2008年12月31日

有難うございました





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2008年最後のカキコミであり、
今日を持ちまして、いったん、このブログを終わらせることになりました。
約1年間ですが、僕の思い出を紡ぎながらの、
時代遅れのメタル・ミュージック復興企画ではありましたが、
思いのほか、ビッグ・アーティストの来日が続いた2008年…。
まだまだ、腐っていないHR/HMシーンだと改めて思った次第です。
そんな中で、1日平均:訪問者170、ページビュー2100と言う嬉しいアクセス!!!
今日で66アーティスト目であり、
最後は、VAN HALENの名曲「Dreams」でしめさせていただいております。
みなさんの夢が、2009年になることにより、一歩でも近づいて欲しいものです。

来年2009年1月からは、「METAL無頼漢 B-SIDE COLLECTION」と題して、
2008年では紹介できなかったアーティスト66組を、
5時間越えのぶっ通しで放送させていただきます。
相変わらずの偏った選曲ではありますが、
メタル・チューン、インスト・チューン、バラード・チューンを散りばめた、
なかなか聴き応えがある66アーティストではないでしょうか。
↓にセット・リストを載せましたんで、どーぞヨロシクです。


最近、風邪を引きやすくなり、
“アラフォー”まっしぐらのオッサンだなぁって思います。
風邪気味の最後のポッドキャスティングもアップしました(笑)

ではでは、
皆様、素敵な年越しと素晴らしい新年をお過ごしください♪
ご支援していただき、誠にありがとうございました!!!!

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posted by 佐藤朝問 at 23:59| Comment(48) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

Stryper「More Than a Man」

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12月の真のイベントって大晦日よりも、
クリスマスだったり、クリスマス・イヴだったりしますよね。
とは言え、30代後半に差し掛かり、
最近で言うならば、“アラフォー”世代の僕にとって、
さほど気にする事のないイベントであることは違いありません…。
でも、毎年何かしら、1年間頑張った事をねぎらう為に、
自分へのプレゼントを買っちゃったりしています。
物欲の鬼である自分への言い訳なのかもしれませんけど…(笑)
とは言え、すっかり、最近はモノに対する欲望が消えてしまってます。
っが!!!!
そんな僕の物欲の炎を点したモノがあり、
かなり無理してのお買い物をしてしまいました。
コイツこそ、僕の2008年のクリスマス・プレゼントだと言い聞かせてます(笑)

僕のヘッドフォンと一緒に写るのは、
シルベスター・スタローン主演映画「コブラ」に登場した銃です。
スタローン演じるマリオン・コブレッティが持っていた愛銃を、
渋谷のガン・ショップ、ウェスタンアームズが特別発注で開発した、
「ゴールドカップ・ナショナルマッチ・コブラ」。
なにやら版権の都合上により、限定生産の絶販らしいんですよね。

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やっべぇーーー!!!!超カッコイイイ!!!!!
このグリップのコブラ・マークがなんとも言えません!!!!
ガス・ガンを買ったのは20年振りぐらいですよ。
それも、超ちゃっちい銃でしたしね。
買ったばかりの時は、標的は、もっぱら神社の境内の木に、
偉そうにぶら下がっていた、巨大なスズメバチの巣でしたね(笑)
今思うと、かなり危険なことをしていたなぁと思いますが、
頑丈な蜂の巣を、遠距離で破壊できるかを皆で競ってました。

あれから20年ぐらい経ちました…
僕の手元には、同じく20年前に観た、映画「コブラ」の銃が・・・
私生活にまったく不必要な鉄の固まりではありますが、
コイツと僕の出会いには、何か不思議な運命を感じてしまいます。
とにかく重く重量感があるガンですねぇ…
サバゲーに使おうと思っていましたが、
なんだか、やっぱ使うのが勿体無い気がしちゃってます。

さ〜て、そんな物騒なモノをサンタさんからもらった話はココまでで、
本題に入りたいと思います。
間もなく訪れるクリスマスに因んだアーティストを考えた末、
思いついたのが、クリスチャン・メタルと属されたアーティストたち。

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クリスチャン・メタル?? なんじゃそりゃ?
って思う人もいらっしゃると思います。
キリスト信仰を軸にしたロック・ジャンルのひとつである。
このロック・ムーヴメントを紐解いてみると、
1960年〜70年代のヒッピー世代から生まれた“ジーザス・ムーヴメント”と言う、
カルチャーが発端だと言える。
クリスチャン・ロックの祖と呼ばれるラリー・ノーマンを筆頭に、
ランディー・マシューのようなフォークソングに、
キリスト信仰の歌詞を織り交ぜるアーティストが増えていき、
マインド・ガレージと言う教会でライヴを展開するバンドなどが誕生していく。

ゴスペル、クラシック音楽とキリスト教に関わる音楽のエッセンスは、
プログレッシヴ・ロック、そしてハードロックの世界観に通じる要素が多く、
レザレクション・バンド、スウェーデン出身のエルサレム、
カナダ出身のダニエル・バンドなど、ロック・シーンにおいて、
着実に“クリスチャン・ロック”と言うジャンルが定着していった。

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スピリチュアルを主とした70年代ロックも、
80年代に突入することによって変化し、“クリスチャン・ロック”も、
“クリスチャン・メタル”と言うジャンルを生み出していった。
クリスチャン・メタルを浸透させた80年代初頭に生まれたバンドは、
スウェーデン出身のレヴィティカス、セイント、トラブル、
そして今回のピックアップ・アーティストのストライパーの4バンド。
オレゴン出身のセイントは、ロブ・ハルフォードを髣髴させる
ヴォーカル・スタイルであったジョシュ・クレイマーを中心に、
王道のハードロック・スタイルを貫き、
現在も活動中のドゥーム・メタルの先駆的存在、トラブルは、
ブラック・サバスのようなサイケデリックなサウンドと宗教色を織り交ぜ、
セイントとは違った表現方法でクリスチャン・メタルを発信。
そしてレヴィティカスとストライパーは、グラム・メタル系の奇抜なファッション、
キャッチーなメロディを武器としたバンドとして、
80年代のメタル・シーンの波に忠実に乗ったバンドと言える。

そんな中でも、ストライパーは、ずば抜けて存在感が光っていた。
ブラック×イエローのストライプ衣装を身にまとい、
LAメタル・シーンにおいて、売れる要素の絶対条件であるハイトーン・ヴォーカル、
耳残りの良いキャッチーなフレーズ、安定感あるギター・ソロ、
奇抜なファッションに負けないイケメン・メンバーなど、
申し分のないコンテンツを擁していたバンドだったような気がする。

“クリスチャン・メタル”=ストライパーと呼ばせた大きな理由は、
今回のピックアップ・アルバム「To Hell with the Devil」が、
グラミー賞にノミネートされる快挙を成し遂げたことではないか??

