2008年08月08日

ANTHRAX「Finale」

すくっらすんあ.JPG
今日からオリンピック開幕です。
我らが日本!!!多くのメダルを獲得していただきたいものです。
さて、4年に一度の世界の祭典「オリンピック」。
数々の歴史的スポーツの奇跡が刻まれてきたワケですが、
僕なりに、ボイコット問題のあった1980年のモスクワ・オリンピックから、
1996年のアトランタ・オリンピックまでの4大会にて、
その年のメタル事情を振り返ってみようと思います。

1980.JPG
まずは1980年....
この年に結成されたバンドは、マノウォー、マイケル・シェンカー・グループ、
オーバー・キル、マーシフル・フェイトなど。

ツェッペリンのジョン・ボーナム他界のため、ツェッペリン解散....。
AC/DCのヴォーカリスト、ボン・スコット他界...
ピーター・クリスがキッスを脱退し、エリック・カーが正式メンバーに。

アルバムでは、オジー&ランディの珠玉の名作であり、
1stアルバム「ブリザード・オブ・オズ」が発表され、
多くの名盤がシーンを賑わした1980年。

1984.JPG
ロサンゼルス・オリンピック開催の1984年結成は、
エージェント・スティール、アナイアレイター、
イングウェイ・マルムスティーン、テスラ、セパルトゥラなど。

ディープ・パープルが再結成、
デフ・レパードのリック・アレンが交通事故により左腕を失くす。
ハノイ・ロックスのドラマー、ラズルが、
ヴィンス・ニールが運転する車が交通事故に遭い、他界。

VAN HALEN「1984」を筆頭に、歴史的名盤がリリースされた1984年....

1988.JPG
続いて、ソウル・オリンピック開催の1988年、
この年に結成されたバンドが、パラダイス・ロスト、ミスター・ビッグ、
ガンマ・レイ、カンニバル・コープスなど。

この年の年末に、ボン・ジョヴィ、ラット、キングダム・カム、
ブリトニー・フォックスの4バンドによる年越しライヴ
「Heat Beat Live'89 in Big Egg」開催。

1988年もメタル黄金期で、数々の名盤がリリース。
リヴィング・カラーの大躍進も1988年...
ウォレントのデビュー・アルバム「マネー・ゲーム」、
ポイズンの「初めての***AHH!」のヒットなど、俗に言うヘアー・メタル系全盛期(笑)

1992.JPG
バルセロナ・オリンピックが開かれた1992年...
この年、ヴィンス・ニールがスティーヴ・スティーヴンズと共に、
ソロ・プロジェクトを始動。

この年の4月に、フレディ・マーキュリー追悼ライヴが、
ロンドンのウェンブリー・スタジアムで開催。
ガンズのアクセル・ローズ&スラッシュ、エクストリーム、メタリカ、
デフ・レパードのジョー・エリオット、フィル・コリンなどが参加。

イジー・ストラドリンがガンズを脱退。

アルバムではドリーム・シアターの大ヒット、
スティーヴ・クラークを失ったデフ・レパードの再起を賭けた作品、
新たなるメタル・ムーヴメントの幕開け的存在のパンテラなど。

1996.JPG
そして、アトランタ・オリンピック開催の1996年....
この年に、ナイト・ウィッシュ、アーク・エネミー、ソナタ・アークティカなど、
21世紀のメタル・シーンを牽引するバンドが続々と生まれる。

この年に、エクストリーム、スキッド・ロウが解散。
エースとクリスが戻り、キッスがオリジナル・メンバーで復活。
ジューダス・プリーストの新ヴォーカリストに、
ティム・リッパー・オーエンスが決定。

この年のアルバムは、メタル衰退期であり、
マリリン・マンソン、スリップノットなどが、シーンを揺るがしていた。
VAN HALENのベスト盤には、新録楽曲にて、デヴィッド・リー・ロスが参加。

ってなカンジの16年間のメタル・ムーブメントでした。
時代が進むにあたって、メタルのともし火が消えかかっていくことに、
少々ノスタルジックな気持ちになってしまいましたが、
この統計を調べてみた結果、オリンピック・イヤーにリリースする、
アーティストが意外と多いことが浮き彫りに....

