2008年12月31日

有難うございました





asato with thecult.JPG
2008年最後のカキコミであり、
今日を持ちまして、いったん、このブログを終わらせることになりました。
約1年間ですが、僕の思い出を紡ぎながらの、
時代遅れのメタル・ミュージック復興企画ではありましたが、
思いのほか、ビッグ・アーティストの来日が続いた2008年…。
まだまだ、腐っていないHR/HMシーンだと改めて思った次第です。
そんな中で、1日平均:訪問者170、ページビュー2100と言う嬉しいアクセス!!!
今日で66アーティスト目であり、
最後は、VAN HALENの名曲「Dreams」でしめさせていただいております。
みなさんの夢が、2009年になることにより、一歩でも近づいて欲しいものです。

来年2009年1月からは、「METAL無頼漢 B-SIDE COLLECTION」と題して、
2008年では紹介できなかったアーティスト66組を、
5時間越えのぶっ通しで放送させていただきます。
相変わらずの偏った選曲ではありますが、
メタル・チューン、インスト・チューン、バラード・チューンを散りばめた、
なかなか聴き応えがある66アーティストではないでしょうか。
↓にセット・リストを載せましたんで、どーぞヨロシクです。


最近、風邪を引きやすくなり、
“アラフォー”まっしぐらのオッサンだなぁって思います。
風邪気味の最後のポッドキャスティングもアップしました(笑)

ではでは、
皆様、素敵な年越しと素晴らしい新年をお過ごしください♪
ご支援していただき、誠にありがとうございました!!!!

2009 66.bmp

posted by 佐藤朝問 at 23:59| Comment(48) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

Stryper「More Than a Man」

strypr.JPG

aruboc.JPG
12月の真のイベントって大晦日よりも、
クリスマスだったり、クリスマス・イヴだったりしますよね。
とは言え、30代後半に差し掛かり、
最近で言うならば、“アラフォー”世代の僕にとって、
さほど気にする事のないイベントであることは違いありません…。
でも、毎年何かしら、1年間頑張った事をねぎらう為に、
自分へのプレゼントを買っちゃったりしています。
物欲の鬼である自分への言い訳なのかもしれませんけど…(笑)
とは言え、すっかり、最近はモノに対する欲望が消えてしまってます。
っが!!!!
そんな僕の物欲の炎を点したモノがあり、
かなり無理してのお買い物をしてしまいました。
コイツこそ、僕の2008年のクリスマス・プレゼントだと言い聞かせてます(笑)

僕のヘッドフォンと一緒に写るのは、
シルベスター・スタローン主演映画「コブラ」に登場した銃です。
スタローン演じるマリオン・コブレッティが持っていた愛銃を、
渋谷のガン・ショップ、ウェスタンアームズが特別発注で開発した、
「ゴールドカップ・ナショナルマッチ・コブラ」。
なにやら版権の都合上により、限定生産の絶販らしいんですよね。

arubocII.JPG
やっべぇーーー!!!!超カッコイイイ!!!!!
このグリップのコブラ・マークがなんとも言えません!!!!
ガス・ガンを買ったのは20年振りぐらいですよ。
それも、超ちゃっちい銃でしたしね。
買ったばかりの時は、標的は、もっぱら神社の境内の木に、
偉そうにぶら下がっていた、巨大なスズメバチの巣でしたね(笑)
今思うと、かなり危険なことをしていたなぁと思いますが、
頑丈な蜂の巣を、遠距離で破壊できるかを皆で競ってました。

あれから20年ぐらい経ちました…
僕の手元には、同じく20年前に観た、映画「コブラ」の銃が・・・
私生活にまったく不必要な鉄の固まりではありますが、
コイツと僕の出会いには、何か不思議な運命を感じてしまいます。
とにかく重く重量感があるガンですねぇ…
サバゲーに使おうと思っていましたが、
なんだか、やっぱ使うのが勿体無い気がしちゃってます。

さ〜て、そんな物騒なモノをサンタさんからもらった話はココまでで、
本題に入りたいと思います。
間もなく訪れるクリスマスに因んだアーティストを考えた末、
思いついたのが、クリスチャン・メタルと属されたアーティストたち。

mg.jpg
クリスチャン・メタル?? なんじゃそりゃ?
って思う人もいらっしゃると思います。
キリスト信仰を軸にしたロック・ジャンルのひとつである。
このロック・ムーヴメントを紐解いてみると、
1960年〜70年代のヒッピー世代から生まれた“ジーザス・ムーヴメント”と言う、
カルチャーが発端だと言える。
クリスチャン・ロックの祖と呼ばれるラリー・ノーマンを筆頭に、
ランディー・マシューのようなフォークソングに、
キリスト信仰の歌詞を織り交ぜるアーティストが増えていき、
マインド・ガレージと言う教会でライヴを展開するバンドなどが誕生していく。

ゴスペル、クラシック音楽とキリスト教に関わる音楽のエッセンスは、
プログレッシヴ・ロック、そしてハードロックの世界観に通じる要素が多く、
レザレクション・バンド、スウェーデン出身のエルサレム、
カナダ出身のダニエル・バンドなど、ロック・シーンにおいて、
着実に“クリスチャン・ロック”と言うジャンルが定着していった。

CM.JPG
スピリチュアルを主とした70年代ロックも、
80年代に突入することによって変化し、“クリスチャン・ロック”も、
“クリスチャン・メタル”と言うジャンルを生み出していった。
クリスチャン・メタルを浸透させた80年代初頭に生まれたバンドは、
スウェーデン出身のレヴィティカス、セイント、トラブル、
そして今回のピックアップ・アーティストのストライパーの4バンド。
オレゴン出身のセイントは、ロブ・ハルフォードを髣髴させる
ヴォーカル・スタイルであったジョシュ・クレイマーを中心に、
王道のハードロック・スタイルを貫き、
現在も活動中のドゥーム・メタルの先駆的存在、トラブルは、
ブラック・サバスのようなサイケデリックなサウンドと宗教色を織り交ぜ、
セイントとは違った表現方法でクリスチャン・メタルを発信。
そしてレヴィティカスとストライパーは、グラム・メタル系の奇抜なファッション、
キャッチーなメロディを武器としたバンドとして、
80年代のメタル・シーンの波に忠実に乗ったバンドと言える。

そんな中でも、ストライパーは、ずば抜けて存在感が光っていた。
ブラック×イエローのストライプ衣装を身にまとい、
LAメタル・シーンにおいて、売れる要素の絶対条件であるハイトーン・ヴォーカル、
耳残りの良いキャッチーなフレーズ、安定感あるギター・ソロ、
奇抜なファッションに負けないイケメン・メンバーなど、
申し分のないコンテンツを擁していたバンドだったような気がする。

“クリスチャン・メタル”=ストライパーと呼ばせた大きな理由は、
今回のピックアップ・アルバム「To Hell with the Devil」が、
グラミー賞にノミネートされる快挙を成し遂げたことではないか??

strypr@.JPG
兄ロバート・スウィート(写真左から2番目)、弟マイケル・スウィート(写真右から2番目)、
このスウィート兄弟を中心に1983年に、オレンジ・カウンティで結成されたストライパー。
当初、スウィート兄弟は、ロックス・レジメと言うバンドで活動。
後に、ギターのオズ・フォックス(写真左端)、ベーシストのティム・ゲインズ(写真右端)、
二人が加入し、本格的にメジャー・バンドとして進むことを決意。
ロバートの提案により、旧約聖書に登場する預言者イザヤの言葉で、
“with his stripes we are healed”の「Stripes」と言う言葉と、
Hyper(ハイパー)と組み合わせて、ストライパーとバンド名に変更。
因みに、オズ・フォックスの本名は、リチャード・マルティネズ。
オジー・オズボーンを敬愛する事に因んだ芸名であるが、
彼のプレイスタイルは、エディ・ヴァン・ヘイレンをリスペクトしたプレイ。
ティム・ゲインズは、ベーシストでありながらも、
キーボディストとしての才能を兼ね備えたプレイヤーであり、
伸びのあるハイトーン・ヴォイスを武器としたマイケル・スウィートと、
美しいブロンドの貴公子であるロバート・スウィート、
この4人のストライパー伝説が幕を開ける.....。

strypr cllctn.JPG
現在、ヴォーカリストのマイケル・スウィートは、
ボストンのヴォーカリストとしても活躍中であるが、
2003年に、奇跡の復活を果たしたストライパーは、
ライヴ盤を含む9枚のアルバムを発表し、
新ベーシスト、トレイシー・フェリーを迎え、今もなお現役活動中。
そんな彼らのヒストリーを紐解いてみると、
まずは1984年に6曲収録のミニ・アルバム「The Yellow and Black Attack」を発表。
この作品は、2年後に8曲収録のフル・アルバムとして発表されるが、
彼らにとっての1stアルバムは、1985年発表の「Soldiers Under Command」。
名プロデューサー、マイケル・ワーグナーの下で完成された今作は、
ストライパーならではの美しいコーラスと、
ザクザク感ある激しいリフ、絶妙なツイン・ギターの旋律、
そして、マイケル・スウィートのハイトーン・ヴォーカルなど、
ストライパーの存在感が凝縮された名盤中の名盤であり、
僕は、このLPを借りて、衝撃を受けまくり、彼らの大ファンになりました。
このアルバムの最後には、ヨドバシカメラのテーマ曲として知られる、
「リパブリック讃歌」が収録されている。
また、80年代のシンセサイザー・サウンドの核となった、
「シンクラヴィア」を取り入れたりと、意欲的な作風も売りであった。

hachijuuroku.JPG
そして、1986年に通算4枚目となるアルバムであり、
今回のピックアップ・アルバムである「To Hell with the Devil」を発表。
1986年に発表されたHR/HMシーンの作品は、どれもが名盤揃い。
先週のシンデレラのデビュー・アルバムを含め、ポイズン、テスラ、
ヴィニー・ヴィンセント・インヴェイジョンのデビュー作、
そして第二期ヴァン・ヘイレンとデヴィッド・リー・ロスのソロ始動作…
何かと話題てんこ盛りの作品が発売されまくった中で、
「To Hell with the Devil」は、アルバム・チャート最高位31位を記録し、
プラチナ・アルバムを記録し、クリスチャン・メタル・アーティスト至上、
最高の売り上げを記録した、記念すべき1枚であり、
彼らを代表するアルバムとなった。

シングル・カットされた「Free」はMTVチャートで1位を記録、
そして、名バラード「Honestly」は、このアルバムから誕生した。
題名を聞くと、ビリー・ジョエルの「Honesty」?って勘違いしちゃうけど、
ストライパーは「Honestly」であり、マイケルが奥さんのカイルに贈った、
珠玉の名ピアノ・バラードは、ビルボード・チャート最高21位を記録。

前作「Soldiers Under Command」に比べると、
若干スピード力は落ちた感はあるけれども、
とてもバランス良くまとまったアルバムであり、
当時のHR/HM初心者には入門編として愛された1枚であった。
っが、当時発売されたアルバムのジャケットのデザインは、
メンバーが天使となって、楽器で悪魔の首を四方に締め上げると言う、
キリスト教の精神に攻撃性を交えてしまった表現だった為、
発禁ジャケットとして、差し替えられてしまった。
今でも、このデザインのアルバムは、廃盤としては高価値の1枚である。

そんな「To Hell with the Devil」からのピックアップ・ソングは、
アルバムの最後を飾る、この作品の中で最も重量感あるナンバー、
exclamation×2「More Than a Man」exclamation×2

再結成後のストライパーのセットリストを調べてみても、
必ずこのナンバーは披露しており、ファンの間ではかなり人気ある楽曲。
イントロから、マイケルとオズのツイン・ギターが唸り、
マイケルの驚異的なハイトーンが光ったナンバーです。
オズ・フォックスのタッピングを絡めたギター・ソロもステキです。
“Jesus in your heart It's time for you to start Giving God”
っと歌詞も、ガッチガッチのクリスチャン・メタル魂です(笑)

asato with helloween.JPG
昨晩の強風から、早朝の不気味な暖かさ…。
今日を境に、冬本番が訪れるんだろうなぁ…って思いました。
なんだか、「ウコンのチカラ」が効かなくなるほど、
忘年会続きであり、朝帰りの電車では、爆睡で往復しまくる醜態ぶりです。
年の瀬とは言え、こうも酒ばかりだと不健康極まりないです。
不健康な世界に行くなら、徹夜麻雀の方がいいのかもね(笑)
そんな麻雀好きの方にお奨めな映画を、
シネドラ 番外編」で紹介させていただきました。
そちらも是非、読んでください。
さ〜て、来週は2008年最後のアーティストです。
そんでもってご報告があります!!!!

あっ、なちさん、ご無沙汰ですね♪
確かに、なちさんはシンデレラにハマっていた時期がありましたね。
では、今度飲み会で一緒に、クルっと回転ごっこしましょ(笑)

あゆんさん、はじめまして♪
ガンズのTシャツからのお越し、大変嬉しいです。
お若いのに、アクセルの魅力にハマるなんて最高です。
あゆんさんが探しているTシャツはコレですか?↓
http://www.pgs.ne.jp/asp/catalog/fashion.asp?whatID=33599
ただね、チェ・ゲバラのTシャツや、チャールズ・マンソンのTシャツは、
ちゃんと、その人物像を理解してから着て欲しい次第ですふらふら
僕的にはガンズの世界観をモチーフにした、
NUMBER(N)INEやPledgeをお薦めしますよ。
トランクショーやアンプリファイド、ブッディスト・パンクなどの
インポート・ブランドのロック・コラボTシャツは女性にお薦めですね。
あくまでも僕のように古着に拘るならば、
古着屋さん、もしくはオークションやネットで探してみてください。
ガンズはパチモンも多いのでご注意を!!!(笑)
posted by 佐藤朝問 at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月15日

Cinderella「Long Cold Winter」

cndrll.JPG

kamakura@.JPG
11月最後のブログで、僕の故郷、鎌倉を紹介するとカキコミましたが、
スケジュールなどが合わず、やっと書類等の手続きにより、
鎌倉市役所を訪れたので、僕なりな半日鎌倉巡りを紹介しようと思います。
すっかり、鎌倉の名物となった「人力車」。
鎌倉の風情にピッタリな人力車ではあるけれど、
僕が住んでいた頃には、今ほど街並みに溶け込むほど、
スイスイ走っている姿は見たことなかったです....。
だから僕には、あまり馴染みがないんですよね....。
とは言え、鎌倉巡りは、車は不便であり、歩きか自転車が最も適している。
そう思えば、鎌倉の立地条件に適しているのではないかと思います。

kamakuraA.JPG
鎌倉駅に着いたのが午前中…
早速、駅前のレンタル自転車で自転車を借りて、市役所へ。
市役所へ向かう途中に、何件かレンタル・サイクル屋さんを発見。
僕が借りたママチャリよりも、駆動力あるマウンテンバイクなどがあって、
な〜んだ、ココで借りれば良かったと後悔しながらのスタート。
鎌倉は、自転車を借りることをお薦めします。

さて、市役所で事を済ませた僕が最初に向かったのが、佐助稲荷神社。
超有名スポットである源氏山の「銭洗い弁天」のそばにある、
ちょっとマイナーなお稲荷様。
観光客がウジャウジャいないその場所は、とても静寂で、
古き良き鎌倉を満喫できる場所だと思います。

kamakuraB.JPG
まぁ、鎌倉が好きだと言ってくれる方多いですよね。
特に女性の方が多い印象です。
男性陣もデート・スポットとして鎌倉へ行く方も多いと思います。
そんな方たちは、とにかく美味しいお店をよく知ってます(笑)
地元である僕は、外食などしなかった身なので、
まったくもって知りませんよ(笑)
僕が住んでいた頃の「小町通り」はあんなにお店なかったですもん。
なので、「美味しいお店教えてよ」って訊かれても分からないんです。
唯一、僕が知る外食スポットが「岩窟不動茶屋」。
佐助稲荷から寿福寺方面へ向かい、途中右折で線路を渡り、
八幡宮横に出る“いわや通り”沿いのお店。
ココは昔からあった、なかなかの穴場スポットで、
昨年リニューアルしたそうで、スウィーツなどが充実したカフェのような店構え。
昔は店内に、囲炉裏もあって素敵な雰囲気だったので、ちょい残念。
お店の外には岩窟不動尊や庚申塔があります。
当時、崖にぽっかり開いた洞窟のような岩窟(いわや)があったのに、
残念なことに埋められてしまっていたのが、寂しかったです。
でも、ココの名物「和風ラーメン」は健在だったので良かったです。

kamakuraC.JPG
鎌倉のシンボル、鶴ヶ丘八幡宮。
段葛経由でもなく、小町通り経由でもなく、扇ヶ谷経由で八幡宮に到着。
とにかく観光客の波を避けての、地元ならではの裏ルート(笑)
写真に写るは、ご存知太鼓橋。
現在、通行不可ですが、僕の小学校時代は通行出来たんです。
ココを助走ナシで上まで行けるかを、みんなで競ってましたね。
やんちゃだった時は、塾帰りに段葛を自転車で猛スピード!!!(笑)
とにかく、僕らは八幡宮の源平池で、“マッカチン”こと、
アメリカザリガニを獲ることが青春の1ページですね。

kamakuraE.JPG
八幡宮境内を、あの頃のようにママチャリでかっ飛ばし、
向かった先は、鎌倉幕府を生んだ源頼朝公のお墓。
僕の知る頼朝さんのお墓は、今では見られません.....。
現在の石塔は平成二年に補修されたもので、昔はもっと質素で、
苔が付いた丸い石が五個積み重なっているだけだったんですよ。
その頼朝さんのお墓が倒壊してしまった時は、当時、大事件でしたよ。
写真に写るのが、頼朝公のお墓そばにある白旗神社。
昔から、僕は必勝祈願をココでしています。

kamakuraD.JPG
さてさて、頼朝公のお墓から、合格祈願で有名な荏柄天神を過ぎて、
鎌倉宮こと大塔宮方面へ向かい、右は瑞泉寺、左は覚園寺。
迷わず、覚園寺へと自転車を走らせる.....。
数多くの寺を擁する鎌倉の中でも、古き鎌倉の面影を残す古刹、覚園寺(かくおんじ)
20年以上振りに訪れてみたものの、雰囲気がガラリと変わって残念。
もっと鬱蒼とした山間のお寺だったのに、
新しい山門と、お寺の前が随分と広々してしまっていた。
ココは、境内の観覧時間が決まっていて、
10:00、11:00、12:00、13:00、14:00、15:00の6回のみ。
確か、僕が親父と一緒に来ていたときは、朝だけだったような気がする。
朝早く起きて覚園寺に行かないと、薬師堂は観覧出来なかった思い出があります。
この日は、14:00の境内観覧に…。
境内を巡りながら、覚園寺の歴史を聞きながらの約40分間…。
境内の撮影は一切禁止でしたが、見事な薬師堂、そして紅葉でしたよ。

kamakuraF.JPG
さてさて、覚園寺から僕の母校、第二小学校を経て、
杉本観音を過ぎた辺りで、犬懸橋を右折し、ひたすら山へ向かいます。
着いたのが、鎌倉時代の交通網として知られる“切通し”のひとつ、
「釈迦堂口の切通し」。
朝比奈、名越、大仏坂、極楽寺坂、化粧坂、亀ヶ谷、巨福呂坂っと、
鎌倉には“鎌倉七切通し”と呼ばれる七つの歴史的交通網が存在しました。
そんな七切通しにはエントリーされてはいないのに、
鎌倉の切通しナンバー1であろうダイナミックさを誇る場所。

kamakuraG.JPG
桑田佳祐さん監督作品「稲村ジェーン」のロケ地でも知られる釈迦堂口切通し…。
何度訪れても、やはり圧倒的な迫力であります!!!!
ココは、当時の僕らにとってワープ出来る場所でありました。
最初の写真の釈迦堂口と2枚目の釈迦堂口では住所が違います。
最初が浄明寺であり、2枚目が大町という住所。
浄明寺と大町では、小中学校の学区がぜんぜん変わってしまいます。
浄明寺という住所は山よりの鎌倉で、大町という住所は海よりの住所。
まさに、「スターゲイト」ばりなワープ・ルートでしたね。

僕はこの後、この釈迦堂切通しの上に行ったんですけど、
なにやら発掘調査が行われていて立ち入り禁止でしたね。
この釈迦堂口と同じぐらいの洞門があったのに…残念でした。

kamakuraH.JPG
冬の海もイイもんですね…
僕の知る由比ガ浜エリアの面影は、まったく無かったですが、
遠浅の海岸と滑り川の河口は変わらず残ってましたね.....

kamakuraI.JPG
“古都鎌倉”で親しまれている場所なだけに、
街が廃れていくのは寂しいかもしれませんが、
廃れるというよりも、近代化や住宅地が増加していた鎌倉でした.....。
この分じゃ、まだまだ世界遺産登録は厳しいんじゃないかな....
そんな嘆きを噛み締めながら、酒好きの地元衆が集まる「ひら乃」で、
焼き鳥とビールを堪能しました。

さてさて冬本番を迎えた12月中旬…。
冬に因んだHR/HMアーティストを考えた末、思いついたのが、
東海岸出身とは思えない奇抜なルックスでデビューしたシンデレラでした。
バンド名からして、ガールズ・バンドのように思えてしまいますが、
スティーヴン・タイラーも真っ青な、デカイ口で、
独特のハスキー・ボイスで熱唱するトム・キーファー率いるバンド。

shincole.JPG
1982年に結成されたシンデレラは、2年間の活動休止ありながらも、
現在もバンド活動をしている、息の長いバンド。
とは言え、エクストリーム同様、名の通ったバンドでありながらも、
作品数は少なく、オリジナル・アルバムは、4枚しか発表していない。
賛否両論となった、1990年発表の3rdアルバム「Heartbreak Station」により、
トム・キーファーのブルース色を前面に出したスタイルが、
彼らの方向性が定まらなくなった要因ではないか??
それだけ、1stアルバム、2ndアルバムを引っさげての1980年代の彼らは、
グラム系に属しながらも、独特の疾走感と存在感を兼ね備えていた。

ってなワケで、何故、寒い冬にシンデレラかと言うと、
彼らの2ndアルバムであり、大ヒットを記録した、
「Long Cold Winter」が思いついたから(笑)

cndrllA.jpg
1982年、フィラデルフィアで結成されたシンデレラ。
ヴォーカルであり、リード・ギタリストのトム・キーファー(写真右から2番目)、
トムの古くからの友人、ベーシストのエリック(写真左から2番目)、
そして、後にブリトニー・フォックスに加入するマイケル・スメリックと、
1987年に他界してしまったトニー・デストラの4人編成が、初期シンデレラ。

