2008年11月30日

GUNS N'ROSES「November Rain」

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さてさて、新作「Chinese Democracy」が話題沸騰の我らがガンズ…
新生ガンズを讃えるのか?それとも新生ガンズに落胆するのか?
非常に賛否両論巻き起こるアルバムかもしれません…
とは言え、14年振りの新作は、製作費14億円の14曲収録…
なんだか、映画のキャッチーコピーのような桁数に、
いまいちピンと来ない自分がいますが、とにかく、渾身の1枚だと言う事が伺えます。

まだ、買っていない自分ですので、是非とも皆様の感想をお寄せください。

ガンズの新作に冷め気味な自分ではありますが、
僕にとってガンズは、青春時代と共に聴きこんだ愛すべきアーティスト。
彼らへの愛情は、オトナになっても続き、
ガンズ名義のロックTシャツ収集において、かなりの金額を投じた自分です。

なんと言ってもガンズのロックTシャツは、抜群にカッコ良いです。
今もなお色褪せないデザイン性を兼ね備えたTシャツ陣は、
ファッション・シーンにおけるロックTシャツのアイコン的存在。

新品Tシャツに興味ナシ!!!
あくまでもヴィンテージのガンズTシャツを探し続けることにより、
僕のロックTシャツ収集癖は歯止めが利かなくなっていき、
無謀な大人買いへと発展していきました。
今では、とんでもない数まで増えていったロックTシャツ・コレクション。

僕が中学時代、「BURRN!」の付録に掲載されていた、ロックTシャツの通信販売。
あの頃に買えなかった欲望が、20年の時を経て再発し、
古着屋巡り、ネット通販、ネット・オークションなどを駆使し、
ロックTシャツの魅力、魔力に取り憑かれていってしまいました。

もう寝巻にしてしまっている方もいらっしゃるでしょうが、
ヴィンテージ&デッドストックロックTシャツは侮れないほど高額であり、
どう見ても汚ねぇTシャツが、平気で20000円は超えてしまいます。

言わば危険な領域へのるつぼへとハマってしまったワケです。
そんな危険な欲望が進んでいる中、
ほぼ全てのガンズのTシャツが揃っていったんですが、
どうしてもコンプリートに揃えたいガンズのロックTシャツがあり、
それらが全て揃ったら、僕のTシャツ・コレクションの旅を終焉させようと…。
それらが、上記のTシャツです。

ガンズの1988年発表の2ndアルバム「G N'R Lies」発表時のTシャツ。
メンバーそれぞれのフォト・ショットがプリントされたTシャツ5枚と、
「G N'R Lies」のジャケット・デザインがフロントとバックに施された1枚…。
念願叶い、この6枚が今年すべてが僕のコレクションとなり、
ロックTシャツ熱が、みるみるうちに落ち着いた自分です。

アクセルとスラッシュ、そして「G N'R Lies」は、
古着屋で結構簡単に見つけられたんですが、
残りの3枚が、それはそれは見つからない!!!
スティーヴンが見つかり、ダフが見つかり、最後にイジーを発見した。
この6枚の完全コンプリートまで、約4年ぐらい掛けていましたね(笑)
どれもが状態が良いTシャツばかりであり、
このコンプリート・コレクションは僕のロックTシャツ陣の中でも、
自慢のフル・セットであり、お宝コレクションでございます。

まぁコレクターと古着との出会いは、奇跡そのものです。
出会わなければ、何年掛かってしまうか分からないほどです。
案の定、ロックTシャツ熱が冷めた僕にとって、
早めに揃えることが出来たんで、正直良かったと思っております。
このTシャツ6枚が揃わなかったら、また目移りして別のロックTが、
どんどん増えていってしまいますからね.....たらーっ(汗)たらーっ(汗)

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さてさて話題は戻って、11月最後のアーティストは、ガンズ・アンド・ローゼスです。
現在のガンズは、オリジナル・メンバーは、ヴォーカリスト、アクセル・ローズのみ。
アクセルさえいれば、ガンズは成り立つのかもしれませんが、
往年のガンズ・ファンにとっては、そうはいかないハズ。
イジーが脱退した時だって、大ショックを受けたファンは多く、
はたまた、バンド活動の兆しが見えなかった挙句に、
スラッシュ、ダフ、マットが脱退し、
ヴェルヴェット・リボルバーを始動させた時だって、
正直、寂しい気持ちが込み上げたファンは多かったと思います。

メンバー・チェンジなんて日常茶飯事なHR/HMシーン…
先月来日公演を果たしたホワイトスネイクだって、
デイヴィッド・カヴァーディルのみだし、
現メガデスだって、デイヴ・ムステインのみ....
この2アーティストのメンバー・チェンジや脱退劇なんかは、
残念な気持ちになったとは言え、ガンズ程の寂しさは込み上げなかった。
やはり、ガンズは、あの頃のメンバー全員が主役であり、
個々の輝きを放ちながら、素晴らしい一体感があったからなのだろう。
現在のガンズは、僕にとってあまり愛着のない、
後期ガンズのメンバーであるディジー含めて、6人〜8人編成。
あの頃のガンズを思うと、とんでもない大所帯バンドである(笑)
音の厚みとか、多彩なサウンド・エフェクトとか、
プレイヤー同士の華麗なるユニゾン・プレイとか、
そんな多人数構成のステージングが似合うのは、
アイアン・メイデンのようなトリプル・ギターを擁したバンドであり、
ぶっちゃけガンズには、シンプルでストレートさを貫いていて欲しい。

とは言え、全世界初回出荷枚数400万枚と言う新作「Chinese Democracy」、
朝日新聞など一般新聞にも記事として紹介されたりと、
このブログ的にも旬な話題ではあるんだけど、
僕的には11月=Novemberと言う事で、
1991年発表の「Use Your Illusion I」に収録されている、
あの名バラードを、オン・エア・ラインナップに入れたかった。

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「ビーバップ・ハイスクール」のドンピシャ世代としては、
やっぱ、悪ぶる事が、男の美学だったと思います。
煙草やバイク…etc 自分が悪ぶることに快感を得るのではなく、
やはり、周りに、自分のバッドボーイ・スタイルを鼓舞させたい…
規律からはみ出したカッコ良さで、女の子からモテたい…
それらは、他人の視線を意識した、一種のパフォーマンスにすぎなかった事だと、
30歳を過ぎて、昔を振り返ると“親父のブルース”のように、
当時の思い出が過ぎってしまいます(笑)

そんな不良スタイルに憧れていこうとした中で現れたガンズ....。
小林克也さんの「ベストヒットUSA」で「Welcome To The Jungle」のPVを観たとき、
そのバッドボーイ漲るルックスと、パンキッシュなロックンロールに、
ただならぬ衝撃度を覚えた記憶があります。

怖いもの知らずな反逆児たる、その圧倒的な風貌…
鋭利な刃物のようなリスキーな香り…
アイロニーでヒステリック、色気を感じさせる存在感…
フラストレーションをバンドで爆発させる等身大ロック…

そんなガンズに一目惚れしてしまった14歳の僕は、
校庭掃除のホウキを持ちながら、アクセルの物真似をしていました(笑)

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今や、かなり貴重な1枚となった「Appetite for Destruction」の発禁盤。
デビュー早々に、ロボットにレイプされた女性のイラストが描かれたジャケットで、
HR/HMシーンへと、その存在感を叩きつけたガンズ。
この伝説的名盤のライナーノーツを担当したのは、
まだ「BURRN!」編集部に在籍されていた増田勇一氏。
増田氏は、ライナー最後に、こう記されている.....

“87年、ロックンロ−ルはまたもや新しいひとつの歴史を生んだ。
GUNS'N ROSESから目を離すことは、
ロックン・ロールの現状を無視することに等しい!
最後に笑うのは奴等さ・・・・・・
そうに決まっている!!”

増田氏が見据えたメッセージは的中、今作は全世界で累計2800万枚を売り上げ、
瞬く間にガンズ・アンド・ローゼスは、この1枚でモンスター・バンドへ....

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ガンズの母体は、アクセル・ローズ、イジー・ストラドリン、
そして後のL.A.GUNSを結成するトレイシー・ガンズ等、ハリウッド・ローズと言うバンド。
アクセル・ローズとトレイシー・ガンズ、両者の姓を組み合わせ、
ガンズ・アンド・ローゼスとバンド名を改名し始動するが、
間もなくトレイシーらが脱退し、ロード・クルーと言うバンドで活動していた、
スラッシュ、スティーヴン・アドラー、そしてダフ・マッケイガンの3人を迎え入れる。

西海岸を中心に精力的にライヴを展開し、
そのライヴの模様を収めたライヴ盤「Live ?!@Like a Suicide」を、
1986年、インディーズ・レーベルから発売。
ローズ・タトゥー「Nice Boys」、エアロスミス「Mama Kin」、
2曲のカバー・ソングを含む4曲入りミニLP。
そんな彼等の展開に大手レーベル、ゲフィン・レコードが契約を依頼。

1987年記念すべき1stアルバム「Appetite for Destruction」を発表。
MTVに激震を走らせようと、過激なPVによる「Welcome To The Jungle」を、
彼等の初陣作として、ゲフィンは発表した。
ハノイ・ロックスの4thアルバム「Two Steps from the Move」に収録されている、
名曲「Underwater World」からインスパイアされたと言うこの曲。
「Underwater World」の歌詞にも“Welcome to Jungle♪”
っと言うフレーズがあり、この頃のアクセルの風貌を見ても、
マイケル・モンローを意識したファッションである。
因みに、マイケル・モンローとアクセルは、マイケルのソロ・アルバム
1989年発表作「Not Fakin' It」に収録の名曲
「Dead, Jail or Rock'N'Roll」で競演している。
この競演は、めちゃくちゃ興奮した思い出があります!!!

続くシングル「Sweet Child o'Mine」はシングル・チャート1位を獲得。
当時のアクセルの恋人エリンに捧げた軽快なロック・バラードは、
スラッシュの心地よいレスポール・サウンドが印象的であり、
ガンズを代表するナンバーである。
とにかく、捨て曲一切ナシの「Appetite for Destruction」は、
全曲シングル・カットしても良いのでは?っと思ってしまう伝説的名盤。
80年代のマスト・アイテムと言っても過言ではないハズ。

1988年、待望の2ndアルバムは、先ほどのTシャツでも触れた、
インディー盤「Live ?!@Like a Suicide」の楽曲を収録した、
「G N' R Lies」(邦題「GN'Rライズ」)を発表する。
イジー・ストラドリンの才能が光る渋い1枚であり、
アコギをフィーチャーした楽曲が多い作品。
このアルバムからの唯一のシングルであり、名バラード「Patience」は、
新たなガンズの側面を垣間見えた秀作。
「Patience」のビデオ・クリップが、スティーヴン・アドラー最後の
ガンズ・メンバーとしての姿が拝められる。

「Welcome To The Jungle」から「Patience」までの、
初期ガンズ作品のPVの監督を務めたのが、オアシスや
ブリトニー・スピアーズ、はたまたデフ・レパードなどのPVを手掛けた、
イギリス出身の実力派、ナイジェル・ディック。

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スティーヴン・アドラーのドラッグ依存症は進行していた…
1989年のアメリカン・ミュージックアワードにガンズが出演した際は、
なんと、ドン・ヘンリーが代役でドラムを叩いた。
その時、スティーヴンはドラッグのリハビリ中だったと言う。
トラブル・メイカーであったスティーヴンがガンズの元へ戻り、
新曲「Civil War」のレコーディングに入ったが、
メンバーの足を引っ張りまくりのドラミングであり、アクセルの怒りは頂点に…。
結局スティーヴンは、人気絶頂時のガンズから見放されてしまう....。