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兄ロバート・スウィート(写真左から2番目)、弟マイケル・スウィート(写真右から2番目)、
このスウィート兄弟を中心に1983年に、オレンジ・カウンティで結成されたストライパー。
当初、スウィート兄弟は、ロックス・レジメと言うバンドで活動。
後に、ギターのオズ・フォックス(写真左端)、ベーシストのティム・ゲインズ(写真右端)、
二人が加入し、本格的にメジャー・バンドとして進むことを決意。
ロバートの提案により、旧約聖書に登場する預言者イザヤの言葉で、
“with his stripes we are healed”の「Stripes」と言う言葉と、
Hyper(ハイパー)と組み合わせて、ストライパーとバンド名に変更。
因みに、オズ・フォックスの本名は、リチャード・マルティネズ。
オジー・オズボーンを敬愛する事に因んだ芸名であるが、
彼のプレイスタイルは、エディ・ヴァン・ヘイレンをリスペクトしたプレイ。
ティム・ゲインズは、ベーシストでありながらも、
キーボディストとしての才能を兼ね備えたプレイヤーであり、
伸びのあるハイトーン・ヴォイスを武器としたマイケル・スウィートと、
美しいブロンドの貴公子であるロバート・スウィート、
この4人のストライパー伝説が幕を開ける.....。

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現在、ヴォーカリストのマイケル・スウィートは、
ボストンのヴォーカリストとしても活躍中であるが、
2003年に、奇跡の復活を果たしたストライパーは、
ライヴ盤を含む9枚のアルバムを発表し、
新ベーシスト、トレイシー・フェリーを迎え、今もなお現役活動中。
そんな彼らのヒストリーを紐解いてみると、
まずは1984年に6曲収録のミニ・アルバム「The Yellow and Black Attack」を発表。
この作品は、2年後に8曲収録のフル・アルバムとして発表されるが、
彼らにとっての1stアルバムは、1985年発表の「Soldiers Under Command」。
名プロデューサー、マイケル・ワーグナーの下で完成された今作は、
ストライパーならではの美しいコーラスと、
ザクザク感ある激しいリフ、絶妙なツイン・ギターの旋律、
そして、マイケル・スウィートのハイトーン・ヴォーカルなど、
ストライパーの存在感が凝縮された名盤中の名盤であり、
僕は、このLPを借りて、衝撃を受けまくり、彼らの大ファンになりました。
このアルバムの最後には、ヨドバシカメラのテーマ曲として知られる、
「リパブリック讃歌」が収録されている。
また、80年代のシンセサイザー・サウンドの核となった、
「シンクラヴィア」を取り入れたりと、意欲的な作風も売りであった。

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そして、1986年に通算4枚目となるアルバムであり、
今回のピックアップ・アルバムである「To Hell with the Devil」を発表。
1986年に発表されたHR/HMシーンの作品は、どれもが名盤揃い。
先週のシンデレラのデビュー・アルバムを含め、ポイズン、テスラ、
ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョンのデビュー作、
そして第二期ヴァン・ヘイレンとデヴィッド・リー・ロスのソロ始動作…
何かと話題てんこ盛りの作品が発売されまくった中で、
「To Hell with the Devil」は、アルバム・チャート最高位31位を記録し、
プラチナ・アルバムを記録し、クリスチャン・メタル・アーティスト至上、
最高の売り上げを記録した、記念すべき1枚であり、
彼らを代表するアルバムとなった。

シングル・カットされた「Free」はMTVチャートで1位を記録、
そして、名バラード「Honestly」は、このアルバムから誕生した。
題名を聞くと、ビリー・ジョエルの「Honesty」?って勘違いしちゃうけど、
ストライパーは「Honestly」であり、マイケルが奥さんのカイルに贈った、
珠玉の名ピアノ・バラードは、ビルボード・チャート最高21位を記録。

前作「Soldiers Under Command」に比べると、
若干スピード力は落ちた感はあるけれども、
とてもバランス良くまとまったアルバムであり、
当時のHR/HM初心者には入門編として愛された1枚であった。
っが、当時発売されたアルバムのジャケットのデザインは、
メンバーが天使となって、楽器で悪魔の首を四方に締め上げると言う、
キリスト教の精神に攻撃性を交えてしまった表現だった為、
発禁ジャケットとして、差し替えられてしまった。
今でも、このデザインのアルバムは、廃盤としては高価値の1枚である。

そんな「To Hell with the Devil」からのピックアップ・ソングは、
アルバムの最後を飾る、この作品の中で最も重量感あるナンバー、
exclamation×2「More Than a Man」exclamation×2

再結成後のストライパーのセットリストを調べてみても、
必ずこのナンバーは披露しており、ファンの間ではかなり人気ある楽曲。
イントロから、マイケルとオズのツイン・ギターが唸り、
マイケルの驚異的なハイトーンが光ったナンバーです。
オズ・フォックスのタッピングを絡めたギター・ソロもステキです。
“Jesus in your heart It's time for you to start Giving God”
っと歌詞も、ガッチガッチのクリスチャン・メタル魂です(笑)

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昨晩の強風から、早朝の不気味な暖かさ…。
今日を境に、冬本番が訪れるんだろうなぁ…って思いました。
なんだか、「ウコンのチカラ」が効かなくなるほど、
忘年会続きであり、朝帰りの電車では、爆睡で往復しまくる醜態ぶりです。
年の瀬とは言え、こうも酒ばかりだと不健康極まりないです。
不健康な世界に行くなら、徹夜麻雀の方がいいのかもね(笑)
そんな麻雀好きの方にお奨めな映画を、
シネドラ 番外編」で紹介させていただきました。
そちらも是非、読んでください。
さ〜て、来週は2008年最後のアーティストです。
そんでもってご報告があります!!!!