まさに“シンデレラ・ストーリー”と呼ぶに相応しいのが、
シンデレラを発掘したのは、あのジョン・ボン・ジョヴィ。
上記編成のシンデレラをペンシルヴァニアのエンパイア・ロック・クラブで、
ジョンは彼らを目撃し、レコード会社へ推薦した。
このエピソードは非常に有名な話であり、ジョンはその後もスキッド・ロウ、
ファイヤー・ハウスなども世に送り込んでいる。
特に、トム・キーファーのヴォーカル・スタイルに、ジョンは感激したらしい。

1985年にレーベルとの交渉を成立したシンデレラは、
ブリトニー・フォックスへ移籍した二人の代わりに、
ジェフ・ラバー(写真左端)とジム・ドルネックを迎え入れ、
デビュー・アルバム「Night Song」の制作に取り掛かった。

今作のプロデューサーは、後にヴァン・ヘイレンや、
ジョー・サトリアーニなども手掛けたアンディ・ジョーンズ。
アンディは、ジムのドラミングに違和感を感じたらしく、
アンディのお抱えドラマー、ジョディ・コルテスに委ねてしまう。
ジョディのドラム・ワークにより、1年間に及ぶレコーディングの末、
完成された、シンデレラのデビュー作。
しかし、デビュー作「Night Song」完成時に、W.A.S.P.の際に触れた、
多くのプレイヤーを輩出したロンドンと言うバンドで活躍した、
フレッド・コーリー(写真右端)を正ドラマーとして迎え入れる。

yorunouta.jpg
ダンディ坂野ばりの「ゲッツ!!!」ポーズをしちゃってるトム・キーファー!!(笑)
ヴィジュアル系100%のジャケットのデビュー作「Night Song」。
モトリーやポイズンのような妖艶さを醸し出したルックスだが、
音楽性は、非常にデビュー作とは思えない重厚さと哀愁さがあった。
1曲目からオジーが歌いそうな不気味なナンバー「Night Songs」。
そして、2曲目は1stシングル・カットであり名曲「Shake Me」。

この「Shake Me」で、シンデレラのメンバーが、ギターをクルっと回転させる、
イングウェイもよく使うパフォーマンスを多用していて、
中学時代、自分の肩掛けカバンをよく回してましたね(笑)
だから、いまだにシンデレラ=ギタークルっと回転ってイメージがあります。
シンデレラの面白いポイントは、演奏スタイル。
ジェフ・ラバーは、クレイマーを弾くメタル系でありながら、
ヴォーカルのトムは一環として、レスポールを弾きこなす。
荒々しいLAメタルなリフを、ツイン・リード・ギターで展開した
初期シンデレラなんだけど、バラード・ナンバーになると、
トムのレスポールの在り方が納得してしまうほど、重く切ない旋律を奏でる。

このアルバムは中学時代、死ぬほど聴きましたね…
特に「Once Around the Ride」→「Hell on Wheels」、
そしてシングル・カットされた「Somebody Save Me」までの、
かっ飛びロック・チューンの3連続が大好きでした!!!!
収録曲「Nothing for Nothin」と「In From the Outside」では、
ジョン・ボン・ジョヴィがバック・コーラスで参加するなど、
完成度高い今作は、いきなりダブル・プラチナ・ディスクを獲得する。

シンデレラの最初のツアーは、同郷であり同期のポイズンとのジョイント。
この時のツアーの前座を務めたのがラウドネス。
その後は、デヴィッド・リー・ロスのツアーにゲスト参加し、
兄貴的存在であるボン・ジョヴィのツアーにも前座として出演し、
同時にモンスターズ・オブ・ロックにも出演し、着実に実績を積み重ねていく。

TK.jpg
1988年、今回のピックアップ・アルバム「Long Cold Winter」を発表。
このアルバムから、シンデレラはグラム系を脱皮し、
ブルース・ロック・バンドへと進む彼らの片鱗を垣間見ることとなる。
とにかく、今作で、トムのオールラウンド・プレイヤーとしての才能が光る。
ダブル・ネック・ギター、スライド・ギター、ブルース・ハープ、アコギ、
そして、HR/HMシーン屈指の名バラードである
「Don't Know What You Got (Till It's Gone)」で聴かせたピアノ演奏。
トムのピアノとブルージーで泣きまくるギター・ソロ…
名バラードの王道の調べを、トム一人が演出している。
そして、この曲のPVを担当したのが、スティールハート「She's Gone」、
ヨーロッパ「Carrie」、ウォレント「Heaven」などの、
名バラード・ナンバーのビデオを多く手掛けたニック・モリス。

この2ndアルバム「Long Cold Winter」は、
とにかく“乾いた世界観”を前面に出している。
凍えるような寒さを感じさせる「乾き」と、砂漠の中の空っ風のような「乾き」。
相反する「乾き」がひとつのアルバムにより収められたことによって、
極上の統一感を築いた傑作中の傑作であり、
デビュー・アルバムを凌ぐ大ヒットを記録する。
この作品を軸に、モスクワで行われたミュージック・ピース・フェスティバルに参加、
自身のツアーでは14ヶ月間にも及ぶロング・ツアーを敢行する。

そんな、2ndアルバム「Long Cold Winter」からのピックアップ・ソングは、
ゲイリー・ムーアをも凌駕してしまうほどの激しく切なく、
叙情的なタイトル・トラックexclamation×2「Long Cold Winter」exclamation×2

この曲の良さは、当時の中学生の僕には理解できなかったなぁ....
大人になって初めて知る、ビターなブルース・ロック!!!!
5分強あるナンバーで、ほとんどがトムのブルージーな泣きのギター!!!
トムのギターを静かに支えるリック・クリニティのオルガンが、ステキ!!!
冬の由比ガ浜を、この曲を聴きながら歩いちゃいましたよ(笑)
すげー孤独に浸っていたなぁ.....(笑)

asato with the mad capusle markets.JPG
先週水曜日に、METAL無頼漢の放送の編集を担当してくれたN君の
送別会を兼ねた忘年会に参加しました。
いやいや、2008年忘年会ラッシュの幕開けでしたね。
大勢で飲みながら、鍋を楽しむ・・・
いいねぇ、年の瀬の飲み会は!!!!

本当にN君、ご苦労様でした!!!!
って言っても、最後に大仕事がありますんで、
よろしくね♪

このブログを読んでくださっている、
カンニバル・コープス好きの皆さんにお薦めの映画を、
今回の「シネドラ 番外編」にて紹介しました(笑)
posted by 佐藤朝問 at 00:14| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

PANTERA「Rise」

pntr@.JPG

ranzanonsen.JPG
先週金曜日の深夜に突発的に、T社のOさんと一緒に、
埼玉県のバイク・ツーリングへと繰り出しました。
まったく目的地を決めていなかった我々でしたが、
とにかく、時間が深夜なのと仕事終わりからのツーリングな為、
朝まで体を休められる場所を見つけてから、関越へ入ろうと…。
そして見つけたのが、埼玉県嵐山渓谷そばにある平成桜。

着いたのが朝4時なのに、迎え入れてくれる嬉しい健康ランド的施設。
健康ランドと言う位置づけとは言え、宿泊も出来て、
かつ、匂いのキツイ、濃度濃い本格的な温泉を擁していました。

12月に入り、本格的冬の到来…
そんな時は、やっぱ温泉に入りたくなるものです。
温泉大国、日本には様々な温泉があって、
疲れた身体を癒してくれる、大人になってからの癒しスポットです。

昨年、今回のツーリング仲間のOさんと僕は、
意図的ではなく、たまたま見つけた温泉で奇妙な体験をしてしまいました。
この体験は、このブログではいささか詳細を述べられない内容なんですが、
僕とOさんの温泉行脚には、何かしらハプニング、
もしくは濃いエピソードが派生してしまいがちなんです。

今回訪れた平成桜は、露天風呂、サウナ、おまけに足の角質を食べてくれる、
話題のドクター・フィッシュなど充実した内容。
ココの打たせ湯のパワーはハンパなかったですね(笑)
そんな充実した温泉内に、薬湯のコーナーがあり、早速入ってみました。

先に入っていたOさんが、しばらくすると、熱い!!!アチイって連発。
江戸っ子もビックリな程の熱いお湯なのかと思いきや、
さほど熱くなく、心地よい湯船に浸かっていました。

何を言ってるんだ??
っと思っていた僕の下半身が、しばらくしてヒリヒリしてきたどんっ(衝撃)
おおおおおおっ!!!!熱いって言うより身体に辛さが伝わるような、
スパイシーな刺激が伝わってくるぅぅぅぅ!!!
特に、●●の裏側が尋常ないほどのヒリヒリっぷり!!!!(笑)
どうやら唐辛子エキスが含まれた薬湯だそうで、
二人して、大事な場所を押さえながら、辛えーーっ辛えーーーっ
って言いながら、身体に伝わるヒリヒリ感を堪能してしまいました。
別に変な意味抜きで、病み付きになりそうな薬湯でございました(笑)

touge.JPG
峠超えは慣れていない自分…疲れたなぁ....
白石峠はロード・バイカーの人気スポットらしく、
多くのバイカーが急勾配を自転車で登ってましたね…凄いっ!!!!

DD.jpg
本日12月8日は、ダイムバッグ・ダレルの4回目の命日です。
そんなダイムの死を偲び、メタル・シーンに新たな旋風を巻き起こした、
パンテラを今回ピックアップさせていただきます。

ダイムが逝ってから早くも4年の月日が経ってしまったんですね....
この12月8日は奇しくもジョン・レノンの命日と同じなんですよね。
パンテラの中枢を担ったダイム…。
パンテラ解散後、自身のプロジェクト、ダメージ・プランのライヴで悲劇は起きた...。

2004年12月8日、オハイオ州コロンバスにある、
アルロサ・ヴィラと言うナイトクラブでのパフォーマンス中に、
元海兵隊員の男性に射殺された…享年38歳
彼のトレードマークであった変形ギター、ディーン社のMLを弾く姿を、
我々はもう拝める事が出来なくなってしまった.....

4年前は、エフエム横浜でパーソナリティを務めさせてもらっていた時期で、
エンディング・トークで、ダイム他界の話題を触れた思い出があります。
朝のワイドショーでも採り上げられた程のニュースで、
昨日の事のように覚えております....

本名、ダレル・ランス・アボットは、
カントリー・ミュージシャン、ジェリー・アボットの次男として生まれる。
父親の影響により、幼少からギターに触れ、
各ギター・コンテストを総ナメした、生粋のギタリスト育ちの男。
生粋のキッス・ファンであり、エース・フレイリーに憧れ、
またブラック・サバスのトニー・アイオミも愛したギター・キッズだった。

DDA.JPG
ダイムが結成したパンテラは、重厚でヘヴィネスなイメージが強いが、
フィル・アンセルモを迎えた1992年からのスタイルであり、
デビュー当時のパンテラは、奇抜なルックスのグラム・メタル系であった。
パンテラ誕生は1981年…L.A.メタル全盛期の頃であり、
ダイムもタッピングや早弾きを駆使するギタリストだったワケである。
しかし、80年代中期からメタリカなどのスラッシュ・メタルの荒波が押し寄せ、
徐々に、スラッシュ色を強くしたバンドへと移行していく。

そんな類稀なるテクニックを武器としたダイムは、
メガデスの新ギタリストのオーディションに合格した経験を持つ。
しかし、メガデス加入の条件に、自分の実兄でパンテラのドラマーを務めていた、
ヴィニー・ポールをドラマーとして起用する事を、デイヴ・ムステインに伝えるが、
既にデイヴは、ニック・メンザをドラマーとして決めていた。
条件に合わなかったダイムはメガデス加入を断念する事となる。
その後のメガデスは、ご存知の通り、マーティー・フリードマンを起用する。

onlysoundtrack.JPG
メガデス加入を断念したダイムは、パンテラ再始動前に、
ジューダス・プリーストを脱退したばかりのロブ・ハルフォードと競演する。
この夢の競演楽曲「Light Comes Out Of Black」は、
メイン・ヴォーカル、ロブ・ハルフォードにパンテラのメンバーがジョイント。
そして、この楽曲のバッキング・ヴォーカルに、
パンテラ加入前のフィル・アンセルモが参加している。

そう考えると、ダイムバック・ダレルを軸とすると、
ダイムが、メガデス加入を断念したことにより、
メガデスはマーティーとニックの新メンバーにより大成功を収め、
ロブ・ハルフォードもダイムとの競演をヒントに、
ヘヴィネス・グループ、ファイトを結成し、
そしてダイムとフィル・アンセルモの出会いから生まれた新生パンテラは、
新たなメタル・ジャンル“グルーヴ・メタル”の礎を築いたのである。

因みに、ロブとダイムの競演楽曲「Light Comes Out Of Black」は、
クリスティ・スワソン主演映画「バッフィ/ザ・バンパイア・キラー」の
サウンドトラックのみでしか聴けない貴重な楽曲。
サウンドトラックのクレジットでは、ロブ・ハルフォード名義であり、
ダイムのギターが前面に出た、素晴らしい完成度を誇るナンバーである。

余談だけど、サウンドトラックでしか聴けないナンバーは結構存在し、
コレクターとしては侮れないジャンルである。
今回のロブとダイムの競演のように、
サントラのために結成された夢のバンドもあったりする。
HR/HMシーンとして有名なのが、ケイン・ロバーツの際にも触れた、
ウェス・クレイヴン監督の1989年公開映画「ショッカー」の
サウンドトラックに収録されている映画タイトル曲「Shocker」は、
“The Dudes of Wrath ”と言うバンドで、
キッスのポール・スタンレー、デスモンド・チャイルド、
そしてケイン・ロバーツが交互にヴォーカルを務め、
ギターにヴィヴィアン・キャンベル、ベースにルディ・サーゾ、
そしてドラマーにはトミー・リーと言う豪華な布陣であり、
このサウンドトラックでしか聴けない貴重な一曲。

pntrII.JPG
ダイムバック・ダレルとフィル・アンセルモ、
この二人が生み出したパンテラのサウンドは、
現ヘヴィ・ロック、ラウド・ロックに多大なる影響を与えたに違いない。
パワーコードから織り成す分厚いスラッシャーなリフと、
ハードコア・パンク要素強いリズミカルなミュート…
「叫び」と言うより「吼える」、または「吐く」(笑)
その腹の底から噴出した、ロー・スクリーミング…
セパルトゥラ、ホワイトゾンビ、プロング、マシンヘッド…
進化系スラッシュの先駆け“グルーヴ・メタル”勃発である!!!

そんなワケで、今回はフィル加入後のパンテラ二作目であり、
バンドとしては通算6枚目となるアルバム、
「Vulgar Display of Power」(邦題「俗悪」)をピックアップ!!!

shokipan.JPG
1981年、ダイムバック・ダレル、そしてダレルの兄ヴィニー・ポール、
テリー・グレイズ、トミー・ブラッドフォード、ドニー・ハートの
ツイン・ギター擁する5人編成バンドとして誕生。
地元テキサスのナイトクラブを中心に、
キッスやヴァン・ヘイレンのカバーなどを演奏するグラム系バンド。

1982年に、ヴォーカリスト、ドニー・ハートが脱退し、
リズム・ギターを務めていたテリーがヴォーカリストへ…
ベーシスト、トミーも脱退し、新ベーシストにレックス・ブラウンを起用。
多くのステージを重ねていく内に、ストライパーやドッケン、
クワイエット・ライオットの前座などを務めるポジションまで上り詰め、
翌年の1983年に、念願の1stアルバム「Metal Magic」を発表。
プロデューサーは、ダイムとヴィニーの父親であるジェリー・アボット。

1984年、2ndアルバム「Projects in the Jungle」を発表。
この頃からテリーは、テレンス・リーと改名し、
翌年の1985年に発表された「I Am the Night」まで在籍し、
初期パンテラのサウンドを支えていた。

グラム・メタル系から徐々にスラッシュ・サウンドに移行するパンテラ、
その為にテリーを解雇し、マット・ラモアー、デイヴィッド・ピーコックっと、
新たなヴォーカリストを起用しながら、
自分たちのサウンドにハマるヴォーカリストを模索していた。
そしてジューダス・プリーストのカバーなどをしていた、
レイザー・ホワイトと言うバンドのフロントマンであった、
当時17歳のフィル・アンセルモと出会い、新ヴォーカリストに迎え入れる。

1988年にフィル加入初のアルバム「Power Metal」を発表。
トラディショナルなメタルからスピード・メタル、
はたまたキールのマーク・フェラーリをゲスト参加させた、
グラム・メタル・チューン「Proud to Be Loud」など、
バラエティ富んだ内容の1枚であり、現在入手困難な廃盤作品でもある。

atopan.JPG
1990年、大手アトランティック・レコードと契約。
80年代のバンド活動を払拭させ、新たなパンテラの幕開けとなった、
通算4枚目とは言え、コレが彼らのメタル・シーンに風穴を開けた、
デビュー・アルバムと言っても過言ではない名盤「Cowboys from Hell」を発表。
プロデューサーには、メタル・チャーチ、ドリーム・シアターなど、
多くのバンドをプロデュースしてきたテリー・デイト。

オルタナ・シーン、グランジ・シーンが席巻し始めた90年代が、
パンテラの黄金期であり、テリー・デイトと共に名盤を発表し続ける。
確立されたヘヴィ・メタルの枠をぶち壊し、己のサウンドを貫き、
従来のスラッシュとは一線を画した、オリジナリティ溢れる攻撃力!!!

先週紹介させていただいたエクストリーム「Pornograffitti」と、
同年の1990年発表の「Cowboys from Hell」はプラチナ・ディスクを獲得する。
メロディックさではなく、速さではなく、
あくまでもノイジーで重く、ダークなメタル・サウンドを発信したパンテラは、
1992年に、今回のピックアップ・アルバム「Vulgar Display of Power」を発表し、
一気にメタル・シーンのトップに君臨するバンドへと進化する。

ヘッド・バンギング度200%の「Mouth for War」、
怪しく、物悲しいイントロから始まり、急展開で激情スタイルへと転調する「This Love」、
メタリカを髣髴させる名パワー・バラード「Hollow」、
そして彼らのライヴ定番の代表曲「Walk」など、捨て曲一切ナシの最高傑作。

この最高傑作「Vulgar Display of Power」からのピックアップ・ソングは、
スラッシュなリフと、ダイムの華麗なる早弾きソロが印象的な、
exclamation×2「Rise」exclamation×2をピックアップ!!!!
この「Rise」のイントロに、これまた今作の収録曲であり名曲の
「Fucking Hostile」のラストのフィルの怒号シャウトとリミックスしました。
編集のN君の見事な繋ぎが、聴く者のアドレナリンを引火させちゃいますよ!!!

asato with skid row.JPG
街はイルミネーションの煌きで、クリスマス・モードへ・・・
それと同時に忘年会シーズンへと突入しますね。
年末は、何かとお金が掛かりますからね....
あっ、明後日10日は、一般的にボーナスの支給日では??
一年間の努力の結果が凝縮されたボーナス!!!
脱サラしてしまった僕には、
ボーナスと言う言葉とは無縁ではありますが、
楽しみにしている方もいらっしゃれば、
あまり期待していない人もいらっしゃったりします。
景気の低迷により、ボーナスの支給額がクローズアップされますが、
無事健康体で、共に働く仲間がいる職場で働けている事に感謝しなきゃね。
posted by 佐藤朝問 at 19:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月01日

EXTREME「Teacher's Pet」

emertxe.JPG

omoidetee.JPG
ひぐっつぁんが亡くなられた…。
闘病中だった事さえ知らなかった僕は、先輩からの携帯メールを見て絶句…。
ジュラルミン・スティックの樋口宗孝、享年49歳…。
ジャパメタの元祖、ラウドネスの偉大なるドラマーの急死…。
いやぁ〜ビビったなぁ…。
おまけに、半年間も樋口さんが闘病中だった事を知らなかった事を、
今更ながら恥じている次第でございます。
写真に写るのは、思い出のツアーTシャツ。
16年前の1992年…マイク・ヴェセーラ脱退後の第三期ラウドネスの幕開け…。
当時のXに在籍していたTAIJIとE・Z・OのMASAKIが加わり、
衝撃的メンバー・チェンジの下、タッカンこと高崎晃氏と樋口宗孝氏、
オリジナル・メンバー二人との夢のドッキング時のツアーTシャツ。
右が、貴重なTAIJI&MASAKI加入のスペシャル・ショーケースのTシャツ。
MASAKIの故郷、北海道・札幌ペニーレーン2公演、川崎、名古屋、大阪の合計5公演。
左は、新生ラウドネス、通算10枚目のアルバム「LOUDNESS」が、
オリコン・チャート初登場2位の快挙を果たした後のツアー、
「SLAUGHTAR HOUSE 2 〜LOVE NEVER DIES〜」のツアーTシャツ…。
この頃からラウドネスは、LAメタル要素から脱却し、
よりヘヴィなサウンドへと移行した頃だったので、
樋口さんのドラムワークの素晴らしさが、一際光った頃だと思います。
最高の布陣ではあったけど、短命だった編成でもあり、
結成1年目にして、リーダーであった樋口さんが脱退しちゃったんだよね。
その後は、二井原さん、SHARAさん等とSLYを結成するなど、
海外バンドばりなバンド遍歴を抱えるラウドネスの中で、
その存在感は偉大であり、ドラマーとしての才は後世に多大な影響を与えた。

名曲「S.D.I.」のイントロで聴かせてくれた激しいドラミング…
「In The Mirror」のタッカンのスーパー・タッピングのソロ後の、
重くリズミカルなドラムワーク、
「Crazy Night」でのギター・リフとドラムの心地よいユニゾン…
うーーーっ残念です…僕の中で「So Lonely」が流れております…もうやだ〜(悲しい顔)もうやだ〜(悲しい顔)
ご冥福をお祈り申し上げます。

