2008年09月22日

METALLICA「No Remose」

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「あの時に食べたお蕎麦をもう一度…」
「蕎麦と言えば、このお店…」
「蕎麦を食べに、車で2時間掛けて行く…」
…などなど、そんなお蕎麦に対するエピソードってあります??

都内でも、美味しいお蕎麦を堪能できますし、
最近の駅中にある立ち食いそばも、侮れないほど美味しいです。
とは言え、やっぱシチュエーションによって、
美味しい蕎麦が、さらに美味しくなるものです。
緑豊かな場所で食す蕎麦は、至福の時間を得られますよね。

写真は、奥多摩のそば処 とちより亭の「天そば」。
このお店は、味も素敵なんですが、とにかくお店に辿り着くまでが大変!!
4年前ぐらいに、後輩とツーリングに行った際に見つけたお店。
バイクで登るのも至難な程の急傾斜の山道をひたすら上がる。
このお店に、歩いて向かう事を想像すると、ゾッとします。

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4年前に見つけたときの感動を覚えていて、
今回また行ってきちゃいました。
「天そば」と一緒に、その場で焼いている「ヤマメの炭火焼」も注文。
これもまた、とちより亭ならではの美味メニューです。
うちの猫にも食べさせたいけれど、骨がねぇ…(笑)

このお店で、お蕎麦を注文すると、刺身こんにゃくと大根酢漬けも食せます。
また、お蕎麦のメニューには、ほんのり甘い、そば団子や
天然のわさびも出してくれて、旅行気分倍増です。
これからの紅葉シーズンにお薦めのお店です。
とは言っても、車で行った方がイイですよ.....
まぁ、山道を歩いて、とちより亭で食した時は、
達成感と充実感両方を味わえるでしょうけど....

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台風直撃の先週金曜から、サバイバル・キャンプを実行していた、
長年仲良くさせてもらっているディレクターさんたち。
土曜日から途中参加で、奥多摩のキャンプを楽しみました。

本格的なキャンプ・セットを持っている皆さんの手際さに感動。
時折の雨による不安定な天気なんかビクともしないテント内で、
バーベキュー、そして熱きUNO対決などを楽しみ、
翌日の日曜日のお昼に、とちより亭に行ったワケです。

とちより亭
http://www.okutama.gr.jp/mikaku/totiyori/totiyori.htm

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さてさて本題に入りまして…
今週末27日は、メタリカの初代ベーシスト、クリフ・バートンの命日。
享年24歳と言う若さで、この世を去った偉大なるベーシスト。
彼がこの世を去って、もう22年の月日が経つが、
彼の攻撃的ベース・プレイは、今もなお圧倒的な存在感が漲っている。

今回は、ベーシスト、クリフ・バートンを偲び、
そして、5年振りの新作「Death Magnetic」発売を祝し、
請謁ながらメタリカをピックアップさせていただく雷雷

この時点で、今回のブログは長くなるような気がします…

まず、クリフ・バートンと言う男を紐解いてみる....
1962年2月10日、カリフォルニア州、カストロ・バレーにて生まれる。
幼少の頃は、両親の薦めで、ピアノを習うが、彼が13歳のときにベースと出会う。
ABCスタジオのスティーヴ・ドハーティの下、毎日6時間の猛練習を積む。

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1979年、クリフ17歳のときに、高校時代の友人であり、
後のフェイス・ノー・モアのギタリスト、ジム・マーティン、
(写真右のフライングVを持った男)
同じくフェイス・ノー・モア出身で、現在オジーのドラマーとして活躍中の
マイク・ボーディン(写真左から2番目のドレッドヘアーの男)と、
EZ-Streetと言うバンドを結成し、バンド・スキルを高めた。

高校卒業後、シャボット・カレッジに進学。
あのトム・ハンクスも、シャボット・カレッジで2年間学び、
カリフォルニア州立大学サクラメント校へ編入している。

クリフは、同じくシャボット・カレッジに入学したジム・マーティンと、
Agents of Misfortuneと言うバンドを結成。
カリフォルニアで開催された「Battle of the Bands」と言うコンテストに挑戦。
このコンテストで、後のメタリカを代表するナンバーとなる、
クリフの真骨頂ベース・ソロ楽曲「(Anesthesia) Pulling Teeth」と、
2ndアルバム「Ride the Lightning」収録の「For Whom the Bell Tolls」を披露する。
(「For Whom the Bell Tolls」のイントロ部分)
「For Whom the Bell Tolls」に関しては12分間もベース・ソロを展開したらしい。

リッケンバッカーによる、ずば抜けたベース・テクニックと、
従来のベース音を超越した、ディストーション全開のサウンドを展開したクリフは、
このコンテストをキッカケに、トラウマと言うバンドのメンバーに....