あっ、なちさん、ご無沙汰ですね♪
確かに、なちさんはシンデレラにハマっていた時期がありましたね。
では、今度飲み会で一緒に、クルっと回転ごっこしましょ(笑)

あゆんさん、はじめまして♪
ガンズのTシャツからのお越し、大変嬉しいです。
お若いのに、アクセルの魅力にハマるなんて最高です。
あゆんさんが探しているTシャツはコレですか?↓
http://www.pgs.ne.jp/asp/catalog/fashion.asp?whatID=33599
ただね、チェ・ゲバラのTシャツや、チャールズ・マンソンのTシャツは、
ちゃんと、その人物像を理解してから着て欲しい次第ですふらふら
僕的にはガンズの世界観をモチーフにした、
NUMBER(N)INEやPledgeをお薦めしますよ。
トランクショーやアンプリファイド、ブッディスト・パンクなどの
インポート・ブランドのロック・コラボTシャツは女性にお薦めですね。
あくまでも僕のように古着に拘るならば、
古着屋さん、もしくはオークションやネットで探してみてください。
ガンズはパチモンも多いのでご注意を!!!(笑)
posted by 佐藤朝問 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

Cinderella「Long Cold Winter」

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11月最後のブログで、僕の故郷、鎌倉を紹介するとカキコミましたが、
スケジュールなどが合わず、やっと書類等の手続きにより、
鎌倉市役所を訪れたので、僕なりな半日鎌倉巡りを紹介しようと思います。
すっかり、鎌倉の名物となった「人力車」。
鎌倉の風情にピッタリな人力車ではあるけれど、
僕が住んでいた頃には、今ほど街並みに溶け込むほど、
スイスイ走っている姿は見たことなかったです....。
だから僕には、あまり馴染みがないんですよね....。
とは言え、鎌倉巡りは、車は不便であり、歩きか自転車が最も適している。
そう思えば、鎌倉の立地条件に適しているのではないかと思います。

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鎌倉駅に着いたのが午前中…
早速、駅前のレンタル自転車で自転車を借りて、市役所へ。
市役所へ向かう途中に、何件かレンタル・サイクル屋さんを発見。
僕が借りたママチャリよりも、駆動力あるマウンテンバイクなどがあって、
な〜んだ、ココで借りれば良かったと後悔しながらのスタート。
鎌倉は、自転車を借りることをお薦めします。

さて、市役所で事を済ませた僕が最初に向かったのが、佐助稲荷神社。
超有名スポットである源氏山の「銭洗い弁天」のそばにある、
ちょっとマイナーなお稲荷様。
観光客がウジャウジャいないその場所は、とても静寂で、
古き良き鎌倉を満喫できる場所だと思います。

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まぁ、鎌倉が好きだと言ってくれる方多いですよね。
特に女性の方が多い印象です。
男性陣もデート・スポットとして鎌倉へ行く方も多いと思います。
そんな方たちは、とにかく美味しいお店をよく知ってます(笑)
地元である僕は、外食などしなかった身なので、
まったくもって知りませんよ(笑)
僕が住んでいた頃の「小町通り」はあんなにお店なかったですもん。
なので、「美味しいお店教えてよ」って訊かれても分からないんです。
唯一、僕が知る外食スポットが「岩窟不動茶屋」。
佐助稲荷から寿福寺方面へ向かい、途中右折で線路を渡り、
八幡宮横に出る“いわや通り”沿いのお店。
ココは昔からあった、なかなかの穴場スポットで、
昨年リニューアルしたそうで、スウィーツなどが充実したカフェのような店構え。
昔は店内に、囲炉裏もあって素敵な雰囲気だったので、ちょい残念。
お店の外には岩窟不動尊や庚申塔があります。
当時、崖にぽっかり開いた洞窟のような岩窟(いわや)があったのに、
残念なことに埋められてしまっていたのが、寂しかったです。
でも、ココの名物「和風ラーメン」は健在だったので良かったです。

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鎌倉のシンボル、鶴ヶ丘八幡宮。
段葛経由でもなく、小町通り経由でもなく、扇ヶ谷経由で八幡宮に到着。
とにかく観光客の波を避けての、地元ならではの裏ルート(笑)
写真に写るは、ご存知太鼓橋。
現在、通行不可ですが、僕の小学校時代は通行出来たんです。
ココを助走ナシで上まで行けるかを、みんなで競ってましたね。
やんちゃだった時は、塾帰りに段葛を自転車で猛スピード!!!(笑)
とにかく、僕らは八幡宮の源平池で、“マッカチン”こと、
アメリカザリガニを獲ることが青春の1ページですね。

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八幡宮境内を、あの頃のようにママチャリでかっ飛ばし、
向かった先は、鎌倉幕府を生んだ源頼朝公のお墓。
僕の知る頼朝さんのお墓は、今では見られません.....。
現在の石塔は平成二年に補修されたもので、昔はもっと質素で、
苔が付いた丸い石が五個積み重なっているだけだったんですよ。
その頼朝さんのお墓が倒壊してしまった時は、当時、大事件でしたよ。
写真に写るのが、頼朝公のお墓そばにある白旗神社。
昔から、僕は必勝祈願をココでしています。

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さてさて、頼朝公のお墓から、合格祈願で有名な荏柄天神を過ぎて、
鎌倉宮こと大塔宮方面へ向かい、右は瑞泉寺、左は覚園寺。
迷わず、覚園寺へと自転車を走らせる.....。
数多くの寺を擁する鎌倉の中でも、古き鎌倉の面影を残す古刹、覚園寺(かくおんじ)
20年以上振りに訪れてみたものの、雰囲気がガラリと変わって残念。
もっと鬱蒼とした山間のお寺だったのに、
新しい山門と、お寺の前が随分と広々してしまっていた。
ココは、境内の観覧時間が決まっていて、
10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00の6回のみ。
確か、僕が親父と一緒に来ていたときは、朝だけだったような気がする。
朝早く起きて覚園寺に行かないと、薬師堂は観覧出来なかった思い出があります。
この日は、14:00の境内観覧に…。
境内を巡りながら、覚園寺の歴史を聞きながらの約40分間…。
境内の撮影は一切禁止でしたが、見事な薬師堂、そして紅葉でしたよ。

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さてさて、覚園寺から僕の母校、第二小学校を経て、
杉本観音を過ぎた辺りで、犬懸橋を右折し、ひたすら山へ向かいます。
着いたのが、鎌倉時代の交通網として知られる“切通し”のひとつ、
「釈迦堂口の切通し」。
朝比奈、名越、大仏坂、極楽寺坂、化粧坂、亀ヶ谷、巨福呂坂っと、
鎌倉には“鎌倉七切通し”と呼ばれる七つの歴史的交通網が存在しました。
そんな七切通しにはエントリーされてはいないのに、
鎌倉の切通しナンバー1であろうダイナミックさを誇る場所。

