2008年11月15日

Scorpions「I Can't Explain」

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僕の大好きな「グラコロバーガー」の季節到来です。
誰もが好きなグラコロかと思いきや、あまり好きじゃない人も結構います。
最近のマックは、「メガマック」や24時間営業など様々な試みを行っていますが、
歳を重ねていくにつれ、マックに行く機会がグッと減りました。
そんな僕だけれども、「グラコロ」の季節には、何度か足を運ぶようになる。
おそらく「コロッケ」と「グラタン」と言う僕の好きなツートップの競演だからかも。
調べてみると、1993年に「グラタンコロッケバーガー」は誕生し、
今年で記念すべき15周年を迎えている....。
確かに、大学時代によく食べた思い出があり、
グラコロ誕生と共に僕は虜になってしまっている。
口にとろけるクリーミーな味わいが、なんともたまんない…。
昔は、なぜオリジナル・メニューしないんだよ!!!…なんて言っていたが、
マックに遠ざかってしまった今を考えれば、
僕とマックの接点を結ぶ風物詩的存在なのかもしれません....

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僕のコロッケ好きは、明らかに親父譲り…。
うちの親父たち団塊の世代の皆さんはコロッケ好きが多い。
1個50円ぐらいの低価格のコロッケを、
「さぁ、お父さんが買ってやるぞ」っと偉そうな口ぶりで、
近所のお肉屋さんのコロッケを食べさせてもらっていた記憶がある。
そんな昭和を代表する洋食メニュー「コロッケ」は、
今じゃ立ち喰いそばなどに行けば、おそばのトッピングでも定番である。
また、コロッケのライバル的存在が「メンチカツ」。
これまた僕はメンチカツも大好きなんです。
ようは、小麦粉、卵、そしてパン粉で生まれた揚げ衣メニューに弱い。
写真に写るのは、吉祥寺の大行列必至の「肉屋のサトウ」のメンチ&コロッケ。
お昼時、または週末は、ココの名物「元祖丸メンチ」を買い求める客の
長蛇の列は吉祥寺の伝統風景のようなもの....。
自称コロッケ好きの僕が買うのは分かるけれども、
みんなが並んでいるからとか、サトウのメンチしか食べれない…
なんて思う人ばかりが並んでいるような気がしてならない。
因みに僕は、サトウのメンチ&コロッケを5分以上並んで買ったケースはありません。
スグに買える時間帯があるのに、明らかに行列に釣られて買う人ばかりだ!!!
とは言っても、やっぱココのメンチは美味いのは確かなんです。
でもね、コロッケも美味いんですよ。

qdrphn.jpgさてさて、コロッケ談義はココまでで、
遂に、ザ・フーの単独来日公演が実現した。
1965年のデビュー以来、43年と言う長い年月…。
キース・ムーン、ジョン・エントウィッスルの他界…。
様々な偉業と悲しみを経た巨人が、
念願の初単独来日公演を果たすこととなる。
僕にとってザ・フーを知ったキッカケは、
映画「さらば青春の光」(原題「Quadrophenia」)。
なんともセンスのある邦題ですよね。
カスタマイズされたランブレッタに乗る
モッズ・ボーイの青春グラフィティ。
ザ・フーの1979年発表作「Quadrophenia」
(邦題「四重人格」)をモチーフした映画。
大学時代に、痛い失恋をした後に、
この映画をたまたまビデオで観て、
若かりし葛藤の境地がシンクロしてしまい、
僕にとっては衝撃的な映画だった思い出がある。
今となっちゃ、つまんない事で悩み、ムカつき、自己顕示欲が出まくっていた頃で、
モッズとロッカーズの抗争に熱くなり、ジミーの不器用な恋愛模様に共感した。
とは言え、「さらば青春の光」のルーツで、ザ・フーへと進むことは、まだ無かった…。