AC/DC
1980年:「BACK IN BLACK」
1988年:「Blow Up Your Video」
1992年:「Live」
IRON MAIDEN
1980年:「IRON MAIDEN」
1984年:「Powerslave」
1988年:「Seventh Son of a Seventh Son」
1992年:「Fear of the Dark」
DEF LEPPARD
1980年:「On Through the Night」
1992年:「Adrenalize」
1996年:「Slang」
VAN HALEN
1980年:「Women and Children First」
1984年:「1984」
1988年:「OU812」
1996年:「Best of Volume I」
JUDAS PRIEST
1980年:「British Steel」
1984年:「Defenders of the Faith」
1988年:「Ram It Down」
BON JOVI
1984年:「Bon Jovi」
1988年:「New Jersey」
1992年:「Keep the Faith」
MOTORHEAD
1980年:「Ace of Spades」
1984年:「No Remorse」
1992年:「March ör Die」
1996年:「Overnight Sensation」
KISS
1980年:「Unmasked」
1984年:「Animalize」
1988年:「Smashes,Thrashes & Hits」
1992年:「Revenge」

それでは本題で…
本日は、大御所アンスラックスでございます。
来週15日金曜日、奇跡の1DAYライヴを、聖地クラブチッタで行うアンスラックス。
18時開場、19時開演と言う健康的なスケジュールのせいで、
ライヴに行く事が出来ないで悔しい思いをしている自分です。
アンスラックスなんだから、もっと遅い時間でのライヴにして欲しかったです。

本当に、2008年はビッグなアーティストが来日しますよね....
30代のメタラーの皆さんは出費が多くて困っているのでは??
また関東圏内の方はイイとして、地方のアンスラック狂には、
川崎1DAYは辛いかもしれません....。

思えば2年前の幕張で行われたLOUD PARK06でのアンスラックスのステージ…。
ベラドナ復帰のアンスラックスを待ち望んでいたオールド・ファンの渦の中に、
臨戦態勢状態の自分がいました。
アングラのステージで爆睡していたので、充電完了だった自分!(笑)
そして、彼らがステージに登場し、「Indians」のドラミングが始まった瞬間!!!
戦国時代の騎馬隊のように、ファンがステージに向かって、
ドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
そこからは、彼らのバッキングに合わせて、汗臭い男たちの狂喜乱舞が繰り広げられた。
次の大トリであるメガデスへの余力を残さなくてはいけないのに、
もうグチャグチャになってしまった自分がいました(笑)

あぁーライヴ行きてぇぇっ!!!
夏フェスに冷めてしまった自分だけに、アンスラックスは悔しいです。

そんな大御所アンスラックスは数々の名盤を世に送り込んだ。
それだけに、ピックアップは悩みましたが、METAL無頼漢は、
1988年発表の4thアルバム「State of Euphoria」をピックアップ!!!

Aすくっらすんあ.JPG
HR/HMシーンの常識用語である“スラッシュ四天王”…
メタリカ、メガデス、スレイヤー、そしてアンスラックス。
日本人は、この「四天王」と言う言葉に弱い....。
「四天王」の他に、「御三家」なんて言葉もあり、
各分野において、ベスト4、もしくはベスト3を確立してきた。
Wikipediaで「四天王」と調べると、それはそれは色々なジャンルの四天王が掲載。

そんな「四天王」を選ぶ基準は、知名度や功績なのかもしれないが、
Wikipediaに掲載されている、現代の「四天王」において、
うん?!っと、納得いかないものもあったり、
どうでもいい四天王もあれば、4人しかいねぇじゃんって四天王もあった(笑)
「四天王」評議委員会のようなものがあるわけではないから、
いつの間にか、メディアが作り出した「四天王」が増加したのかも....。

四天王.JPGそれに比べると、スラッシュ四天王は納得がいく。
個々のバンド色が色濃く出ており、
かつスラッシュの礎を築いた、
偉大なる功績を残した4バンドと言えよう。
そして彼らから影響受けた若者が続々とデビュー…。
後世へと受け継がれていく原点を生んだ者こそが、
「四天王」と呼ばれるに相応しい。
メタリカ、スレイヤー、アンスラックスは、
それぞれ1981年結成の同期組。
2年遅れて1983年にメガデスが結成。
攻撃的バッキングと破壊的メッセージ....
ロックが普通のカレーだったら、
スラッシュは、10倍激辛カレーと言ったところ。
反社会を説いたパンク・ムーヴメントとは違う、
商業主義に走った80年代初期ミュージック・シーンへの暴発かも。