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桑田佳祐さん監督作品「稲村ジェーン」のロケ地でも知られる釈迦堂口切通し…。
何度訪れても、やはり圧倒的な迫力であります!!!!
ココは、当時の僕らにとってワープ出来る場所でありました。
最初の写真の釈迦堂口と2枚目の釈迦堂口では住所が違います。
最初が浄明寺であり、2枚目が大町という住所。
浄明寺と大町では、小中学校の学区がぜんぜん変わってしまいます。
浄明寺という住所は山よりの鎌倉で、大町という住所は海よりの住所。
まさに、「スターゲイト」ばりなワープ・ルートでしたね。

僕はこの後、この釈迦堂切通しの上に行ったんですけど、
なにやら発掘調査が行われていて立ち入り禁止でしたね。
この釈迦堂口と同じぐらいの洞門があったのに…残念でした。

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冬の海もイイもんですね…
僕の知る由比ガ浜エリアの面影は、まったく無かったですが、
遠浅の海岸と滑り川の河口は変わらず残ってましたね.....

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“古都鎌倉”で親しまれている場所なだけに、
街が廃れていくのは寂しいかもしれませんが、
廃れるというよりも、近代化や住宅地が増加していた鎌倉でした.....。
この分じゃ、まだまだ世界遺産登録は厳しいんじゃないかな....
そんな嘆きを噛み締めながら、酒好きの地元衆が集まる「ひら乃」で、
焼き鳥とビールを堪能しました。

さてさて冬本番を迎えた12月中旬…。
冬に因んだHR/HMアーティストを考えた末、思いついたのが、
東海岸出身とは思えない奇抜なルックスでデビューしたシンデレラでした。
バンド名からして、ガールズ・バンドのように思えてしまいますが、
スティーヴン・タイラーも真っ青な、デカイ口で、
独特のハスキー・ボイスで熱唱するトム・キーファー率いるバンド。

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1982年に結成されたシンデレラは、2年間の活動休止ありながらも、
現在もバンド活動をしている、息の長いバンド。
とは言え、エクストリーム同様、名の通ったバンドでありながらも、
作品数は少なく、オリジナル・アルバムは、4枚しか発表していない。
賛否両論となった、1990年発表の3rdアルバム「Heartbreak Station」により、
トム・キーファーのブルース色を前面に出したスタイルが、
彼らの方向性が定まらなくなった要因ではないか??
それだけ、1stアルバム、2ndアルバムを引っさげての1980年代の彼らは、
グラム系に属しながらも、独特の疾走感と存在感を兼ね備えていた。

ってなワケで、何故、寒い冬にシンデレラかと言うと、
彼らの2ndアルバムであり、大ヒットを記録した、
「Long Cold Winter」が思いついたから(笑)

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1982年、フィラデルフィアで結成されたシンデレラ。
ヴォーカルであり、リード・ギタリストのトム・キーファー(写真右から2番目)、
トムの古くからの友人、ベーシストのエリック(写真左から2番目)、
そして、後にブリトニー・フォックスに加入するマイケル・スメリックと、
1987年に他界してしまったトニー・デストラの4人編成が、初期シンデレラ。

まさに“シンデレラ・ストーリー”と呼ぶに相応しいのが、
シンデレラを発掘したのは、あのジョン・ボン・ジョヴィ。
上記編成のシンデレラをペンシルヴァニアのエンパイア・ロック・クラブで、
ジョンは彼らを目撃し、レコード会社へ推薦した。
このエピソードは非常に有名な話であり、ジョンはその後もスキッド・ロウ、
ファイヤー・ハウスなども世に送り込んでいる。
特に、トム・キーファーのヴォーカル・スタイルに、ジョンは感激したらしい。

1985年にレーベルとの交渉を成立したシンデレラは、
ブリトニー・フォックスへ移籍した二人の代わりに、
ジェフ・ラバー(写真左端)とジム・ドルネックを迎え入れ、
デビュー・アルバム「Night Song」の制作に取り掛かった。

今作のプロデューサーは、後にヴァン・ヘイレンや、
ジョー・サトリアーニなども手掛けたアンディ・ジョーンズ。
アンディは、ジムのドラミングに違和感を感じたらしく、
アンディのお抱えドラマー、ジョディ・コルテスに委ねてしまう。
ジョディのドラム・ワークにより、1年間に及ぶレコーディングの末、
完成された、シンデレラのデビュー作。
しかし、デビュー作「Night Song」完成時に、W.A.S.P.の際に触れた、
多くのプレイヤーを輩出したロンドンと言うバンドで活躍した、
フレッド・コーリー(写真右端)を正ドラマーとして迎え入れる。

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ダンディ坂野ばりの「ゲッツ!!!」ポーズをしちゃってるトム・キーファー!!(笑)
ヴィジュアル系100%のジャケットのデビュー作「Night Song」。
モトリーやポイズンのような妖艶さを醸し出したルックスだが、
音楽性は、非常にデビュー作とは思えない重厚さと哀愁さがあった。
1曲目からオジーが歌いそうな不気味なナンバー「Night Songs」。
そして、2曲目は1stシングル・カットであり名曲「Shake Me」。

この「Shake Me」で、シンデレラのメンバーが、ギターをクルっと回転させる、
イングウェイもよく使うパフォーマンスを多用していて、
中学時代、自分の肩掛けカバンをよく回してましたね(笑)
だから、いまだにシンデレラ=ギタークルっと回転ってイメージがあります。
シンデレラの面白いポイントは、演奏スタイル。
ジェフ・ラバーは、クレイマーを弾くメタル系でありながら、
ヴォーカルのトムは一環として、レスポールを弾きこなす。
荒々しいLAメタルなリフを、ツイン・リード・ギターで展開した
初期シンデレラなんだけど、バラード・ナンバーになると、
トムのレスポールの在り方が納得してしまうほど、重く切ない旋律を奏でる。

このアルバムは中学時代、死ぬほど聴きましたね…
特に「Once Around the Ride」→「Hell on Wheels」、
そしてシングル・カットされた「Somebody Save Me」までの、
かっ飛びロック・チューンの3連続が大好きでした!!!!
収録曲「Nothing for Nothin」と「In From the Outside」では、
ジョン・ボン・ジョヴィがバック・コーラスで参加するなど、
完成度高い今作は、いきなりダブル・プラチナ・ディスクを獲得する。