同年の1989年…ボブ・ロックのプロデュースにより発表された、
イギリス出身のザ・カルトの通算4枚目のアルバム「Sonic Temple」。
彼らを代表する名曲「Fire Woman」を収録した名作。
このアルバム発表のツアーからサポート・ドラマーとして参加したのが、マット・ソーラム。
「Fire Woman」を含むソウルフルなナンバーを武器としたカルトに、
ダイナミックなドラムを刻んでいた。
そんなマットに、カルトのツアーを観に来ていたスラッシュが一目惚れ。
これがキッカケで、ガンズ二代目ドラマー、マット・ソーラムが誕生した。

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時代は90年代へと突入し、前代未聞の二枚同時リリース、
「Use Your Illusion」シリーズ製作が着々と進行していく…。
その間に、古くからのアクセルの友人であったディジー・リードを、
正式メンバーに迎え入れる。
当初、スラッシュとイジーから、キーボディスト加入には猛反発されていたそうだ。
5人編成となったガンズは、「Use Your Illusion」誕生の序章となる、
ボブ・ディランのカバー「Knockin'on Heaven's Door」を、
トム・クルーズ主演、トニー・スコット監督作品「デイズ・オブ・サンダー」の
サウンドトラックへ楽曲提供し、早速話題を集めていく。

個人的な思い出だと1990年初夏に、僕は父親の仕事の都合で、
アメリカ・ワシントン州へ行った。
17歳と言う羞恥心がバリバリ芽生えてしまった当時は、
恥じらいを拭いきれず、言葉の壁にぶつかっていて、
最初の高校生活はしんどかった思い出があります。
唯一励みとなっていたのが、MTVと週末の同年代の日本人の友人と会う事。
毎週土曜日のみ開校する日本人補修校と言う学校に通わせてもらっていた。
そこで知り合った友人で、現在シアトルで国際弁護士をしているK君に、
ガンズのライヴに連れてってもらった思い出がある。

スキッド・ロウとガンズのジョイント・ライヴ。
スキッド・ロウは、傑作「Slave To The Grind」を発表したばかり。
オープニング・アクトのスキッド・ロウのステージに、
本場アメリカ人の興奮する巨体がぶつかりまくった(笑)
そして、お待ちかねのガンズが登場したんだけど、
セット・リストのほとんどが知らない曲ばっかだったんだよね....。
実は、この時に披露していた楽曲のほとんどが、
後に発表される「Use Your Illusion」の楽曲ばかりでした…。

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ガンズが新作を発表するらしい?!
あの「ターミネーター」の続編が公開されるらしい?!
1991年…アメリカ生活1年目で、
なんとなくなんだけどMTVのVJの話している内容が理解出来ていて、
すげぇーワクワクしていた思い出があります。
そして、そんな期待高まる二大エンターテイメントのコラボレーションが、
ひとつのプロモーション・ビデオに集約されていた!!!
そう、「You Could Be Mine」!!!!
PV初登場となるマットのリズミカルなドラムから始まり、
ダフのノイジーなベース・ライン、そしてスラッシュのB.Cリッチーの
真っ赤なモッキンバードと言う見慣れない姿…。
そして、時折登場する正義の味方となって帰ってきたT-800こと、
シュワちゃん演じるターミネーターのバトル・シーン!!!

おおおおおおおっ!!!!!!すげぇーーーーっ!!!!
ビデオに録画して何度も観ちゃいましたよ!!!
もう、かれこれ17年前の遠い思い出なんですね…早いもんです。
因みに、この曲発表後に、スキッド・ロウとのジョイント・ツアーに行きましたんで、
この曲は盛り上がった覚えがあります。

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1991年9月に満を持して、「Use Your Illusion I」、「Use Your Illusion II」、
2枚同時発売という、当時では異例な発売展開したガンズ。
既に前年の1990年に「Knockin'on Heaven's Door」と
「Civil War」を発表していたので、今作2枚から発表されたシングル、
「You Could Be Mine」、ポール・マッカトニー&ウィングスの名曲であり、
「OO7」シリーズの主題歌としても有名な「Live and Let Die」のカバー、
ブラインド・メロンのヴォーカリストで95年に他界してしまった、
故シャノン・フーンがコーラス参加した「Don't Cry」。
この3曲が1991年の1年間で発表され、どれもチャート上位に食い込む。

しかし、ガンズの名曲の裏には、必ずやその名がクレジットされていた、
サイドギター、イジー・ストラドリンが、自身のドラッグ問題、
そしてバンドの方向性に疑問を感じ、
1991年11月に正式にガンズから脱退してしまう.....。
調べてみるとイジーはマットのドラムワークが、
ガンズのサウンドには不似合いだとも思っていたらしい。
翌年イジーは、Izzy Stradlin & the Ju Ju Houndsを結成する。
僕はイジーを“ロック界の次元大介”と思っており、
彼の男臭くマイペースなスタイルが、とても好きでした。

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1992年、イジー脱退は、ガンズの動きを鈍らせたのは明らかであり、
シングル「Yesterdays」、 「Pretty Tied Up」は好セールスを得られなかった。
しかしもう1曲、1992年の名曲と呼ばれるほどの好セールスを記録し、
ロック史にその名を刻んだであろう名バラードがシングル・カットされた。
今回のピックアップ・ソングexclamation×2「November Rain」exclamation×2

トータル尺8分57秒の壮大なロング・バラードであり、
ツェッペリンの「Stairway to Heaven」、
レイナード・スキナード「Free Bird」、クィーン「Bohemian Rhapsody」、
っと言った名ロック・バラードと肩を並べられるほどの殿堂入りナンバー。
ガンズ結成当初から、アクセルが温めてきたナンバーであり、
シンフォニックなオーケストラとガンズが見事に融合した楽曲でもある。
そんな壮大な世界観を描いた「November Rain」のプロモーション・ビデオの制作費は、
なんと、1億5000万円!!!!
ハードロック・アーティストの中では、いまだにこの記録を破られていない!!!
因みに、世界一制作費が掛かったプロモーション・ビデオは、
マイケル・ジャクソンの夢の兄妹競演で話題となった「Scream」。
なんと、7億円だって!!!!

多額な制作費を投じた「November Rain」のプロモーション・ビデオは、
誰もが心に残ったビデオだったと思う。
その一番の理由は、やはり、スラッシュの荒野の中で弾くギター・ソロ。
小細工なテクニックはなく、ひたすらスピリチュアルに弾くスラッシュに、
誰もが目を奪われたのではないか??

「November Rain」のPVから、イジーのポジションについた、
ギルビー・クラークが登場した。

さてさて2008年11月は、僕にとって長ーーーい1ヶ月でした…。
明日から12月です....11月を振り返りながら、2008年残りの1ヶ月の展望を、
「November Rain」を聴きながら考えてみようと思います。

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そう言えば、「ターミネーター4」が来年の6月に公開されますね。
成長したジョンをクリスチャン・ベールが演じるそうですが、
バットマンになっちゃったりしないよね.....??(笑)
あっ、昨日の「王様のブランチ」で、我が故郷鎌倉を特集していました。
谷原章介さんのお薦めスポットと言う事でしたが、
あまりにもメジャー・スポットばかりで、ちょい残念…。
来週、鎌倉に訪れる予定なので、
僕なりなお薦めスポットをココで紹介します。
北鎌倉、小町通り、八幡宮、材木座だけじゃないですよ、鎌倉は!!!
さてさて、明日は奇跡の再結成を果たしたエクストリームでしゅ。
posted by 佐藤朝問 at 08:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

Bozzio Levin Stevens「Crash」

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多分、今年最後のツーリングでしょうね…
良い天気に恵まれた日曜日に、でっかいバイク集団と一緒にツーリング。
圧倒的な性能と走りを誇るBMW2台とハーレー1台…
それに付いていくのが、本当にしんどかったです。
左奥がBMW R1200 GS、真ん中が、ハーレーダヴィッドソン・ファットボーイ
ハーレーの後ろが、BMWの旧車K1100RS、そして右端が僕のバイク…

僕のバイクの排気量約2倍ある3台とのツーリング。
「ザクとは違うのだよ ザクとは!!!」
っと言うランバ・ラルのセリフが過ぎってしまうほどの、
ポテンシャルの差の開きを感じてしまうツーリング…
またもや、ガンダムの名セリフ、ギレン総帥の
「フフフフフ 圧倒的ではないか…」
っとあざ笑うかのように、僕のバイクを最高のエンジン音で追い抜いていった…。

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僕は、今このバイクに一目惚れしてしまっています。
「逆襲のシャア」に登場したサザビーを髣髴させるフォルム…
キャーーーッ、カッコ良すぎます!!! ホンダ「DN-01」。
排気量は、僕のW650と同じなんですが、やっぱデザインが素敵!!!
2009年の夏は、コイツに乗ってツーリングかなぁ.....

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今回のツーリングで、変な場所に行ってきました…
むむむ…なんじゃ、ココは?!

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僕は奇妙な場所が大好きです…
詳細は、MYSPACEのブログにて綴る予定です。

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さて、ジャズ・シーンのみならず、ロック・シーンにも
その超絶ドラム・テクニックを武器に、その名を轟かせているテリー・ボジオ。
そんなテリーが、11月中旬から、長いジャパン・ツアーを展開中。
そして、そのツアー・ファイナルとなる3日間、
六本木スウィートベイジル139にて、ベーシスト、トニー・レヴィン、
そんでもって、なんと、この3日間のみ、あのアラン・ホールズワースが、
スペシャル・ギタリストとして参加するそうだ!!!!
テクニシャン同士のインプロヴィゼイションから生まれる予測不可能な旋律…。
ジャズの領域を凌駕し、プログレの世界へと誘いそうな予感がしてしまう。

そんなワケで、今回のMETAL無頼漢は、
テリー・ボジオの来日を祝して、“ロック・シーンにもボジオ在りっ!!!!”
っと、そのテクニックを見せつけまくったスーパー・プロジェクト、
テリー・ボジオ、トニー・レヴィン、そしてスティーヴ・スティーヴンズのユニット、
Bozzio Revin Stevensの、2000年に発表された2ndアルバム、
「Situation Dangerous」をフィーチャー!!!

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う〜ん、超かっけー写真である。
左から、トニー・レヴィン
1946年6月6日生まれ、ボストン・マサチューセッツ出身の62歳。
中央が、テリー・ボジオ
1950年12月27日生まれ、サンフランシスコ出身の58歳。
右が、スティーヴ・スティーヴンズ
1959年5月5日生まれ、ニューヨーク・ブルックリン出身の49歳。
2008年現在にて、平均年齢56歳のオジサマ・ユニットではあるが、
この3人の極上の一体感は、破壊力と華麗さのみならず、
ロックと言うジャンルが持つ様々なサウンドが、どうリスナーの心に響くか?
っと言う琴線フレーズを全て熟知している事こそが、彼らの最大の武器ではないか??

エリート・プレイヤーと呼ぶに相応しい三人を紐解いてみる.....