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しかし、メタル・アーティストも含め、多くのアーティストが、
ザ・フーの楽曲をカバーしている事に徐々に気づいていく。
映画「さらば青春の光」の劇中でオープニングを飾ったナンバー、
「THE REAL ME」をカバーしたW.A.S.P.や、
VAN HALENのライヴ盤「Live:Right Here,Right Now」では、
ザ・フーの「Won't Get Fooled Again」を楽しく歌い上げていた。
とにかく、フーの爽快感あるリフと8ビートは、
多くのアーティストがステージで披露したくなるんだろう。
そんな数々のカバーを耳にしてから、ザ・フーのオリジナル楽曲への興味が沸いた。
特に、ドイツの古豪スコーピオンズのフーのカバーにはノックアウトされ、
ザ・フーへの探究心は倍増したに違いない。
今回は、ザ・フー来日を祝して、先週のウリ・ジョン・ロートの古巣でもあり、
今もなおハードロック・シーンに蠍団の存在を遺憾なく出している、
スコーピオンズをピックアップすると共に、
ザ・フーのカバーを唯一収録したベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」をフィーチャー。

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1965年にバンド結成したスコーピオンズ。
同年結成の同期バンドには、グレイトフル・デッド、ピンク・フロイド、
ジェファーソン・エアープレーン、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンド。
錚々たるバンドが1965年に産声を上げており、スコーピオンズの歴史の深さと、
偉大さ、そして現役を貫いているタフさなどが伺えてしまう。
そんなスコーピオンズは、1972年発表のデビュー作「Lonesome Crow」から、
昨年2007年発表の、スマパンのビリー・コーガンがゲスト参加し話題となった、
「Humanity:Hour I」まで、ベスト盤、ライヴ盤含む24枚のアルバムを発表。

一環としたスコーピオンズの世界観は、音楽性、ジャケットワークなど、
唯一無二の存在感であり、ハードロック・シーンの礎を築いたと言っても過言ではない。
哀愁漂う美メロ、攻撃的なリフを武器としたロック・チューンは、
ツェッペリンらしさ、パープルらしさ、サバスらしさ…と言った、
先輩バンドのオマージュを一切感じさせない、
ドイツ出身の彼らだからこそ生まれた数々の名曲は、
幅広いジェネレーションに衝撃を与えたに違いない....

とにかく、ヴォーカリスト、クラウス・マイネのクラシカルなハイトーンは、
クイーンのフレディ・マーキュリーを髣髴とさせるパワーと美しさを感じてしまう。
そのクラウスのヴォーカルを支えるツイン・ギターも彼らの真骨頂かも。

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マイケル・シェンカーのお兄ちゃん、ルドルフ・シェンカー(写真左から2番目)が、
スコーピオンズの前身バンドを1965年に結成。当時はルドルフがギター兼ヴォーカル。
1969年に、実弟マイケル・シェンカー、そしてクラウス・マイネを迎え、
ベースにローザー・ヘインバーグ、ドラムにウォルフガング・ズィオニー、
この5人編成で第一期スコーピオンズはスタートし、記念すべき1stアルバムを発表。
早速ツアーを開始し、ほぼ同期にあたるイギリス出身のUFOとジョイント・ツアーを敢行。
ツアー終盤にて、彼らのステージを目の当たりにしたUFOは、
リード・ギタリスト、マイケル・シェンカーにラブ・コールする。
このラブ・コールを承諾したスコーピオンズは、ツアー終盤に代理として、
ウリ・ジョン・ロートを迎え、ツアー全日程を無事成功させた。

とは言え、マイケル脱退は大きく、ウリを正式メンバーとして迎えようと試みるが、
ウリには自身のバンド、ドーン・ロードでの活動があった為、
簡単にスコーピオンズのメンバー加入には進めなかった。
よって、ルドルフ・シェンカーは、ウリを筆頭にドーン・ロードのメンバーである、
フランシス・ブッホルツ(写真左端)をベーシストに、
ヨルゲン・ローゼンタルをドラマーに、
キーボディストのアヒム・キルシュニングをメンバーに迎え入れることを決意。
ほぼドーン・ロードのメンバーに占拠されてしまったバンド編成に、
クラウス・マイネも難色を示したが、バンドの未来を考え承諾する。
新加入4人のメンバーは、ドーン・ロードを捨て、スコーピオンズの一員として活動。