シンデレラの最初のツアーは、同郷であり同期のポイズンとのジョイント。
この時のツアーの前座を務めたのがラウドネス。
その後は、デヴィッド・リー・ロスのツアーにゲスト参加し、
兄貴的存在であるボン・ジョヴィのツアーにも前座として出演し、
同時にモンスターズ・オブ・ロックにも出演し、着実に実績を積み重ねていく。

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1988年、今回のピックアップ・アルバム「Long Cold Winter」を発表。
このアルバムから、シンデレラはグラム系を脱皮し、
ブルース・ロック・バンドへと進む彼らの片鱗を垣間見ることとなる。
とにかく、今作で、トムのオールラウンド・プレイヤーとしての才能が光る。
ダブル・ネック・ギター、スライド・ギター、ブルース・ハープ、アコギ、
そして、HR/HMシーン屈指の名バラードである
「Don't Know What You Got (Till It's Gone)」で聴かせたピアノ演奏。
トムのピアノとブルージーで泣きまくるギター・ソロ…
名バラードの王道の調べを、トム一人が演出している。
そして、この曲のPVを担当したのが、スティールハート「She's Gone」、
ヨーロッパ「Carrie」、ウォレント「Heaven」などの、
名バラード・ナンバーのビデオを多く手掛けたニック・モリス。

この2ndアルバム「Long Cold Winter」は、
とにかく“乾いた世界観”を前面に出している。
凍えるような寒さを感じさせる「乾き」と、砂漠の中の空っ風のような「乾き」。
相反する「乾き」がひとつのアルバムにより収められたことによって、
極上の統一感を築いた傑作中の傑作であり、
デビュー・アルバムを凌ぐ大ヒットを記録する。
この作品を軸に、モスクワで行われたミュージック・ピース・フェスティバルに参加、
自身のツアーでは14ヶ月間にも及ぶロング・ツアーを敢行する。

そんな、2ndアルバム「Long Cold Winter」からのピックアップ・ソングは、
ゲイリー・ムーアをも凌駕してしまうほどの激しく切なく、
叙情的なタイトル・トラックexclamation×2「Long Cold Winter」exclamation×2

この曲の良さは、当時の中学生の僕には理解できなかったなぁ....
大人になって初めて知る、ビターなブルース・ロック!!!!
5分強あるナンバーで、ほとんどがトムのブルージーな泣きのギター!!!
トムのギターを静かに支えるリック・クリニティのオルガンが、ステキ!!!
冬の由比ガ浜を、この曲を聴きながら歩いちゃいましたよ(笑)
すげー孤独に浸っていたなぁ.....(笑)

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先週水曜日に、METAL無頼漢の放送の編集を担当してくれたN君の
送別会を兼ねた忘年会に参加しました。
いやいや、2008年忘年会ラッシュの幕開けでしたね。
大勢で飲みながら、鍋を楽しむ・・・
いいねぇ、年の瀬の飲み会は!!!!

本当にN君、ご苦労様でした!!!!
って言っても、最後に大仕事がありますんで、
よろしくね♪

このブログを読んでくださっている、
カンニバル・コープス好きの皆さんにお薦めの映画を、
今回の「シネドラ 番外編」にて紹介しました(笑)
posted by 佐藤朝問 at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

PANTERA「Rise」

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先週金曜日の深夜に突発的に、T社のOさんと一緒に、
埼玉県のバイク・ツーリングへと繰り出しました。
まったく目的地を決めていなかった我々でしたが、
とにかく、時間が深夜なのと仕事終わりからのツーリングな為、
朝まで体を休められる場所を見つけてから、関越へ入ろうと…。
そして見つけたのが、埼玉県嵐山渓谷そばにある平成桜。

着いたのが朝4時なのに、迎え入れてくれる嬉しい健康ランド的施設。
健康ランドと言う位置づけとは言え、宿泊も出来て、
かつ、匂いのキツイ、濃度濃い本格的な温泉を擁していました。

12月に入り、本格的冬の到来…
そんな時は、やっぱ温泉に入りたくなるものです。
温泉大国、日本には様々な温泉があって、
疲れた身体を癒してくれる、大人になってからの癒しスポットです。

昨年、今回のツーリング仲間のOさんと僕は、
意図的ではなく、たまたま見つけた温泉で奇妙な体験をしてしまいました。
この体験は、このブログではいささか詳細を述べられない内容なんですが、
僕とOさんの温泉行脚には、何かしらハプニング、
もしくは濃いエピソードが派生してしまいがちなんです。

今回訪れた平成桜は、露天風呂、サウナ、おまけに足の角質を食べてくれる、
話題のドクター・フィッシュなど充実した内容。
ココの打たせ湯のパワーはハンパなかったですね(笑)
そんな充実した温泉内に、薬湯のコーナーがあり、早速入ってみました。

先に入っていたOさんが、しばらくすると、熱い!!!アチイって連発。
江戸っ子もビックリな程の熱いお湯なのかと思いきや、
さほど熱くなく、心地よい湯船に浸かっていました。

何を言ってるんだ??
っと思っていた僕の下半身が、しばらくしてヒリヒリしてきたどんっ(衝撃)
おおおおおおっ!!!!熱いって言うより身体に辛さが伝わるような、
スパイシーな刺激が伝わってくるぅぅぅぅ!!!
特に、●●の裏側が尋常ないほどのヒリヒリっぷり!!!!(笑)
どうやら唐辛子エキスが含まれた薬湯だそうで、
二人して、大事な場所を押さえながら、辛えーーっ辛えーーーっ
って言いながら、身体に伝わるヒリヒリ感を堪能してしまいました。
別に変な意味抜きで、病み付きになりそうな薬湯でございました(笑)

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峠超えは慣れていない自分…疲れたなぁ....
白石峠はロード・バイカーの人気スポットらしく、
多くのバイカーが急勾配を自転車で登ってましたね…凄いっ!!!!

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本日12月8日は、ダイムバッグ・ダレルの4回目の命日です。
そんなダイムの死を偲び、メタル・シーンに新たな旋風を巻き起こした、
パンテラを今回ピックアップさせていただきます。

ダイムが逝ってから早くも4年の月日が経ってしまったんですね....
この12月8日は奇しくもジョン・レノンの命日と同じなんですよね。
パンテラの中枢を担ったダイム…。
パンテラ解散後、自身のプロジェクト、ダメージ・プランのライヴで悲劇は起きた...。

2004年12月8日、オハイオ州コロンバスにある、
アルロサ・ヴィラと言うナイトクラブでのパフォーマンス中に、
元海兵隊員の男性に射殺された…享年38歳
彼のトレードマークであった変形ギター、ディーン社のMLを弾く姿を、
我々はもう拝める事が出来なくなってしまった.....