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今回の主役であるテリー・ボジオにとって、
アーティスト人生の主軸となったのがフランク・ザッパ。
テリーのシンボルとも呼ぶべき、巨大なドラム・セットは、
フランク・ザッパのアートフルで難解なサイケデリックな世界を、
忠実に再現しなければいけない責務における、
自分への可能性、挑戦、そしてザッパへの忠誠が、
彼のテクニックを増幅させ、あそこまでの巨大なセットへとなったのでは??
特に彼のテクニックが、ザッパ時代にフィーチャーされたのが、
1976年発表のライヴ盤「Zappa in New York」。
この作品に収録されている「The Black Page」で魅せてくれたテリーのテクニックは、
「神業」そのものであり、ドラム=リズム隊と言う概念を払拭してしまう楽曲。

そんなドラム・テクニシャンとして名を馳せたテリーは、
現エイジアのジョン・ウェットンとアラン・ホールズワースが在籍していた、
UKと言うバンドにも参加し、スーパー・グループの一員として活躍する。

メタル・シーンとしてのテリーの活躍は、なんと言っても
スティーヴ・ヴァイのバンド・プロジェクト、ヴァイの参加であろう。
ヴァイ自身、さすらいのギタリストとして、数々のバンドに、
スペシャル・メンバーとして活躍し、ギタリストとしてのポジションを築いた男。
そんな彼がホワイトスネイクを去って、自らのバンドを始動させる際、
ドラマーとして選んだのが、同じザッパ門下生であったテリーであった。

ヴォーカルには激情ヴォーカリスト、テヴィン・タウンゼント、
ベーシストにはファンキーでトリッキーなテクニックを持ちながらも、
HR/HMシーンでの活躍の場がなかったT.M.スティーヴンズ。
ヴァイの理想郷とも呼ぶべき最強の4人での布陣で発表された話題作であり、
ヴァイにとって最初で最後のバンド活動であった作品「Sex & Religion」。
事実上、ハードロック作品デビューであったテリーだったが、
従来のハードロックのビートを覆すその縦横無尽で破壊力抜群のドラミングは、
他のハードロック・ドラマーを圧倒していたに違いない。

また、ドッケンが空中分解してしまい、
ヴォーカリスト、ドン・ドッケンが始動させたソロ・プロジェクト、「ドン・ドッケン」。
ヨーロッパのジョン・ノーラム、ウォッチタワーのビリー・ホワイト、
アクセプトのピーター・バルテスと言う、これまた豪華なプロジェクト。
このバンドのドラマーとしてテリーは、ドンからアプローチされ、
レコーディングに参加している。
このアルバムには、アリス・クーパーで活躍したケン・マリーも
レコーディングの際、ドラムを叩いていたが、
正式メンバーとなったのは、キング・ダイアモンドで活躍したミッキー・ディー。
結局テリーは、ドン・ドッケンのメンバーには加入せず、
ジェフ・ベックのグラミー賞受賞作「ギター・ショップ」のメンバーを選択。
ドン・ドッケン会心のデビュー作「Up from the Ashes」の
1stシングル「Mirror Mirror」、そしてグレン・ヒューズ提供楽曲
「When Love Finds a Fool」のドラミングは、明らかにテリーのテクである。

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続いては、スキン・ヘッドとチョビ髭が印象的なトニー・レヴィン。
テリーがフランク・ザッパならば、トニーはキング・クリムゾンでの経験が、
彼のバイオグラフィでもっとも重要な位置かもしれない。
アップライトベースを駆使するテリーはミュージシャン歴38年の大ベテラン。
ジェネシス脱退後のピーター・ガブリエルの初期作品全てに参加し、
ジョン・レノン、ポール・サイモン、シェール、デズモンド・チャイルド、
ナタリー・コール、ダイア・ストレイツ、ケニー・ロギンス等、
多くのアーティストともセッション&交流を深めた重鎮中の重鎮プレイヤー。
ピックの代わりにドラムスティックで弦を弾く
“ファンク・フィンガー”のパイオニアであり、
中期キング・クリムゾンのサウンドの中核を担ったトニーの
名器「チャップマン・スティック」。
10弦のチャップマン・スティックを巧みなタッピングにより、
ギター&ベース・サウンドを変幻自在に操るトニーのプレイは、
これまた「神業」の領域であり、60歳を過ぎても他の追随を許さないプレイヤーである。
キング・クリムゾンの「Elephant Talk」は、
プログレッシヴでダンサンブルなクリムゾンの革命的ナンバーであり、
トニーのチャップマン・スティックのミラクル・ベースと、
エイドリアン・ブリューの象の泣き声を髣髴させるトリッキーなギター…
いつ聴いても寒気が出まくるナンバーである。

そんな輝かしい経歴の持ち主であるトニーは、
多くの日本人アーティストのアルバムにも参加していることでも有名。
南佳孝さんの「7th Avenue South」、「DAYDREAM」、SMAPの「009」、
オノ・ヨーコさんの「Seasons of Glass」、「Peace」、山下久美子さんの「Sophia」、
ギタリスト、渡辺香津美さんの「To Chi Ka」…
また、ジョー山中さん、野口五郎さんのツアーにも参加経験がある。
ロック史に残るベーシストは、名声におごり高ぶらず、
様々なシーンで活躍している。

キング・クリムゾンで魅せた彼のプレイは一種、メタルの領域ではあるが、
トニーのHR/HMシーンとしての活躍はアリス・クーパーに参加した頃。
今年の3月に来日した際に紹介したアリス・クーパーでも触れたけど、
第二期アリス・クーパーの幕開けであり、ソロ名義として始動した、
コンセプト・アルバム「Welcome to My Nightmare」からの
3枚のアルバムにトニーは参加し、存在感を遺憾なく発揮した。

他にもリッチー・サンボラのソロ作品「Stranger in This Town」収録の
「Mr.Bluesman」では、エリック・クラプトンと共にベーシストとして参加している。

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そして最後は、僕の大好きなギタリスト、スティーヴ・スティーヴンズ。
Bozzio Levin Stevensの中で一番若い…とは言え、彼もまもなく50歳を迎える。
スティーヴと言えば、ビリー・アイドルの良きパートナー。
ピストルズ信者であり、ジェネレーションXを率いていたビリーが、
成功夢見て、単身アメリカへ渡った際に出会ったギタリストである。
ビリー・アイドル、1982年のデビュー作「BILLY IDOL」の
1stシングルであり、自身のバンドであったジェネレーションXの楽曲、
「DANCING WITH MYSELF」をセルフカバーとして発表。
パンク・ロック丸出しのビリーのビジュアルと楽曲に、
アメリカン・ロック・フレーバーを注ぎ込んだのもスティーヴ。
ビリーのアメリカ進出成功の立役者と言っても過言ではない。

ビリー・アイドルの黄金期でもある1982年から1988年の6年間、
スティーヴはビリーの頭脳とも呼ぶべき活躍を見せてきたが、
この6年間、ビリー・アイドルのバンドと並行に、
数々のアーティストと競演し、ギタリストとしての知名度を上げていく。
意外なところで、トンプソン・ツインズやリック・オケイセック、
ジョニ・ミッチェルのアルバムなどにも参加していたが、
彼が一躍有名になったのが、トム・クルーズ主演映画「トップガン」で、
映画の音楽を担当したハロルド・ファルターメイヤーとセッションした、
「Top Gun Anthem」(邦題「トップガン〜賛美の世界〜」)。
ロック・インストゥルメンタル作品では異例のシングル・カットとなり、
プロモーション・ビデオの監督には、ニコラス・ケイジ主演映画「60セカンズ」、
ハル・ベリーのヌードでも話題になったアクション映画「ソードフィッシュ」など、
数々の話題作を手がけたドミニク・セナが担当した。
ドミニク・セナのカメラ・ワークで魅せたスティーヴのギター・プレイは、
多くのギター・キッズが陶酔してしまったのではないか??
LAメタルのアーティストっぽい奇抜なルックス、
そして、美しいメロディに乗せながらも、様々なギター・テクを随所に爆発させた。

続く「トップガン」の成功の翌年である1988年に発表された
マイケル・ジャクソンのメガヒット作品「BAD」からの5thシングル
「Dirty Diana」でアバンギャルドなギター・プレイを披露する。
名曲「Beat It」でエディ・ヴァン・ヘイレンを迎え、
続くマイケル・ロックチューンの二代目ギタリストに任命されたことになる。
この楽曲後半では、スティーヴ十八番の光線銃サウンドが出る。

ふぅ…長くなってしまいました

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さてさて、スティーヴ・スティーヴンズがビリーから離れ、
自身のプロジェクト、アトミック・プレイボーイズを結成する。
ココからスティーヴは、HR/HMシーンのスターダムへと駆け上がるのだが、
同時にお騒がせギタリストとしての知名度も上がってしまう。
僕個人的には、非常に大好きだったアトミック・プレイボーイズ。
「エイリアン」のクリーチャー・デザインで有名なH.R.ギーガーが手がけた、
アート・ジャケットの1stアルバム「Atomic Playboys」を1989年発表。
バラエティ富んだ楽曲が散りばめられ、ソリッド感溢れる仕上がり。

同年1989年の年末、既に恒例となっていた東京ドームでの
カウントダウン・ライヴ「NEC Special New Year's Gigs'90」が決定しており、
ブライアン・アダムス、ヒューイ・ルイス、ドン・ヘンリー、マイケル・モンローと、
ボン・ジョヴィ等が出演した前2回公演よりも、
ハードロック色が薄い、少々アダルトなラインナップの1989年…
しかし、この公演にアトミック・プレイボーイズが参加する予定だった。

っが!!!!!

彼らは来日をキャンセル…
急遽代役としてステージに立ったのがラウドネス。
1989年のラウドネスと言えば、新ヴォーカリスト、マイク・ヴェセーラを迎え、
ジャパメタ・シーンから世界へと本格的に羽ばたいたキッカケを生んだ、
大名盤「Soldier of Fortune」をリリースした時。
最高のメンバー構成と楽曲を引っさげてのステージだったが、
ライヴのオーディエンスたちとラウドネスの温度差は拭えず、
ラウドネスのメンバーも悔しい気持ちだったハズ。

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結局アトミック・プレイボーイズは曖昧のまま消滅…。
リーダーに不向きだと言うことに気が付いたのか??
新たなヴォーカリストの下で、ギタリストに徹することを選択。
そして、ハノイ・ロックスのヴォーカリストであったマイケル・モンローと出会い、
エルサレム・スリムを結成する。
ベーシストはハノイ時代の同僚、サム・ヤッファ、
ドラマーには元シャーク・アイランドのグレッグ・エリス。
ハノイを無くしたマイケルにとって、再始動の兆しが見えたハズ。
順調にレコーディングは進み、ドライヴ感溢れるロック・チューンが完成していく。
新曲9曲が完成し、満を持してスーパー・グループ、エルサレム・スリムがデビュー!!!!

っが!!!!!!!