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新メンバーを迎え入れたスコーピオンズは早速、新作に取り掛かる。
初期スコーピオンズの名曲「Speedy's Coming」のレコーディングで、
ルドルフとクラウスは、新たなスコーピオンズ誕生を感じたそうだ。
マイケル・シェンカーとは違うスタイルのテクニシャン、ウリ・ジョン・ロート。
ジミヘンを崇拝するウリのトレモロアームを駆使するトリッキー・プレイが火を噴いた。
このメンバーでの極上の一体感により、2ndアルバム「Fly to the Rainbow」、
(邦題「電撃の蠍団」)が1974年に完成。
しかし、アルバム完成後にキーボディスト、アヒムが脱退....
まもなくドラマーのヨルゲンが陸軍入りを志願し脱退してしまう。
新ドラマーにベルギー出身のルディ・レナーズを迎え、欧州ツアーを敢行する。

1975年に3rdアルバム「In Trance」(邦題「復讐の蠍団」)を発表。
このアルバムから、スコーピオンズの発禁ジャケット伝説が始まる(笑)
また、今もスコーピオンズを支えている蠍団の頭脳と呼ばれるプロデューサー、
ディーター・ダークスが、「In Trance」からプロデュースを担当する事になる。

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ディーター・ダークスは、奥深いドイツ・ミュージックのジャンル、
“クラウトロック”の渦中にいたプレイヤーであり、
タンジェリン・ドリーム、アシュ・ラ・テンペル、ヘルダーリン、
ジェロニモ、ネクター、コスミック・ジョーカーなど、
70年代クラウトロックのムーヴメントを見据えてきたプレイヤー。
東京タワーの蝋人形館の出口近くにある、ディープな世界ですよね(笑)
ウリが作り出すハードでサイケな世界観が、
クラウトロックのプログレッシヴでヒッピーな世界観にハマったのかも。

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それからは、ウリ・ジョン・ロート(11月8日)の際にも触れたように、
発禁度200%ジャケットの通算4枚目となる「Virgin Killer」を発表。
その後の80年代ハードロック・シーンの重要アーティストとなった、
スコーピオンズのスターダムへ登りつめるキッカケとなった最高傑作。
このアルバムのヒットにより、大会場でのライヴを繰り広げるが、
ドラマー、ルディ・レナーズが体調不良により脱退してしまう。
新ドラマーにハーマン・ラレベル(写真右から2番目)を迎える。
ハーマンは、英語力に長けていた為、スコーピオンズの英語圏進出に、
大きく貢献したと言われている。

1978年に5thアルバム「Taken by Force」(邦題「暴虐の蠍団」)を発表。
所属レーベルRCAは、シングル・カット「Steamrock Fever」を軸に、
プロモーションを精力的に行い、商業的戦略を打ち立てていく。
その成果があって、同年に初来日ツアーを果たし、全公演ソールドアウト。
しかし、RCAのサウンド面よりも知名度優先型の戦略に、ウリは失望してしまう。
結果彼は、己のルーツを選択し、エレクトリック・サン結成に向け、
スコーピオンズを脱退してしまう。

ウリ・ジョン・ロートという最強のパートナーを失ったスコーピオンズは、
新ギタリスト発掘のため、オーディションを開催。
140人ものギタリストが蠍団の一員を夢見て参加したそうだ。
オーディションの結果、現メンバー、マティアス・ヤブス(写真右端)が選ばれた。

ウリ脱退の原因??RCAレーベルから離れ、マーキュリーへ移籍。
マティアス加入により、新生スコーピオンズが動こうとした時に、
UFOのメンバーであったマイケル・シェンカーが、
アルコールとドラッグで体ボロボロの状態であった事を知り、
ルドルフ、クラウスはスコーピオンズの一員に迎え入れることに・・・