1982年、トラウマのメンバーとして、ロスアンゼルスにあるナイトクラブ、
ウィスキー・ア・ゴー・ゴーでライヴを実施。
この時の対バンに、初期メタリカが参加していた。
この時のメタリカのベーシストは、ロン・マクカヴニー。

トラウマのメンバーとしてベースを弾きまくるクリフの姿に、
ジェームズとラーズは、ビビりまくったそうだ…。
クリフのプレイに心底惚れ込んだ二人は、ロンの代わりに、
クリフ・バートンを正式なメタリカのメンバーとして迎え入れる。
(ロン・マクカヴニーは、初代メタリカのギタリストであった
デイヴ・ムステインに嫌気がさしてメタリカを脱退してしまう)

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クリフ・バートンが在籍した頃のメタリカは原点であり、無敵である。
スラッシュ・メタルの礎を築いた名盤3枚は、
今もなおロック・シーンに影響を与えているのではないか?
上記3枚の中で、クリフ・バートンの名前がクレジットされた楽曲は、
1stアルバム「Kill'Em All」では、「(Anesthesia) Pulling Teeth」
2ndアルバム「Ride the Lightning」では、「Fight Fire with Fire」、
「Ride the Lightning」、「For Whom the Bell Tolls」、
「Fade to Black」、「Creeping Death」、「The Call of Ktulu」

3rdアルバム「Master of Puppets」では、「Master of Puppets」、
「Orion」、「Damage, Inc」
  
そして、他界後にリリースされた「…And Justice for All」に収録されている、
9分を超える壮大なインスト・ナンバー「To Live Is to Die」の合計12曲。

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3rdアルバム「Master of Puppets」の大成功により、
メタリカは欧州ツアー“ダメージ・インク・ツアー”を敢行.....
頂点を極めたモンスター・バンドの位置づけに奢らず、
精力的にライヴを展開したメタリカ。

スウェーデン巡業時、メンバーはツアー・バスに乗り、一路コペンハーゲンへ....
疲労が溜まっていたのか、クリフは後部座席に座っていたジェームスに、
席を替わって欲しいと言い、彼は後部座席へ移動した。

午前6時15分…バスが凍結した路面によりスリップ…横転した。
後部座席に座っていたクリフは窓ガラスを突き破り、外に投げ出され即死。
この時のバスの運転手は酒を飲んでいたらしい.....。
1986年9月27日…クリフ・バートン永眠....享年24歳

クリフの突然の他界はシーンに激震が走った。
メガデスを始動させた、元メタリカのギタリストであり、
クリフと共にメタリカのステージも経験したデイヴ・ムステインは、
3rdアルバム「So Far, So Good... So What!」に、
彼への追悼の意を込めたナンバー「In My Darkest Hour」を収録。
クリフの死に絶句し、悲しみのどん底になってしまったデイヴの
怒りと悲しみが、ひしひしと伝わる6分越えの壮大な名曲。

アンスラックスは3rdアルバム「Among the Living」、
メタル・チャーチは2ndアルバム「The Dark」をクリフに捧げるアルバムとして発表。

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メタリカは、後任ベーシストのオーディションを実施。
このオーディションには、技巧派、プライマスのレス・クレイプールも参加した。
そして、メンバー3人が選んだのは、フロットサム・アンド・ジェットサムのリーダー、
ジェイソン・ニューステッド。
忌まわしき事故から2年後の1988年8月に、「…And Justice for All」を発表。
生前にクリフが手がけた楽曲「To Live Is to Die」を収録。
「Master of Puppets」収録の「Orion」を髣髴とさせるインスト・ナンバー。
「…And Justice for All」はシングル・カット「ONE」のヒットにより、
前3作を大きく上回る売り上げを記録…。ここから第二期メタリカの幕が開ける。