アルバム完成後に、スティーヴはエルサレム・スリムを脱退!!!!
なんとも身勝手でマイペースな性格が如実に出てしまう.....。
激怒のマイケル・モンローは、アルバムの発売を中止しようとしたらしい。
しかし、幻のユニット、エルサレム・スリムの1stアルバムは、
遺恨渦巻く中、1992年に発表されたのである。
ゴシップ的話題が先行しがちだが、ビックリする程、完成度の高い作品であり、
お蔵入りならなくて良かったと思ったのは僕だけじゃないハズ(笑)
代わりのギタリストを選ぶのが困難なほど、
スティーヴのお家芸である素晴らしいスパニッシュ・ギター・プレイなども展開し、
営業成績が良い営業マンを失った会社のようになってしまった(笑)

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これまたスティーヴは、ハノイ・ロックス解散の原因とも言うべき、
ヴィンス・ニールのソロ・プロジェクトに参加する。
自分の彼女が、親友に寝取られてしまうような、ショッキングな話題である。
モトリーを解雇されたヴィンス・ニールと、
エルサレム・スリムをドタキャンしたスティーヴの他には、
元フィオナであり、現スローターのギタリスト、デイヴ・マーシャル、
後期ラットのベーシストとして活躍したロビー・クレーン、
ドラマーには元イナフ・ズナフのヴィッキ・フォックスと、
ブロンディなイケメン・メンバーを揃えての布陣。

「みんなが僕を必要としているんだもん♪」
…っと性格の悪い小悪魔的美女のような行動とも取れるスティーヴ。

っが!!!!!!(3回目)

これまた、憎らしいほど素晴らしいアルバムを完成させてしまう。
ヴィンスもご満悦だったに違いないデビュー作「Exposed」。
1993年に発表された今作は、プラチナ・ディスクを獲得。
同年に発売されたジョン・コラビを新ヴォーカリストに迎えたモトリーの新作は、
時代性を考慮してのオルタナティヴなサウンドで発信していくが、
ゴールド・ディスク獲得までは行ったが、プラチナには届かなかった。

ニッキー・シックスとマイケル・モンローのヤケ酒している姿が思い浮かぶほど、
ヴィンスのソロ・プロジェクトは好発進であり、
また、そのプロジェクトの中枢を担ったのがスティーヴなのである。
しかし、ヴィンスの2ndアルバムには、スティーヴのクレジットは無かった…

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そんな3人がユニットを組み、1997年「Black Light Syndrome」を発表。
お互いが持つテクニック全てを出し切った楽曲は、
どれもが8分を超える壮大なテクニカル・ナンバー。
21世紀間近でのスーパー・グループの誕生である。

そして3年後の2000年に、3人は再度集結し、
今回のピックアップ・アルバム「Situation Dangerous」を発表。
相変わらずの通好みな楽曲陣がラインナップされているのだが、
唯一、1曲だけ物凄いハードロック色溢れるナンバーが収録されている。
それが、今回のピックアップ・ソングexclamation×2「Crash」exclamation×2
ドリーム・シアターを髣髴とさせるドラマティックな展開、
叙情的な刹那メロディを兼ね備えながらも、圧倒的な重量感ある、
テリー&トニーのドラム&ベース!!!!
おまけに、スティーヴの光線銃もピュンピュンと発射されている(笑)

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テリー・ボジオの2008年ツアーのスペシャル・ゲストに、
あのアラン・ホールズワースを迎える。
ホールズワースの存在により、ヴァン・ヘイレンは生まれたワケであり、
ジャズ・フュージョン・プレイヤーがメタル・シーンに与えた影響は大きい。
また、ホールズワースと共に、最高のジャズ・ギター・テクニシャンとして名高い、
アル・ディメオラの存在も欠かす事は出来ないのではないか??
今回は、僕が最も敬愛するメタル・バンド、ライオットが、
1990年に発表した7枚目のアルバム「The Privilege of Power」にて、
アル・ディメオラの1977年発表作「Elegant Gypsy」に収録された名曲、
「Racing with the Devil on a Spanish Highway」を、
原曲を忠実に保ちながらも、メタル・フレーバー100%にカバー。
マークのギター、ドンのベース、ボブのドラムが、
アル・ディメオラならではの変拍子スタイルを猛スピードで奏で、
彼らだからこそ演奏できる極上のユニゾンによる連携スタイル。
Bozzio Levin Stevensの「Crush」とリミックスさせてもらいました。
是非とも、テクニシャン同士のバトル演奏を思う存分楽しんでください。

そう言えば来年は、トニー・ムーア在籍時メンバーで、
ライオットが始動するらしいですよね.....
来日したら、必ず行かなきゃ.....

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最近の週末は天気がイイですねぇ…
さてさて、先週の話ですが、ガンズの新譜買いました??
ディスク・ユニオンで購入特典でポスターが付いてくると言う、
キャッチー・コピーに心揺らいでしまいそうでしたが、
なんだか、まだ買うまでの勢いが僕には無いです。
まぁ、それについては明日のブログで綴ることにします♪

それにしても、映画「レッドクリフ」の人気は凄い!!!!
トニー・レオン効果? 金城武効果? 「三国志」効果?

ふぅ…今日はいっぱいワイン飲んだなぁ.....。

毎度綴らせていただいております「シネドラ 番外編」。
先日の群馬旅行の写真と合わせた記事を書かさせていただきました♪
posted by 佐藤朝問 at 23:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

THE WiLDHEARTS「SHAME ON ME」

WH@.JPG

ko-yo-@.JPG
先週末、仲良くさせていただいているディレクターのSさんと、
日帰り群馬旅行に行って参りました。
群馬県はSさんの故郷と言うこともあって、
地元ならではの穴場などを教えてもらった有意義な小旅行でした。
もう、すっかり関東地方も紅葉シーズンに突入し、
山々が色彩豊かな表情を魅せていました…。

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…って爽やかな出だしですが、今回の旅行は紅葉巡りではなく、
ちと変わったB級スポット探索が目的だったんですが、
ちょっとココで紹介するのは、いささか厳しいので、
僕のMYSPACEのブログに、この旅行の真の目的を綴ります…(笑)
1枚目と2枚目の写真は、群馬県月夜野にある景勝地「黒岩八景」。
車を走らせていたら偶然発見した紅葉の穴場スポットで、
Sさんも知らなかったダイナミックな渓谷。
紅葉シーズンだと言うのに、この場にいたのは我々だけ…。
雄大な黒岩八景を独り占めしてしまいました。

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みなかみから伊香保方面に戻る際、沼田市を経由して、とある名瀑へと向かった…。
日本三名瀑のひとつにも数えられている「吹割の滝」。
以前、ココには訪れたことがあったんだけど、
Sさんは、ご存知ないようだったので、だったら行ってみようと車を走らせた。
この吹割の滝まで向かう道は、日本ロマンチック街道と呼ばれ、
栃木県の日光へと向かう街道であり、さすがに観光バスが多かった。

滝に着くと、小雨が降り始めてきた…。
山間と言うこともあって、天気が変わりやすいのは常識の範囲....

今回で2度目の訪問だけれども、雄大で迫力ある吹割の滝…。
改めて、この滝一体にそびえる巨大な岸壁にも圧巻してしまった。
先ほどの黒岩八景同様に、岸壁と紅葉のコントラストが素晴らしい。

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最近、転落事故などが多いのか、滝つぼの近くまでは見れないように、
白線で観覧エリアが限られてしまい、白線を越えると、
常駐の警備員のオジサンに「ハイハイ、白線越えちゃダメだよ」っと言われる。
白線を越えてはならないと言うアナウンスも頻繁に流れ、
かなりの厳重注意を促していた。
僕が以前来たときは、こんな状態じゃなかったのに…。
この日は小雨混じりだし、一層危険なのかもしれないけど、
白線の中だと、あんまり滝の流れが見えないんだよね.....。

asato with ko-yo-.JPG
やっぱ秋はいいねぇ.....
四季の中で一番好きな季節です。

are there hardrock.JPG
さて、今回は来日公演が控えております、ザ・ワイルドハーツをピックアップ。
その前に、このMETAL無頼漢の趣旨をもう一度改めると、
化石化してしまった懐かしいHR/HMアーティストを紹介するブログ。
このブログを読んでくださっている方は、
僕がどんなアーティストが好きなのかは、大体予想がついたと思いますが、
今回のワイルドハーツを含めて、ピックアップ・アーティストを考える際、
このアーティストはハードロック、メタルなのか?
…っと、ちょい躊躇しがちなアーティストが多々あります。
チープトリック、ボストン、ラヴァーボーイなどの、
ストレートでダンサブルなリフを奏でるアーティストや、
「産業ロック」と言う皮肉めいたジャンルに挙げられる、
サヴァイヴァー、ジャーニー、フォリナーなども、
僕にとって当時、一ハードロックを聴く感覚で親しんできた。

もうちょい、さかのぼれば偉大なるクイーンやバッドカンパニー、
既に紹介してしまったキース・エマーソン等のプログレ一派、
はたまたポスト・ロック?ポスト・パンクであり、
インダストリアルな旋律を奏でるキリング・ジョークなども、
ココで紹介すべきなのかが迷ってしまうことが、何度もありました。

当然、メタル消滅へのキッカケを作ったグランジ・ムーヴメントにおいても、
ニルヴァーナ、パール・ジャムよりもサウンドガーデンは、
かなりメタル・フレーバーを兼ね備えたアーティストのような気がする。

今や頂点を極めたレッチリが、地道に“我が道”を築き上げた功績により、
ヒップホップ、ファンクなどをブレンドしたミクスチュア・シーンが確立され、
その余波は、明らかに現在のメタル・シーンにも浸透してきている。

上記のアーティストで、明らかにメタルではないってサウンドもあるが、
ロック・ジャンキーとなった自分の原点であるHR/HMと照らし合わせると、
曲構成、リフなどが、メタルなどと重なってしまうポイントが多い。

とにかく、HR/HMアーティストは不必要に技術力が高い。
言い方悪く言うと、無意味に巧すぎるのである…(笑)
また技術力のみならず、レーベルからの要望にもフレキシブルに対応してきた。
そんな対応を、人は“パクり”と呼ぶかもしれないけれど、
当時は、“パクり”とは呼ばず、ファンたちは楽しんできたのである。
とは言え、そんなHR/HMアーティストたちも必ずや壁にぶつかり、
はたまた、自分たちのルーツ、本当に演りたかった音楽へとシフト・チェンジする。
結果、消えてしまっていくバンドが多かったシーンなのかもしれない。

そんなハイレベルで、人間味溢れるサウンドから入ってしまった僕たちは、
ロック基準値が高いが故に、許容量が広がってしまったような気がする。
おまけに、“流行っているから”という、浅はかな理由で、
HR/HM信者になった者は、このブログを読んでくれていないハズ。
流行に振り回されないストイックさを持ちながらも、
ドラえもんの「バイバイン」を一滴垂らされ、増殖していくようなロックを、
冷静に、良いところを汲み取れる許容力を兼ね備えてきたのでは??

おまけに、MTV全盛期をも体験してしまえば、
“見せるロック”“売れるロック”“孤高のロック”の差別化を、
自分なりに会得しているような気がする。
予想を覆したニルヴァーナ・ショックのグランジ・シーン勃発においては、
その頃のMTVはブラック・ミュージックが牛耳っていた時代であったワケで、
ヒットチャートのような商業面のロックの成功は崩壊し、
文化がロックを築き上げた時代となり、波及は増々増えていったんだよね。

何度も言うように、ロックの細分化は、この50年間で目まぐるしく広がりを見せ、
原点を見失いがちなほどの波及っぷりである。
調べてみれば、メタル・シーンだけでも、
★オルタネイティヴ・メタル ★アヴァンギャルド・メタル ★ブラック・メタル
★クリスチャン・メタル ★クロスオーバー・スラッシュ ★デス・メタル
★ドゥーム・メタル ★ドローン・メタル ★エクストリーム・メタル
★フォーク・メタル ★グラム・メタル ★ゴシック・メタル
★グルーヴ・メタル ★インダストリアル・メタル ★メタル・コア
★ネオクラシカル・メタル ★ニュー・メタル ★ポスト・メタル ★パワー・メタル
★プログレッシヴ・メタル ★ラップ・メタル ★スラッジ・メタル ★スピード・メタル
★ストーナー・メタル ★シンフォニック・メタル ★スラッシュ・メタル
★トラディショナル・ヘヴィ・メタル ★ヴァイキング・メタル
★ニューウェイブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル
★ノルウェー・ブラック・メタル ★スカンジナビア・ヘヴィ・メタル
★ベイエリア・スラッシュ・メタル ★ブラジリアン・スラッシュ・メタル

ああああっ、もう何でもええわいっ!!!
っと叫びたくなるほど、細かいカテゴライズが築かれているようである。
こうも、無茶苦茶に細分化されていると、ちょい引いてしまう…。

どう見たって、“俺たちだけの音楽だ!!!”
…っと言い張るエゴイストが増えたようにしか見えない。
シーン全体の活性化ではなく、てめぇの事しか考えないアーティストが、
増えたように僕は捉えてしまう。
上記の細分化をインターネットで調べた自分が言うのもなんだけど、
インターネットの影響も少なからずあるんだろうね.....