4年前は、エフエム横浜でパーソナリティを務めさせてもらっていた時期で、
エンディング・トークで、ダイム他界の話題を触れた思い出があります。
朝のワイドショーでも採り上げられた程のニュースで、
昨日の事のように覚えております....

本名、ダレル・ランス・アボットは、
カントリー・ミュージシャン、ジェリー・アボットの次男として生まれる。
父親の影響により、幼少からギターに触れ、
各ギター・コンテストを総ナメした、生粋のギタリスト育ちの男。
生粋のキッス・ファンであり、エース・フレイリーに憧れ、
またブラック・サバスのトニー・アイオミも愛したギター・キッズだった。

DDA.JPG
ダイムが結成したパンテラは、重厚でヘヴィネスなイメージが強いが、
フィル・アンセルモを迎えた1992年からのスタイルであり、
デビュー当時のパンテラは、奇抜なルックスのグラム・メタル系であった。
パンテラ誕生は1981年…L.A.メタル全盛期の頃であり、
ダイムもタッピングや早弾きを駆使するギタリストだったワケである。
しかし、80年代中期からメタリカなどのスラッシュ・メタルの荒波が押し寄せ、
徐々に、スラッシュ色を強くしたバンドへと移行していく。

そんな類稀なるテクニックを武器としたダイムは、
メガデスの新ギタリストのオーディションに合格した経験を持つ。
しかし、メガデス加入の条件に、自分の実兄でパンテラのドラマーを務めていた、
ヴィニー・ポールをドラマーとして起用する事を、デイヴ・ムステインに伝えるが、
既にデイヴは、ニック・メンザをドラマーとして決めていた。
条件に合わなかったダイムはメガデス加入を断念する事となる。
その後のメガデスは、ご存知の通り、マーティー・フリードマンを起用する。

onlysoundtrack.JPG
メガデス加入を断念したダイムは、パンテラ再始動前に、
ジューダス・プリーストを脱退したばかりのロブ・ハルフォードと競演する。
この夢の競演楽曲「Light Comes Out Of Black」は、
メイン・ヴォーカル、ロブ・ハルフォードにパンテラのメンバーがジョイント。
そして、この楽曲のバッキング・ヴォーカルに、
パンテラ加入前のフィル・アンセルモが参加している。

そう考えると、ダイムバック・ダレルを軸とすると、
ダイムが、メガデス加入を断念したことにより、
メガデスはマーティーとニックの新メンバーにより大成功を収め、
ロブ・ハルフォードもダイムとの競演をヒントに、
ヘヴィネス・グループ、ファイトを結成し、
そしてダイムとフィル・アンセルモの出会いから生まれた新生パンテラは、
新たなメタル・ジャンル“グルーヴ・メタル”の礎を築いたのである。

因みに、ロブとダイムの競演楽曲「Light Comes Out Of Black」は、
クリスティ・スワソン主演映画「バッフィ/ザ・バンパイア・キラー」の
サウンドトラックのみでしか聴けない貴重な楽曲。
サウンドトラックのクレジットでは、ロブ・ハルフォード名義であり、
ダイムのギターが前面に出た、素晴らしい完成度を誇るナンバーである。

余談だけど、サウンドトラックでしか聴けないナンバーは結構存在し、
コレクターとしては侮れないジャンルである。
今回のロブとダイムの競演のように、
サントラのために結成された夢のバンドもあったりする。
HR/HMシーンとして有名なのが、ケイン・ロバーツの際にも触れた、
ウェス・クレイヴン監督の1989年公開映画「ショッカー」の
サウンドトラックに収録されている映画タイトル曲「Shocker」は、
“The Dudes of Wrath ”と言うバンドで、
キッスのポール・スタンレー、デスモンド・チャイルド、
そしてケイン・ロバーツが交互にヴォーカルを務め、
ギターにヴィヴィアン・キャンベル、ベースにルディ・サーゾ、
そしてドラマーにはトミー・リーと言う豪華な布陣であり、
このサウンドトラックでしか聴けない貴重な一曲。

pntrII.JPG
ダイムバック・ダレルとフィル・アンセルモ、
この二人が生み出したパンテラのサウンドは、
現ヘヴィ・ロック、ラウド・ロックに多大なる影響を与えたに違いない。
パワーコードから織り成す分厚いスラッシャーなリフと、
ハードコア・パンク要素強いリズミカルなミュート…
「叫び」と言うより「吼える」、または「吐く」(笑)
その腹の底から噴出した、ロー・スクリーミング…
セパルトゥラ、ホワイトゾンビ、プロング、マシンヘッド…
進化系スラッシュの先駆け“グルーヴ・メタル”勃発である!!!

そんなワケで、今回はフィル加入後のパンテラ二作目であり、
バンドとしては通算6枚目となるアルバム、
「Vulgar Display of Power」(邦題「俗悪」)をピックアップ!!!

shokipan.JPG
1981年、ダイムバック・ダレル、そしてダレルの兄ヴィニー・ポール、
テリー・グレイズ、トミー・ブラッドフォード、ドニー・ハートの
ツイン・ギター擁する5人編成バンドとして誕生。
地元テキサスのナイトクラブを中心に、
キッスやヴァン・ヘイレンのカバーなどを演奏するグラム系バンド。

1982年に、ヴォーカリスト、ドニー・ハートが脱退し、
リズム・ギターを務めていたテリーがヴォーカリストへ…
ベーシスト、トミーも脱退し、新ベーシストにレックス・ブラウンを起用。
多くのステージを重ねていく内に、ストライパーやドッケン、
クワイエット・ライオットの前座などを務めるポジションまで上り詰め、
翌年の1983年に、念願の1stアルバム「Metal Magic」を発表。
プロデューサーは、ダイムとヴィニーの父親であるジェリー・アボット。

1984年、2ndアルバム「Projects in the Jungle」を発表。
この頃からテリーは、テレンス・リーと改名し、
翌年の1985年に発表された「I Am the Night」まで在籍し、
初期パンテラのサウンドを支えていた。

グラム・メタル系から徐々にスラッシュ・サウンドに移行するパンテラ、
その為にテリーを解雇し、マット・ラモアー、デイヴィッド・ピーコックっと、
新たなヴォーカリストを起用しながら、
自分たちのサウンドにハマるヴォーカリストを模索していた。
そしてジューダス・プリーストのカバーなどをしていた、
レイザー・ホワイトと言うバンドのフロントマンであった、
当時17歳のフィル・アンセルモと出会い、新ヴォーカリストに迎え入れる。