さてさて、悲しいニュースもあれば、嬉しいニュースも舞い込む、
現ヘヴィ・メタル・シーンでございます。
あのエクストリームがニュー・アルバムと共に13年振りに再結成し、
本日から東京、名古屋、大阪、広島の7公演と言う、
日本のエクストリーム・ファン感涙のジャパン・ツアーが開始。
そんなエクストリーム再結成&来日記念を祝して、
彼らの記念すべきデビュー・アルバム「EXTREME」をフィーチャーし、
エクストリームをピックアップしていきます。

xtrm cllctn.JPG
1989年発表のデビュー作「Extreme」から、
1995年の4thアルバム「Waiting for the Punchline」までの6年間が、
エクストリーム実働の期間であり、モンスター・バンドの称号が似合う彼らだが、
10年未満の5枚未満と言う、意外とあっさりした活動期間だったことが伺える。
なのに、何故彼らが多くのファンを獲得しているのか??
紛れもなく、1990年発表の2ndアルバム「Pornograffitti」の大ヒットによるもの。
全世界で1000万枚を売り上げたメガ・ヒット作品。

90metal.JPG
1990年と言えば、最後のメタル豊作の年でもある。
この年でデビューしたバンドでは、アイドル的扱いとは言え、
注目度が高かったのが、スローターとトリクスター。
MTVから好まれていた大御所AC/DCやリヴィング・カラー。
グラム・メタルの象徴、ポイズン、そして着実に知名度を上げたウォレント…
ラットは通算5枚目となる「Detonator」を発表。
1stシングル「Lovin'You's a Dirty Job」は過激なPVにより、
MTVから放送拒否を申しつけられ話題を呼ぶ…
MTVアンプラグドの流れによる作品、
テスラのカバー集「Five Man Acoustical Jam」。
また、古豪クイーンズ・ライク、スコーピオンズが名バラードを収録した、
渾身の1枚を発表し、ヒットチャートを賑わす。
他には、グランジの切り込み隊長の如く、アリス・イン・チェインズが、
メタルとオルタナの境界線ギリギリなラインのデビュー作を発表。
っとまぁ、強力なライバルたちが、エクストリームに立ちはだかったハズなのに、
エクストリームの2ndアルバム「Pornograffitti」は、
他のバンドの売れ行きの流れに乗りながらも着実に売れていった。

91hit.JPG
エクストリームの名が一気に上がったのが、
「Pornograffitti」が発表された1990年の翌年1991年…
極上のアコースティック・ハーモニー・ナンバー「More Than Words」。
1991年のビルボード年間売り上げでは、ケヴィン・コスナー主演映画、
「ロビン・フッド」のテーマ曲を歌ったブライアン・アダムスが1位。
2位は、アイドル発掘番組「アメリカン・アイドル」で審査員を務めた、
エミリオ・エステヴェッツの元奥様、ポーラ・アブドゥルが2位。
他にも、スラッシュをギタリストに迎えたマイケル・ジャクソンの
「ブラック&ホワイト」や、過激なPVで話題になったマドンナ、
そして、マライア・キャリー衝撃のデビューも1991年…。
そんな強敵ひしめくシングル・チャートで、
ハードロック・アーティストが1位を獲得したのはエクストリームのみだった。

これは別に奇跡でもなく、エクストリームが培ってきた経験が活かされ、
彼らのポテンシャルが花開いた証拠でもある。
その成功の裏には、彼らのルーツと、そして1989年発表のデビュー作の
地味ながら完成度の高さがあるのではないか??

emertxe@.jpg
エクストリームの母体は、1985年アメリカ東海岸マサチューセッツにて、
ヴォーカル、ゲイリー・シェロン(写真右から2番目)と
ドラマーのポール・ギアリー(写真左端)が組んでいた、ザ・ドリームと言うバンド。
その頃、ザ・ドリームのライバル的バンド、シンフルと言うバンドに、
ポルトガル出身のギタリスト、ヌーノ・ベッテンコート(左から2番目)がいた。
同じく、イン・ザ・ピンクと言うライバル・バンドに、
ベーシスト、パット・バッジャー(写真右端)が在籍しており、
4人ともライヴ・ハウスで対バンなどを繰り返しながら親交を深め、
ひとつのバンドを組むことを決意する。
バンド名「エクストリーム」は“EX-DREAM”っと、
“元ドリーム”と言う語呂からエクストリームと名付けられた。

solo career.JPG
ゲイリーとヌーノの共同作業で作られた数々のナンバーは、
地元のライヴ・ハウスでも人気を博し、メジャー・レーベルから
オファーされる前に、ボストン・ミュージック・アワードで、
ハードロック部門を受賞してしまう。
その功績が認められ、大手A&Mレコードとサインを交わす。
そしてデビュー作「Extreme」を1989年を発表する。
プロデューサーはクイーンの作品を多く手がけたドイツ出身のマック。

エクストリームが解散してからの、ゲイリーのヴァン・ヘイレンへの移籍、
ヌーノのスーパー・ギタリストとしての存在感、
そして一アーティストとしての成功など、
類稀なる才能の持ち主であった事は明らかであり、
高い音楽センスを持っていたのである。
また、エクストリームは活動時に、デンジャー・デンジャーのアルバムに参加したり、
サミー・ヘイガーのライヴのサポートを務めたりしていた。
また、ドラマーのポール・ギアリー脱退後のドラマーには、
アナイアレイター、スティーヴ・ヴァイなどでも活躍していたテクニシャン、
マイク・マンジーニを迎えるなど、実力度優先なスタイルを貫いた。

ゲイリーの縦ノリなファンキーなヴォーカル・スタイル、
ヌーノの名器ウォッシュバーンから唸るギター、
そして、絶妙なコーラス・ワークを武器に、
新人バンドとは思えないスキルが凝縮された1stアルバム「Extreme」。
クラシカル・フレーバーな驚異的なギターを聴かせた「Play with Me」、
そしてシングル・カットされた「Kid Ego」、
鋭さと破壊力を兼ね備えながらも、ウキウキしてしまう陽気なサウンド、
このファンキーなサウンドこそが、唯一無二のエクストリームのサウンド。

今回のピックアップ・ソングは、このナンバーから
大名盤「Pornograffitti」の楽曲構成が固まったのでは?っと思うくらいの、
後のエクストリームを感じさせるスピーディー&ハッピーな楽曲
exclamation×2「Teacher's Pet」exclamation×2
今回は、ヌーノが唯一参加したギタリストのコンピレーション作品、
「Guitars That Rule the World」にて聴かせてくれた、
一瞬、えっ??イングウェイと思わせる幻想的なナンバー、
「Bumble Bee 」とリミックスしたヴァージョンでオン・エアされます♪
是非、放送のほうも楽しんでくださいね!!!!!!!

asato with thin lizzy.JPG
本日、オアシスの絶賛発売中の新曲「The Shock of the Lightning」、
そして「Dig Out Your Soul」のCMナレーションを録りました♪
王道のオアシス・ビートですけど、やっぱカッコイイね。
最近、音楽関係の仕事が多いので、頑張ってまーーす!!!

最後に、
樋口さん、本当にありがとう!!!!
posted by 佐藤朝問 at 17:09| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月30日

GUNS N'ROSES「November Rain」

GR.JPG

gunstee.JPG
さてさて、新作「Chinese Democracy」が話題沸騰の我らがガンズ…
新生ガンズを讃えるのか?それとも新生ガンズに落胆するのか?
非常に賛否両論巻き起こるアルバムかもしれません…
とは言え、14年振りの新作は、製作費14億円の14曲収録…
なんだか、映画のキャッチーコピーのような桁数に、
いまいちピンと来ない自分がいますが、とにかく、渾身の1枚だと言う事が伺えます。

まだ、買っていない自分ですので、是非とも皆様の感想をお寄せください。

ガンズの新作に冷め気味な自分ではありますが、
僕にとってガンズは、青春時代と共に聴きこんだ愛すべきアーティスト。
彼らへの愛情は、オトナになっても続き、
ガンズ名義のロックTシャツ収集において、かなりの金額を投じた自分です。

なんと言ってもガンズのロックTシャツは、抜群にカッコ良いです。
今もなお色褪せないデザイン性を兼ね備えたTシャツ陣は、
ファッション・シーンにおけるロックTシャツのアイコン的存在。

新品Tシャツに興味ナシ!!!
あくまでもヴィンテージのガンズTシャツを探し続けることにより、
僕のロックTシャツ収集癖は歯止めが利かなくなっていき、
無謀な大人買いへと発展していきました。
今では、とんでもない数まで増えていったロックTシャツ・コレクション。

僕が中学時代、「BURRN!」の付録に掲載されていた、ロックTシャツの通信販売。
あの頃に買えなかった欲望が、20年の時を経て再発し、
古着屋巡り、ネット通販、ネット・オークションなどを駆使し、
ロックTシャツの魅力、魔力に取り憑かれていってしまいました。

もう寝巻にしてしまっている方もいらっしゃるでしょうが、
ヴィンテージ&デッドストックロックTシャツは侮れないほど高額であり、
どう見ても汚ねぇTシャツが、平気で20000円は超えてしまいます。

言わば危険な領域へのるつぼへとハマってしまったワケです。
そんな危険な欲望が進んでいる中、
ほぼ全てのガンズのTシャツが揃っていったんですが、
どうしてもコンプリートに揃えたいガンズのロックTシャツがあり、
それらが全て揃ったら、僕のTシャツ・コレクションの旅を終焉させようと…。
それらが、上記のTシャツです。

ガンズの1988年発表の2ndアルバム「G N'R Lies」発表時のTシャツ。
メンバーそれぞれのフォト・ショットがプリントされたTシャツ5枚と、
「G N'R Lies」のジャケット・デザインがフロントとバックに施された1枚…。
念願叶い、この6枚が今年すべてが僕のコレクションとなり、
ロックTシャツ熱が、みるみるうちに落ち着いた自分です。

アクセルとスラッシュ、そして「G N'R Lies」は、
古着屋で結構簡単に見つけられたんですが、
残りの3枚が、それはそれは見つからない!!!
スティーヴンが見つかり、ダフが見つかり、最後にイジーを発見した。
この6枚の完全コンプリートまで、約4年ぐらい掛けていましたね(笑)
どれもが状態が良いTシャツばかりであり、
このコンプリート・コレクションは僕のロックTシャツ陣の中でも、
自慢のフル・セットであり、お宝コレクションでございます。

まぁコレクターと古着との出会いは、奇跡そのものです。
出会わなければ、何年掛かってしまうか分からないほどです。
案の定、ロックTシャツ熱が冷めた僕にとって、
早めに揃えることが出来たんで、正直良かったと思っております。
このTシャツ6枚が揃わなかったら、また目移りして別のロックTが、
どんどん増えていってしまいますからね.....たらーっ(汗)たらーっ(汗)

AR.JPG
さてさて話題は戻って、11月最後のアーティストは、ガンズ・アンド・ローゼスです。
現在のガンズは、オリジナル・メンバーは、ヴォーカリスト、アクセル・ローズのみ。
アクセルさえいれば、ガンズは成り立つのかもしれませんが、
往年のガンズ・ファンにとっては、そうはいかないハズ。
イジーが脱退した時だって、大ショックを受けたファンは多く、
はたまた、バンド活動の兆しが見えなかった挙句に、
スラッシュ、ダフ、マットが脱退し、
ヴェルヴェット・リボルバーを始動させた時だって、
正直、寂しい気持ちが込み上げたファンは多かったと思います。

メンバー・チェンジなんて日常茶飯事なHR/HMシーン…
先月来日公演を果たしたホワイトスネイクだって、
デイヴィッド・カヴァーディルのみだし、
現メガデスだって、デイヴ・ムステインのみ....
この2アーティストのメンバー・チェンジや脱退劇なんかは、
残念な気持ちになったとは言え、ガンズ程の寂しさは込み上げなかった。
やはり、ガンズは、あの頃のメンバー全員が主役であり、
個々の輝きを放ちながら、素晴らしい一体感があったからなのだろう。
現在のガンズは、僕にとってあまり愛着のない、
後期ガンズのメンバーであるディジー含めて、6人〜8人編成。
あの頃のガンズを思うと、とんでもない大所帯バンドである(笑)
音の厚みとか、多彩なサウンド・エフェクトとか、
プレイヤー同士の華麗なるユニゾン・プレイとか、
そんな多人数構成のステージングが似合うのは、
アイアン・メイデンのようなトリプル・ギターを擁したバンドであり、
ぶっちゃけガンズには、シンプルでストレートさを貫いていて欲しい。

とは言え、全世界初回出荷枚数400万枚と言う新作「Chinese Democracy」、
朝日新聞など一般新聞にも記事として紹介されたりと、
このブログ的にも旬な話題ではあるんだけど、
僕的には11月=Novemberと言う事で、
1991年発表の「Use Your Illusion I」に収録されている、
あの名バラードを、オン・エア・ラインナップに入れたかった。

GRA.JPG
「ビーバップ・ハイスクール」のドンピシャ世代としては、
やっぱ、悪ぶる事が、男の美学だったと思います。
煙草やバイク…etc 自分が悪ぶることに快感を得るのではなく、
やはり、周りに、自分のバッドボーイ・スタイルを鼓舞させたい…
規律からはみ出したカッコ良さで、女の子からモテたい…
それらは、他人の視線を意識した、一種のパフォーマンスにすぎなかった事だと、
30歳を過ぎて、昔を振り返ると“親父のブルース”のように、
当時の思い出が過ぎってしまいます(笑)

そんな不良スタイルに憧れていこうとした中で現れたガンズ....。
小林克也さんの「ベストヒットUSA」で「Welcome To The Jungle」のPVを観たとき、
そのバッドボーイ漲るルックスと、パンキッシュなロックンロールに、
ただならぬ衝撃度を覚えた記憶があります。

怖いもの知らずな反逆児たる、その圧倒的な風貌…
鋭利な刃物のようなリスキーな香り…
アイロニーでヒステリック、色気を感じさせる存在感…
フラストレーションをバンドで爆発させる等身大ロック…

そんなガンズに一目惚れしてしまった14歳の僕は、
校庭掃除のホウキを持ちながら、アクセルの物真似をしていました(笑)

GRB.JPG
今や、かなり貴重な1枚となった「Appetite for Destruction」の発禁盤。
デビュー早々に、ロボットにレイプされた女性のイラストが描かれたジャケットで、
HR/HMシーンへと、その存在感を叩きつけたガンズ。
この伝説的名盤のライナーノーツを担当したのは、
まだ「BURRN!」編集部に在籍されていた増田勇一氏。
増田氏は、ライナー最後に、こう記されている.....

“87年、ロックンロ−ルはまたもや新しいひとつの歴史を生んだ。
GUNS'N ROSESから目を離すことは、
ロックン・ロールの現状を無視することに等しい!
最後に笑うのは奴等さ・・・・・・
そうに決まっている!!”

増田氏が見据えたメッセージは的中、今作は全世界で累計2800万枚を売り上げ、
瞬く間にガンズ・アンド・ローゼスは、この1枚でモンスター・バンドへ....

GRdscgrphy@.JPG
ガンズの母体は、アクセル・ローズ、イジー・ストラドリン、
そして後のL.A.GUNSを結成するトレイシー・ガンズ等、ハリウッド・ローズと言うバンド。
アクセル・ローズとトレイシー・ガンズ、両者の姓を組み合わせ、
ガンズ・アンド・ローゼスとバンド名を改名し始動するが、
間もなくトレイシーらが脱退し、ロード・クルーと言うバンドで活動していた、
スラッシュ、スティーヴン・アドラー、そしてダフ・マッケイガンの3人を迎え入れる。

西海岸を中心に精力的にライヴを展開し、
そのライヴの模様を収めたライヴ盤「Live ?!@Like a Suicide」を、
1986年、インディーズ・レーベルから発売。
ローズ・タトゥー「Nice Boys」、エアロスミス「Mama Kin」、
2曲のカバー・ソングを含む4曲入りミニLP。
そんな彼等の展開に大手レーベル、ゲフィン・レコードが契約を依頼。

1987年記念すべき1stアルバム「Appetite for Destruction」を発表。
MTVに激震を走らせようと、過激なPVによる「Welcome To The Jungle」を、
彼等の初陣作として、ゲフィンは発表した。
ハノイ・ロックスの4thアルバム「Two Steps from the Move」に収録されている、
名曲「Underwater World」からインスパイアされたと言うこの曲。
「Underwater World」の歌詞にも“Welcome to Jungle♪”
っと言うフレーズがあり、この頃のアクセルの風貌を見ても、
マイケル・モンローを意識したファッションである。
因みに、マイケル・モンローとアクセルは、マイケルのソロ・アルバム
1989年発表作「Not Fakin' It」に収録の名曲
「Dead, Jail or Rock'N'Roll」で競演している。
この競演は、めちゃくちゃ興奮した思い出があります!!!

続くシングル「Sweet Child o'Mine」はシングル・チャート1位を獲得。
当時のアクセルの恋人エリンに捧げた軽快なロック・バラードは、
スラッシュの心地よいレスポール・サウンドが印象的であり、
ガンズを代表するナンバーである。
とにかく、捨て曲一切ナシの「Appetite for Destruction」は、
全曲シングル・カットしても良いのでは?っと思ってしまう伝説的名盤。
80年代のマスト・アイテムと言っても過言ではないハズ。

1988年、待望の2ndアルバムは、先ほどのTシャツでも触れた、
インディー盤「Live ?!@Like a Suicide」の楽曲を収録した、
「G N' R Lies」(邦題「GN'Rライズ」)を発表する。
イジー・ストラドリンの才能が光る渋い1枚であり、
アコギをフィーチャーした楽曲が多い作品。
このアルバムからの唯一のシングルであり、名バラード「Patience」は、
新たなガンズの側面を垣間見えた秀作。
「Patience」のビデオ・クリップが、スティーヴン・アドラー最後の
ガンズ・メンバーとしての姿が拝められる。

「Welcome To The Jungle」から「Patience」までの、
初期ガンズ作品のPVの監督を務めたのが、オアシスや
ブリトニー・スピアーズ、はたまたデフ・レパードなどのPVを手掛けた、
イギリス出身の実力派、ナイジェル・ディック。

THCLT.jpg
スティーヴン・アドラーのドラッグ依存症は進行していた…
1989年のアメリカン・ミュージックアワードにガンズが出演した際は、
なんと、ドン・ヘンリーが代役でドラムを叩いた。
その時、スティーヴンはドラッグのリハビリ中だったと言う。
トラブル・メイカーであったスティーヴンがガンズの元へ戻り、
新曲「Civil War」のレコーディングに入ったが、
メンバーの足を引っ張りまくりのドラミングであり、アクセルの怒りは頂点に…。
結局スティーヴンは、人気絶頂時のガンズから見放されてしまう....。

同年の1989年…ボブ・ロックのプロデュースにより発表された、
イギリス出身のザ・カルトの通算4枚目のアルバム「Sonic Temple」。
彼らを代表する名曲「Fire Woman」を収録した名作。
このアルバム発表のツアーからサポート・ドラマーとして参加したのが、マット・ソーラム。
「Fire Woman」を含むソウルフルなナンバーを武器としたカルトに、
ダイナミックなドラムを刻んでいた。
そんなマットに、カルトのツアーを観に来ていたスラッシュが一目惚れ。
これがキッカケで、ガンズ二代目ドラマー、マット・ソーラムが誕生した。

GRdscgrphyA.JPG
時代は90年代へと突入し、前代未聞の二枚同時リリース、
「Use Your Illusion」シリーズ製作が着々と進行していく…。
その間に、古くからのアクセルの友人であったディジー・リードを、
正式メンバーに迎え入れる。
当初、スラッシュとイジーから、キーボディスト加入には猛反発されていたそうだ。
5人編成となったガンズは、「Use Your Illusion」誕生の序章となる、
ボブ・ディランのカバー「Knockin'on Heaven's Door」を、
トム・クルーズ主演、トニー・スコット監督作品「デイズ・オブ・サンダー」の
サウンドトラックへ楽曲提供し、早速話題を集めていく。

個人的な思い出だと1990年初夏に、僕は父親の仕事の都合で、
アメリカ・ワシントン州へ行った。
17歳と言う羞恥心がバリバリ芽生えてしまった当時は、
恥じらいを拭いきれず、言葉の壁にぶつかっていて、
最初の高校生活はしんどかった思い出があります。
唯一励みとなっていたのが、MTVと週末の同年代の日本人の友人と会う事。
毎週土曜日のみ開校する日本人補修校と言う学校に通わせてもらっていた。
そこで知り合った友人で、現在シアトルで国際弁護士をしているK君に、
ガンズのライヴに連れてってもらった思い出がある。

スキッド・ロウとガンズのジョイント・ライヴ。
スキッド・ロウは、傑作「Slave To The Grind」を発表したばかり。
オープニング・アクトのスキッド・ロウのステージに、
本場アメリカ人の興奮する巨体がぶつかりまくった(笑)
そして、お待ちかねのガンズが登場したんだけど、
セット・リストのほとんどが知らない曲ばっかだったんだよね....。
実は、この時に披露していた楽曲のほとんどが、
後に発表される「Use Your Illusion」の楽曲ばかりでした…。

T2JD.jpg
ガンズが新作を発表するらしい?!
あの「ターミネーター」の続編が公開されるらしい?!
1991年…アメリカ生活1年目で、
なんとなくなんだけどMTVのVJの話している内容が理解出来ていて、
すげぇーワクワクしていた思い出があります。
そして、そんな期待高まる二大エンターテイメントのコラボレーションが、
ひとつのプロモーション・ビデオに集約されていた!!!
そう、「You Could Be Mine」!!!!
PV初登場となるマットのリズミカルなドラムから始まり、
ダフのノイジーなベース・ライン、そしてスラッシュのB.Cリッチーの
真っ赤なモッキンバードと言う見慣れない姿…。
そして、時折登場する正義の味方となって帰ってきたT-800こと、
シュワちゃん演じるターミネーターのバトル・シーン!!!