よって、余計な情報が邪魔する事で、HR/HMの枠組みが決められず、
このブログ、メタル・チャンネルへのラインナップがてこずってしまう。
ロック愛ある故の悩みと、頑固な過去への拘りなどが僕を困らせるのである。

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でも、今回のワイルドハーツは、迷いなく選ばさせていただいた。
写真左から、ドラム:ステディ、リーダーのジンジャー、
ベース:ダニー、ギター:CJ 今回のピックアップ・アルバムである1stアルバム、
「Earth Vs The Wildhearts」時のフォト・ショット。
1989年、イギリス・ニュー・キャッスルで結成され、来年で結成20年目を迎える。
20年のキャリアを持ちながらも、ワイルドハーツのイメージは、
現ロック・シーンを賑わすような、ハードコアっぽさや、
青春パンクのような軽快なパンキッシュ・ビートを打ち出すバンド。
若者を虜にするモッシュ必至なナンバーから、
軽やかなポップ・センス光るナンバーと、ライヴ栄えする楽曲が武器であり、
オールドスクールとエモーショナル・ロックのクロス・オーバーを感じさせ、
先ほど述べたロック・シーンの荒波に、ひょいっと乗り、
ビートルズのようなポップさと、ハシュカ・ドゥのような通向けさが、
幅広いジェネレーションに支持されている要因なのかもしれない。

thwdhrts cllctn.JPG
記憶に新しいのが、2004年のサマーソニックにて、
当初ライヴを行う予定だった、イギリスの新鋭ダークネスが、
サマーソニック出演がキャンセルとなり、急遽代役を果たしたのがワイルドハーツ。
ワイルドハーツだったら…って思ったお客が詰め掛けまくり、
大盛り上がりのステージだった。
その盛況振りは、さすがであり、コンスタントにアルバムを出してきた
ワイルドハーツの人気と実力を改めて感じさせられたエピソード。

活動休止なども経ながら、今年発売されたカバー・アルバム含む、
17枚のアルバムを発表してきた彼らは、日本でのライヴを積極的に行うバンドであり、
多国籍ロックを吟味できる日本人を常に楽しませてくれている。

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イギリス、サウス・シールド出身のジンジャーは、
実は、クワイア・ボーイズの初期メンバー。
1977年映画「クワイヤーボーイズ」からインスパイアされ、
1984年に結成したクワイア・ボーイズは、ロンドンのクラブを中心に活動。
アンディ・マッコイのバンドの代役や、ガンズのイギリス公演の前座などを経験し、
オジーの奥様、シャロン・オズボーンに見出され、結成5年目にして、
ようやくメジャー・レーベルから、1stアルバムを発表した苦労あったバンド。

ジンジャーは、1stアルバム発表前に、クワイア・ボーイズから解雇。
その後、ジンジャーはギタリストとしての道ではなく、
自らのバンドを作ることを決意し、1989年にワイルドハーツを結成する。

当初のワイルドハーツでのジンジャーは、ギタリストに徹しており、
デモ曲を製作しながら、ライヴを展開してきた。

その頃のワイルドハーツは、非常にガンズ・アンド・ローゼスを意識したサウンドであり、
UKシーンでは、あまり注目されなかった…。
その後は、幾度のメンバー・チェンジを繰り返しながら、
ジンジャー自らがヴォーカルを務める編成へと変えていき、
クワイア・ボーイズ時代の経験を糧としたサウンドを生み出していく。
1992年にEP盤「MONDO AKIBO A GO-GO」リリース。
この作品の製作時には、イギリスを代表するバッドボーイ・ロック・バンド、
ドッグス・ダムールのドラマー、バンが参加していたこともあって、
一気に、そのEPは、イギリスの雑誌「ケラング!」などから注目を集めた…。

WH break.JPG結局、ドラムのステディが戻り、
1993年、記念すべき1stアルバム
「Earth Vs The Wildhearts」を発表。
ちょい不気味なジャケットに、
日本盤には2曲ボーナス・トラック追加の
計13曲収録の作品。
タイトル名の由来は、
1956年のB級SF映画の金字塔、
「Earth vs. the Flying Saucers」から。
(邦題「世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す」)
とにかく、かっ飛びロックチューン満載で、
素晴らしい仕上がりの1枚である。
分厚いスラッシュなリフが印象的な、
「Greetings From Shitsville」、
コレぞ、ワイルドハーツならではの軽快ナンバー
「TV Tan E.P.」、
ラモーンズ、ハノイ・ロックスを髣髴させる
「Caffeine Bomb」
そして、彼らのライヴ定番ナンバー
「Suckerpunch」、
この4曲をシングル・カットし、
爆発力と軽快さを兼ね備えた
ザ・ワイルドパーツは始動したのである。
ジンジャーのエッヂが効いてハスキーなボイス…
メタルを愛するギタリスト、CJのプレイ…
曲によっては分厚いスラッシャーなリフ、
思わず首を振りたくなるナンバー陣は、
紛れもなく、HR/HMサウンドである。
当時の僕は、クワイア・ボーイズの魅力が分からず、
とにかく、攻撃的なワイルドハーツにゾッコン。
この作品のミックスには、
プリースト、アンスラックスの作品に関わった、
マーク・ドットソンが担当。
また、スペシャル・ゲストとして、
デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、ボブ・ディランなど、
錚々たる面子の下でギタリストとして活躍した、
あの、故ミック・ロンソンも
「My Baby is a Headfuck」に参加。
この曲が、彼の最後の演奏楽曲となってしまった。
そんな捨て曲一切ナシの今作からのピックアップ・ナンバーは、
exclamation×2「Shame on Me」exclamation×2
パンキッシュで、ハードロックで、中盤ではオルタナティヴに転調し、
ラストは哀愁漂う流れで静かに終わる…
現在のメロコア・アーティストっぽく、でも、懐かしい90年代初期のような、
王道のスタイルが確立された完璧な1曲です!!!!

asato with acdc.JPG
いやぁ〜急に寒くなりましたね....
のんびりしていると、紅葉シーズン逃しちゃいますね。
とは言え、まだ外苑のイチョウ並木は、まだ黄色くなってませんでした。
今日からの三連休で、是非紅葉などを楽しんでください。
それにしても、サッカー日本代表、よくやりました!!!!
posted by 佐藤朝問 at 06:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

Scorpions「I Can't Explain」

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僕の大好きな「グラコロバーガー」の季節到来です。
誰もが好きなグラコロかと思いきや、あまり好きじゃない人も結構います。
最近のマックは、「メガマック」や24時間営業など様々な試みを行っていますが、
歳を重ねていくにつれ、マックに行く機会がグッと減りました。
そんな僕だけれども、「グラコロ」の季節には、何度か足を運ぶようになる。
おそらく「コロッケ」と「グラタン」と言う僕の好きなツートップの競演だからかも。
調べてみると、1993年に「グラタンコロッケバーガー」は誕生し、
今年で記念すべき15周年を迎えている....。
確かに、大学時代によく食べた思い出があり、
グラコロ誕生と共に僕は虜になってしまっている。
口にとろけるクリーミーな味わいが、なんともたまんない…。
昔は、なぜオリジナル・メニューしないんだよ!!!…なんて言っていたが、
マックに遠ざかってしまった今を考えれば、
僕とマックの接点を結ぶ風物詩的存在なのかもしれません....

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僕のコロッケ好きは、明らかに親父譲り…。
うちの親父たち団塊の世代の皆さんはコロッケ好きが多い。
1個50円ぐらいの低価格のコロッケを、
「さぁ、お父さんが買ってやるぞ」っと偉そうな口ぶりで、
近所のお肉屋さんのコロッケを食べさせてもらっていた記憶がある。
そんな昭和を代表する洋食メニュー「コロッケ」は、
今じゃ立ち喰いそばなどに行けば、おそばのトッピングでも定番である。
また、コロッケのライバル的存在が「メンチカツ」。
これまた僕はメンチカツも大好きなんです。
ようは、小麦粉、卵、そしてパン粉で生まれた揚げ衣メニューに弱い。
写真に写るのは、吉祥寺の大行列必至の「肉屋のサトウ」のメンチ&コロッケ。
お昼時、または週末は、ココの名物「元祖丸メンチ」を買い求める客の
長蛇の列は吉祥寺の伝統風景のようなもの....。
自称コロッケ好きの僕が買うのは分かるけれども、
みんなが並んでいるからとか、サトウのメンチしか食べれない…
なんて思う人ばかりが並んでいるような気がしてならない。
因みに僕は、サトウのメンチ&コロッケを5分以上並んで買ったケースはありません。
スグに買える時間帯があるのに、明らかに行列に釣られて買う人ばかりだ!!!
とは言っても、やっぱココのメンチは美味いのは確かなんです。
でもね、コロッケも美味いんですよ。

qdrphn.jpgさてさて、コロッケ談義はココまでで、
遂に、ザ・フーの単独来日公演が実現した。
1965年のデビュー以来、43年と言う長い年月…。
キース・ムーン、ジョン・エントウィッスルの他界…。
様々な偉業と悲しみを経た巨人が、
念願の初単独来日公演を果たすこととなる。
僕にとってザ・フーを知ったキッカケは、
映画「さらば青春の光」(原題「Quadrophenia」)。
なんともセンスのある邦題ですよね。
カスタマイズされたランブレッタに乗る
モッズ・ボーイの青春グラフィティ。
ザ・フーの1979年発表作「Quadrophenia」
(邦題「四重人格」)をモチーフした映画。
大学時代に、痛い失恋をした後に、
この映画をたまたまビデオで観て、
若かりし葛藤の境地がシンクロしてしまい、
僕にとっては衝撃的な映画だった思い出がある。
今となっちゃ、つまんない事で悩み、ムカつき、自己顕示欲が出まくっていた頃で、
モッズとロッカーズの抗争に熱くなり、ジミーの不器用な恋愛模様に共感した。
とは言え、「さらば青春の光」のルーツで、ザ・フーへと進むことは、まだ無かった…。

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しかし、メタル・アーティストも含め、多くのアーティストが、
ザ・フーの楽曲をカバーしている事に徐々に気づいていく。
映画「さらば青春の光」の劇中でオープニングを飾ったナンバー、
「THE REAL ME」をカバーしたW.A.S.P.や、
VAN HALENのライヴ盤「Live:Right Here,Right Now」では、
ザ・フーの「Won't Get Fooled Again」を楽しく歌い上げていた。
とにかく、フーの爽快感あるリフと8ビートは、
多くのアーティストがステージで披露したくなるんだろう。
そんな数々のカバーを耳にしてから、ザ・フーのオリジナル楽曲への興味が沸いた。
特に、ドイツの古豪スコーピオンズのフーのカバーにはノックアウトされ、
ザ・フーへの探究心は倍増したに違いない。
今回は、ザ・フー来日を祝して、先週のウリ・ジョン・ロートの古巣でもあり、
今もなおハードロック・シーンに蠍団の存在を遺憾なく出している、
スコーピオンズをピックアップすると共に、
ザ・フーのカバーを唯一収録したベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」をフィーチャー。

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1965年にバンド結成したスコーピオンズ。
同年結成の同期バンドには、グレイトフル・デッド、ピンク・フロイド、
ジェファーソン・エアープレーン、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンド。
錚々たるバンドが1965年に産声を上げており、スコーピオンズの歴史の深さと、
偉大さ、そして現役を貫いているタフさなどが伺えてしまう。
そんなスコーピオンズは、1972年発表のデビュー作「Lonesome Crow」から、
昨年2007年発表の、スマパンのビリー・コーガンがゲスト参加し話題となった、
「Humanity:Hour I」まで、ベスト盤、ライヴ盤含む24枚のアルバムを発表。

一環としたスコーピオンズの世界観は、音楽性、ジャケットワークなど、
唯一無二の存在感であり、ハードロック・シーンの礎を築いたと言っても過言ではない。
哀愁漂う美メロ、攻撃的なリフを武器としたロック・チューンは、
ツェッペリンらしさ、パープルらしさ、サバスらしさ…と言った、
先輩バンドのオマージュを一切感じさせない、
ドイツ出身の彼らだからこそ生まれた数々の名曲は、
幅広いジェネレーションに衝撃を与えたに違いない....