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グラミーの常連ともなったメタリカだが、頂点に君臨し続ける重圧が圧し掛かる。
その辺の彼らの栄光と苦悩を描いた作品が「メタリカ 真実の瞬間」。
バンド歴今年で27年目を迎えたメタリカの歴史が、
2003年に発表されたアルバム「St.Anger」の制作経緯と共に振り返る、
ファンにとっては、涙が止まらないドキュメンタリー映画である。
デイヴ・ムステインの解雇、クリフ・バートンの死、
ジェイソンに対する視点、新ベーシストのオーディション、
そして新作を作り上げる苦悩…フィクションにも見えがちではあるが、
真実を伝えたノン・フィクションな構成である。

先日のフォビドゥンの際にも紹介したように、
メタリカが残した功績は、あまりにも大きい…
特に、1stアルバム「KILL'EM ALL」の登場は衝撃度があり過ぎる。
今回のMETAL無頼漢も、この「KILL'EM ALL」をフィーチャー。
この作品をピックアップしながら、本体であるメタリカを今度は検証する。

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写真で上から左は、故クリフ・バートン、
>ジェームス・ヘッドフィールド(リード・ヴォーカル&サイドギター)
カリフォルニア州、ドウニー出身、1963年8月3日生まれ
使用ギターは、ESPのシグネチュア・モデル「トラックスター」、「グリンチ」。
>左下、カーク・ハメット(リード・ギター)
サンフランシスコ出身、1962年11月18日生まれ、
フィリピン人の母親とアイルランド人の父親。
使用ギターはESPのシグネチュア・モデル「KH」シリーズ。
1980年〜1983年までエクソダスのメンバーであり、
ジョー・サトリアーニの門下生でもある。
>ラーズ・ウルリッヒ(ドラマー)
デンマーク、コペンハーゲン出身 1963年12月26日生まれ
元プロ・テニス・プレイヤーの父親のもと、17歳でカリフォルニアに移住。

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1981年に結成されたメタリカ。
デビュー・アルバム「KILL'EM ALL」から最新作「DEATH MAGNETIC」までの
27年間の彼らのバイオグラフィを、ざっと並べてみた。
デビュー当時の骨太でストイックな存在だった彼らも、
時代とともに、様々なサントラやコンピレーションに参加しているのが伺える。
やはり、クリフの死とともに、表現方法が変わった事も伺えてしまう。
メタリカと言うバンドは、歴史が長いバンドだから、発表している作品も多い…
っと言う単純計算が当てはまるバンドでなかったような気がする。
商業目的や時代に迎合すると言ったバンドではなかったハズだ....。
しかし、紐解くと上記のようなバイオグラフィであり、
明らかに5thアルバム「メタリカ」通称、ブラック・アルバム以降が、
無駄にサントラへ楽曲提供したりして、アイデンティティを見失いかけてしまっている。

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そんなメタリカの迷いは、シングル・ヒストリーを分析すると、如実に出てしまっている....。
ブラック・アルバムから6枚のシングル・カットを発表してからは、
手抜きなデザインで、インパクトの薄い楽曲が無駄にシングル・カットされている。
B'zのような、シングル出せば必ずオリコン・チャート1位と言う、
楽曲の良し悪し関係ない、熱狂的なファンの支えと、
音楽ビジネスの戦略が垣間見えるようなリリース方法を取って欲しくないものである。
とは言え、日本の音楽シーンは、シングルを常に出し続けなければ、
忘れられてしまう程のアーティストが飽和状態であり、
確実かつ安定度のあるラインに乗らなければ、正直、消えてしまうのが、
日本の音楽シーンならではの下克上なんだけどね....。