MTV全盛期であり、ヒットチャートを意識したアーティストが量産された、
生ぬるいエイティーズ初期は、間違いなくハリウッドを拠点とした西海岸が発信源。

メタリカ、スレイヤー、そしてメガデスは西海岸出身であり、
そんなエイティーズに刃を剥いた無頼漢なのだが、
今回のアンスラックスだけは、歴史あるストイックな東海岸出身のバンド。

Bすくっらすんあ.JPG
高校の同級生であったスコット・イアンと、
現ニュークリア・アソートのダン・リルカ。
彼らは生物学の時間に、「Anthrax(炭疽菌)」の言葉の響きに、
悪魔的エッセンスを感じたことから、バンド名にしたんだそうだ。
そして二人は、これまたニュークリア・アソートのヴォーカル、
ジョン・コネリーと共にバンド練習を積んで行った。
その後ダンとジョンはニュークリアの前身バンドを結成しながらも、
スコットと一緒に初期アンスラックスとして、ステージに立つ。
この時のメンバーは、ヴォーカル:ジョン・コネリー、
ギター:スコット・イアン、ギター:ダン・リルカ、
ベース:ケニー・クシュナー、ドラム:デイヴ・ワイスの5人。

このメンバーでバンド・サウンドを構築していく事によって、
メンバーが、ちょくちょく交代する。
1981年のバンド誕生から、1stアルバム「Fistful of Metal」まで、
ヴォーカリスト二人、ベーシスト二人、ドラムには後のホワイトライオンの
グレッグ・ディアンジェロも在籍していた。
そんな目くるめく交代劇をキッカケに、ヴォーカリスト、ニール・タービンと出会う。

こんな時代も・・.JPG
この当時のリード・ギター、ボブ・ベリーを2度目のレコーディングで解雇、
代わりに加入したのが、ランディーVのプレイヤー、ダン・スピッツ、
そしてグレッグの代わりにチャーリー・ベナンテが参加。

1stアルバムに収録されている「Soldiers of Metal」など、
この時にレコーディングされていた楽曲のプロデュースには、
実は、当時のマノウォーのギタリスト、ロス・ザ・ボスが担当していた。

アルバム製作が着々と進行していく中、メガフォース・レーベルと契約。
アリス・クーパーの「I'm Eighteen」のカバーなどを収めた1stアルバム、
「Fistful of Metal」を1984年にリリース。
盟友ダン・リルカは、それまでの初期アンスラックスを支えていたが、
金銭トラブルでイアンから解雇を告げられてしまい、代わりにフランク・ベロが加入。
フランク・ベロは、チャリー・ベナンテの甥っ子にあたる。

1stアルバムの制作過程において、色々な出来事があったアンスラックス。
この頃の彼らは、NWOBHMサウンドを追及した作品であり、
スラッシュ・メタル・バンドの地位に行き着くための模索時期かもしれない。

Cすくっらすんあ.JPG
1stアルバムの制作を考慮し、スコット・イアンは、
チャーリー・ベナンテとのソング・ライティングに重点を置く事を決断、
ヴォーカリスト、ニール・タービンを解雇。
次のヴォーカリストに、初期スキッド・ロウのヴォーカリストでもあった、
知られざる不遇のヴォーカリスト、マット・ファロンを起用する。
だが、ミニ・アルバム「Armed and Dangerous」の制作にて、
後のアンスラックスの顔とも言うべき、ジョーイ・ベラドナをヴォーカリストに起用。

1985年、1stアルバム「Fistful of Metal」制作中に生まれた楽曲に、
新曲を追加したミニ・アルバム「Armed and Dangerous」。
なので、解雇されたニール・タービン、そしてダン・リルカが、
1stアルバムに関わった事によりクレジットに名前が記されている。
また、パンク大好き、スコット・イアンの要望?アイディアなのか、
セックス・ピストルズの「God Save the Queen」が新録で追加。