とにかく、ヴォーカリスト、クラウス・マイネのクラシカルなハイトーンは、
クイーンのフレディ・マーキュリーを髣髴とさせるパワーと美しさを感じてしまう。
そのクラウスのヴォーカルを支えるツイン・ギターも彼らの真骨頂かも。

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マイケル・シェンカーのお兄ちゃん、ルドルフ・シェンカー(写真左から2番目)が、
スコーピオンズの前身バンドを1965年に結成。当時はルドルフがギター兼ヴォーカル。
1969年に、実弟マイケル・シェンカー、そしてクラウス・マイネを迎え、
ベースにローザー・ヘインバーグ、ドラムにウォルフガング・ズィオニー、
この5人編成で第一期スコーピオンズはスタートし、記念すべき1stアルバムを発表。
早速ツアーを開始し、ほぼ同期にあたるイギリス出身のUFOとジョイント・ツアーを敢行。
ツアー終盤にて、彼らのステージを目の当たりにしたUFOは、
リード・ギタリスト、マイケル・シェンカーにラブ・コールする。
このラブ・コールを承諾したスコーピオンズは、ツアー終盤に代理として、
ウリ・ジョン・ロートを迎え、ツアー全日程を無事成功させた。

とは言え、マイケル脱退は大きく、ウリを正式メンバーとして迎えようと試みるが、
ウリには自身のバンド、ドーン・ロードでの活動があった為、
簡単にスコーピオンズのメンバー加入には進めなかった。
よって、ルドルフ・シェンカーは、ウリを筆頭にドーン・ロードのメンバーである、
フランシス・ブッホルツ(写真左端)をベーシストに、
ヨルゲン・ローゼンタルをドラマーに、
キーボディストのアヒム・キルシュニングをメンバーに迎え入れることを決意。
ほぼドーン・ロードのメンバーに占拠されてしまったバンド編成に、
クラウス・マイネも難色を示したが、バンドの未来を考え承諾する。
新加入4人のメンバーは、ドーン・ロードを捨て、スコーピオンズの一員として活動。

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新メンバーを迎え入れたスコーピオンズは早速、新作に取り掛かる。
初期スコーピオンズの名曲「Speedy's Coming」のレコーディングで、
ルドルフとクラウスは、新たなスコーピオンズ誕生を感じたそうだ。
マイケル・シェンカーとは違うスタイルのテクニシャン、ウリ・ジョン・ロート。
ジミヘンを崇拝するウリのトレモロアームを駆使するトリッキー・プレイが火を噴いた。
このメンバーでの極上の一体感により、2ndアルバム「Fly to the Rainbow」、
(邦題「電撃の蠍団」)が1974年に完成。
しかし、アルバム完成後にキーボディスト、アヒムが脱退....
まもなくドラマーのヨルゲンが陸軍入りを志願し脱退してしまう。
新ドラマーにベルギー出身のルディ・レナーズを迎え、欧州ツアーを敢行する。

1975年に3rdアルバム「In Trance」(邦題「復讐の蠍団」)を発表。
このアルバムから、スコーピオンズの発禁ジャケット伝説が始まる(笑)
また、今もスコーピオンズを支えている蠍団の頭脳と呼ばれるプロデューサー、
ディーター・ダークスが、「In Trance」からプロデュースを担当する事になる。

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ディーター・ダークスは、奥深いドイツ・ミュージックのジャンル、
“クラウトロック”の渦中にいたプレイヤーであり、
タンジェリン・ドリーム、アシュ・ラ・テンペル、ヘルダーリン、
ジェロニモ、ネクター、コスミック・ジョーカーなど、
70年代クラウトロックのムーヴメントを見据えてきたプレイヤー。
東京タワーの蝋人形館の出口近くにある、ディープな世界ですよね(笑)
ウリが作り出すハードでサイケな世界観が、
クラウトロックのプログレッシヴでヒッピーな世界観にハマったのかも。

sasori guitars.JPG
それからは、ウリ・ジョン・ロート(11月8日)の際にも触れたように、
発禁度200%ジャケットの通算4枚目となる「Virgin Killer」を発表。
その後の80年代ハードロック・シーンの重要アーティストとなった、
スコーピオンズのスターダムへ登りつめるキッカケとなった最高傑作。
このアルバムのヒットにより、大会場でのライヴを繰り広げるが、
ドラマー、ルディ・レナーズが体調不良により脱退してしまう。
新ドラマーにハーマン・ラレベル(写真右から2番目)を迎える。
ハーマンは、英語力に長けていた為、スコーピオンズの英語圏進出に、
大きく貢献したと言われている。

1978年に5thアルバム「Taken by Force」(邦題「暴虐の蠍団」)を発表。
所属レーベルRCAは、シングル・カット「Steamrock Fever」を軸に、
プロモーションを精力的に行い、商業的戦略を打ち立てていく。
その成果があって、同年に初来日ツアーを果たし、全公演ソールドアウト。
しかし、RCAのサウンド面よりも知名度優先型の戦略に、ウリは失望してしまう。
結果彼は、己のルーツを選択し、エレクトリック・サン結成に向け、
スコーピオンズを脱退してしまう。

ウリ・ジョン・ロートという最強のパートナーを失ったスコーピオンズは、
新ギタリスト発掘のため、オーディションを開催。
140人ものギタリストが蠍団の一員を夢見て参加したそうだ。
オーディションの結果、現メンバー、マティアス・ヤブス(写真右端)が選ばれた。

ウリ脱退の原因??RCAレーベルから離れ、マーキュリーへ移籍。
マティアス加入により、新生スコーピオンズが動こうとした時に、
UFOのメンバーであったマイケル・シェンカーが、
アルコールとドラッグで体ボロボロの状態であった事を知り、
ルドルフ、クラウスはスコーピオンズの一員に迎え入れることに・・・

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マティアス・ヤブス、マイケル・シェンカー…
なんとも贅沢なツイン・ギターを抱えることとなったスコーピオンズ。
既にUFOで、その名を轟かせたマイケルが古巣に戻ったと言う事もあり、
マーキュリー移籍第一弾であり、通算6枚目のアルバム「Love Drive」は、
それはそれは注目度が高かったに違いない…。
そして、またもやお騒がせなジャケット・デザインで発表された。
デザインを手掛けたのは、イギリスのアート集団Hipgnosis(ヒプノシス)。
ピンク・フロイド、ツェッペリン、ブラック・サバスを筆頭に、
数々の名ジャケットを世に送り込んだグループであり、
知的センス、芸術的センスを兼ね備えながらも、
際どいセクシュアルでお馬鹿な遊び心満載なデザインも彼らの持ち味。
そんな話題沸騰の「Love Drive」はゴールドディスク獲得の
スコーピオンズの出世作となる1枚となった。
スコーピオンズの一員となったマイケル・シェンカーも、
彼ならではの最高のギター・プレイを響かせた
「Another Piece of Meat」、「Love Drive」、
そしてルドルフ&マイケルの兄弟競演のインスト・ナンバー、
このブログでも紹介させていただいた「Coast To Coast」の3曲に、
その存在感をとことん見せつけ、マティアスをビビらせた事だろう…。

subuya.JPGしかし、結局マイケル・シェンカーは去ってしまう。
時代は80年代へと進み、
HR/HMの群雄割拠の時代を迎えていく。
それからは、ルドルフ&マティアスの
ツイン・ギター編成は、彼らの十八番となり、
1980年:「Animal Magnetism」(邦題「電獣」)
1982年:「Blackout」(邦題「蠍魔宮」)
1984年:「Love at First Sting」(邦題「禁断の刺青」)
1985年:ライヴ盤「World Wide Live」、
1988年:「Savage Amusement」
…っと80年代に発表した作品すべてが
プラチナ・ディスクを獲得し、
世界を席巻したモンスター・バンドとなっていく。
名曲「No One Like You」、「Still Loving You」
「Rock You Like a Hurricane」、「Rhythm of Love」
80年代のスコーピオンズは、次々とシングル・チャートを賑わす楽曲を発表し、
マティアスも、マイケル・シェンカー、ウリ・ジョン・ロートの幻影を振り払い、
ハードロック・シーンのスーパー・ギタリストの仲間入りを果たした。

そして、やっと今回のピックアップ・アルバムであり、
マーキュリー在籍からの輝かしい名曲を揃えに揃えたベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」が、1989年に発表され、
メタルを聴かない人でも、持っておきたい1枚であり、
当然ながらプラチナ・ディスクを獲得したベスト盤。

そして、このアルバムのみ新録されたのが、
ザ・フーの大ヒットナンバーをカバーした、exclamation×2「I Can't Explain」exclamation×2
原曲の良さを保ちながらも、マティアスの切れ味鋭いリード・ギター、
パンキッシュなバッキングを奏でるルドルフ・シェンカー、
そして、加速力あるナンバーに広がりを演出するクラウスのヴォーカル…
スコーピオンズの歴史が凝縮された最高のロック・チューンです!!!!

asato with mr.big.JPG
いやぁ〜今月は何かと考えさせられることが多くて、
心身とも疲れてしまってます.....。
ブログで書くことじゃないですけれど、
やっぱ、インターネットって人を安直な気持ちにさせちゃいますね。
20代前半までアナログな生活を営み、
社会人になってから急速なデジタル化へと対応してきた我々世代...
この両面性を兼ね備えたからこその器用さと忍耐力…。
もう、35歳でオッサンと呼ばれてしまう年頃ですが、
損をいっぱいしたかもしれないけど、たくましく育ったんじゃないかなぁ....。
posted by 佐藤朝問 at 22:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

Electric Sun「Enola Gay(Hiroshima Today?)」

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yajuushisubeshi.JPG
11月6日は、偉大なる名優、松田優作氏の命日でした…。
1989年11月6日…享年40歳
彼が他界して、来年で20年を迎える。
ドラマ「探偵物語」を筆頭に、彼の絶対的なカリスマ性により、
現役の俳優さんなどの著名人を含め、幅広い世代から愛されている役者さんである。

とにかく、あの自然体がカッコ良すぎますっ!!!!!
って言うか、カッコイイと簡単に文章では書けません…。

ハードボイルド、シュールでコミカル、
アンニュイでスリリング…
自然体の姿と迫真の演技の相反する二面性…
松田優作の演技の幅は広すぎます!!!!

まぁ、それはそれは、松田優作論を語る方は、
僕の周りでも多いですっ!!!!
そんな優作フリークに対抗すべき僕の十八番が、
映画「野獣死すべし」で松田優作さん演じる伊達の有名な怪演シーン、
リップ・ヴァン・ウィンクルのお話をする場面のモノマネ!!!(笑)

映画「野獣死すべし」の関連物は、ほぼ持っている自分です。
取り憑かれたかのように、この映画は何度も観てしまいました。
松田優作さんの冷静沈着であり、一触即発、鋭い刃物のような演技!!
また、「麻雀放浪記」よりも更に凶暴性を増した鹿賀丈史さんの演技も最高!!!