メタ真.jpgメタリカなんだから、巨人らしく堂々して欲しいのに、
グランジ、ミクスチュア、メロコアの追い風により、
彼らでさえ、試行錯誤の日々が続いたに違いない。
そんな彼らの苦悩を、「メタリカ 真実の瞬間」により、
メタリカ・ファンである我々は知ったような気がする。
U2やプライマル・スクリームのように、
時代が求めている音楽に適応するような器用さは、
メタルには必要ないし、メタリカなら尚更である。
そんなメタルだからこそ、取り残されたシーンであり、
その普遍的でマンネリな部分が良さでもあったりする。
どんなアーティストでも“新譜の俺らを聴いてくれ”
…っと言う趣旨で、ツアーを敢行したりするわけだが、
多くのファンは過去の名曲が聴きたいのが正直な話。
進化し続けることが大事なのか??
それとも確立したスタイルを持続するのが大事なのか??
非常に難しいポイントである。

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1981年結成時の初期メンバーには、ご存知メガデスのフロントマンである、
デイヴ・ムステインがリード・ギタリストであった。
元々デイヴはパニックと言うバンドで活動していたが、
ラーズのプローモションによる地元のコミュニティ紙での、
リード・ギタリストの募集告知を見て、メタリカのメンバーとなった。
とは言え、デイヴはアルコールとドラッグの常習者であり、
デイヴの飼っていた犬が、レコーディング中に暴れたりするなど、
バンドと言う一組織として考えるにあたって、問題児であり、
ジェームズとラーズの理想のメタリカ・フォーメーションにならなかった。
よってデイヴは解雇され、カークが新ギタリストとして起用される。
とは言え、デイヴの名前がクレジットされている、メタリカの楽曲は何曲かある。
「The Four Horsemen」、「Jump in the Fire」、「Phantom Lord」、
「Metal Militia」、「Ride the Lightning」、「The Call of Ktulu」の6曲。

“バンドやろうぜ”と言う勢いだけでもバンドは成り立たないし、
いくら優れた技術を持っているメンバーであっても、
組織を乱すような人物がいては、バンドは存続出来ない…。
だいたい、こういったバンド内のコントロール問題は、
バンドがデビューしてから起こりうる問題なのだが、
メタリカの場合は、アルバム発表以前に、そんな問題を克服した。
正直に言えば、デイヴ・ムステインと言う強烈な問題児と遭遇した事により、
メンバー間の結束の大事さを知れたのかもしれない(笑)
また、ジェームズとラーズが持っていたメタリカの理想像は、
計り知れないほど高いものであったに違いないし、
逆を言えば、ワンマン社長の会社が持つ社訓のような、
融通の利かない自己主張主義が強かったのではないか?っとも思う。
だからこそ、予想もつかなかったクリフの死に、
右往左往してしまったのではないだろうか???
“人生何が起こるかわからい”と言う生命保険のキャッチコピーではないが、
そんな人間が生きていくにおいて、常に考えなければいけないことが、
メタリカの生き様を見ると、改めて感じてしまうのである。
そして、そんな人間味あふれるところもメタリカの良さなのかもしれない。
そんな人間味は、徐々にメタリカのメンバーの風貌にも現れていくのだが、
生粋のバッドボーイだったデイヴは、いまだにブロンドヘアーを維持し、
若々しいルックスで活躍していると言うのも皮肉である(笑)

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メタリカは、デビュー前に発表されたデモ盤の存在も有名である。
特に「KILL'EM ALL」前のデモ盤は貴重なモノかもしれない。
初期デモ盤は、「KILL'EM ALL」に収録された楽曲ばかりであり、
デモ盤に収録されながら、徐々にアレンジが変わり、肉付けされ、
1曲1曲が完璧に仕上がったと言うことである。
他には、ラーズ個人的に愛したダイアモンド・ヘッドのカバーや、
現デフ・レパードのヴィヴィアン・キャンベルが在籍した事でも知られる、
スウィート・サヴェージのカバーなども収録されている。
デモ盤を発表することにより、中途半端なメジャー・デビューを避けてきた、
メタリカの完璧主義な一面も垣間見えるのである。
その間で、ベーシスト、ギタリストの交代劇などを経て、
最強の4人が集ったメタリカは、1983年「KILL'EM ALL」を満を持して発表するのである。