おおおおおおおっ!!!!!!すげぇーーーーっ!!!!
ビデオに録画して何度も観ちゃいましたよ!!!
もう、かれこれ17年前の遠い思い出なんですね…早いもんです。
因みに、この曲発表後に、スキッド・ロウとのジョイント・ツアーに行きましたんで、
この曲は盛り上がった覚えがあります。

zzy.JPG
1991年9月に満を持して、「Use Your Illusion I」、「Use Your Illusion II」、
2枚同時発売という、当時では異例な発売展開したガンズ。
既に前年の1990年に「Knockin'on Heaven's Door」と
「Civil War」を発表していたので、今作2枚から発表されたシングル、
「You Could Be Mine」、ポール・マッカトニー&ウィングスの名曲であり、
「OO7」シリーズの主題歌としても有名な「Live and Let Die」のカバー、
ブラインド・メロンのヴォーカリストで95年に他界してしまった、
故シャノン・フーンがコーラス参加した「Don't Cry」。
この3曲が1991年の1年間で発表され、どれもチャート上位に食い込む。

しかし、ガンズの名曲の裏には、必ずやその名がクレジットされていた、
サイドギター、イジー・ストラドリンが、自身のドラッグ問題、
そしてバンドの方向性に疑問を感じ、
1991年11月に正式にガンズから脱退してしまう.....。
調べてみるとイジーはマットのドラムワークが、
ガンズのサウンドには不似合いだとも思っていたらしい。
翌年イジーは、Izzy Stradlin & the Ju Ju Houndsを結成する。
僕はイジーを“ロック界の次元大介”と思っており、
彼の男臭くマイペースなスタイルが、とても好きでした。

HSALS.jpg
1992年、イジー脱退は、ガンズの動きを鈍らせたのは明らかであり、
シングル「Yesterdays」、 「Pretty Tied Up」は好セールスを得られなかった。
しかしもう1曲、1992年の名曲と呼ばれるほどの好セールスを記録し、
ロック史にその名を刻んだであろう名バラードがシングル・カットされた。
今回のピックアップ・ソングexclamation×2「November Rain」exclamation×2

トータル尺8分57秒の壮大なロング・バラードであり、
ツェッペリンの「Stairway to Heaven」、
レイナード・スキナード「Free Bird」、クィーン「Bohemian Rhapsody」、
っと言った名ロック・バラードと肩を並べられるほどの殿堂入りナンバー。
ガンズ結成当初から、アクセルが温めてきたナンバーであり、
シンフォニックなオーケストラとガンズが見事に融合した楽曲でもある。
そんな壮大な世界観を描いた「November Rain」のプロモーション・ビデオの制作費は、
なんと、1億5000万円!!!!
ハードロック・アーティストの中では、いまだにこの記録を破られていない!!!
因みに、世界一制作費が掛かったプロモーション・ビデオは、
マイケル・ジャクソンの夢の兄妹競演で話題となった「Scream」。
なんと、7億円だって!!!!

多額な制作費を投じた「November Rain」のプロモーション・ビデオは、
誰もが心に残ったビデオだったと思う。
その一番の理由は、やはり、スラッシュの荒野の中で弾くギター・ソロ。
小細工なテクニックはなく、ひたすらスピリチュアルに弾くスラッシュに、
誰もが目を奪われたのではないか??

「November Rain」のPVから、イジーのポジションについた、
ギルビー・クラークが登場した。

さてさて2008年11月は、僕にとって長ーーーい1ヶ月でした…。
明日から12月です....11月を振り返りながら、2008年残りの1ヶ月の展望を、
「November Rain」を聴きながら考えてみようと思います。

asato with greatwhite.JPG
そう言えば、「ターミネーター4」が来年の6月に公開されますね。
成長したジョンをクリスチャン・ベールが演じるそうですが、
バットマンになっちゃったりしないよね.....??(笑)
あっ、昨日の「王様のブランチ」で、我が故郷鎌倉を特集していました。
谷原章介さんのお薦めスポットと言う事でしたが、
あまりにもメジャー・スポットばかりで、ちょい残念…。
来週、鎌倉に訪れる予定なので、
僕なりなお薦めスポットをココで紹介します。
北鎌倉、小町通り、八幡宮、材木座だけじゃないですよ、鎌倉は!!!
さてさて、明日は奇跡の再結成を果たしたエクストリームでしゅ。
posted by 佐藤朝問 at 08:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

Bozzio Levin Stevens「Crash」

bls@.JPG

t@.JPG
多分、今年最後のツーリングでしょうね…
良い天気に恵まれた日曜日に、でっかいバイク集団と一緒にツーリング。
圧倒的な性能と走りを誇るBMW2台とハーレー1台…
それに付いていくのが、本当にしんどかったです。
左奥がBMW R1200 GS、真ん中が、ハーレーダヴィッドソン・ファットボーイ
ハーレーの後ろが、BMWの旧車K1100RS、そして右端が僕のバイク…

僕のバイクの排気量約2倍ある3台とのツーリング。
「ザクとは違うのだよ ザクとは!!!」
っと言うランバ・ラルのセリフが過ぎってしまうほどの、
ポテンシャルの差の開きを感じてしまうツーリング…
またもや、ガンダムの名セリフ、ギレン総帥の
「フフフフフ 圧倒的ではないか…」
っとあざ笑うかのように、僕のバイクを最高のエンジン音で追い抜いていった…。

tA.jpg
僕は、今このバイクに一目惚れしてしまっています。
「逆襲のシャア」に登場したサザビーを髣髴させるフォルム…
キャーーーッ、カッコ良すぎます!!! ホンダ「DN-01」。
排気量は、僕のW650と同じなんですが、やっぱデザインが素敵!!!
2009年の夏は、コイツに乗ってツーリングかなぁ.....

tB.JPG
今回のツーリングで、変な場所に行ってきました…
むむむ…なんじゃ、ココは?!

tC.JPG
僕は奇妙な場所が大好きです…
詳細は、MYSPACEのブログにて綴る予定です。

TrryTr2008.JPG
さて、ジャズ・シーンのみならず、ロック・シーンにも
その超絶ドラム・テクニックを武器に、その名を轟かせているテリー・ボジオ。
そんなテリーが、11月中旬から、長いジャパン・ツアーを展開中。
そして、そのツアー・ファイナルとなる3日間、
六本木スウィートベイジル139にて、ベーシスト、トニー・レヴィン、
そんでもって、なんと、この3日間のみ、あのアラン・ホールズワースが、
スペシャル・ギタリストとして参加するそうだ!!!!
テクニシャン同士のインプロヴィゼイションから生まれる予測不可能な旋律…。
ジャズの領域を凌駕し、プログレの世界へと誘いそうな予感がしてしまう。

そんなワケで、今回のMETAL無頼漢は、
テリー・ボジオの来日を祝して、“ロック・シーンにもボジオ在りっ!!!!”
っと、そのテクニックを見せつけまくったスーパー・プロジェクト、
テリー・ボジオ、トニー・レヴィン、そしてスティーヴ・スティーヴンズのユニット、
Bozzio Revin Stevensの、2000年に発表された2ndアルバム、
「Situation Dangerous」をフィーチャー!!!

blsA.jpg
う〜ん、超かっけー写真である。
左から、トニー・レヴィン
1946年6月6日生まれ、ボストン・マサチューセッツ出身の62歳。
中央が、テリー・ボジオ
1950年12月27日生まれ、サンフランシスコ出身の58歳。
右が、スティーヴ・スティーヴンズ
1959年5月5日生まれ、ニューヨーク・ブルックリン出身の49歳。
2008年現在にて、平均年齢56歳のオジサマ・ユニットではあるが、
この3人の極上の一体感は、破壊力と華麗さのみならず、
ロックと言うジャンルが持つ様々なサウンドが、どうリスナーの心に響くか?
っと言う琴線フレーズを全て熟知している事こそが、彼らの最大の武器ではないか??

エリート・プレイヤーと呼ぶに相応しい三人を紐解いてみる.....

TB.JPG
今回の主役であるテリー・ボジオにとって、
アーティスト人生の主軸となったのがフランク・ザッパ。
テリーのシンボルとも呼ぶべき、巨大なドラム・セットは、
フランク・ザッパのアートフルで難解なサイケデリックな世界を、
忠実に再現しなければいけない責務における、
自分への可能性、挑戦、そしてザッパへの忠誠が、
彼のテクニックを増幅させ、あそこまでの巨大なセットへとなったのでは??
特に彼のテクニックが、ザッパ時代にフィーチャーされたのが、
1976年発表のライヴ盤「Zappa in New York」。
この作品に収録されている「The Black Page」で魅せてくれたテリーのテクニックは、
「神業」そのものであり、ドラム=リズム隊と言う概念を払拭してしまう楽曲。

そんなドラム・テクニシャンとして名を馳せたテリーは、
現エイジアのジョン・ウェットンとアラン・ホールズワースが在籍していた、
UKと言うバンドにも参加し、スーパー・グループの一員として活躍する。

メタル・シーンとしてのテリーの活躍は、なんと言っても
スティーヴ・ヴァイのバンド・プロジェクト、ヴァイの参加であろう。
ヴァイ自身、さすらいのギタリストとして、数々のバンドに、
スペシャル・メンバーとして活躍し、ギタリストとしてのポジションを築いた男。
そんな彼がホワイトスネイクを去って、自らのバンドを始動させる際、
ドラマーとして選んだのが、同じザッパ門下生であったテリーであった。

ヴォーカルには激情ヴォーカリスト、テヴィン・タウンゼント、
ベーシストにはファンキーでトリッキーなテクニックを持ちながらも、
HR/HMシーンでの活躍の場がなかったT.M.スティーヴンズ。
ヴァイの理想郷とも呼ぶべき最強の4人での布陣で発表された話題作であり、
ヴァイにとって最初で最後のバンド活動であった作品「Sex & Religion」。
事実上、ハードロック作品デビューであったテリーだったが、
従来のハードロックのビートを覆すその縦横無尽で破壊力抜群のドラミングは、
他のハードロック・ドラマーを圧倒していたに違いない。

また、ドッケンが空中分解してしまい、
ヴォーカリスト、ドン・ドッケンが始動させたソロ・プロジェクト、「ドン・ドッケン」。
ヨーロッパのジョン・ノーラム、ウォッチタワーのビリー・ホワイト、
アクセプトのピーター・バルテスと言う、これまた豪華なプロジェクト。
このバンドのドラマーとしてテリーは、ドンからアプローチされ、
レコーディングに参加している。
このアルバムには、アリス・クーパーで活躍したケン・マリーも
レコーディングの際、ドラムを叩いていたが、
正式メンバーとなったのは、キング・ダイアモンドで活躍したミッキー・ディー。
結局テリーは、ドン・ドッケンのメンバーには加入せず、
ジェフ・ベックのグラミー賞受賞作「ギター・ショップ」のメンバーを選択。
ドン・ドッケン会心のデビュー作「Up from the Ashes」の
1stシングル「Mirror Mirror」、そしてグレン・ヒューズ提供楽曲
「When Love Finds a Fool」のドラミングは、明らかにテリーのテクである。

TL.JPG
続いては、スキン・ヘッドとチョビ髭が印象的なトニー・レヴィン。
テリーがフランク・ザッパならば、トニーはキング・クリムゾンでの経験が、
彼のバイオグラフィでもっとも重要な位置かもしれない。
アップライトベースを駆使するテリーはミュージシャン歴38年の大ベテラン。
ジェネシス脱退後のピーター・ガブリエルの初期作品全てに参加し、
ジョン・レノン、ポール・サイモン、シェール、デズモンド・チャイルド、
ナタリー・コール、ダイア・ストレイツ、ケニー・ロギンス等、
多くのアーティストともセッション&交流を深めた重鎮中の重鎮プレイヤー。
ピックの代わりにドラムスティックで弦を弾く
“ファンク・フィンガー”のパイオニアであり、
中期キング・クリムゾンのサウンドの中核を担ったトニーの
名器「チャップマン・スティック」。
10弦のチャップマン・スティックを巧みなタッピングにより、
ギター&ベース・サウンドを変幻自在に操るトニーのプレイは、
これまた「神業」の領域であり、60歳を過ぎても他の追随を許さないプレイヤーである。
キング・クリムゾンの「Elephant Talk」は、
プログレッシヴでダンサンブルなクリムゾンの革命的ナンバーであり、
トニーのチャップマン・スティックのミラクル・ベースと、
エイドリアン・ブリューの象の泣き声を髣髴させるトリッキーなギター…
いつ聴いても寒気が出まくるナンバーである。

そんな輝かしい経歴の持ち主であるトニーは、
多くの日本人アーティストのアルバムにも参加していることでも有名。
南佳孝さんの「7th Avenue South」、「DAYDREAM」、SMAPの「009」、
オノ・ヨーコさんの「Seasons of Glass」、「Peace」、山下久美子さんの「Sophia」、
ギタリスト、渡辺香津美さんの「To Chi Ka」…
また、ジョー山中さん、野口五郎さんのツアーにも参加経験がある。
ロック史に残るベーシストは、名声におごり高ぶらず、
様々なシーンで活躍している。

キング・クリムゾンで魅せた彼のプレイは一種、メタルの領域ではあるが、
トニーのHR/HMシーンとしての活躍はアリス・クーパーに参加した頃。
今年の3月に来日した際に紹介したアリス・クーパーでも触れたけど、
第二期アリス・クーパーの幕開けであり、ソロ名義として始動した、
コンセプト・アルバム「Welcome to My Nightmare」からの
3枚のアルバムにトニーは参加し、存在感を遺憾なく発揮した。

他にもリッチー・サンボラのソロ作品「Stranger in This Town」収録の
「Mr.Bluesman」では、エリック・クラプトンと共にベーシストとして参加している。

SS.JPG
そして最後は、僕の大好きなギタリスト、スティーヴ・スティーヴンズ。
Bozzio Levin Stevensの中で一番若い…とは言え、彼もまもなく50歳を迎える。
スティーヴと言えば、ビリー・アイドルの良きパートナー。
ピストルズ信者であり、ジェネレーションXを率いていたビリーが、
成功夢見て、単身アメリカへ渡った際に出会ったギタリストである。
ビリー・アイドル、1982年のデビュー作「BILLY IDOL」の
1stシングルであり、自身のバンドであったジェネレーションXの楽曲、
「DANCING WITH MYSELF」をセルフカバーとして発表。
パンク・ロック丸出しのビリーのビジュアルと楽曲に、
アメリカン・ロック・フレーバーを注ぎ込んだのもスティーヴ。
ビリーのアメリカ進出成功の立役者と言っても過言ではない。

ビリー・アイドルの黄金期でもある1982年から1988年の6年間、
スティーヴはビリーの頭脳とも呼ぶべき活躍を見せてきたが、
この6年間、ビリー・アイドルのバンドと並行に、
数々のアーティストと競演し、ギタリストとしての知名度を上げていく。
意外なところで、トンプソン・ツインズやリック・オケイセック、
ジョニ・ミッチェルのアルバムなどにも参加していたが、
彼が一躍有名になったのが、トム・クルーズ主演映画「トップガン」で、
映画の音楽を担当したハロルド・ファルターメイヤーとセッションした、
「Top Gun Anthem」(邦題「トップガン〜賛美の世界〜」)。
ロック・インストゥルメンタル作品では異例のシングル・カットとなり、
プロモーション・ビデオの監督には、ニコラス・ケイジ主演映画「60セカンズ」、
ハル・ベリーのヌードでも話題になったアクション映画「ソードフィッシュ」など、
数々の話題作を手がけたドミニク・セナが担当した。
ドミニク・セナのカメラ・ワークで魅せたスティーヴのギター・プレイは、
多くのギター・キッズが陶酔してしまったのではないか??
LAメタルのアーティストっぽい奇抜なルックス、
そして、美しいメロディに乗せながらも、様々なギター・テクを随所に爆発させた。

続く「トップガン」の成功の翌年である1988年に発表された
マイケル・ジャクソンのメガヒット作品「BAD」からの5thシングル
「Dirty Diana」でアバンギャルドなギター・プレイを披露する。
名曲「Beat It」でエディ・ヴァン・ヘイレンを迎え、
続くマイケル・ロックチューンの二代目ギタリストに任命されたことになる。
この楽曲後半では、スティーヴ十八番の光線銃サウンドが出る。

ふぅ…長くなってしまいました

SSAP.jpg
さてさて、スティーヴ・スティーヴンズがビリーから離れ、
自身のプロジェクト、アトミック・プレイボーイズを結成する。
ココからスティーヴは、HR/HMシーンのスターダムへと駆け上がるのだが、
同時にお騒がせギタリストとしての知名度も上がってしまう。
僕個人的には、非常に大好きだったアトミック・プレイボーイズ。
「エイリアン」のクリーチャー・デザインで有名なH.R.ギーガーが手がけた、
アート・ジャケットの1stアルバム「Atomic Playboys」を1989年発表。
バラエティ富んだ楽曲が散りばめられ、ソリッド感溢れる仕上がり。

同年1989年の年末、既に恒例となっていた東京ドームでの
カウントダウン・ライヴ「NEC Special New Year's Gigs'90」が決定しており、
ブライアン・アダムス、ヒューイ・ルイス、ドン・ヘンリー、マイケル・モンローと、
ボン・ジョヴィ等が出演した前2回公演よりも、
ハードロック色が薄い、少々アダルトなラインナップの1989年…
しかし、この公演にアトミック・プレイボーイズが参加する予定だった。

っが!!!!!

彼らは来日をキャンセル…
急遽代役としてステージに立ったのがラウドネス。
1989年のラウドネスと言えば、新ヴォーカリスト、マイク・ヴェセーラを迎え、
ジャパメタ・シーンから世界へと本格的に羽ばたいたキッカケを生んだ、
大名盤「Soldier of Fortune」をリリースした時。
最高のメンバー構成と楽曲を引っさげてのステージだったが、
ライヴのオーディエンスたちとラウドネスの温度差は拭えず、
ラウドネスのメンバーも悔しい気持ちだったハズ。

JS.jpg
結局アトミック・プレイボーイズは曖昧のまま消滅…。
リーダーに不向きだと言うことに気が付いたのか??
新たなヴォーカリストの下で、ギタリストに徹することを選択。
そして、ハノイ・ロックスのヴォーカリストであったマイケル・モンローと出会い、
エルサレム・スリムを結成する。
ベーシストはハノイ時代の同僚、サム・ヤッファ、
ドラマーには元シャーク・アイランドのグレッグ・エリス。
ハノイを無くしたマイケルにとって、再始動の兆しが見えたハズ。
順調にレコーディングは進み、ドライヴ感溢れるロック・チューンが完成していく。
新曲9曲が完成し、満を持してスーパー・グループ、エルサレム・スリムがデビュー!!!!

っが!!!!!!!

アルバム完成後に、スティーヴはエルサレム・スリムを脱退!!!!
なんとも身勝手でマイペースな性格が如実に出てしまう.....。
激怒のマイケル・モンローは、アルバムの発売を中止しようとしたらしい。
しかし、幻のユニット、エルサレム・スリムの1stアルバムは、
遺恨渦巻く中、1992年に発表されたのである。
ゴシップ的話題が先行しがちだが、ビックリする程、完成度の高い作品であり、
お蔵入りならなくて良かったと思ったのは僕だけじゃないハズ(笑)
代わりのギタリストを選ぶのが困難なほど、
スティーヴのお家芸である素晴らしいスパニッシュ・ギター・プレイなども展開し、
営業成績が良い営業マンを失った会社のようになってしまった(笑)

VN.JPG
これまたスティーヴは、ハノイ・ロックス解散の原因とも言うべき、
ヴィンス・ニールのソロ・プロジェクトに参加する。
自分の彼女が、親友に寝取られてしまうような、ショッキングな話題である。
モトリーを解雇されたヴィンス・ニールと、
エルサレム・スリムをドタキャンしたスティーヴの他には、
元フィオナであり、現スローターのギタリスト、デイヴ・マーシャル、
後期ラットのベーシストとして活躍したロビー・クレーン、
ドラマーには元イナフ・ズナフのヴィッキ・フォックスと、
ブロンディなイケメン・メンバーを揃えての布陣。

「みんなが僕を必要としているんだもん♪」
…っと性格の悪い小悪魔的美女のような行動とも取れるスティーヴ。

っが!!!!!!(3回目)

これまた、憎らしいほど素晴らしいアルバムを完成させてしまう。
ヴィンスもご満悦だったに違いないデビュー作「Exposed」。
1993年に発表された今作は、プラチナ・ディスクを獲得。
同年に発売されたジョン・コラビを新ヴォーカリストに迎えたモトリーの新作は、
時代性を考慮してのオルタナティヴなサウンドで発信していくが、
ゴールド・ディスク獲得までは行ったが、プラチナには届かなかった。

ニッキー・シックスとマイケル・モンローのヤケ酒している姿が思い浮かぶほど、
ヴィンスのソロ・プロジェクトは好発進であり、
また、そのプロジェクトの中枢を担ったのがスティーヴなのである。
しかし、ヴィンスの2ndアルバムには、スティーヴのクレジットは無かった…

blsB.JPG
そんな3人がユニットを組み、1997年「Black Light Syndrome」を発表。
お互いが持つテクニック全てを出し切った楽曲は、
どれもが8分を超える壮大なテクニカル・ナンバー。
21世紀間近でのスーパー・グループの誕生である。

そして3年後の2000年に、3人は再度集結し、
今回のピックアップ・アルバム「Situation Dangerous」を発表。
相変わらずの通好みな楽曲陣がラインナップされているのだが、
唯一、1曲だけ物凄いハードロック色溢れるナンバーが収録されている。
それが、今回のピックアップ・ソングexclamation×2「Crash」exclamation×2
ドリーム・シアターを髣髴とさせるドラマティックな展開、
叙情的な刹那メロディを兼ね備えながらも、圧倒的な重量感ある、
テリー&トニーのドラム&ベース!!!!
おまけに、スティーヴの光線銃もピュンピュンと発射されている(笑)

toir.JPG
テリー・ボジオの2008年ツアーのスペシャル・ゲストに、
あのアラン・ホールズワースを迎える。
ホールズワースの存在により、ヴァン・ヘイレンは生まれたワケであり、
ジャズ・フュージョン・プレイヤーがメタル・シーンに与えた影響は大きい。
また、ホールズワースと共に、最高のジャズ・ギター・テクニシャンとして名高い、
アル・ディメオラの存在も欠かす事は出来ないのではないか??
今回は、僕が最も敬愛するメタル・バンド、ライオットが、
1990年に発表した7枚目のアルバム「The Privilege of Power」にて、
アル・ディメオラの1977年発表作「Elegant Gypsy」に収録された名曲、
「Racing with the Devil on a Spanish Highway」を、
原曲を忠実に保ちながらも、メタル・フレーバー100%にカバー。
マークのギター、ドンのベース、ボブのドラムが、
アル・ディメオラならではの変拍子スタイルを猛スピードで奏で、
彼らだからこそ演奏できる極上のユニゾンによる連携スタイル。
Bozzio Levin Stevensの「Crush」とリミックスさせてもらいました。
是非とも、テクニシャン同士のバトル演奏を思う存分楽しんでください。

そう言えば来年は、トニー・ムーア在籍時メンバーで、
ライオットが始動するらしいですよね.....
来日したら、必ず行かなきゃ.....

asato with ozzy osborne.JPG
最近の週末は天気がイイですねぇ…
さてさて、先週の話ですが、ガンズの新譜買いました??
ディスク・ユニオンで購入特典でポスターが付いてくると言う、
キャッチー・コピーに心揺らいでしまいそうでしたが、
なんだか、まだ買うまでの勢いが僕には無いです。
まぁ、それについては明日のブログで綴ることにします♪

それにしても、映画「レッドクリフ」の人気は凄い!!!!
トニー・レオン効果? 金城武効果? 「三国志」効果?