ジョーイ・ベラドナ、スコット・イアン、ダン・スピッツ、チャーリー・ベナンテ、
そしてフランク・ベロと言う、最強の布陣が整ったアンスラックスは、
同年に「Armed and Dangerous」も収録したフル・アルバム、
「Spreading the Disease」を発表。
彼らのライヴ定番とも呼ぶべき「Madhouse」、「Gung-Ho」が収録されている、
アンスラックス好発進の名盤となった。
因みに「Gung-Ho」はニール・タービンも関わった楽曲なんだよね。

Dすくっらすんあ.JPG
ジョーイ・ベラドナ、フランク・ベロが初参加した「Spreading the Disease」は、
大手アイランド・レーベルからの発売により、アンスラックスは一気にスターダムへ....。
また、同年の1985年にはスコット・イアンのサイド・プロジェクト、
Stormtroopers of Deathこと、S.O.D.の1stアルバム
「Speak English or Die」をリリース。
5秒の曲や、1分弱の曲などが21曲おふざけ満載に収録されている(笑)

情熱的で伸びやかなヴォーカル・スタイルのベラドナを迎え、
スラッシュ・メタル要素を確立したアンスラックスだが、
S.O.D.などで魅せるスコット・イアンのパンキッシュ・フレーバーが、
アンスラックスにしか表現できない、唯一無二のサウンドとして生まれていく。
このスタイルこそが、後のミクスチュアー・シーンに多大なる影響を与えた。

そして、「Spreading the Disease」発表の2年後、満を持して発表された、
アンスラックス通算3枚目の作品「Among the Living」。
名プロデューサー、エディ・クレイマーを迎えた今作は、
名曲「Indians」、「I Am The Law」などを収録した名作中の名作。
また、このアルバムは86年に急死したメタリカのベーシスト、
クリフ・バートンへの追悼の意も込められた作品でもある。

あまん まん まん.JPG
この「Among the Living」に収録されている楽曲陣から、
アンスラックスの新たなる側面が垣間見える。
まず、「Among the Living」、「A Skeleton in the Closet」は、
あのスティーヴン・キング原作の作品からインスパイアされている。
「A Skeleton in the Closet」は、ブライアン・シンガー監督作品で知られる、
「ゴールデン・ボーイ」(原題「Apt Pupil」)からインスパイアされたもの。

「Efilnikufesin(N.F.L)」は、ブルーズ・ブラザーズのジェイクを演じた、
33歳の若さで、この世を去った名優ジョン・ベルーシの、
破天荒な生き様にインスパイアされた楽曲。
「Efilnikufesin」とは、「Nise Fukin Life」を逆さにした造語。

そして、アンスラックスのキャラクターとしても定着している、
スタローンも演じた、アメコミ・ヒーロー「ジャッジ・ドレッド」から
インスパイアされた楽曲が「I Am the Law」。

あュチスクミ.JPG
ゴールド・ディスクを獲得した「Among the Living」。
更にアンスラックスは同年の1987年にEP盤での「I'm the Man」を発表。
切れ味鋭いスラッシュなバッキングに、スクラッチとサンプリング、
そしてラップを取り入れた革命的ナンバー。
ロックとヒップホップの融合と言えば、
ご存知、エアロスミスとRUN DMCの競演「WALK THIS WAY」が代表的。
1986年に、エアロとRUN DMCの競演プロモーション・ビデオが流れ、
ロック・シーンに激震が走った....。
その1年後でのアンスラックス自らが歌い上げるラップ・メタル!!!
エアロとRUN DMCの既存曲におけるヒップホップの融合とは明らかに違う。
この経験こそが1991年の、アンスラックスとパブリック・エネミーとの競演、
ご存知「ブリング・ザ・ノイズ」に反映されたのである。
また、同年の1987年は、レッチリの「Fight Like a Brave」や、
ビースティ・ボーイズ「Fight for Your Right」も発表された年であり、
“ミクスチュア”“メロコア”の原点が生まれた記念すべき年かもしれない。