工藤ちゃんの優作さん、「家族ゲーム」の優作さんも当然最高ですが、
「野獣死すべし」を筆頭に、「蘇る金狼」、「殺人遊戯」などの
ハードボイルド作品の松田優作さんは、役者魂全開ですよね。
とにかく、「野獣死すべし」での優作さんは不気味です。
役作りのために減量、そして奥歯を抜いて、顔の輪郭まで変えるという、
「レイジング・ブル」のデ・ニーロばりの完璧主義&役者根性!!!
優作さんの渾身の役作りによって完成された主人公、伊達は“狂気”!!!
そして、その“狂気”が最高潮に達するのが、リップ・ヴァン・ウィンクルを語るシーン。

ラム…
コアントロー
それに、レモンジュースを少々…
シェイクするんです…


来年の11月はメモリアルな催し物が開かれるんでしょうね....

さてさて、11月7日の広島・クラブクアトロを皮切りに、
5日間のジャパン・ツアーを展開する、ミスター・スカイギターこと、
ウリ・ジョン・ロートをピックアップさせていただきます。

3年前に財政難となり自己破産してしまったウリ・ジョン・ロート。
とは言え、後世に伝えた衝撃は大きく、偉大なるギタリストである。

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ご存知の通り、ウリは元スコーピオンズのギタリスト。
UFOへ移籍したマイケル・シェンカーの後任であり、
スコーピオンズ二代目リード・ギタリスト。
そんな彼のスコーピオンズ在籍時のアルバムは、
ベスト盤&ライヴ盤含めて6枚…スタジオ盤は4枚発表。
1974年発表のスコーピオンズ通算2枚目となり、
ウリ初参加のアルバム「Fly to the Rainbow」(邦題「電撃の蠍団」)では、
7分強の「Drifting Sun」、「Fly To The Rainbow」の2曲に楽曲参加、
そして、リード・ヴォーカルも務めるなど、初陣から才能を爆発させた。
それからのスコーピオンズはウリの才能を活かした方向性が色濃く、
ハードロックと言うより、サイケデリックなダウナーなロック・サウンドを響かせていた。
ウリのギター・ワークは“三大ギタリスト”と呼ばれる、
エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックをも凌駕させる程、
聴く者すべてが恍惚の状態へと陥ってしまうような気がする。

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そんなウリを擁していたスコーピオンズが、
“ジャーマン・メタルの祖”と呼ばれるようになったのは、
1976年発表作「Virgin Killer」(邦題「狂熱の蠍団)の発表からでは??
発禁ジャケットでも有名な今作だけれども、
ドライブ感溢れるハードロック・チューンを散りばめ、
このアルバムからスコーピオンズがハードロック・バンドへシフトチェンジした。
なんと言っても、ウリが生んだ大名曲「Virgin Killer」は、
クラウス・マイネの激情シャウトは凄まじく、
また、同じくウリ作であり、ウリが歌う「Polar Nights」は、
現ジャーマン・サウンドの原点とも呼ぶべきドラマティックで、
様式美を感じさせる素晴らしい楽曲である。
蠍団が鋼鉄シーンへ殴りこみをかけた記念すべき1枚と言えよう。

ウリは、1978年発表の5thアルバム「Taken by Force」(邦題「暴虐の蠍団」)を最後に、
スコーピオンズを去ってしまう…。
このアルバムでは、プログレ色溢れる名曲「The Sails of Charon」、
サイケデリックな世界が印象的な「I've Got to Be Free」の2曲を担当。

それからは、マイケル・シェンカーが一時出戻りをして、
その後は、スコーピオンズ黄金期を支えたギブソン・エクスプロラーの名手、
マティアス・ヤブスが参加し、スコーピオンズは今年結成43年目を迎えた。
写真は、2006年8月、ドイツの最大メタル・フェス、「ワッケン」にて、
スコーピオンズのスペシャル・ゲストとして、ウリ・ジョン・ロート、
そしてマイケル・シェンカー率いるMSGが参加した。
アンコール2回含め、計26曲のスコーピオンズ名曲を披露してくれた。

さて、今回はスコーピオンズを去ったウリの、
自らのソロ・プロジェクト、エレクトリック・サンをフィーチャー。
1979年〜1985年までの6年間で3枚のアルバムを発表したエレクトリック・サン。
初期メンバーはウリ・ジョン・ロート、ドラマーはクライヴ・エドワーズ、
そして、ウリの実弟ジーノ・ロートの旧友であり、
後のフェア・ウォーニングを生んだベーシスト、ウレ・リトゲンの三人。

ウリ・ジョン・ロートの等身大が凝縮されたエレクトリック・サン…。
そんな彼らの1981年発表の2ndアルバム「Fire Wind」をピックアップ。

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1954年12月18日、ドイツ・デュッセルドルフで生まれたウリ・ジョン・ロート。
ジミ・ヘンドリックスを崇拝するギタリストは、
ドーン・ロード、ブルー・インフィニティなどのバンドで活動する。
このバンド活動において、スコーピオンズのルドルフ・シェンカー、
そしてマイケル・シェンカーなどと交流を持ち、
マイケル・シェンカーがUFOへの移籍を機に、
スコーピオンズのツアー・サポート・ギタリストとして参加する。
その後のウリの活躍はは前述で触れた通りなんだけど、
ウリの転換期は、ジミ・ヘンドリックスの最後の恋人であった、
元フィギュア・スケーターでありイラストレーターの、
モニカ・ダンネマンとの運命的出会いである…

とにかくスコーピオンズ時代のウリは、ジミヘンの魂を継承するフレーズに拘っていた。
ウリのジミヘンへのリスペクトは、あのフランク・マリノをも凌ぐほどで、
サウンドのみならず、ジミヘンが織り成す些細なフレーズをも完璧にこなした。
そんな彼のプレイスタイルに、同郷ドイツ出身のモニカは、
逝ってしまった最愛の恋人ジミ・ヘンドリックスへのシンパシーを感じたそうだ。
そして、ウリとモニカの同棲生活が始まり、
ウリは愛するモニカのため、そして敬愛するジミヘンのために、
己のサウンドを追い求め、新プロジェクト、エレクトリック・サンを誕生させる。

uliroots.JPGドイツ・ハノーバーで産声を上げた、
ウリ率いるエレクトリック・サンは、
1979年に記念すべき1stアルバム
「Earthquake」を発表する。邦題は、
「天地震動〜ジミ・ヘンドリックスの魂に捧ぐ〜」。
その名の通り、ジミヘン節炸裂であり、
最愛なるモニカに捧げた1枚かもしれない。
このアルバムと今回のピックアップ・アルバム
「Firewind」のジャケット・デザインを担当したのが、
モニカ本人によるもの。
まさに愛の共同作業とも言うべきか??
このモニカが描いた神秘的なイラストの題は、
「ライジング・フォース」だそうだ。
この事から、イングウェイ・マルムスティーンが、
ウリを崇拝している事が伺えてしまう。
1stアルバム「Earthquake」には、
「Japanese Dream」と言う楽曲が収録されている。
ウリと言えば、スコーピオンズ最初のライヴ盤
中野サンプラザ公演を収録した、
1979年発表「Tokyo Tapes」にて、
滝廉太郎の「荒城の月」を披露してくれた。
ジミヘン魂のサイケデリック・フレーバーと、
日本のオリエンタルな響きを愛したウリならではの
楽曲ではないだろうか??
また「Hell-Cat」から「Catch Your Train」に
流れる間奏で「君が代」も披露したんだよね。

そんな、日本の旋律を愛したウリ・ジョン・ロートの魂の叫び、
また痛烈なるメッセージを込めた、日本人と世界中に捧げたナンバーが、
今回のピックアップ・ナンバーである。
exclamation×2「Enola Gay(Hiroshima Today?)」exclamation×2
(邦題:組曲「エノラ・ゲイ」(ヒロシマ・トゥデイ?))

エノラ・ゲイ…そう、第二次世界大戦にて、広島に原爆を投下した、
アメリカ軍のB-29長距離爆撃機である。
80年代に活躍したテクノ・ユニット、
オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク、通称OMDも、
「エノラ・ゲイの悲劇」と言う楽曲を発表し話題となったが、
エレクトリック・サンの「エノラ・ゲイ」は、
オープニングから戦闘機のプロペラ音から始まる感慨深いナンバー。
おまけに、この楽曲はトータル10分42分の大作であり、4部構成となっている....

a) Enola Gay:(エノラ・ゲイ)
b) Tune of Japan:(チューン・オブ・ジャパン)
c) Attack:(エノラの急襲)
d) Lament:(追悼の詩)


a)の「エノラ・ゲイ」では、飛び立とうとするエノラ・ゲイに、
なぜ、オマエは飛び立ち、戦争の使者へとなるんだっ!!!
…っとジミヘンばりのウリの叫びのヴォーカル・トラック。
抜群のカッティングとサイケなブルージーワールドが印象的。

b)〜d)は、エノラ・ゲイの動向と起こしてしまった結末を、
すべてギターで奏でている....。
c)の「エノラの急襲」で聴かせるギターの轟音は、
空襲警報と壮絶な爆撃が織り成す地獄絵図そのものである....。
反戦メッセージを轟かせたウリ・ジョン・ロート渾身の大叙事詩ナンバー。

asato with fair warning.JPG
アメリカ大統領選挙…オバマさんの勝利でした。
それにしても、アメリカと言う国は選挙も文化の一つなんですね。
自分の意見や主張を前面に出す事をためらってしまう日本では考えられません。
だって、主張し過ぎるとKYって言われちゃうもんね....
posted by 佐藤朝問 at 23:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

SHOTGUN MESSIAH「THE EXPLORER」 & LEATHERWOLF「BLACK KNIGHT」

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oshi@.JPG
11月1日から、ジョン・ウー監督の超大作「レッドクリフ」が公開。
あの「三国志」の歴史的合戦“赤壁の戦い”を総制作費100億円と言う、
アジア映画至上最高額の制作費を投じた映画「レッドクリフ」。

前情報を知らなかった自分は、トニー・レオンが劉備を演じるのかと思いきや、
呉の国の軍師、周瑜を演じると言うからビックリ。
我が日本が誇る俳優、金城武が希代の名軍師、諸葛亮孔明を演じる。


「三国志」の主人公と言えば、“桃園の誓い”を交わした劉備、関羽、張飛の三人。
彼ら三人と孔明の蜀の国を主軸に、曹操の魏の国、
そして孫権の呉の国による、“天下三分の計”におけるバトル絵巻こそが、
僕の知る「三国志」だっただけに、配役に意外性を感じた。

調べてみると、当初、劉備には、チョウ・ユンファの予定だったらしく、
曹操には渡辺謙さんの名前が挙がっていたようだ。
これで、孫権を韓国の名優ソン・ガンホが演じていたならば、
中国、日本、韓国の壮大なるアジアン・ムービーが出来たかもね....。

僕は、一応大学が歴史学科卒業なので、歴史絵巻が大好きです。
僕の学科の友人には、西洋史専攻もいれば、考古学専攻もいる。
今回の「三国志」が大好きな友人は、当然ながら東洋史を専攻していた。
そんな中で僕は、日本史を専攻しており、戦国時代のゼミに所属。