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マティアス・ヤブス、マイケル・シェンカー…
なんとも贅沢なツイン・ギターを抱えることとなったスコーピオンズ。
既にUFOで、その名を轟かせたマイケルが古巣に戻ったと言う事もあり、
マーキュリー移籍第一弾であり、通算6枚目のアルバム「Love Drive」は、
それはそれは注目度が高かったに違いない…。
そして、またもやお騒がせなジャケット・デザインで発表された。
デザインを手掛けたのは、イギリスのアート集団Hipgnosis(ヒプノシス)。
ピンク・フロイド、ツェッペリン、ブラック・サバスを筆頭に、
数々の名ジャケットを世に送り込んだグループであり、
知的センス、芸術的センスを兼ね備えながらも、
際どいセクシュアルでお馬鹿な遊び心満載なデザインも彼らの持ち味。
そんな話題沸騰の「Love Drive」はゴールドディスク獲得の
スコーピオンズの出世作となる1枚となった。
スコーピオンズの一員となったマイケル・シェンカーも、
彼ならではの最高のギター・プレイを響かせた
「Another Piece of Meat」、「Love Drive」、
そしてルドルフ&マイケルの兄弟競演のインスト・ナンバー、
このブログでも紹介させていただいた「Coast To Coast」の3曲に、
その存在感をとことん見せつけ、マティアスをビビらせた事だろう…。

subuya.JPGしかし、結局マイケル・シェンカーは去ってしまう。
時代は80年代へと進み、
HR/HMの群雄割拠の時代を迎えていく。
それからは、ルドルフ&マティアスの
ツイン・ギター編成は、彼らの十八番となり、
1980年:「Animal Magnetism」(邦題「電獣」)
1982年:「Blackout」(邦題「蠍魔宮」)
1984年:「Love at First Sting」(邦題「禁断の刺青」)
1985年:ライヴ盤「World Wide Live」、
1988年:「Savage Amusement」
…っと80年代に発表した作品すべてが
プラチナ・ディスクを獲得し、
世界を席巻したモンスター・バンドとなっていく。
名曲「No One Like You」、「Still Loving You」
「Rock You Like a Hurricane」、「Rhythm of Love」
80年代のスコーピオンズは、次々とシングル・チャートを賑わす楽曲を発表し、
マティアスも、マイケル・シェンカー、ウリ・ジョン・ロートの幻影を振り払い、
ハードロック・シーンのスーパー・ギタリストの仲間入りを果たした。

そして、やっと今回のピックアップ・アルバムであり、
マーキュリー在籍からの輝かしい名曲を揃えに揃えたベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」が、1989年に発表され、
メタルを聴かない人でも、持っておきたい1枚であり、
当然ながらプラチナ・ディスクを獲得したベスト盤。

そして、このアルバムのみ新録されたのが、
ザ・フーの大ヒットナンバーをカバーした、exclamation×2「I Can't Explain」exclamation×2
原曲の良さを保ちながらも、マティアスの切れ味鋭いリード・ギター、
パンキッシュなバッキングを奏でるルドルフ・シェンカー、
そして、加速力あるナンバーに広がりを演出するクラウスのヴォーカル…
スコーピオンズの歴史が凝縮された最高のロック・チューンです!!!!

asato with mr.big.JPG
いやぁ〜今月は何かと考えさせられることが多くて、
心身とも疲れてしまってます.....。
ブログで書くことじゃないですけれど、
やっぱ、インターネットって人を安直な気持ちにさせちゃいますね。
20代前半までアナログな生活を営み、
社会人になってから急速なデジタル化へと対応してきた我々世代...
この両面性を兼ね備えたからこその器用さと忍耐力…。
もう、35歳でオッサンと呼ばれてしまう年頃ですが、
損をいっぱいしたかもしれないけど、たくましく育ったんじゃないかなぁ....。
posted by 佐藤朝問 at 22:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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