そして、この時期のメタリカは「Master of Puppets」で天下を勝ち取り、
スレイヤーは、名プロデューサー、リック・ルービンを迎えた、
名曲「Angel of Death」を収録した「Reign in Blood」を発表、
メガデスも「Peace Sells... but Who's Buying?」を発表…。
まさに、この頃より、メタリカを頂点に、四天王の座が確立していった。

トラスト青ベルベット.JPGそして、やっと今回のピックアップ・アルバム、
アンスラックス通算4枚目となる
「State of Euphoria」が1988年発表。
5分を越すナンバーが散りばめられた、
アンスラックスの渾身の力作。
1曲目「Be All,End All」では、
イントロにチェロを起用するなど、
新たなアンスラックスを予感させる。
収録曲で最も有名なのが、
2006年に奇跡の復活を果たした、
“フランスのAC/DC”と呼ばれた、
トラストの楽曲「Antisocial」を、
アンスラックスらしくカバーし、
彼らのライヴ定番曲となる。
6曲目収録の「Now It's Dark」は、
デヴィッド・リンチ監督作、カルト映画の金字塔、
「ブルー・ベルベット」で魅せた、デニス・ホッパー演じる、
怪人フランク・ブースからインスパイアされた楽曲。

ピックアップ・アルバム「State of Euphoria」から、METAL無頼漢チョイスは、
タイトル名通り、アルバム最後を飾るexclamation×2「Finale」exclamation×2
初期アンスラックスを感じさせる、激しさとご機嫌さがクロスオーバーしたナンバー。
ザクザクしたバッキングと、とにかくチャーリー・ベナンテの
曲後半の加速力を増した転調から聴かせる、怒涛のツーバスが凄い!!!
オフスプリングを髣髴させるメロコア要素がありながらも、
スラッシュ・メタルらしいドラマティックで緻密な構成が印象的。
最初は、「Schism」にしようかと思ったんですが、今回は、編集のN君にお願いして、
フランク・ベロ&チャーリー・ベナンテのリズム隊がメインのインスト・ナンバー「13」と
「Finale」を1曲にまとめて収録させていただいております。
是非、放送のほうもチェックしてみてください。
今回はマニアック?な選曲かもしれないっすね(笑)
僕にとって一番好きなアンスラックスの楽曲は「In My World」です。
自分に自信が持てなくなった時に、よく聴いてます。

asato with kix.JPG
改めて、北京五輪無事開催しましたね。
日本代表のアスリートの皆さんには頑張ってもらいたいものです。
さて、冒頭で過去のオリンピック・イヤーに触れましたが、
僕にとって思い出深いオリンピックと言えば、
ロサンゼルス・オリンピック開催の1984年…。
この時、コカコーラとオリンピックのコラボ企画で、
イーグル・サムのデザインが施されたヨーヨーにハマっていました(笑)
「スケバン刑事」などもあったせいか、僕ら世代にとってヨーヨーは、
大事なムーヴメントだったような気がします。
スプライトのロゴが記された緑のヨーヨーと、
スピン・ギアが付いた真紅のコカコーラ・ヨーヨーを持っていて、
「犬の散歩」や「ブランコ」など練習してましたね。
あの頃は、独楽をしたり、メンコしたりと楽しかったなぁ。
よーよー.JPG
posted by 佐藤朝問 at 23:28| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
懐かしいですねえ

3rdの完成度が高すぎて、ファンの間ではこのアルバムは駄作と言われてました。

思えば四天王それぞれのピークは3rdだったような気も・・・。
5thくらいで冷めてしまったので語弊もあると思われます。どのバンドも現存するようですし、メタリカは今でもアルバム買います。

話変わりますが洋物のTVゲームで「GTA」というのをご存じですか?
車、銃、そして音楽が重要なファクターなゲームなんですが、このシリーズの「Vice City」ってやつにはHR/HM専用チャンネルの「V-Rock」ってのがあって、四天王ならぬ三天王(除メタリカ)の「Madhouse」「Raining Blood」「Peace Sells」が流れます。他にもジューダスの「You've Got Another Thing Comin'」やトゥイステッドシスターの「I Wanna Rock」なんかも。
Posted by DANZIG at 2008年08月13日 03:39
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。