日本人は、特に男性は、戦国時代の男のロマンに惚れてしまうものであり、
その流れが「三国志」にも惚れてしまう所以の様な気がする。

そんな自分は、日本の城が大好きなんです。
武将たちの威厳とプライドが漲る要塞である城に、
なんとも言えないロマンを感じてしまう一人です。

先日、僕は埼玉県行田市にある忍城(おしじょう)に行ってきました。
忍城訪問の意図としては、今回の映画「レッドクリフ」に因んでの遠征。

oshiA.JPG
映画「レッドクリフ」のキャッチコピーである、
“曹操軍80万 VS 孫権&劉備連合軍5万”
フランク・ミラー原作「300」を連想させてしまう、
圧倒的に軍勢不利の状態での名勝負の原点とも言うべき“赤壁の戦い”。
“赤壁の戦い”を知らない方が「レッドクリフ」を観る場合を考慮して、
“赤壁の戦い”の全貌には触れないようにしますが、
この敗北度200%の不利な状態でも、戦いに挑む男たちの歴史的合戦は、
日本の戦国史にも数多くあった.....。

kmkz.JPG代表的なのが、1274年と1282年の鎌倉時代に、
二度に渡るモンゴル軍「元寇」を迎え撃った、
「文永の役」と「弘安の役」かもしれない....。
この戦いでは、ジョージ・リンチ・モデルでもお馴染み、
「神風」が起こり、蒙古船が海へ飲み込まれたと言う話。
まぁ、ジョージ・リンチの「神風」は、
第二次大戦中の日本軍の特攻隊の「神風」だけど…。
そんな“大和魂”漲る男たちの戦いにおいて、
僕が思い出すのが、1590年(天正18年)の“小田原の役”。
天下統一目前の強大なるパワーを兼ね備えた、
ご存知、豊臣秀吉に対し、真っ向から屈っしなかった、
北条氏政率いる後北条氏との戦いである。
豊臣軍20万 VS 後北条氏6万のバトル勃発!!!!!!!
注目すべきは豊臣軍がオールスター集団である。
徳川家康、前田利家、上杉景勝、真田昌幸、羽柴秀勝、
石田三成、織田信雄、黒田如水、宇喜多秀家、
細川忠興、小早川隆景、池田輝政、浅野長政…
織田信長が権力を振りかざしていた頃からの
猛者たちが集結し、小田原城拠点とする、
北条氏政たち関東エリアにドドドっと押し寄せた。

oshiB.JPG
関東地方に、立派な城が残っている場所は非常に少ない…。
ほとんどが城址であり、今回の忍城や小田原城を含めて、
近代的な城として復元されたものが多いのが現状…。
とは言っても、関東には城として復元された場所さえも少ないです。
それだけ、豊臣軍に各城がボコボコにされたことが伺える。

現在の皇居である江戸城、河越城、岩槻城は、
築城の名手と謳われた太田道灌による難攻不落の堅城。
また、信長が築城した幻の城、安土城の構造を模して築城された八王子城など、
そんな名城をも支配下にあった後北条氏の各要塞に、
豊臣軍20万の軍勢が、怒涛の攻撃を加え、次々と落城させる。

っが…?!

この忍城だけが、豊臣軍は苦戦を強いられ、攻略出来なかったんだよね。
すげぇーっかっこいいひらめきひらめき

忍城の特筆すべきポイントは、城の周りが沼地&湿地帯だった事。
自然の要害が、忍城の最大の武器であり、城攻略の難易度が高い。

この忍城攻略に任命されたのが、あの石田三成!!!
秀吉のブレーン的存在だった三成だが、他の武将よりも戦経験は少ない。
知能派である三成の湿地帯を要した忍城攻略の策は、水攻めであった。

忍城を取り囲むように、通称“石田堤”と呼ばれる堤防を築き、
忍城を水没させようと言う戦略に出た。
利根川水系を利用し、忍城の廻りには、どんどん水がたまり始めた。
ところが、ある日突然大雨が降りだし、堤防が決壊。
濁流は、肝心の忍城に押し寄せず、三成軍らに襲いかかり、
多数の兵を失い、水攻めは失敗に終わってしまう…
おまけに、大雨により以前にも増した湿地帯となり、
城攻めは、さらに困難を極めたと言う…。

すでに三成軍により、四方を水に囲まれてしまった城が、
大雨の影響を受けずに、その堅城ぶりを見せ付けたその姿は、
“忍の浮き城”と呼ばれた。

asato with oshi.JPG結局、小田原城が降伏したのに、
忍城だけが防戦状態だったんだよね....。
あの“赤壁の戦い”も長江と言う大河を、
巧みに利用した連合軍の勝利だったワケだし。
この忍城の逸話は、すごく好きであり、
「レッドクリフ」に通じます。
是非とも、この難攻不落の忍城エピソードも、
映画化されて欲しいなぁ....
甲斐姫と言う戦国史に残るヒロインもいるし。
なによりも「忍城」って名前が最高!!!!!!
12年振りの忍城訪問でしたけど、
天候にも恵まれ、城の写真撮りまくりでした。
行田名物「ゼリーフライ」が食せず、残念!!!

さ〜て、やっと本題です(笑)
11月に突入しましたね....2008年も残り2ヶ月…早いなぁ
今月から、また新たなオープニングとエンディングを飾るインストが、
オン・エア楽曲に組み込まれます。
かなりのマニアック度高い作品であり、廃盤でレアな楽曲です。
まず、オープニングを飾るインスト・ナンバーは、
元マリリン・マンソンのメンバーだったティム・スコルドが、
ティム・ティムと言う名前でベーシストとして参加していた、
北欧出身のバンド、ショットガン・メサイアの記念すべきデビュー作、
「SHOTGUN MESSIAH」からの楽曲。

shtgnmssh.JPG
キレイなブロンド・ヘアーが印象的なのが、当時のティム・スコルド。
ちょっとボーイ・ジョージに似ている(笑)
もともと、スウェーデンで、キングピンと言うバンドで活動していた彼らだが、
アメリカ進出をキッカケに、ショットガン・メサイアに改名。
1989年に1stアルバム「SHOTGUN MESSIAH」を発表。
写真左から2番目のヴォーカリスト、ジニー・ザンは、
このアルバムのみヴォーカルを務め、脱退してしまう。

当時、北欧出身でアメリカで成功を収めたヨーロッパ。
彼らにはヨーロッパのようなエッセンスはなく、
グラム・メタルらしい風貌と、ハノイ・ロックスのようなビートが印象的。

でも、多くのテクニカル・ギタリストを輩出してきたスウェーデン出身だけに、
写真左のギタリスト、ハリー・コーディのテクニックは素晴らしい!!
華麗なる早弾きも展開するハリーだが、イングウェイでもなく、
ジョン・ノーラムでもないサウンド面、テクニック要素を持ったギタリスト。
デンジャー・デンジャーのアンディ・ティモンズのような、
派手なギター・パフォーマンスをせず、
細部にわたる超絶テクが火を噴くと言ったタイプのような気がする。

アルバムに収録された楽曲は、なかなかの完成度。
それだけに、アメリカ進出を3〜4年早めれば、ラットの後継者として活躍出来たかも。
シーンを味方に出来なかった残念な彼らなんだけど、
彼らの1stアルバムの完成度の高さの裏には、
ハリーが猛烈に早弾きしまくるインスト・ナンバーがあるから。
今回のMETAL無頼漢のオープニングを飾るのは、
ハリーの高速プレイが光まくるexclamation×2「THE EXPLORER」exclamation×2

ヴォーカル・トラックでは、時折聴かす早弾きプレイだったが、
この「THE EXPLORER」では、これまで消極的にプレイしていたハリーが、
フル充電してしまったかのように、スティーヴ・ヴァイもビックリなプレイを展開。
年末へ向かうMETAL無頼漢を軽快に送り出すナンバーです。

lthrwlf.JPG
続いては、日本でもファンが多いレザーウルフだぜっ!!!!
ルックス、楽曲の構成、ヴォーカリストの声、重厚なコーラス、ギター・ソロ…
もう、どれをとっても完璧なバンド、レザー・ウルフ。
ブリティッシュの余韻を感じさせながら、アメリカのワイルドさが融合。
NWOBHMでもなく、ハードロックでもなく、スラッシュでもない、
真のヘヴィ・メタル・アンセムを奏でたレザーウルフ。
ライオット、ヴィシャス・ルマーズ、メタル・チャーチ、
そしてレザーウルフの4アーティストは、
パワー・メタルのパイオニア的存在と言っても過言じゃないだろう。
僕の中で勝手に上記4アーティストは、パワー・メタル四天王です(笑)

レザー・ウルフの十八番は、ヴォーカリストのマイク・オリヴィエリも
ギタリストとしてプレイする、トリプル・ギター編成。
現アイアン・メイデンもトリプル・ギターだけど、
メイデンの哀愁さをも兼ね備えながら、荒削りなエッヂの効いた旋律が、
レザーウルフの最強の持ち味じゃないでしょうか。
そして、ソロ後半で聴かせるトリプル・ギターの高速ユニゾンは涙モノ!!

1984年にロスで結成され、当時のL.A.メタルに染まらず、
ブリティッシュ臭い泥臭さと、テクニカル集団ならではの
バラエティに富んだ楽曲を生み出す器用さで、
80年代に3枚のアルバムを発表した後、90年代でシーンから消えてしまった。
そのため、その3枚は廃盤となってしまい、マニア度高い作品になってしまった。
今回は、そのうちの1枚で、まだ比較的手に入りやすい3rdアルバム
「STREET READY」をピックアップ。

レザーウルフは、1999年に奇跡の復活を果たし、今回の「STREET READY」から、
10年振りとなる4thアルバム「Wide Open」を発表したが、
またもや活動休止、2005年に新ヴォーカリストを起用しての再始動…。
翌年の2006年にオリヴィエリが復活し、昨年までに2枚のアルバムを発表している。
昨年発表された「New World Asylum」も完成度は、かなり高く、
原点回帰を感じさせながらも、新たなレザーウルフの誕生を感じた。
彼らのバンド経緯は、今もなお活動中のアナイアレイターに通じる。

とは言え、こんなカンジで、どうもバンド内に安定感が無い....。
よって、今回の「STREET READY」が、彼らの黄金期最後の作品であり、
シングル・カット2枚も出した商業的にも成功を収めた作品なのである。

そんな「STREET READY」…10曲収録のトータル尺40分と、
コンパクトにまとめられながらも、レザーウルフらしい珠玉のナンバーばかり。
その中に、アルバムにいいスパイスをもたらしているのが、
今回のピックアップ・ナンバーであり、METAL無頼漢ラストのインスト楽曲
exclamation×2「BLACK KNIGHT」exclamation×2

ショットガン・メサイアの「THE EXPLORER」とは対照的に、
ザクザクしたスラッシャーなリフと、ドラマティックな転調、
そして芸術的な同旋律を激しく、華麗に弾きこなす、
見事なユニゾン・プレイがたまらんナンバーです。

asato with asia.JPG
いやいや、急に寒くなりましたね…
秋らしい涼しさを通り越しちゃっているような気がします。
今回は、城について熱くカキコんじゃいました。
こんな自分ですが、まだ大阪城と姫路城は見たことないんです(笑)
城の魅力は、美しい天守閣かもしれませんが、
城址に潜む、熱く悲しいドラマもステキだと思うんです。
これって、解散してしまったバンドや、
消えてしまったバンドの良さを感じることと一緒じゃないかなぁ。
過去に拘って、新しいものを受け入れないように見えますが、
自分の生きてきたヒストリーの一部だから、
消すにも消せないんですよね....。
まぁ、それは悲しい思い出や、忘れたい失敗も消えないんですけどね。

おっ…なんだか秋らしいコメント書いちゃいました。

男闘呼組の「秋」って歌覚えてますか?(笑)
今月のポッドキャスティングもヨロしくでするんるんるんるんるんるん
posted by 佐藤朝問 at 07:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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