ふぅ…今日はいっぱいワイン飲んだなぁ.....。

毎度綴らせていただいております「シネドラ 番外編」。
先日の群馬旅行の写真と合わせた記事を書かさせていただきました♪
posted by 佐藤朝問 at 23:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月22日

THE WiLDHEARTS「SHAME ON ME」

WH@.JPG

ko-yo-@.JPG
先週末、仲良くさせていただいているディレクターのSさんと、
日帰り群馬旅行に行って参りました。
群馬県はSさんの故郷と言うこともあって、
地元ならではの穴場などを教えてもらった有意義な小旅行でした。
もう、すっかり関東地方も紅葉シーズンに突入し、
山々が色彩豊かな表情を魅せていました…。

ko-yo-B.JPG
…って爽やかな出だしですが、今回の旅行は紅葉巡りではなく、
ちと変わったB級スポット探索が目的だったんですが、
ちょっとココで紹介するのは、いささか厳しいので、
僕のMYSPACEのブログに、この旅行の真の目的を綴ります…(笑)
1枚目と2枚目の写真は、群馬県月夜野にある景勝地「黒岩八景」。
車を走らせていたら偶然発見した紅葉の穴場スポットで、
Sさんも知らなかったダイナミックな渓谷。
紅葉シーズンだと言うのに、この場にいたのは我々だけ…。
雄大な黒岩八景を独り占めしてしまいました。

ko-yo-A.JPG
みなかみから伊香保方面に戻る際、沼田市を経由して、とある名瀑へと向かった…。
日本三名瀑のひとつにも数えられている「吹割の滝」。
以前、ココには訪れたことがあったんだけど、
Sさんは、ご存知ないようだったので、だったら行ってみようと車を走らせた。
この吹割の滝まで向かう道は、日本ロマンチック街道と呼ばれ、
栃木県の日光へと向かう街道であり、さすがに観光バスが多かった。

滝に着くと、小雨が降り始めてきた…。
山間と言うこともあって、天気が変わりやすいのは常識の範囲....

今回で2度目の訪問だけれども、雄大で迫力ある吹割の滝…。
改めて、この滝一体にそびえる巨大な岸壁にも圧巻してしまった。
先ほどの黒岩八景同様に、岸壁と紅葉のコントラストが素晴らしい。

ko-yo-C.JPG
最近、転落事故などが多いのか、滝つぼの近くまでは見れないように、
白線で観覧エリアが限られてしまい、白線を越えると、
常駐の警備員のオジサンに「ハイハイ、白線越えちゃダメだよ」っと言われる。
白線を越えてはならないと言うアナウンスも頻繁に流れ、
かなりの厳重注意を促していた。
僕が以前来たときは、こんな状態じゃなかったのに…。
この日は小雨混じりだし、一層危険なのかもしれないけど、
白線の中だと、あんまり滝の流れが見えないんだよね.....。

asato with ko-yo-.JPG
やっぱ秋はいいねぇ.....
四季の中で一番好きな季節です。

are there hardrock.JPG
さて、今回は来日公演が控えております、ザ・ワイルドハーツをピックアップ。
その前に、このMETAL無頼漢の趣旨をもう一度改めると、
化石化してしまった懐かしいHR/HMアーティストを紹介するブログ。
このブログを読んでくださっている方は、
僕がどんなアーティストが好きなのかは、大体予想がついたと思いますが、
今回のワイルドハーツを含めて、ピックアップ・アーティストを考える際、
このアーティストはハードロック、メタルなのか?
…っと、ちょい躊躇しがちなアーティストが多々あります。
チープトリック、ボストン、ラヴァーボーイなどの、
ストレートでダンサブルなリフを奏でるアーティストや、
「産業ロック」と言う皮肉めいたジャンルに挙げられる、
サヴァイヴァー、ジャーニー、フォリナーなども、
僕にとって当時、一ハードロックを聴く感覚で親しんできた。

もうちょい、さかのぼれば偉大なるクイーンやバッドカンパニー、
既に紹介してしまったキース・エマーソン等のプログレ一派、
はたまたポスト・ロック?ポスト・パンクであり、
インダストリアルな旋律を奏でるキリング・ジョークなども、
ココで紹介すべきなのかが迷ってしまうことが、何度もありました。

当然、メタル消滅へのキッカケを作ったグランジ・ムーヴメントにおいても、
ニルヴァーナ、パール・ジャムよりもサウンドガーデンは、
かなりメタル・フレーバーを兼ね備えたアーティストのような気がする。

今や頂点を極めたレッチリが、地道に“我が道”を築き上げた功績により、
ヒップホップ、ファンクなどをブレンドしたミクスチュア・シーンが確立され、
その余波は、明らかに現在のメタル・シーンにも浸透してきている。

上記のアーティストで、明らかにメタルではないってサウンドもあるが、
ロック・ジャンキーとなった自分の原点であるHR/HMと照らし合わせると、
曲構成、リフなどが、メタルなどと重なってしまうポイントが多い。

とにかく、HR/HMアーティストは不必要に技術力が高い。
言い方悪く言うと、無意味に巧すぎるのである…(笑)
また技術力のみならず、レーベルからの要望にもフレキシブルに対応してきた。
そんな対応を、人は“パクり”と呼ぶかもしれないけれど、
当時は、“パクり”とは呼ばず、ファンたちは楽しんできたのである。
とは言え、そんなHR/HMアーティストたちも必ずや壁にぶつかり、
はたまた、自分たちのルーツ、本当に演りたかった音楽へとシフト・チェンジする。
結果、消えてしまっていくバンドが多かったシーンなのかもしれない。

そんなハイレベルで、人間味溢れるサウンドから入ってしまった僕たちは、
ロック基準値が高いが故に、許容量が広がってしまったような気がする。
おまけに、“流行っているから”という、浅はかな理由で、
HR/HM信者になった者は、このブログを読んでくれていないハズ。
流行に振り回されないストイックさを持ちながらも、
ドラえもんの「バイバイン」を一滴垂らされ、増殖していくようなロックを、
冷静に、良いところを汲み取れる許容力を兼ね備えてきたのでは??

おまけに、MTV全盛期をも体験してしまえば、
“見せるロック”“売れるロック”“孤高のロック”の差別化を、
自分なりに会得しているような気がする。
予想を覆したニルヴァーナ・ショックのグランジ・シーン勃発においては、
その頃のMTVはブラック・ミュージックが牛耳っていた時代であったワケで、
ヒットチャートのような商業面のロックの成功は崩壊し、
文化がロックを築き上げた時代となり、波及は増々増えていったんだよね。

何度も言うように、ロックの細分化は、この50年間で目まぐるしく広がりを見せ、
原点を見失いがちなほどの波及っぷりである。
調べてみれば、メタル・シーンだけでも、
★オルタネイティヴ・メタル ★アヴァンギャルド・メタル ★ブラック・メタル
★クリスチャン・メタル ★クロスオーバー・スラッシュ ★デス・メタル
★ドゥーム・メタル ★ドローン・メタル ★エクストリーム・メタル
★フォーク・メタル ★グラム・メタル ★ゴシック・メタル
★グルーヴ・メタル ★インダストリアル・メタル ★メタル・コア
★ネオクラシカル・メタル ★ニュー・メタル ★ポスト・メタル ★パワー・メタル
★プログレッシヴ・メタル ★ラップ・メタル ★スラッジ・メタル ★スピード・メタル
★ストーナー・メタル ★シンフォニック・メタル ★スラッシュ・メタル
★トラディショナル・ヘヴィ・メタル ★ヴァイキング・メタル
★ニューウェイブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル
★ノルウェー・ブラック・メタル ★スカンジナビア・ヘヴィ・メタル
★ベイエリア・スラッシュ・メタル ★ブラジリアン・スラッシュ・メタル

ああああっ、もう何でもええわいっ!!!
っと叫びたくなるほど、細かいカテゴライズが築かれているようである。
こうも、無茶苦茶に細分化されていると、ちょい引いてしまう…。

どう見たって、“俺たちだけの音楽だ!!!”
…っと言い張るエゴイストが増えたようにしか見えない。
シーン全体の活性化ではなく、てめぇの事しか考えないアーティストが、
増えたように僕は捉えてしまう。
上記の細分化をインターネットで調べた自分が言うのもなんだけど、
インターネットの影響も少なからずあるんだろうね.....

よって、余計な情報が邪魔する事で、HR/HMの枠組みが決められず、
このブログ、メタル・チャンネルへのラインナップがてこずってしまう。
ロック愛ある故の悩みと、頑固な過去への拘りなどが僕を困らせるのである。

thwdhrts.JPG
でも、今回のワイルドハーツは、迷いなく選ばさせていただいた。
写真左から、ドラム:ステディ、リーダーのジンジャー、
ベース:ダニー、ギター:CJ 今回のピックアップ・アルバムである1stアルバム、
「Earth Vs The Wildhearts」時のフォト・ショット。
1989年、イギリス・ニュー・キャッスルで結成され、来年で結成20年目を迎える。
20年のキャリアを持ちながらも、ワイルドハーツのイメージは、
現ロック・シーンを賑わすような、ハードコアっぽさや、
青春パンクのような軽快なパンキッシュ・ビートを打ち出すバンド。
若者を虜にするモッシュ必至なナンバーから、
軽やかなポップ・センス光るナンバーと、ライヴ栄えする楽曲が武器であり、
オールドスクールとエモーショナル・ロックのクロス・オーバーを感じさせ、
先ほど述べたロック・シーンの荒波に、ひょいっと乗り、
ビートルズのようなポップさと、ハシュカ・ドゥのような通向けさが、
幅広いジェネレーションに支持されている要因なのかもしれない。

thwdhrts cllctn.JPG
記憶に新しいのが、2004年のサマーソニックにて、
当初ライヴを行う予定だった、イギリスの新鋭ダークネスが、
サマーソニック出演がキャンセルとなり、急遽代役を果たしたのがワイルドハーツ。
ワイルドハーツだったら…って思ったお客が詰め掛けまくり、
大盛り上がりのステージだった。
その盛況振りは、さすがであり、コンスタントにアルバムを出してきた
ワイルドハーツの人気と実力を改めて感じさせられたエピソード。

活動休止なども経ながら、今年発売されたカバー・アルバム含む、
17枚のアルバムを発表してきた彼らは、日本でのライヴを積極的に行うバンドであり、
多国籍ロックを吟味できる日本人を常に楽しませてくれている。

QB.jpg
イギリス、サウス・シールド出身のジンジャーは、
実は、クワイア・ボーイズの初期メンバー。
1977年映画「クワイヤーボーイズ」からインスパイアされ、
1984年に結成したクワイア・ボーイズは、ロンドンのクラブを中心に活動。
アンディ・マッコイのバンドの代役や、ガンズのイギリス公演の前座などを経験し、
オジーの奥様、シャロン・オズボーンに見出され、結成5年目にして、
ようやくメジャー・レーベルから、1stアルバムを発表した苦労あったバンド。

ジンジャーは、1stアルバム発表前に、クワイア・ボーイズから解雇。
その後、ジンジャーはギタリストとしての道ではなく、
自らのバンドを作ることを決意し、1989年にワイルドハーツを結成する。

当初のワイルドハーツでのジンジャーは、ギタリストに徹しており、
デモ曲を製作しながら、ライヴを展開してきた。

その頃のワイルドハーツは、非常にガンズ・アンド・ローゼスを意識したサウンドであり、
UKシーンでは、あまり注目されなかった…。
その後は、幾度のメンバー・チェンジを繰り返しながら、
ジンジャー自らがヴォーカルを務める編成へと変えていき、
クワイア・ボーイズ時代の経験を糧としたサウンドを生み出していく。
1992年にEP盤「MONDO AKIBO A GO-GO」リリース。
この作品の製作時には、イギリスを代表するバッドボーイ・ロック・バンド、
ドッグス・ダムールのドラマー、バンが参加していたこともあって、
一気に、そのEPは、イギリスの雑誌「ケラング!」などから注目を集めた…。

WH break.JPG結局、ドラムのステディが戻り、
1993年、記念すべき1stアルバム
「Earth Vs The Wildhearts」を発表。
ちょい不気味なジャケットに、
日本盤には2曲ボーナス・トラック追加の
計13曲収録の作品。
タイトル名の由来は、
1956年のB級SF映画の金字塔、
「Earth vs. the Flying Saucers」から。
(邦題「世紀の謎・空飛ぶ円盤地球を襲撃す」)
とにかく、かっ飛びロックチューン満載で、
素晴らしい仕上がりの1枚である。
分厚いスラッシュなリフが印象的な、
「Greetings From Shitsville」、
コレぞ、ワイルドハーツならではの軽快ナンバー
「TV Tan E.P.」、
ラモーンズ、ハノイ・ロックスを髣髴させる
「Caffeine Bomb」
そして、彼らのライヴ定番ナンバー
「Suckerpunch」、
この4曲をシングル・カットし、
爆発力と軽快さを兼ね備えた
ザ・ワイルドパーツは始動したのである。
ジンジャーのエッヂが効いてハスキーなボイス…
メタルを愛するギタリスト、CJのプレイ…
曲によっては分厚いスラッシャーなリフ、
思わず首を振りたくなるナンバー陣は、
紛れもなく、HR/HMサウンドである。
当時の僕は、クワイア・ボーイズの魅力が分からず、
とにかく、攻撃的なワイルドハーツにゾッコン。
この作品のミックスには、
プリースト、アンスラックスの作品に関わった、
マーク・ドットソンが担当。
また、スペシャル・ゲストとして、
デヴィッド・ボウイ、ルー・リード、ボブ・ディランなど、
錚々たる面子の下でギタリストとして活躍した、
あの、故ミック・ロンソンも
「My Baby is a Headfuck」に参加。
この曲が、彼の最後の演奏楽曲となってしまった。
そんな捨て曲一切ナシの今作からのピックアップ・ナンバーは、
exclamation×2「Shame on Me」exclamation×2
パンキッシュで、ハードロックで、中盤ではオルタナティヴに転調し、
ラストは哀愁漂う流れで静かに終わる…
現在のメロコア・アーティストっぽく、でも、懐かしい90年代初期のような、
王道のスタイルが確立された完璧な1曲です!!!!

asato with acdc.JPG
いやぁ〜急に寒くなりましたね....
のんびりしていると、紅葉シーズン逃しちゃいますね。
とは言え、まだ外苑のイチョウ並木は、まだ黄色くなってませんでした。
今日からの三連休で、是非紅葉などを楽しんでください。
それにしても、サッカー日本代表、よくやりました!!!!
posted by 佐藤朝問 at 06:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

Scorpions「I Can't Explain」

sasori@.JPG

gurakoro.JPG
僕の大好きな「グラコロバーガー」の季節到来です。
誰もが好きなグラコロかと思いきや、あまり好きじゃない人も結構います。
最近のマックは、「メガマック」や24時間営業など様々な試みを行っていますが、
歳を重ねていくにつれ、マックに行く機会がグッと減りました。
そんな僕だけれども、「グラコロ」の季節には、何度か足を運ぶようになる。
おそらく「コロッケ」と「グラタン」と言う僕の好きなツートップの競演だからかも。
調べてみると、1993年に「グラタンコロッケバーガー」は誕生し、
今年で記念すべき15周年を迎えている....。
確かに、大学時代によく食べた思い出があり、
グラコロ誕生と共に僕は虜になってしまっている。
口にとろけるクリーミーな味わいが、なんともたまんない…。
昔は、なぜオリジナル・メニューしないんだよ!!!…なんて言っていたが、
マックに遠ざかってしまった今を考えれば、
僕とマックの接点を結ぶ風物詩的存在なのかもしれません....

coromen.JPG
僕のコロッケ好きは、明らかに親父譲り…。
うちの親父たち団塊の世代の皆さんはコロッケ好きが多い。
1個50円ぐらいの低価格のコロッケを、
「さぁ、お父さんが買ってやるぞ」っと偉そうな口ぶりで、
近所のお肉屋さんのコロッケを食べさせてもらっていた記憶がある。
そんな昭和を代表する洋食メニュー「コロッケ」は、
今じゃ立ち喰いそばなどに行けば、おそばのトッピングでも定番である。
また、コロッケのライバル的存在が「メンチカツ」。
これまた僕はメンチカツも大好きなんです。
ようは、小麦粉、卵、そしてパン粉で生まれた揚げ衣メニューに弱い。
写真に写るのは、吉祥寺の大行列必至の「肉屋のサトウ」のメンチ&コロッケ。
お昼時、または週末は、ココの名物「元祖丸メンチ」を買い求める客の
長蛇の列は吉祥寺の伝統風景のようなもの....。
自称コロッケ好きの僕が買うのは分かるけれども、
みんなが並んでいるからとか、サトウのメンチしか食べれない…
なんて思う人ばかりが並んでいるような気がしてならない。
因みに僕は、サトウのメンチ&コロッケを5分以上並んで買ったケースはありません。
スグに買える時間帯があるのに、明らかに行列に釣られて買う人ばかりだ!!!
とは言っても、やっぱココのメンチは美味いのは確かなんです。
でもね、コロッケも美味いんですよ。

qdrphn.jpgさてさて、コロッケ談義はココまでで、
遂に、ザ・フーの単独来日公演が実現した。
1965年のデビュー以来、43年と言う長い年月…。
キース・ムーン、ジョン・エントウィッスルの他界…。
様々な偉業と悲しみを経た巨人が、
念願の初単独来日公演を果たすこととなる。
僕にとってザ・フーを知ったキッカケは、
映画「さらば青春の光」(原題「Quadrophenia」)。
なんともセンスのある邦題ですよね。
カスタマイズされたランブレッタに乗る
モッズ・ボーイの青春グラフィティ。
ザ・フーの1979年発表作「Quadrophenia」
(邦題「四重人格」)をモチーフした映画。
大学時代に、痛い失恋をした後に、
この映画をたまたまビデオで観て、
若かりし葛藤の境地がシンクロしてしまい、
僕にとっては衝撃的な映画だった思い出がある。
今となっちゃ、つまんない事で悩み、ムカつき、自己顕示欲が出まくっていた頃で、
モッズとロッカーズの抗争に熱くなり、ジミーの不器用な恋愛模様に共感した。
とは言え、「さらば青春の光」のルーツで、ザ・フーへと進むことは、まだ無かった…。

ohw.JPG
しかし、メタル・アーティストも含め、多くのアーティストが、
ザ・フーの楽曲をカバーしている事に徐々に気づいていく。
映画「さらば青春の光」の劇中でオープニングを飾ったナンバー、
「THE REAL ME」をカバーしたW.A.S.P.や、
VAN HALENのライヴ盤「Live:Right Here,Right Now」では、
ザ・フーの「Won't Get Fooled Again」を楽しく歌い上げていた。
とにかく、フーの爽快感あるリフと8ビートは、
多くのアーティストがステージで披露したくなるんだろう。
そんな数々のカバーを耳にしてから、ザ・フーのオリジナル楽曲への興味が沸いた。
特に、ドイツの古豪スコーピオンズのフーのカバーにはノックアウトされ、
ザ・フーへの探究心は倍増したに違いない。
今回は、ザ・フー来日を祝して、先週のウリ・ジョン・ロートの古巣でもあり、
今もなおハードロック・シーンに蠍団の存在を遺憾なく出している、
スコーピオンズをピックアップすると共に、
ザ・フーのカバーを唯一収録したベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」をフィーチャー。

sasori history.JPG
1965年にバンド結成したスコーピオンズ。
同年結成の同期バンドには、グレイトフル・デッド、ピンク・フロイド、
ジェファーソン・エアープレーン、そしてヴェルヴェット・アンダーグラウンド。
錚々たるバンドが1965年に産声を上げており、スコーピオンズの歴史の深さと、
偉大さ、そして現役を貫いているタフさなどが伺えてしまう。
そんなスコーピオンズは、1972年発表のデビュー作「Lonesome Crow」から、
昨年2007年発表の、スマパンのビリー・コーガンがゲスト参加し話題となった、
「Humanity:Hour I」まで、ベスト盤、ライヴ盤含む24枚のアルバムを発表。

一環としたスコーピオンズの世界観は、音楽性、ジャケットワークなど、
唯一無二の存在感であり、ハードロック・シーンの礎を築いたと言っても過言ではない。
哀愁漂う美メロ、攻撃的なリフを武器としたロック・チューンは、
ツェッペリンらしさ、パープルらしさ、サバスらしさ…と言った、
先輩バンドのオマージュを一切感じさせない、
ドイツ出身の彼らだからこそ生まれた数々の名曲は、
幅広いジェネレーションに衝撃を与えたに違いない....