1988年にフィル加入初のアルバム「Power Metal」を発表。
トラディショナルなメタルからスピード・メタル、
はたまたキールのマーク・フェラーリをゲスト参加させた、
グラム・メタル・チューン「Proud to Be Loud」など、
バラエティ富んだ内容の1枚であり、現在入手困難な廃盤作品でもある。

atopan.JPG
1990年、大手アトランティック・レコードと契約。
80年代のバンド活動を払拭させ、新たなパンテラの幕開けとなった、
通算4枚目とは言え、コレが彼らのメタル・シーンに風穴を開けた、
デビュー・アルバムと言っても過言ではない名盤「Cowboys from Hell」を発表。
プロデューサーには、メタル・チャーチ、ドリーム・シアターなど、
多くのバンドをプロデュースしてきたテリー・デイト。

オルタナ・シーン、グランジ・シーンが席巻し始めた90年代が、
パンテラの黄金期であり、テリー・デイトと共に名盤を発表し続ける。
確立されたヘヴィ・メタルの枠をぶち壊し、己のサウンドを貫き、
従来のスラッシュとは一線を画した、オリジナリティ溢れる攻撃力!!!

先週紹介させていただいたエクストリーム「Pornograffitti」と、
同年の1990年発表の「Cowboys from Hell」はプラチナ・ディスクを獲得する。
メロディックさではなく、速さではなく、
あくまでもノイジーで重く、ダークなメタル・サウンドを発信したパンテラは、
1992年に、今回のピックアップ・アルバム「Vulgar Display of Power」を発表し、
一気にメタル・シーンのトップに君臨するバンドへと進化する。

ヘッド・バンギング度200%の「Mouth for War」、
怪しく、物悲しいイントロから始まり、急展開で激情スタイルへと転調する「This Love」、
メタリカを髣髴させる名パワー・バラード「Hollow」、
そして彼らのライヴ定番の代表曲「Walk」など、捨て曲一切ナシの最高傑作。

この最高傑作「Vulgar Display of Power」からのピックアップ・ソングは、
スラッシュなリフと、ダイムの華麗なる早弾きソロが印象的な、
exclamation×2「Rise」exclamation×2をピックアップ!!!!
この「Rise」のイントロに、これまた今作の収録曲であり名曲の
「Fucking Hostile」のラストのフィルの怒号シャウトとリミックスしました。
編集のN君の見事な繋ぎが、聴く者のアドレナリンを引火させちゃいますよ!!!

asato with skid row.JPG
街はイルミネーションの煌きで、クリスマス・モードへ・・・
それと同時に忘年会シーズンへと突入しますね。
年末は、何かとお金が掛かりますからね....
あっ、明後日10日は、一般的にボーナスの支給日では??
一年間の努力の結果が凝縮されたボーナス!!!
脱サラしてしまった僕には、
ボーナスと言う言葉とは無縁ではありますが、
楽しみにしている方もいらっしゃれば、
あまり期待していない人もいらっしゃったりします。
景気の低迷により、ボーナスの支給額がクローズアップされますが、
無事健康体で、共に働く仲間がいる職場で働けている事に感謝しなきゃね。
posted by 佐藤朝問 at 19:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

EXTREME「Teacher's Pet」

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ひぐっつぁんが亡くなられた…。
闘病中だった事さえ知らなかった僕は、先輩からの携帯メールを見て絶句…。
ジュラルミン・スティックの樋口宗孝、享年49歳…。
ジャパメタの元祖、ラウドネスの偉大なるドラマーの急死…。
いやぁ〜ビビったなぁ…。
おまけに、半年間も樋口さんが闘病中だった事を知らなかった事を、
今更ながら恥じている次第でございます。
写真に写るのは、思い出のツアーTシャツ。
16年前の1992年…マイク・ヴェセーラ脱退後の第三期ラウドネスの幕開け…。
当時のXに在籍していたTAIJIとE・Z・OのMASAKIが加わり、
衝撃的メンバー・チェンジの下、タッカンこと高崎晃氏と樋口宗孝氏、
オリジナル・メンバー二人との夢のドッキング時のツアーTシャツ。
右が、貴重なTAIJI&MASAKI加入のスペシャル・ショーケースのTシャツ。
MASAKIの故郷、北海道・札幌ペニーレーン2公演、川崎、名古屋、大阪の合計5公演。
左は、新生ラウドネス、通算10枚目のアルバム「LOUDNESS」が、
オリコン・チャート初登場2位の快挙を果たした後のツアー、
「SLAUGHTAR HOUSE 2 〜LOVE NEVER DIES〜」のツアーTシャツ…。
この頃からラウドネスは、LAメタル要素から脱却し、
よりヘヴィなサウンドへと移行した頃だったので、
樋口さんのドラムワークの素晴らしさが、一際光った頃だと思います。
最高の布陣ではあったけど、短命だった編成でもあり、
結成1年目にして、リーダーであった樋口さんが脱退しちゃったんだよね。
その後は、二井原さん、SHARAさん等とSLYを結成するなど、
海外バンドばりなバンド遍歴を抱えるラウドネスの中で、
その存在感は偉大であり、ドラマーとしての才は後世に多大な影響を与えた。

名曲「S.D.I.」のイントロで聴かせてくれた激しいドラミング…
「In The Mirror」のタッカンのスーパー・タッピングのソロ後の、
重くリズミカルなドラムワーク、
「Crazy Night」でのギター・リフとドラムの心地よいユニゾン…
うーーーっ残念です…僕の中で「So Lonely」が流れております…もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)
ご冥福をお祈り申し上げます。

さてさて、悲しいニュースもあれば、嬉しいニュースも舞い込む、
現ヘヴィ・メタル・シーンでございます。
あのエクストリームがニュー・アルバムと共に13年振りに再結成し、
本日から東京、名古屋、大阪、広島の7公演と言う、
日本のエクストリーム・ファン感涙のジャパン・ツアーが開始。
そんなエクストリーム再結成&来日記念を祝して、
彼らの記念すべきデビュー・アルバム「EXTREME」をフィーチャーし、
エクストリームをピックアップしていきます。