邦題「血染めの鉄鎚」として日本でリリースされた「KILL'EM ALL」。
フォビドゥンの紹介の際にも触れたが、西海岸出身バンドの“メタル革命”が、
このアルバムによって生まれ、その伝説は今もなお継承されている。
デビュー・アルバムにして本国アメリカでプラチナ・ディスクを獲得。
ジェームズとラーズが築き上げた土台と、
悪童デイヴ・ムステインのエッセンス、神業ベーシスト、クリフのプレイ、
そして、今や世界的ギタリストとして成長したカーク・ハメットのプレイ、
メタルの重要キーワードが凝縮された一枚なのである。

そんな「KILL'EM ALL」からのピックアップ・ソングは、
当然クリフ・バートンの追悼の意を込めて、
「(Anesthesia)Pulling Teeth」
そして、その流れで「Whiplash」と行きたいところなんだけど、
今回は、exclamation×2「No Remorse」exclamation×2にしました。

クリフ・バートンの歪を効かしたノイジーなベース音を
驚異的なフィンガー・ピッキング、そしてワウペダルを駆使し、
曲中盤からタッピング奏法をも展開させる、クリフ十八番のベース・インスト・ナンバー。
ラーズ&クリフの息の合った、加速力を増した部分は、
何度聴いても鳥肌が立ってしまう。
そして、ヴォーカル・トラックとしてピックアップさせていただいた、
「No Remose」(邦題「懺悔無用」)は、インスト・ナンバーではないかと思うくらい、
カークのギターが火を吹きまくる!!!!
トータル6分26秒は終始、スピード・メタル・アンセムが展開される。
この曲は、極上の転調を繰り返すので、3部構成のような曲展開。
まるでユニコーンの「おかしな二人」のような、聴き所が3パターンある(笑)

「(Anesthesia)Pulling Teeth」→「No Remose」と言う流れで、
放送には組み込まれております。
メタリカ・ファン的には、気持ち悪い流れかもしれませんが、
ご了承いただければと思います(笑)
「Whiplash」も、それはそれは名曲なんだけどね....
放送を聴いてくれた方が、この流れで、「オイ!!!」ってずっこける姿が目に浮かびます(笑)

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先週テレビ東京のレギュラー番組「オニ発注」の最終回収録を終えました。
若かりし頃に観ていた深夜番組ならではの、
ソフト・エロな世界が出ていた番組でした(笑)
最終回の収録のときに、「オニ発注」Tシャツを、
スタッフの方からいただきました。
この番組では、僕はかなり低めな声でのナレーションであり、
自分にとっても新たな声での仕事だったので楽しかったです。
思えば、最初の収録の際、スタッフの方が僕にオーダーした声が、
「郷里大輔さん風の声だと嬉しいです」…
っと、まさしくオニのような発注が来ました(笑)
げっ!!!! あんなに低い声出ねぇーーーーっ!!!!
って最初、躊躇してしまいましたが、
僕なりな映像と声のギャップ感を強調させたナレーションをしました。
そして、その声で一発OKをもらった時は嬉しかったです。

結構僕の周りの制作関係者は、「オニ発注」を観ていてくれて、
かなり業界ウケが良かった、知る人ぞ知る番組だったかもしれません。
是非、また「オニ発注」スタッフの皆様とお仕事が出来る日を楽しみにしています。

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DANZIGさん、二度目のカキコミありがとうございます。
メタリカの新譜、最高ですよね。
今年のベスト・アルバムかもしれません。
ブログでも書かさせていただきましたが、ブラック・アルバム以降のメタリカは、
もう聴く気にもならない作品ばかりだっただけに、
今回の新譜も期待していませんでした。
何事も期待しすぎると、ハズレてしまうケースが多い昨今ですが、
「デス・マグネティック」に関しては、
メタリカ原点回帰を感じずにはいられませんでした。

大人になってしまうと、“あの頃のようには出来ないよ”
なんて思ってしまいがちですが、歳を重ねたって、
若かりしアクセル全開だった頃のような行動を取ったってイイと思うんです。
そこに、自分のキャパの広さを再確認出来るワケだし。

確かにVOIVODは変態スラッシュかもしれませんね。
“変態スラッシュ”って「ハイスクール奇面組」の“奇面フラッシュ”みたい(笑)


posted by 佐藤朝問 at 03:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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