とにかく、ヴォーカリスト、クラウス・マイネのクラシカルなハイトーンは、
クイーンのフレディ・マーキュリーを髣髴とさせるパワーと美しさを感じてしまう。
そのクラウスのヴォーカルを支えるツイン・ギターも彼らの真骨頂かも。

sasoriA.JPG
マイケル・シェンカーのお兄ちゃん、ルドルフ・シェンカー(写真左から2番目)が、
スコーピオンズの前身バンドを1965年に結成。当時はルドルフがギター兼ヴォーカル。
1969年に、実弟マイケル・シェンカー、そしてクラウス・マイネを迎え、
ベースにローザー・ヘインバーグ、ドラムにウォルフガング・ズィオニー、
この5人編成で第一期スコーピオンズはスタートし、記念すべき1stアルバムを発表。
早速ツアーを開始し、ほぼ同期にあたるイギリス出身のUFOとジョイント・ツアーを敢行。
ツアー終盤にて、彼らのステージを目の当たりにしたUFOは、
リード・ギタリスト、マイケル・シェンカーにラブ・コールする。
このラブ・コールを承諾したスコーピオンズは、ツアー終盤に代理として、
ウリ・ジョン・ロートを迎え、ツアー全日程を無事成功させた。

とは言え、マイケル脱退は大きく、ウリを正式メンバーとして迎えようと試みるが、
ウリには自身のバンド、ドーン・ロードでの活動があった為、
簡単にスコーピオンズのメンバー加入には進めなかった。
よって、ルドルフ・シェンカーは、ウリを筆頭にドーン・ロードのメンバーである、
フランシス・ブッホルツ(写真左端)をベーシストに、
ヨルゲン・ローゼンタルをドラマーに、
キーボディストのアヒム・キルシュニングをメンバーに迎え入れることを決意。
ほぼドーン・ロードのメンバーに占拠されてしまったバンド編成に、
クラウス・マイネも難色を示したが、バンドの未来を考え承諾する。
新加入4人のメンバーは、ドーン・ロードを捨て、スコーピオンズの一員として活動。

sasoriB.jpg
新メンバーを迎え入れたスコーピオンズは早速、新作に取り掛かる。
初期スコーピオンズの名曲「Speedy's Coming」のレコーディングで、
ルドルフとクラウスは、新たなスコーピオンズ誕生を感じたそうだ。
マイケル・シェンカーとは違うスタイルのテクニシャン、ウリ・ジョン・ロート。
ジミヘンを崇拝するウリのトレモロアームを駆使するトリッキー・プレイが火を噴いた。
このメンバーでの極上の一体感により、2ndアルバム「Fly to the Rainbow」、
(邦題「電撃の蠍団」)が1974年に完成。
しかし、アルバム完成後にキーボディスト、アヒムが脱退....
まもなくドラマーのヨルゲンが陸軍入りを志願し脱退してしまう。
新ドラマーにベルギー出身のルディ・レナーズを迎え、欧州ツアーを敢行する。

1975年に3rdアルバム「In Trance」(邦題「復讐の蠍団」)を発表。
このアルバムから、スコーピオンズの発禁ジャケット伝説が始まる(笑)
また、今もスコーピオンズを支えている蠍団の頭脳と呼ばれるプロデューサー、
ディーター・ダークスが、「In Trance」からプロデュースを担当する事になる。

krtrck.JPG
ディーター・ダークスは、奥深いドイツ・ミュージックのジャンル、
“クラウトロック”の渦中にいたプレイヤーであり、
タンジェリン・ドリーム、アシュ・ラ・テンペル、ヘルダーリン、
ジェロニモ、ネクター、コスミック・ジョーカーなど、
70年代クラウトロックのムーヴメントを見据えてきたプレイヤー。
東京タワーの蝋人形館の出口近くにある、ディープな世界ですよね(笑)
ウリが作り出すハードでサイケな世界観が、
クラウトロックのプログレッシヴでヒッピーな世界観にハマったのかも。

sasori guitars.JPG
それからは、ウリ・ジョン・ロート(11月8日)の際にも触れたように、
発禁度200%ジャケットの通算4枚目となる「Virgin Killer」を発表。
その後の80年代ハードロック・シーンの重要アーティストとなった、
スコーピオンズのスターダムへ登りつめるキッカケとなった最高傑作。
このアルバムのヒットにより、大会場でのライヴを繰り広げるが、
ドラマー、ルディ・レナーズが体調不良により脱退してしまう。
新ドラマーにハーマン・ラレベル(写真右から2番目)を迎える。
ハーマンは、英語力に長けていた為、スコーピオンズの英語圏進出に、
大きく貢献したと言われている。

1978年に5thアルバム「Taken by Force」(邦題「暴虐の蠍団」)を発表。
所属レーベルRCAは、シングル・カット「Steamrock Fever」を軸に、
プロモーションを精力的に行い、商業的戦略を打ち立てていく。
その成果があって、同年に初来日ツアーを果たし、全公演ソールドアウト。
しかし、RCAのサウンド面よりも知名度優先型の戦略に、ウリは失望してしまう。
結果彼は、己のルーツを選択し、エレクトリック・サン結成に向け、
スコーピオンズを脱退してしまう。

ウリ・ジョン・ロートという最強のパートナーを失ったスコーピオンズは、
新ギタリスト発掘のため、オーディションを開催。
140人ものギタリストが蠍団の一員を夢見て参加したそうだ。
オーディションの結果、現メンバー、マティアス・ヤブス(写真右端)が選ばれた。

ウリ脱退の原因??RCAレーベルから離れ、マーキュリーへ移籍。
マティアス加入により、新生スコーピオンズが動こうとした時に、
UFOのメンバーであったマイケル・シェンカーが、
アルコールとドラッグで体ボロボロの状態であった事を知り、
ルドルフ、クラウスはスコーピオンズの一員に迎え入れることに・・・

hpgnss cllctn.JPG
マティアス・ヤブス、マイケル・シェンカー…
なんとも贅沢なツイン・ギターを抱えることとなったスコーピオンズ。
既にUFOで、その名を轟かせたマイケルが古巣に戻ったと言う事もあり、
マーキュリー移籍第一弾であり、通算6枚目のアルバム「Love Drive」は、
それはそれは注目度が高かったに違いない…。
そして、またもやお騒がせなジャケット・デザインで発表された。
デザインを手掛けたのは、イギリスのアート集団Hipgnosis(ヒプノシス)。
ピンク・フロイド、ツェッペリン、ブラック・サバスを筆頭に、
数々の名ジャケットを世に送り込んだグループであり、
知的センス、芸術的センスを兼ね備えながらも、
際どいセクシュアルでお馬鹿な遊び心満載なデザインも彼らの持ち味。
そんな話題沸騰の「Love Drive」はゴールドディスク獲得の
スコーピオンズの出世作となる1枚となった。
スコーピオンズの一員となったマイケル・シェンカーも、
彼ならではの最高のギター・プレイを響かせた
「Another Piece of Meat」、「Love Drive」、
そしてルドルフ&マイケルの兄弟競演のインスト・ナンバー、
このブログでも紹介させていただいた「Coast To Coast」の3曲に、
その存在感をとことん見せつけ、マティアスをビビらせた事だろう…。

subuya.JPGしかし、結局マイケル・シェンカーは去ってしまう。
時代は80年代へと進み、
HR/HMの群雄割拠の時代を迎えていく。
それからは、ルドルフ&マティアスの
ツイン・ギター編成は、彼らの十八番となり、
1980年:「Animal Magnetism」(邦題「電獣」)
1982年:「Blackout」(邦題「蠍魔宮」)
1984年:「Love at First Sting」(邦題「禁断の刺青」)
1985年:ライヴ盤「World Wide Live」、
1988年:「Savage Amusement」
…っと80年代に発表した作品すべてが
プラチナ・ディスクを獲得し、
世界を席巻したモンスター・バンドとなっていく。
名曲「No One Like You」、「Still Loving You」
「Rock You Like a Hurricane」、「Rhythm of Love」
80年代のスコーピオンズは、次々とシングル・チャートを賑わす楽曲を発表し、
マティアスも、マイケル・シェンカー、ウリ・ジョン・ロートの幻影を振り払い、
ハードロック・シーンのスーパー・ギタリストの仲間入りを果たした。

そして、やっと今回のピックアップ・アルバムであり、
マーキュリー在籍からの輝かしい名曲を揃えに揃えたベスト盤、
「Best of Rockers'n'Ballads」が、1989年に発表され、
メタルを聴かない人でも、持っておきたい1枚であり、
当然ながらプラチナ・ディスクを獲得したベスト盤。

そして、このアルバムのみ新録されたのが、
ザ・フーの大ヒットナンバーをカバーした、exclamation×2「I Can't Explain」exclamation×2
原曲の良さを保ちながらも、マティアスの切れ味鋭いリード・ギター、
パンキッシュなバッキングを奏でるルドルフ・シェンカー、
そして、加速力あるナンバーに広がりを演出するクラウスのヴォーカル…
スコーピオンズの歴史が凝縮された最高のロック・チューンです!!!!

asato with mr.big.JPG
いやぁ〜今月は何かと考えさせられることが多くて、
心身とも疲れてしまってます.....。
ブログで書くことじゃないですけれど、
やっぱ、インターネットって人を安直な気持ちにさせちゃいますね。
20代前半までアナログな生活を営み、
社会人になってから急速なデジタル化へと対応してきた我々世代...
この両面性を兼ね備えたからこその器用さと忍耐力…。
もう、35歳でオッサンと呼ばれてしまう年頃ですが、
損をいっぱいしたかもしれないけど、たくましく育ったんじゃないかなぁ....。
posted by 佐藤朝問 at 22:12| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

Electric Sun「Enola Gay(Hiroshima Today?)」

ur@.JPG

yajuushisubeshi.JPG
11月6日は、偉大なる名優、松田優作氏の命日でした…。
1989年11月6日…享年40歳
彼が他界して、来年で20年を迎える。
ドラマ「探偵物語」を筆頭に、彼の絶対的なカリスマ性により、
現役の俳優さんなどの著名人を含め、幅広い世代から愛されている役者さんである。

とにかく、あの自然体がカッコ良すぎますっ!!!!!
って言うか、カッコイイと簡単に文章では書けません…。

ハードボイルド、シュールでコミカル、
アンニュイでスリリング…
自然体の姿と迫真の演技の相反する二面性…
松田優作の演技の幅は広すぎます!!!!

まぁ、それはそれは、松田優作論を語る方は、
僕の周りでも多いですっ!!!!
そんな優作フリークに対抗すべき僕の十八番が、
映画「野獣死すべし」で松田優作さん演じる伊達の有名な怪演シーン、
リップ・ヴァン・ウィンクルのお話をする場面のモノマネ!!!(笑)

映画「野獣死すべし」の関連物は、ほぼ持っている自分です。
取り憑かれたかのように、この映画は何度も観てしまいました。
松田優作さんの冷静沈着であり、一触即発、鋭い刃物のような演技!!
また、「麻雀放浪記」よりも更に凶暴性を増した鹿賀丈史さんの演技も最高!!!

工藤ちゃんの優作さん、「家族ゲーム」の優作さんも当然最高ですが、
「野獣死すべし」を筆頭に、「蘇る金狼」、「殺人遊戯」などの
ハードボイルド作品の松田優作さんは、役者魂全開ですよね。
とにかく、「野獣死すべし」での優作さんは不気味です。
役作りのために減量、そして奥歯を抜いて、顔の輪郭まで変えるという、
「レイジング・ブル」のデ・ニーロばりの完璧主義&役者根性!!!
優作さんの渾身の役作りによって完成された主人公、伊達は“狂気”!!!
そして、その“狂気”が最高潮に達するのが、リップ・ヴァン・ウィンクルを語るシーン。

ラム…
コアントロー
それに、レモンジュースを少々…
シェイクするんです…


来年の11月はメモリアルな催し物が開かれるんでしょうね....

さてさて、11月7日の広島・クラブクアトロを皮切りに、
5日間のジャパン・ツアーを展開する、ミスター・スカイギターこと、
ウリ・ジョン・ロートをピックアップさせていただきます。

3年前に財政難となり自己破産してしまったウリ・ジョン・ロート。
とは言え、後世に伝えた衝撃は大きく、偉大なるギタリストである。

early sasori.JPG
ご存知の通り、ウリは元スコーピオンズのギタリスト。
UFOへ移籍したマイケル・シェンカーの後任であり、
スコーピオンズ二代目リード・ギタリスト。
そんな彼のスコーピオンズ在籍時のアルバムは、
ベスト盤&ライヴ盤含めて6枚…スタジオ盤は4枚発表。
1974年発表のスコーピオンズ通算2枚目となり、
ウリ初参加のアルバム「Fly to the Rainbow」(邦題「電撃の蠍団」)では、
7分強の「Drifting Sun」、「Fly To The Rainbow」の2曲に楽曲参加、
そして、リード・ヴォーカルも務めるなど、初陣から才能を爆発させた。
それからのスコーピオンズはウリの才能を活かした方向性が色濃く、
ハードロックと言うより、サイケデリックなダウナーなロック・サウンドを響かせていた。
ウリのギター・ワークは“三大ギタリスト”と呼ばれる、
エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックをも凌駕させる程、
聴く者すべてが恍惚の状態へと陥ってしまうような気がする。

全員集合.jpg
そんなウリを擁していたスコーピオンズが、
“ジャーマン・メタルの祖”と呼ばれるようになったのは、
1976年発表作「Virgin Killer」(邦題「狂熱の蠍団)の発表からでは??
発禁ジャケットでも有名な今作だけれども、
ドライブ感溢れるハードロック・チューンを散りばめ、
このアルバムからスコーピオンズがハードロック・バンドへシフトチェンジした。
なんと言っても、ウリが生んだ大名曲「Virgin Killer」は、
クラウス・マイネの激情シャウトは凄まじく、
また、同じくウリ作であり、ウリが歌う「Polar Nights」は、
現ジャーマン・サウンドの原点とも呼ぶべきドラマティックで、
様式美を感じさせる素晴らしい楽曲である。
蠍団が鋼鉄シーンへ殴りこみをかけた記念すべき1枚と言えよう。

ウリは、1978年発表の5thアルバム「Taken by Force」(邦題「暴虐の蠍団」)を最後に、
スコーピオンズを去ってしまう…。
このアルバムでは、プログレ色溢れる名曲「The Sails of Charon」、
サイケデリックな世界が印象的な「I've Got to Be Free」の2曲を担当。

それからは、マイケル・シェンカーが一時出戻りをして、
その後は、スコーピオンズ黄金期を支えたギブソン・エクスプロラーの名手、
マティアス・ヤブスが参加し、スコーピオンズは今年結成43年目を迎えた。
写真は、2006年8月、ドイツの最大メタル・フェス、「ワッケン」にて、
スコーピオンズのスペシャル・ゲストとして、ウリ・ジョン・ロート、
そしてマイケル・シェンカー率いるMSGが参加した。
アンコール2回含め、計26曲のスコーピオンズ名曲を披露してくれた。

さて、今回はスコーピオンズを去ったウリの、
自らのソロ・プロジェクト、エレクトリック・サンをフィーチャー。
1979年〜1985年までの6年間で3枚のアルバムを発表したエレクトリック・サン。
初期メンバーはウリ・ジョン・ロート、ドラマーはクライヴ・エドワーズ、
そして、ウリの実弟ジーノ・ロートの旧友であり、
後のフェア・ウォーニングを生んだベーシスト、ウレ・リトゲンの三人。

ウリ・ジョン・ロートの等身大が凝縮されたエレクトリック・サン…。
そんな彼らの1981年発表の2ndアルバム「Fire Wind」をピックアップ。

lctrlcSn.JPG
1954年12月18日、ドイツ・デュッセルドルフで生まれたウリ・ジョン・ロート。
ジミ・ヘンドリックスを崇拝するギタリストは、
ドーン・ロード、ブルー・インフィニティなどのバンドで活動する。
このバンド活動において、スコーピオンズのルドルフ・シェンカー、
そしてマイケル・シェンカーなどと交流を持ち、
マイケル・シェンカーがUFOへの移籍を機に、
スコーピオンズのツアー・サポート・ギタリストとして参加する。
その後のウリの活躍はは前述で触れた通りなんだけど、
ウリの転換期は、ジミ・ヘンドリックスの最後の恋人であった、
元フィギュア・スケーターでありイラストレーターの、
モニカ・ダンネマンとの運命的出会いである…

とにかくスコーピオンズ時代のウリは、ジミヘンの魂を継承するフレーズに拘っていた。
ウリのジミヘンへのリスペクトは、あのフランク・マリノをも凌ぐほどで、
サウンドのみならず、ジミヘンが織り成す些細なフレーズをも完璧にこなした。
そんな彼のプレイスタイルに、同郷ドイツ出身のモニカは、
逝ってしまった最愛の恋人ジミ・ヘンドリックスへのシンパシーを感じたそうだ。
そして、ウリとモニカの同棲生活が始まり、
ウリは愛するモニカのため、そして敬愛するジミヘンのために、
己のサウンドを追い求め、新プロジェクト、エレクトリック・サンを誕生させる。

uliroots.JPGドイツ・ハノーバーで産声を上げた、
ウリ率いるエレクトリック・サンは、
1979年に記念すべき1stアルバム
「Earthquake」を発表する。邦題は、
「天地震動〜ジミ・ヘンドリックスの魂に捧ぐ〜」。
その名の通り、ジミヘン節炸裂であり、
最愛なるモニカに捧げた1枚かもしれない。
このアルバムと今回のピックアップ・アルバム
「Firewind」のジャケット・デザインを担当したのが、
モニカ本人によるもの。
まさに愛の共同作業とも言うべきか??
このモニカが描いた神秘的なイラストの題は、
「ライジング・フォース」だそうだ。
この事から、イングウェイ・マルムスティーンが、
ウリを崇拝している事が伺えてしまう。
1stアルバム「Earthquake」には、
「Japanese Dream」と言う楽曲が収録されている。
ウリと言えば、スコーピオンズ最初のライヴ盤
中野サンプラザ公演を収録した、
1979年発表「Tokyo Tapes」にて、
滝廉太郎の「荒城の月」を披露してくれた。
ジミヘン魂のサイケデリック・フレーバーと、
日本のオリエンタルな響きを愛したウリならではの
楽曲ではないだろうか??
また「Hell-Cat」から「Catch Your Train」に
流れる間奏で「君が代」も披露したんだよね。

そんな、日本の旋律を愛したウリ・ジョン・ロートの魂の叫び、
また痛烈なるメッセージを込めた、日本人と世界中に捧げたナンバーが、
今回のピックアップ・ナンバーである。
exclamation×2「Enola Gay(Hiroshima Today?)」exclamation×2
(邦題:組曲「エノラ・ゲイ」(ヒロシマ・トゥデイ?))

エノラ・ゲイ…そう、第二次世界大戦にて、広島に原爆を投下した、
アメリカ軍のB-29長距離爆撃機である。
80年代に活躍したテクノ・ユニット、
オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダーク、通称OMDも、
「エノラ・ゲイの悲劇」と言う楽曲を発表し話題となったが、
エレクトリック・サンの「エノラ・ゲイ」は、
オープニングから戦闘機のプロペラ音から始まる感慨深いナンバー。
おまけに、この楽曲はトータル10分42分の大作であり、4部構成となっている....

a) Enola Gay:(エノラ・ゲイ)
b) Tune of Japan:(チューン・オブ・ジャパン)
c) Attack:(エノラの急襲)
d) Lament:(追悼の詩)


a)の「エノラ・ゲイ」では、飛び立とうとするエノラ・ゲイに、
なぜ、オマエは飛び立ち、戦争の使者へとなるんだっ!!!
…っとジミヘンばりのウリの叫びのヴォーカル・トラック。
抜群のカッティングとサイケなブルージーワールドが印象的。

b)〜d)は、エノラ・ゲイの動向と起こしてしまった結末を、
すべてギターで奏でている....。
c)の「エノラの急襲」で聴かせるギターの轟音は、
空襲警報と壮絶な爆撃が織り成す地獄絵図そのものである....。
反戦メッセージを轟かせたウリ・ジョン・ロート渾身の大叙事詩ナンバー。

asato with fair warning.JPG
アメリカ大統領選挙…オバマさんの勝利でした。
それにしても、アメリカと言う国は選挙も文化の一つなんですね。
自分の意見や主張を前面に出す事をためらってしまう日本では考えられません。
だって、主張し過ぎるとKYって言われちゃうもんね....
posted by 佐藤朝問 at 23:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

SHOTGUN MESSIAH「THE EXPLORER」 & LEATHERWOLF「BLACK KNIGHT」

rare inst.JPG

oshi@.JPG
11月1日から、ジョン・ウー監督の超大作「レッドクリフ」が公開。
あの「三国志」の歴史的合戦“赤壁の戦い”を総制作費100億円と言う、
アジア映画至上最高額の制作費を投じた映画「レッドクリフ」。

前情報を知らなかった自分は、トニー・レオンが劉備を演じるのかと思いきや、
呉の国の軍師、周瑜を演じると言うからビックリ。
我が日本が誇る俳優、金城武が希代の名軍師、諸葛亮孔明を演じる。


「三国志」の主人公と言えば、“桃園の誓い”を交わした劉備、関羽、張飛の三人。
彼ら三人と孔明の蜀の国を主軸に、曹操の魏の国、
そして孫権の呉の国による、“天下三分の計”におけるバトル絵巻こそが、
僕の知る「三国志」だっただけに、配役に意外性を感じた。

調べてみると、当初、劉備には、チョウ・ユンファの予定だったらしく、
曹操には渡辺謙さんの名前が挙がっていたようだ。
これで、孫権を韓国の名優ソン・ガンホが演じていたならば、
中国、日本、韓国の壮大なるアジアン・ムービーが出来たかもね....。

僕は、一応大学が歴史学科卒業なので、歴史絵巻が大好きです。
僕の学科の友人には、西洋史専攻もいれば、考古学専攻もいる。
今回の「三国志」が大好きな友人は、当然ながら東洋史を専攻していた。
そんな中で僕は、日本史を専攻しており、戦国時代のゼミに所属。

日本人は、特に男性は、戦国時代の男のロマンに惚れてしまうものであり、
その流れが「三国志」にも惚れてしまう所以の様な気がする。

そんな自分は、日本の城が大好きなんです。
武将たちの威厳とプライドが漲る要塞である城に、
なんとも言えないロマンを感じてしまう一人です。

先日、僕は埼玉県行田市にある忍城(おしじょう)に行ってきました。
忍城訪問の意図としては、今回の映画「レッドクリフ」に因んでの遠征。

oshiA.JPG
映画「レッドクリフ」のキャッチコピーである、
“曹操軍80万 VS 孫権&劉備連合軍5万”
フランク・ミラー原作「300」を連想させてしまう、
圧倒的に軍勢不利の状態での名勝負の原点とも言うべき“赤壁の戦い”。
“赤壁の戦い”を知らない方が「レッドクリフ」を観る場合を考慮して、
“赤壁の戦い”の全貌には触れないようにしますが、
この敗北度200%の不利な状態でも、戦いに挑む男たちの歴史的合戦は、
日本の戦国史にも数多くあった.....。

kmkz.JPG代表的なのが、1274年と1282年の鎌倉時代に、
二度に渡るモンゴル軍「元寇」を迎え撃った、
「文永の役」と「弘安の役」かもしれない....。
この戦いでは、ジョージ・リンチ・モデルでもお馴染み、
「神風」が起こり、蒙古船が海へ飲み込まれたと言う話。
まぁ、ジョージ・リンチの「神風」は、
第二次大戦中の日本軍の特攻隊の「神風」だけど…。
そんな“大和魂”漲る男たちの戦いにおいて、
僕が思い出すのが、1590年(天正18年)の“小田原の役”。
天下統一目前の強大なるパワーを兼ね備えた、
ご存知、豊臣秀吉に対し、真っ向から屈っしなかった、
北条氏政率いる後北条氏との戦いである。
豊臣軍20万 VS 後北条氏6万のバトル勃発!!!!!!!
注目すべきは豊臣軍がオールスター集団である。
徳川家康、前田利家、上杉景勝、真田昌幸、羽柴秀勝、
石田三成、織田信雄、黒田如水、宇喜多秀家、
細川忠興、小早川隆景、池田輝政、浅野長政…
織田信長が権力を振りかざしていた頃からの
猛者たちが集結し、小田原城拠点とする、
北条氏政たち関東エリアにドドドっと押し寄せた。

oshiB.JPG
関東地方に、立派な城が残っている場所は非常に少ない…。
ほとんどが城址であり、今回の忍城や小田原城を含めて、
近代的な城として復元されたものが多いのが現状…。
とは言っても、関東には城として復元された場所さえも少ないです。
それだけ、豊臣軍に各城がボコボコにされたことが伺える。

現在の皇居である江戸城、河越城、岩槻城は、
築城の名手と謳われた太田道灌による難攻不落の堅城。
また、信長が築城した幻の城、安土城の構造を模して築城された八王子城など、
そんな名城をも支配下にあった後北条氏の各要塞に、
豊臣軍20万の軍勢が、怒涛の攻撃を加え、次々と落城させる。

っが…?!