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1989年発表のデビュー作「Extreme」から、
1995年の4thアルバム「Waiting for the Punchline」までの6年間が、
エクストリーム実働の期間であり、モンスター・バンドの称号が似合う彼らだが、
10年未満の5枚未満と言う、意外とあっさりした活動期間だったことが伺える。
なのに、何故彼らが多くのファンを獲得しているのか??
紛れもなく、1990年発表の2ndアルバム「Pornograffitti」の大ヒットによるもの。
全世界で1000万枚を売り上げたメガ・ヒット作品。

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1990年と言えば、最後のメタル豊作の年でもある。
この年でデビューしたバンドでは、アイドル的扱いとは言え、
注目度が高かったのが、スローターとトリクスター。
MTVから好まれていた大御所AC/DCやリヴィング・カラー。
グラム・メタルの象徴、ポイズン、そして着実に知名度を上げたウォレント…
ラットは通算5枚目となる「Detonator」を発表。
1stシングル「Lovin'You's a Dirty Job」は過激なPVにより、
MTVから放送拒否を申しつけられ話題を呼ぶ…
MTVアンプラグドの流れによる作品、
テスラのカバー集「Five Man Acoustical Jam」。
また、古豪クイーンズ・ライク、スコーピオンズが名バラードを収録した、
渾身の1枚を発表し、ヒットチャートを賑わす。
他には、グランジの切り込み隊長の如く、アリス・イン・チェインズが、
メタルとオルタナの境界線ギリギリなラインのデビュー作を発表。
っとまぁ、強力なライバルたちが、エクストリームに立ちはだかったハズなのに、
エクストリームの2ndアルバム「Pornograffitti」は、
他のバンドの売れ行きの流れに乗りながらも着実に売れていった。

91hit.JPG
エクストリームの名が一気に上がったのが、
「Pornograffitti」が発表された1990年の翌年1991年…
極上のアコースティック・ハーモニー・ナンバー「More Than Words」。
1991年のビルボード年間売り上げでは、ケヴィン・コスナー主演映画、
「ロビン・フッド」のテーマ曲を歌ったブライアン・アダムスが1位。
2位は、アイドル発掘番組「アメリカン・アイドル」で審査員を務めた、
エミリオ・エステヴェッツの元奥様、ポーラ・アブドゥルが2位。
他にも、スラッシュをギタリストに迎えたマイケル・ジャクソンの
「ブラック&ホワイト」や、過激なPVで話題になったマドンナ、
そして、マライア・キャリー衝撃のデビューも1991年…。
そんな強敵ひしめくシングル・チャートで、
ハードロック・アーティストが1位を獲得したのはエクストリームのみだった。

これは別に奇跡でもなく、エクストリームが培ってきた経験が活かされ、
彼らのポテンシャルが花開いた証拠でもある。
その成功の裏には、彼らのルーツと、そして1989年発表のデビュー作の
地味ながら完成度の高さがあるのではないか??

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エクストリームの母体は、1985年アメリカ東海岸マサチューセッツにて、
ヴォーカル、ゲイリー・シェロン(写真右から2番目)と
ドラマーのポール・ギアリー(写真左端)が組んでいた、ザ・ドリームと言うバンド。
その頃、ザ・ドリームのライバル的バンド、シンフルと言うバンドに、
ポルトガル出身のギタリスト、ヌーノ・ベッテンコート(左から2番目)がいた。
同じく、イン・ザ・ピンクと言うライバル・バンドに、
ベーシスト、パット・バッジャー(写真右端)が在籍しており、
4人ともライヴ・ハウスで対バンなどを繰り返しながら親交を深め、
ひとつのバンドを組むことを決意する。
バンド名「エクストリーム」は“EX-DREAM”っと、
“元ドリーム”と言う語呂からエクストリームと名付けられた。

solo career.JPG
ゲイリーとヌーノの共同作業で作られた数々のナンバーは、
地元のライヴ・ハウスでも人気を博し、メジャー・レーベルから
オファーされる前に、ボストン・ミュージック・アワードで、
ハードロック部門を受賞してしまう。
その功績が認められ、大手A&Mレコードとサインを交わす。
そしてデビュー作「Extreme」を1989年を発表する。
プロデューサーはクイーンの作品を多く手がけたドイツ出身のマック。

エクストリームが解散してからの、ゲイリーのヴァン・ヘイレンへの移籍、
ヌーノのスーパー・ギタリストとしての存在感、
そして一アーティストとしての成功など、
類稀なる才能の持ち主であった事は明らかであり、
高い音楽センスを持っていたのである。
また、エクストリームは活動時に、デンジャー・デンジャーのアルバムに参加したり、
サミー・ヘイガーのライヴのサポートを務めたりしていた。
また、ドラマーのポール・ギアリー脱退後のドラマーには、
アナイアレイター、スティーヴ・ヴァイなどでも活躍していたテクニシャン、
マイク・マンジーニを迎えるなど、実力度優先なスタイルを貫いた。

ゲイリーの縦ノリなファンキーなヴォーカル・スタイル、
ヌーノの名器ウォッシュバーンから唸るギター、
そして、絶妙なコーラス・ワークを武器に、
新人バンドとは思えないスキルが凝縮された1stアルバム「Extreme」。
クラシカル・フレーバーな驚異的なギターを聴かせた「Play with Me」、
そしてシングル・カットされた「Kid Ego」、
鋭さと破壊力を兼ね備えながらも、ウキウキしてしまう陽気なサウンド、
このファンキーなサウンドこそが、唯一無二のエクストリームのサウンド。

今回のピックアップ・ソングは、このナンバーから
大名盤「Pornograffitti」の楽曲構成が固まったのでは?っと思うくらいの、
後のエクストリームを感じさせるスピーディー&ハッピーな楽曲
exclamation×2「Teacher's Pet」exclamation×2
今回は、ヌーノが唯一参加したギタリストのコンピレーション作品、
「Guitars That Rule the World」にて聴かせてくれた、
一瞬、えっ??イングウェイと思わせる幻想的なナンバー、
「Bumble Bee 」とリミックスしたヴァージョンでオン・エアされます♪
是非、放送のほうも楽しんでくださいね!!!!!!!

asato with thin lizzy.JPG
本日、オアシスの絶賛発売中の新曲「The Shock of the Lightning」、
そして「Dig Out Your Soul」のCMナレーションを録りました♪
王道のオアシス・ビートですけど、やっぱカッコイイね。
最近、音楽関係の仕事が多いので、頑張ってまーーす!!!

最後に、
樋口さん、本当にありがとう!!!!
posted by 佐藤朝問 at 17:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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