は、ブラッキー、クリス、ジョニーの3人編成。
今までのセクシュアリティ、サタニズム要素を一掃させ、
重厚感あるメタリックなサウンドへと変貌させた。
このアルバムから、名ドラマー、フランキー・バネリをゲスト・ドラマーとして迎え、
キーボディストには、ユーライア・ヒープのケン・ヘンズレーを迎える。
また、ギタリスト、クリス・ホームズの恋人であったリタ・フォードも、
バック・ヴォーカルで参加している。
(後にクリスと結婚するが1年で破局…その後ニッキー・シックス
ジョー・リンターナー、トニー・アイオミと付き合うが、
なんと最終的に、あのマイケル・アンジェロ率いるNitroのヴォーカリスト、
ジム・ジレットと結婚した(笑))

そんな豪華なゲストを迎えての通算4枚目となるアルバム
「The Headless Children」には、シングル・カットとなった、
映画「さらば青春の光」でも有名なThe Whoの「The Real Me」のカバーや、
ハードロック王道なパワー・バラード「Forever Free」など、
正統派ハードロック・バンドとしての存在感を出した。

METAL無頼漢のピックアップ・ソングは、
ケン・ヘンズレーの怪しいハモンド・オルガンが素晴らしい楽曲。
オジーの世界を髣髴させる、今までのW.A.S.P.の邪悪さから、
ドラマティックで壮大な、黒魔術的なW.A.S.P.を感じさせるタイトル・トラック、
exclamation×2「The Headless Children」exclamation×2

この曲は、ケン・ヘンズレーのハモンドも最高なんだけど、
僕的には、後半の1分強のクリス・ホームズのスラッシャーなリフと、
ギター・ソロがめちゃくちゃお気に入りポイントです。

asato with metallica.JPG
昨日で、映画「グローバル・メタル」の
プレゼント受付は終了させていただきました。
クイズ難しかったですか??
意外と、「答えは分かりませんが応募させていただきます」
ってメッセージが何通かありました。
クイズの答えは、ポッドキャスティングで紹介しています。
そんでもって、来週のピックアップ・アーティストでもあります。

冒頭でも記載させていただきましたが、
シネドラ番外編」と言う映画紹介コラムに参加させていただいてます。

芸術の秋に、素敵な映画を探している方は、
是非覗いてみてくださいカチンコカチンコカチンコ
映画といえば、最近「オーシャンズ13」を観まして、
マット・デイモンが、エレン・バーキンをメロメロにしてしまう、
“ギルロイ”と言う媚薬が本当にあるのか、
ネットで調べてしまいました(笑)
あるワケないっつうの!!!!
posted by 佐藤朝問 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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