この忍城だけが、豊臣軍は苦戦を強いられ、攻略出来なかったんだよね。
すげぇーっかっこいいひらめきひらめき

忍城の特筆すべきポイントは、城の周りが沼地&湿地帯だった事。
自然の要害が、忍城の最大の武器であり、城攻略の難易度が高い。

この忍城攻略に任命されたのが、あの石田三成!!!
秀吉のブレーン的存在だった三成だが、他の武将よりも戦経験は少ない。
知能派である三成の湿地帯を要した忍城攻略の策は、水攻めであった。

忍城を取り囲むように、通称“石田堤”と呼ばれる堤防を築き、
忍城を水没させようと言う戦略に出た。
利根川水系を利用し、忍城の廻りには、どんどん水がたまり始めた。
ところが、ある日突然大雨が降りだし、堤防が決壊。
濁流は、肝心の忍城に押し寄せず、三成軍らに襲いかかり、
多数の兵を失い、水攻めは失敗に終わってしまう…
おまけに、大雨により以前にも増した湿地帯となり、
城攻めは、さらに困難を極めたと言う…。

すでに三成軍により、四方を水に囲まれてしまった城が、
大雨の影響を受けずに、その堅城ぶりを見せ付けたその姿は、
“忍の浮き城”と呼ばれた。

asato with oshi.JPG結局、小田原城が降伏したのに、
忍城だけが防戦状態だったんだよね....。
あの“赤壁の戦い”も長江と言う大河を、
巧みに利用した連合軍の勝利だったワケだし。
この忍城の逸話は、すごく好きであり、
「レッドクリフ」に通じます。
是非とも、この難攻不落の忍城エピソードも、
映画化されて欲しいなぁ....
甲斐姫と言う戦国史に残るヒロインもいるし。
なによりも「忍城」って名前が最高!!!!!!
12年振りの忍城訪問でしたけど、
天候にも恵まれ、城の写真撮りまくりでした。
行田名物「ゼリーフライ」が食せず、残念!!!

さ〜て、やっと本題です(笑)
11月に突入しましたね....2008年も残り2ヶ月…早いなぁ
今月から、また新たなオープニングとエンディングを飾るインストが、
オン・エア楽曲に組み込まれます。
かなりのマニアック度高い作品であり、廃盤でレアな楽曲です。
まず、オープニングを飾るインスト・ナンバーは、
元マリリン・マンソンのメンバーだったティム・スコルドが、
ティム・ティムと言う名前でベーシストとして参加していた、
北欧出身のバンド、ショットガン・メサイアの記念すべきデビュー作、
「SHOTGUN MESSIAH」からの楽曲。

shtgnmssh.JPG
キレイなブロンド・ヘアーが印象的なのが、当時のティム・スコルド。
ちょっとボーイ・ジョージに似ている(笑)
もともと、スウェーデンで、キングピンと言うバンドで活動していた彼らだが、
アメリカ進出をキッカケに、ショットガン・メサイアに改名。
1989年に1stアルバム「SHOTGUN MESSIAH」を発表。
写真左から2番目のヴォーカリスト、ジニー・ザンは、
このアルバムのみヴォーカルを務め、脱退してしまう。

当時、北欧出身でアメリカで成功を収めたヨーロッパ。
彼らにはヨーロッパのようなエッセンスはなく、
グラム・メタルらしい風貌と、ハノイ・ロックスのようなビートが印象的。

でも、多くのテクニカル・ギタリストを輩出してきたスウェーデン出身だけに、
写真左のギタリスト、ハリー・コーディのテクニックは素晴らしい!!
華麗なる早弾きも展開するハリーだが、イングウェイでもなく、
ジョン・ノーラムでもないサウンド面、テクニック要素を持ったギタリスト。
デンジャー・デンジャーのアンディ・ティモンズのような、
派手なギター・パフォーマンスをせず、
細部にわたる超絶テクが火を噴くと言ったタイプのような気がする。

アルバムに収録された楽曲は、なかなかの完成度。
それだけに、アメリカ進出を3〜4年早めれば、ラットの後継者として活躍出来たかも。
シーンを味方に出来なかった残念な彼らなんだけど、
彼らの1stアルバムの完成度の高さの裏には、
ハリーが猛烈に早弾きしまくるインスト・ナンバーがあるから。
今回のMETAL無頼漢のオープニングを飾るのは、
ハリーの高速プレイが光まくるexclamation×2「THE EXPLORER」exclamation×2

ヴォーカル・トラックでは、時折聴かす早弾きプレイだったが、
この「THE EXPLORER」では、これまで消極的にプレイしていたハリーが、
フル充電してしまったかのように、スティーヴ・ヴァイもビックリなプレイを展開。
年末へ向かうMETAL無頼漢を軽快に送り出すナンバーです。

lthrwlf.JPG
続いては、日本でもファンが多いレザーウルフだぜっ!!!!
ルックス、楽曲の構成、ヴォーカリストの声、重厚なコーラス、ギター・ソロ…
もう、どれをとっても完璧なバンド、レザー・ウルフ。
ブリティッシュの余韻を感じさせながら、アメリカのワイルドさが融合。
NWOBHMでもなく、ハードロックでもなく、スラッシュでもない、
真のヘヴィ・メタル・アンセムを奏でたレザーウルフ。
ライオット、ヴィシャス・ルマーズ、メタル・チャーチ、
そしてレザーウルフの4アーティストは、
パワー・メタルのパイオニア的存在と言っても過言じゃないだろう。
僕の中で勝手に上記4アーティストは、パワー・メタル四天王です(笑)

レザー・ウルフの十八番は、ヴォーカリストのマイク・オリヴィエリも
ギタリストとしてプレイする、トリプル・ギター編成。
現アイアン・メイデンもトリプル・ギターだけど、
メイデンの哀愁さをも兼ね備えながら、荒削りなエッヂの効いた旋律が、
レザーウルフの最強の持ち味じゃないでしょうか。
そして、ソロ後半で聴かせるトリプル・ギターの高速ユニゾンは涙モノ!!

1984年にロスで結成され、当時のL.A.メタルに染まらず、
ブリティッシュ臭い泥臭さと、テクニカル集団ならではの
バラエティに富んだ楽曲を生み出す器用さで、
80年代に3枚のアルバムを発表した後、90年代でシーンから消えてしまった。
そのため、その3枚は廃盤となってしまい、マニア度高い作品になってしまった。
今回は、そのうちの1枚で、まだ比較的手に入りやすい3rdアルバム
「STREET READY」をピックアップ。

レザーウルフは、1999年に奇跡の復活を果たし、今回の「STREET READY」から、
10年振りとなる4thアルバム「Wide Open」を発表したが、
またもや活動休止、2005年に新ヴォーカリストを起用しての再始動…。
翌年の2006年にオリヴィエリが復活し、昨年までに2枚のアルバムを発表している。
昨年発表された「New World Asylum」も完成度は、かなり高く、
原点回帰を感じさせながらも、新たなレザーウルフの誕生を感じた。
彼らのバンド経緯は、今もなお活動中のアナイアレイターに通じる。

とは言え、こんなカンジで、どうもバンド内に安定感が無い....。
よって、今回の「STREET READY」が、彼らの黄金期最後の作品であり、
シングル・カット2枚も出した商業的にも成功を収めた作品なのである。

そんな「STREET READY」…10曲収録のトータル尺40分と、
コンパクトにまとめられながらも、レザーウルフらしい珠玉のナンバーばかり。
その中に、アルバムにいいスパイスをもたらしているのが、
今回のピックアップ・ナンバーであり、METAL無頼漢ラストのインスト楽曲
exclamation×2「BLACK KNIGHT」exclamation×2

ショットガン・メサイアの「THE EXPLORER」とは対照的に、
ザクザクしたスラッシャーなリフと、ドラマティックな転調、
そして芸術的な同旋律を激しく、華麗に弾きこなす、
見事なユニゾン・プレイがたまらんナンバーです。

asato with asia.JPG
いやいや、急に寒くなりましたね…
秋らしい涼しさを通り越しちゃっているような気がします。
今回は、城について熱くカキコんじゃいました。
こんな自分ですが、まだ大阪城と姫路城は見たことないんです(笑)
城の魅力は、美しい天守閣かもしれませんが、
城址に潜む、熱く悲しいドラマもステキだと思うんです。
これって、解散してしまったバンドや、
消えてしまったバンドの良さを感じることと一緒じゃないかなぁ。
過去に拘って、新しいものを受け入れないように見えますが、
自分の生きてきたヒストリーの一部だから、
消すにも消せないんですよね....。
まぁ、それは悲しい思い出や、忘れたい失敗も消えないんですけどね。

おっ…なんだか秋らしいコメント書いちゃいました。

男闘呼組の「秋」って歌覚えてますか?(笑)
今月のポッドキャスティングもヨロしくでするんるんるんるんるんるん
posted by 佐藤朝問 at 07:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

Emerson,Lake & Powell「THE SCORE」

E.L.P.JPG

ranpo@.JPG
10月31日は、ハロウィン・デーです。
このタイミングならば、メタル無頼漢としては、
ジャーマン・メタルの雄、HELLOWEENを紹介すべきなんですが、
既に、今年2月のガンマ・レイとのジョイント・ツアーの際にピックアップ済み。
HELLOWEEN「THE CHANCE」
ならば…っと思い、ハロウィンに因んで、とある喫茶店を紹介します。

東京の下町情緒溢れるエリア、通称“谷根千”と呼ばれる、
谷中、根津、千駄木の界隈に、ひっそりとある喫茶店「喫茶 乱歩」。

ranpoA.JPG
喫茶店巡りが趣味の自分としては、太鼓判を推す名店。
千代田線の千駄木駅そばの団子坂と呼ばれる坂の途中にあります。
そう、江戸川乱歩先生の「D坂の殺人事件」の舞台である団子坂…
明智小五郎の推理が光る探偵小説の傑作です。
そんな江戸川乱歩を愛するマスターが営んでいる喫茶店が「喫茶 乱歩」。

ranpoB.JPG
日本における“ハロウィン・デー”と言うのは、
コスプレをしたり、怖い映画が放送される日のイメージがあります。
そんな、日本のハロウィンを意識して、
ミステリアスな空間に、浸りたい方への「喫茶 乱歩」の紹介です。
解像度が低い僕のカメラでは、薄暗い店内をキレイに写せなかったんですが、
ホッと一息出来る空間でもあり、ミステリアスな雰囲気も抜群な「喫茶 乱歩」。

カウンターには怪しい書籍が並び、
店内にはネコのグッズが多く飾られています。
「楽我記帳」と呼ばれるノートには、ココに訪れたお客さんのメッセージ、
ネコのイラストなどがいっぱい描かれています。

ranpoC.JPG気さくなマスターと、ココには良介君がいる。
このお店の看板である、16歳の雄猫、良介。
良介君の専用メガネ?で記念写真。
キレイに写せなかったのが悔しい…。
谷根千エリアは、猫が多いことでも有名。
そんな猫たちの大ボス的存在感が、
良介君には伝わってきます(笑)
はじめて、「喫茶 乱歩」に行ったときは、
彼にご対面出来なかったんですよね。
今年4〜5回ココを訪れてからは、
彼に毎度会えていて嬉しい次第です。
僕も喫茶店を開く事に憧れているんで、
うちの猫も、良介君のような看板猫にしたいです(笑)

ranpoD.JPG
今年の8月から参加させていただいている「シネドラ 番外編」。
伊藤P氏、黄金バットII世さん、スクラッティさんとの、
4人連携の合同映画批評ブログなんですが、
今回僕がピックアップさせていただいた映画が、
江戸川乱歩作品「人間椅子」を大胆にアレンジした映画でした。
是非、そちらのほうにも遊びに来てください♪
【シネドラ 番外編】「エロチック乱歩 人間椅子」

さ〜て、10月最後のアーティストでございます。
10月15日の渋谷C.C.レモンホールを皮切りに、
4日間のジャパン・ツアーを敢行したキース・エマーソン。
ELP名義ではなく、ヴォーカル&ギター、マーク・ボニーラを迎えての
新プロジェクトとしての来日公演。マーク・ボニーラは、グレン・ヒューズや、
デヴィッド・カヴァーディルとも共演経験あるプレイヤー。
今月は、来日ラッシュだっただけに、キース・エマーソン公演は、
涙ながら行くのを断念した方もいらっしゃるのでは??

キース・エマーソンはメタル?ハードロック?
って思いがちですが、今年の5月に紹介したエイジア同様、
70年代、80年代のメタル・シーンを経てきたファンにとって、
キース・エマーソンは欠かす事の出来ないプレイヤーではないだろうか??

KM.JPG
来月11月2日で64歳を迎える、プログレ・シーンを牽引してきた、
キース・ノエル・エマーソンこと、キース・エマーソン。
クラシック理論、ジャズ理論の両ジャンルを兼ね備えながらも、
その身をロック・シーンに委ねた希代の鍵盤アーティストと言えよう。

エマーソンは、イギリスのウェスト・サセックス州ワーシングで生まれ、
主に、ルネサンス音楽、バロック音楽に携わり、
その経験を活かしながら、ハモンド・オルガンなどを起用したサウンドを構築。
その類まれなる才能を活かしながら、数々のバンドを経て、
1967年に結成されたThe NICEにより、彼のプレイに注目が集まった。
そして、彼は、グレッグ・レイク、カール・パーマと共に、
1970年エマーソン・レイク・アンド・パーマを結成するのである。

Keyboards anthem.JPG
僕がハードロックを好んで聴き始めた頃に巡り合えた、
キーボードをフィーチャーした楽曲の代表曲が、
やっぱり、ボン・ジョヴィの「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」のイントロを飾った、
「ピンク・フラミンゴ」と、ジャーニーの「セパレイト・ウェイズ」かも。
ギター・サウンドとは異なる攻撃性と哀愁さを兼ね備えたキーボード…。
その後、ディープ・パープルでのジョン・ロードのハモンド・オルガンや、
イングウェイや、ハロウィンの「Dr.Stein」の間奏で聴かせてくれたパイプ・オルガン。
“名メタル・ナンバーにキーボードの存在アリ”と言う事を知る。
その後は、ドリームシアターやロイヤル・ハントと言った
テクニカル集団たちのサウンドに酔いしれていったワケだが、
なんと言っても個人的には、キーボード・プレイヤーの存在感が大きく、
バンド・サウンドに極上のアンサンブルとフォーメンションを効かした、
ジャメタの雄、VOW WOWのサウンドが一番僕には思い出深い.....

VWWW.JPG
和製キース・エマーソンと言えば、僕は厚見玲衣さんだと思います。
日本が誇るスーパー・ギタリスト、山本恭司さんと厚見玲衣さんの
ギターVSキーボードの図式は、多くのバンドを、それなりに聴いてきた僕でも、
VOW WOWだけではないかと思ってしまうほどの唯一無二なサウンド。
1985年に発表された2ndアルバム「CYCLONE」収録の「Hurricane」は、
山本恭司さんのソロ→厚見玲衣さんのソロ→山本×厚見ユニゾン!!
このフォーメーションは、いつ聴いても鳥肌モンですよっ!!!!
当然、山本恭司さんのソロも最高なんだけど、
もう厚見玲衣さんのキーボードが素晴らしすぎるっ!!!
そして、VOW WOW最高傑作である、3rdアルバム「III」では、
山本恭司さん×厚見玲衣さんのテクニック乱舞協奏曲満載でした。
僕は、厚見玲衣さんの存在により、キース・エマーソンを聴いた一人です。

ierupi.JPG
お〜っと勢いあまってVOW WOWについて熱くカキコんじゃいそうでした(笑)
話は戻って、キース・エマーソンですが、The NICE以降、
エマーソン・レイク・アンド・パーマことELPとして始動したのが1970年…。
キング・クリムゾン出身のグレッグ・レイクと、
アトミック・ルースター出身のカール・パーマーの3人。
もともと、キースとグレッグのドラマー候補は、
ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスのドラマー、ミッチ・ミッチェル。
しかし、ミッチはバンドには参加しなかったのだが、
逆にジミヘン自身が、キースたちのプロジェクトに興味を持ったそうだ。
そんなニュースを聞きつけたイギリスの音楽誌は、
Hendrix,Emerson,Lake & Palmer、通称“HELP”
っと言うスーパー・バンドが誕生する!!!っと情報が流れたそうだ。
しかし、ジミヘンの急死により、この4人のプロジェクトは夢となった。

そして1970年、デビュー・アルバム「Emerson, Lake & Palmer」を発表。
オープニングを飾った「The Barbarian」邦題「未開人」で、
おどろおどろしい怪しい世界観を出し、
キング・クリムゾンの世界観をも凌駕する、
新たなプログレッシヴ・バンドの誕生をシーンに見せ付けた。
ココにピンク・フロイド、イエス、キング・クリムゾンとの四天王伝説の幕が開いた。

そんな、ベース、キーボード、ドラムと言う変則的旋律を武器にELPは、
1970年から1978年の8年間の活動、
活動休止を経て、1992年から1998年の再結成期間において、
オリジナル・アルバム9枚、ライヴ・アルバム13枚を発表。
70年代と90年代を駆け抜けてきたELPだったのだが、
実は、80年代にも新たなELPが誕生していた。
それが今回のピックアップ・アルバム
「Emerson,Lake & Powell」である。

E.L.P.A.jpg
1970年代に、数々の伝説を残したキース・エマーソン率いるELP…。
そんな彼らが、80年代に再始動しようと決意したのが1985年…。
キースとグレッグは再始動への意気込みを強めていた中、
ドラマーのカール・パーマは、既にエイジアの正ドラマーとして活躍。
カールは、二人のELP再始動のオファーを断ってしまう....。

新ドラマー起用において、Pのイニシャルが付くドラマーで、
ジェネシスのフィル・コリンズ、はたまたビートルズのリンゴ・スターを、
Ringo Parrと言う名前にして、ELPへの参加を要求する予定でもあった(笑)
また、キースの個人スタジオが暴走したトラクターにより破壊された事を皮肉って、
「Emerson,Lake & Plow」にしようか…などとも考えていたそうだ。
因みに「Plow」とは、農耕用と言う意味である。

そんな中で、キースとも親交があった、メタル・シーンの名ドラマー、
コージー・パウエルに、プロジェクト参加を切望....。
ちょうど、ホワイトスネイクを脱退したばかりのコージー…。
快くキースのプロジェクト参加要請にOKサインを出した。

1986年、新ELPとして「Emerson,Lake & Powell」を発表。
今までのELPのプログレッシヴさを継承しながらも、
壮大なシンフォニックな構成のナンバーが散りばめられ、
ダイナミックなドラミングを展開するコージーと見事にハマっていた。

シングル「Touch and Go」は、かなりエイジアっぽいサウンドなんだけど、
やはり、キースの華麗なるキーボードのプレイにより、
確固たるELPの世界観を出したナンバーだと思う。

結果、Emerson,Lake & Powellは、このアルバムのみであり、
商業的にも成功を収められなかった作品…。
しかし、このアルバムの1曲目は、誰しもが耳にした事のある名曲!!!
今回のピックアップ・ナンバーはexclamation×2「THE SCORE」exclamation×2

new japan.gif
「THE SCORE」を聴いて、オッ!!!っと思った方は、生粋のプロレス・ファンかも(笑)
テレビ朝日系列で放送されている、新日本プロレスの番組
「ワールドプロレスリング」のテーマ曲としてお馴染みのナンバー。
闘う男たちのアドレナリン全開となるナンバーと言える。
このナンバーを聴いた新日ファンは、蝶野、橋本、武藤の
“闘魂三銃士”全盛期の名勝負が、頭を過ぎってしまうかもしれない。
この曲は、1986年、FIFAワールドカップ メキシコ大会のテレビ放送の際、
メイン・テーマとして起用されたナンバーでもある。
この大会では、マラドーナ率いるアルゼンチンが、
ベッケンバウワー監督指揮の西ドイツを下し優勝した大会でもある。

「THE SCORE」はトータル9分弱の壮大なるオーケストラレーション楽曲。
インストかと思いきや、ちゃんとグレッグ・レイクのヴォーカルがある。
「ロッキーのテーマ」のように、アスリートたちのハートを熱くしてしまう、
パワフルでダイナミックな高揚感溢れるナンバーです!!!!

asato with testament.JPG
先週の荻窪ラーメン列伝いかがでした??
あと、荻窪と言えば、教会通りにある「さとう コロッケ店」。
大好きなコロッケを片手に記念撮影しちゃいました。

さてさて、伊藤Pさん、コメントどうもです。
なんだか、随分お堅い挨拶からのカキコミに笑ってしまいました。
いやいや、伊藤Pの部屋「デフ・レパード ライヴ・レポ」堪能しました。
デフ・レパードを愛する伊藤P氏の情熱を感じましたよ(笑)

パチーノさん、はじめまして!!!
カキコミありがとうございます。
“デフレパ愛”をもっともっと書きたかったんですがねぇ…
ライヴ・バンドとしての実力度は、エアロを凌ぐのではないかと思います!!!
是非、これからも、カキコミお待ちしています♪
う〜ん、先日アル・パチーノ主演映画「狼たちの午後」を観て、
超感動してしまった僕としては、ナイスなハンドル・ネームっすね!!!

うん?! Mr.K…
柚子ごしょう…????
まっ…まさか、オマエは????
って言うか、ブログにも触れたコメント書いてよ!!(笑)
まぁ、お酒のお誘いは大歓迎です。
是非、飲みましょう!!!

そう言えば、このCM観てくれましたか??
パジェロミニ
posted by 佐藤朝問 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

Def Leppard「Excitable」

DL@.JPG

hutaba.JPG
すっかり秋らしい季節になり、温かいメニューが一層美味しくなる時期。
今年の4月にキャンシステムがある荻窪の美味しいうどん屋を紹介しました。
ちょっと亭
そんでもって、5月には、僕が少々、ラーメンにうるさい事も触れました(笑)
たかさご家
そんなワケで、今回は荻窪にある僕の好きなラーメン屋を紹介しようと思います。

ラーメン・ブーム勃発前から、東京屈指のラーメンの名店が並ぶ荻窪....。
“荻窪ラーメン”の代名詞と呼ばれる「春木屋」や、つけ麺の元祖と呼ばれる「丸長」など、
東京ラーメンのエポック・メイキング的場所なのである。

荻窪駅北口は、JR駅にしては珍しく、青梅街道と言う大きな道路沿いであり、
環八も近いことから、駅からも、車でもラーメン屋に訪れる絶好のロケーション。
そんな荻窪に本社を構えるキャンシステム…。
僕が社員の頃から、ラーメン通の人間が多かったような気がする。

そんなキャンシステム社員の時代に巡り合ったラーメン屋で、
大好きなお店2店舗を紹介したいと思います。

hutaba2.JPGまずは、教会通りにある「二葉」。
最近、上荻店もオープンしたが、
教会通り沿いの「天沼店」がお薦めかも。
最近メニューが増えてきているが、
僕は二葉のワンタン麺が大好きである。
こじんまりとした店内と、
手作りのような椅子とテーブルが、
右左と並んでおり、8人で満員…。
煮干だしのスープと太い麺!!!
程よい柚子の香りも二葉ならでは。
(最近、柚子の香りがしないけど…)
食べ応え十分なワンタンも美味いです。
そして、そんなに腹ペコではないのに、
思わず注文してしまう、
「炙りチャーシュー飯」!!!
このツートップが僕の定番メニュー。
当然、麺は固めです!!!(笑)
時々、無性に食べたくなってしまいます。

18.JPGもう一軒目は、「ラーメン十八番」。
荻窪ラーメンの中でも異色的存在。
ランチタイムは開店していないので、
夜じゃないと食べれません....
おまけに何時から開店なの?(笑)
そんなワケで、十八番には飲んだ帰りに、
よく立ち寄ったラーメン屋である。
十八番の特徴は、透明なスープ。
豚骨と黒胡麻がベースとなっている。
脂を感じるんだけど、アッサリしていて、
不思議な甘みも感じる。
とにかく、ココは炙り胡麻が決め手!!!
人気メニューはネギラーメンですが、
僕は、特製十八番ラーメンが定番です。
ラーメンの上に、肉野菜炒めが盛られ、
油断すると、必ず舌を火傷します(笑)
まずは、じっくり掻き混ぜ、馴染ませる。
ココのもう一つの人気は餃子。
一切肉が入っていないヘルシー餃子。
3個餃子が一人では十分かも。
そして、十八番の面白いところが、
食後に、厨房に「ガリをください」
って言うと、あいよっ!!!
っと小皿に盛られたガリがもらえる。
お口直しの一品と言える。
二葉
手もみラーメン 十八番

さてさて本題に入りまして、遂に明日武道館公演が控えている、
ホワイトスネイク × デフ・レパードのダブルヘッドライナー!!!!
本日は、デフ・レパードをピックアップさせていただきます。
1977年にイギリスはシェフィールドで結成されたデフ・レパード。
バンド活動歴は30年以上という大ベテランなのに、
彼らに“老い”と言うものが感じられないのは僕だけだろうか??
全世界で総売上枚数6500万枚と言う驚異的セールスを記録している彼らは、
ご存知の通り、栄光と苦悩が交錯したドラマティックなヒストリーがある。
なのに、エアロスミス、ボン・ジョヴィのように老いを感じないんだよね。
現在のメンバー平均年齢は45歳過ぎなのに、
若々しいファッションと童顔のメンバーが多いからなのか、
ビジュアル、そしてサウンドに衰えを感じさせない、
偉大なる現役ハードロック・アーティスト、デフ・レパード。

DL dscgrphy.JPG
ドラマーのリック・アレンはデビュー時は17歳…
平均年齢20歳と言う若さで、1980年記念すべき1stアルバム
「On Through the Night」をリリースし、
今年2008年に10枚目のオリジナル・アルバムを発表。
28年間で、ベスト盤などを含む14枚のアルバムを発表したデフ・レパード。
初期デフ・レパードは、ブリティッシュ色溢れる、
洗練されたデザインのジャケットだったのだが、
90年代に突入してから、徐々に手抜きになってきているのが伺える。
全ジャケットを見比べれば見比べるほど、
彼らの勢いや葛藤などが、アルバム・ジャケット毎に凝縮されている。
とは言っても、デフレパ節を貫き、クオリティ高いライヴを展開している。
ライヴに定評のあるデフ・レパードは、1995年に24時間で
モロッコ、イギリス、カナダと三大陸でライヴを敢行し、
この記録はギネス・ブックに認定された!!!!

さて、このMETAL無頼漢、今回のデフ・レパードで54アーティスト目であり、
今まで歴史あるアーティストを紐解いてみたが、
大御所バンドのディスコグラフィーって、1stアルバムから5thアルバムまでは、
だいたい1年おきにアルバム発表していると言うことに気がついた。
1年で2枚のアルバムを発表したりもしている....
有り余るアイディアを、どんどん楽曲にして、アルバムを発表し、
自分たちの存在を世に知らしめている....
しかし、デフ・レパードの場合は、1stアルバム「On Through the Night」から、
2ndアルバム「High'n'Dry」までは制作期間1年であるが、
後に彼らの名前がワールドワイドに知れ渡った大名盤3rdアルバム、
「Pyromania」(邦題「炎のターゲット」)は、2ndアルバムから2年後のリリース…。
そして、今回のピックアップ・アルバムである4thアルバム「Hysteria」
言わずと知れた彼らを代表するアルバムであり、
全世界で1700万枚を売り上げたマンモス級の作品なのだが、
この「Hysteria」が完成したのは「炎のターゲット」から4年後の事…。

妥協を許さない、緻密な制作工程もあるのだが、
商業的ヒットを飛ばした彼らには、様々なドラマが裏に潜んでいた....。

DLA.JPG
「Hysteria」を発表した頃の彼らのショット....
右から、1991年に残念ながら他界してしまった故スティーヴ・クラーク、
L.A.GUNSの美形ヴォーカリスト、フィリップ・ルイスと共に、
グラム・メタルの先駆け“ガール”のギタリストとして活躍していたフィル・コリン。
そして、今もなお現役であり、デビュー時メンバーである、
ドラマーのリック・アレン、ベーシストのリック・サヴェージ、
ヴォーカリストのジョー・エリオットの3人。

デフ・レパードは、1977年、ベーシスト、リック・サヴェージと、
ギタリストのピート・ウィリス、ドラマーのトニー・ケンニングの3人が結成してた、
アトミック・マスと言うバンドが母体。
そして、ピート・ウィリスがジョー・エリオットと出会い、4人編成バンドを始動。

ジョーが英語の授業中に思い付いたと言うバンド名、
「Deaf Leopard」をメンバーに提案する…
その「Deaf Leopard」をケンニングが、ツェッペリンのように、
母音の一部を取った名前にしないかと提案し、Def Leppardとなった。
因みにLed Zepplinは、元の案は“Lead Zeppelin”。

デフ・レパードと言うバンド名が確立した時に、
ピートは、エレクトリック・チキンと言うコピー・バンドで活躍していた、
スティーヴ・クラークと出会い、彼を正式メンバーとして迎え入れる。
この時に、スティーヴ・クラークは、メンバーの前で
レイナード・スキナードの「Freebird」を披露し、そんな彼のプレイ・スタイルに、
メンバーは、彼を正式メンバーとして承諾したそうだ。

しかし、バンド名において、小粋なアイディアを出したケニングが、
当時付き合っていた彼女を優先するためにバンドを離脱。
代わりに、フランク・ヌーンを迎えて、インディーズEP「Rocks Off」を制作。
ラジオ局などに積極的に売り込んでいった。
っが、結局フランク・ヌーンも脱退し、弱冠15歳のドラマー、リック・アレンを迎え入れる。

rly DL.JPG
デモ盤となるミニ・アルバム「WARCHILD」、「FIRST STRIKE」などを制作。
この2枚に収録されている楽曲のうち、
1stアルバム「On Through the Night」に収録されたのは「Wasted」だけ。
現在、かなり高値でオークションなどで取引されている幻の2枚!!!
写真左端のジューダスのTシャツを着ているのが、
メンバー構築に大きく貢献した初代ギタリスト、ピート・ウィリス。

DL hstry@.JPG
1980年待望の1stアルバム「On Through the Night」を発表。
平均年齢20歳と言うヤング・フレッシュなジェネレーションのバンドとは思えない、
NWOBHMの片鱗を垣間見えるような完成度高いナンバーが収録。
ジューダス・プリーストのプロデュース経験のあるトム・アロムの手腕も光った作品。
幸先良いスタートで、いきなりAC/DCのアメリカ・ツアーの前座などを経験。

その流れで、AC/DCのプロデューサーとして活躍していたマット・ラングの目に止まる。
早速、マットの下制作された、2ndアルバム「High'n'Dry」が1981年に完成。
しかし、このアルバムの発売と同時に、旧友ピート・ウィリスを解雇する。
ピートは、かなりアルコール依存症となっていたため、
バンドの将来を考えての苦渋の選択であっただろう....。
「High'n'Dry」で最も注目された楽曲が、「Bringin' On the Heartbreak」。
あのマライア・キャリーもカバーした名バラードであり、
ピート・ウィリスとスティーヴ・クラークの泣きまくる
ツイン・ギターが印象的なナンバー。
この曲は、プロデューサーであるマットが、ツェッペリンの
「天国への階段」のようなバラードを作るようメンバーへ投げかけた。
ジミー・ペイジを崇拝していたスティーヴ・クラークは、この要望に燃えたんだそうだ....。
「High'n'Dry」のヒットにより、オジーの欧州ツアーの前座などを務める。

ピート脱退後のデフ・レパードは、新ギタリストを探す。
そして、巡り合えたのが、タッシュ、ダム・ブロンズ、そしてガールなどで
活躍していたテクニカル・ギタリスト、フィル・コリン。
彼はデフレパのメンバーになった事を真剣に考え、
酒を飲むことを止め、肉を食べることも止め、健康な状態で、
デフ・レパードのサウンドを支えていこうと決断する。
しかし、一方のスティーヴ・クラークのアルコール漬けは加速していた。

アグレッシヴなリード・ギタリスト、フィル・コリンを迎えたデフレパ。
そんなメンバー構成を意識した楽曲を、プロデューサー、マットの指揮の下、
次々と制作し、完成されたのが3rdアルバム「Pyromania」
邦題「炎のターゲット」が2年の歳月を経て満を持して発表されたのである。

このアルバムは、1983年のロックシーンそのものと言っても過言ではない無敵の1枚!!!
ココから、デフ・レパードのお家芸である重厚なコーラス、
フィルとスティーヴのツイン・ギター・バトル、
耳残り良いキャッチーで、パワフルなサビが、誰もが虜になってしまったハズだ。
シングル・カット「Photograph」、「Rock of Ages」は、
ビルボード・シングルチャートで1位を連続で獲得してしまう!!!
「Pyromania」は、1982年に発表されたマイケル・ジャクソンの名盤
「スリラー」をも凌駕する、ゴールド→プラチナ→マルチ・プラチナをも超え、
ダイアモンド・アルバムの称号を手にしたアルバム。
当然ながら僕も、このアルバムから、デフレパ狂へとなっていた(笑)

Rck lln.jpg
1984年12月31日大晦日…
ドラマーのリック・アレンは地元イギリス・シェフィールドで
家族と一緒に年末を過ごしていた。
彼が愛車のコルベットに乗り、我が家に戻る際、
一台のアルファ・ロメオが、リックのコルベットに近づき威嚇してきた。
リックのコルベットの前を、邪魔するかのように走るアルファ。
リックは、その車に逆上してしまい、思いっきりアクセルを踏んだ…。
加速がつき過ぎたコルベットは、そのまま垣根へ激突…。
不十分な状態だったシートベルトにより、
彼の腕は切断を余儀なくされるほどの重症を負ってしまう。
病院に駆けつけたヴォーカルのジョーは、涙ながら
ドラムを続けることを諦めるよう説得したが、
リックはデフ・レパードのドラマーを続けることを決意していた....

リックは失くしてしまった左腕の代わりに、左足を活かせる
ハイハットとスネア・ドラムを改造したドラムセットで、
ステイタス・クオーのドラマー、ジェフ・リッチの支援の下、
バンドに役に立つドラマーになるため、過酷な練習を積んだのだ。

そして事故から2年後の1986年…
イギリス・ドニントン・パークで行われたモンスターズ・オブ・ロックで、
リックはデフ・レパードのドラマーとしてステージに立った.....

hystr sngl cllctn.JPG
頂点を極めたデフ・レパード....
しかし、最愛なるドラマー、リック・アレンの事故....
当然、アルバム制作は難航だったに違いない....
栄光に酔いしれることなく、改めて自分たちを見つめなおしたメンバー。
「Pyromania」で得たヒット・チャートの法則を糧に、
更なる素晴らしいアルバム「Hysteria」を1987年に発表した。
全12曲、トータル62分と言う大作「Hysteria」。
バラエティに富んだ楽曲陣は、シングル・カットを量産。
アルバム発売の1987年に、「Woman」、「Animal」、「Pour Some Sugar on Me」
「Hysteria」の4曲をシングル・カット。TOP10圏内にどれも食い込む。
そして、1988年に「Armageddon It」、「Love Bites」(2曲とも最高位3位)
1989年に、「Rocket」をシングル・カット。
「Rocket」のPV監督は、数々の名クリップを残したナイジェル・ディック!!!
そして、このPVが、まさかスティーヴ・クラークの最後の姿になるとは、
誰が想像していただろうか?!
2年後の1991年、スティーヴ・クラークは帰らぬ人となってしまった。

SC.JPG
まるで、韓国のドラマを観ているかのような不の連鎖…。
不幸なバンドと言う言葉では括れない何かがデフ・レパードにはある。
それも、もしかして定めなのかもしれないし....
不慮の事故でメンバーを亡くしたバンドは結構多い…。
大半は、その影響により解散と言う悲しい結末を迎えたりしている。
でも、デフ・レパードは今もなお活躍しているし、
冒頭でも書いたように、衰えを感じさせない漲ったパワーを感じる。
僕ら世代にとって、「Hysteria」はバイブル的アルバムであるけれど、
リック・アレンの不屈の精神が詰まった1枚であり、
故スティーヴ・クラークの遺作にもなってしまった感慨深いアルバム。

そんな名盤から選ばさせていただいたのが、
メンバーが楽しくバンドをしているexclamation×2「Excitable」exclamation×2
中学の頃は、この曲ぜんぜん好きじゃなかったんだよね。
カッコ良さを感じられなかったんだけど、
大人になってからは、この歌のパンキッシュなビートが好きになりました。
テクニカルなフィルの旋律よりも、スティーヴ・クラークの
ダイナミックなリフが目に浮かんでしまう最高のナンバーだと思います。
そんでもって、この「Excitable」に、1999年、ヴィヴィアン・キャンベルが
すっかりメンバーとして定着したデフ・レパードの原点回帰作
「Euphoria」に収録されているインスト・ナンバー「Disintegrate」と
リミックスさせた構成で放送しております!!!

asato with monsters of rock '88.JPG
明日のセットリストは一体どうなるんでしょうね??
是非、ライヴに行かれた方は、コメントお待ちしております。
僕の予想では、ホワイトスネイクは「Still Of The Night」から始まるのでは??
デフ・レパードは、やっぱり、1曲目は「Stagefright」かなぁ....
posted by 佐藤朝問 at 21:20| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

Whitesnake「The Deeper the Love」

ほわすね.JPG

omoide coffy.JPG
先日銀座一丁目で仕事があったので、
日比谷線ひとつ先の駅である築地で下りました。
大学卒業後、新卒で入社した会社が築地にあったため、
何かと思い出のある地であります。

もう、その会社に入社したのが12年前と、
自分が歳をとったのを実感してしまいます。
営業配属だった自分は、とにかく新規クライアント獲得の日々…。
社会の現実を目の当たりにした、今思えばイイ経験でした。

新規クライアント獲得のために、様々な会社にアポを取る訳ですが、
1週間で3件アポが取れれば上出来でした。
アポが取れなければ、ひたすら資料集め.....
当時23歳の自分は、結構四苦八苦の毎日だったのを覚えています。
アポが取れなければ、会社を出る理由が無いので、
築地周辺で、トボトボ昼飯を食べていたワケなんですが、
そんな当時の自分を癒してくれたのが、築地茶房のコーヒーゼリーでした。

12年振りに訪れてみたら、店内は当時のままであり、
ボリュームあるコーヒーゼリーも健在であり、当時と同じ200円!!!!
一人暮らしを始めたばかりと、がっかりな初任給だったので、
この低価格は、それはそれは嬉しかったです。
働く疲れを知った頃だけに、ほろ苦さと甘さがブレンドされたコーヒー・ゼリーに、
なんとも言えない安堵感をもらっていましたね.....

waramen.JPG
築地茶房から、銀座一丁目へ向かう途中に、中村屋というお店があります。
ココのランチ・メニューに「わらじメンチ定食」って言う、
ボリューム満点の定食があって、そこも御用達でした。
文字通り、わらじのようなデカイ、メンチカツを堪能できます。
仕事終わりに、先輩や同期たちと酒を飲んだ思い出も、中村屋にはあります。

今の仕事に就くまでに、幾分遠回りしてきましたが、
当時の経験も、僕の血となり肉となった素敵な思い出であり、
自分の年輪として大きな役割として刻まれています....。

築地茶房
中村屋

さてさて、間もなくホワイトスネイク、デフ・レパードの
夢のダブル・ヘッドライナー・ツアーが行われます。
ブリティッシュ・ハードロックを代表する両雄の雄姿を、
いっぺんに堪能できる、最高のステージが、いよいよ来週10月23日、
聖地、日本武道館2DAYSを皮切りに、大阪、名古屋のジャパン・ツアーが開催。
そんなワケで、今週ホワイトスネイク、来週デフ・レパードをフィーチャー。
頂点を極めた両バンドを請謁ながら、ピックアップさせていただきます。

DP with DC.JPG
本日のホワイトスネイクは、ご存知第三期ディープ・パープルのヴォーカリスト、
デヴィッド・カヴァーディルを中心とした、
イギリス、ノース・ヨークシャーにて1977年に結成されたバンド。
カヴァーディルがイアン・ギラン脱退後のパープルに加わったのが、
1974年発売のパープル通算8枚目となる大名盤「Burn」(邦題「紫の炎」)から。
同期加入メンバーには、歌唱力も抜群のベーシスト、グレン・ヒューズ。

カヴァーディルは、1974年から1975年という短期間において、
3枚のパープルのアルバムに参加している。
しかし、1975年の10thアルバム「Come Taste the Band」で、
パープルの頭脳でもあるリッチー・ブラックモアが脱退し、
故トミー・ボーリンを迎えてからが、バンド内が空中分解…。
結局1976年にディープ・パープルは一回目の解散となってしまう。

hakuja.JPG
既に、リッチーはロニー・ジェイムズ・ディオと共にレインボーを始動。
カヴァーディルも自ら、ホワイトスネイクを結成し、
1977年から1991年までに9枚のオリジナル・アルバムを発表。
当初はブルース色強いバンドであり、カヴァーディルは、
そんなホワイトスネイクのサウンドを“プログレッシヴR&B”と提唱していた。

初期ホワイトスネイクを支えていたのが、
ギターのミッキー・ムーディー&バーニー・マースデン、
ベーシストは元VOWWOWでもあるニール・マーレー。

大手レーベル、ゲフィンと契約するものの、1978年の1stアルバム「Snakebite」、
ビートルズの「デイ・トリッパー」のカバーが収録された2ndアルバム「Trouble」、
盟友ジョン・ロードを迎えた1979年の3rdアルバム「Lovehunter」までは、
正直、セールスには恵まれておらず、苦悩の期間であった。

そして、デビュー2年目の4thアルバム「Ready an'Willing」にて、
パープル出身のドラマー、イアン・ペイスを迎え、
ようやくゴールド・ディスクを獲得したのである。
このアルバムには、彼らを代表するナンバー「Fool for Your Loving」が収録。
B.B.キングの楽曲からヒントを得たと言うこのナンバーは大ヒットを記録。
そして、このナンバーが時を経て、新たなアレンジで生まれ変わり、
我々世代に浸透したのが、今回のピックアップ・アルバム
1989年発表の9thアルバム「Slip of the Tongue」である。

WSA.jpg
「Slip of the Tongue」時のメンバー・フォト。
右からドラマーのトミー・アルドリッヂ、
そしてヴォーカリストのデヴィッド・カヴァーディル、
なぜか、カメラを持っているのが、ご存知スティーヴ・ヴァイ、
そして、エイドリアン・ヴァンデンヴァーグとルディー・サーゾ。
非常に、バンド内に心地よい風が吹いているかのような楽しそうなショット。
そして、ブリティッシュ臭さ溢れていたホワイトスネイクが、
テクニカル・ギタリスト、ヴァイを迎えたと言う、衝撃的メンバー編成であり、
ヴァイを受け入れられたホワイトスネイクのハードロック・シーンの
頂点を極めた故の自信と、飽くなき挑戦が垣間見える時代なのである。

WS@.JPG
そう、彼らがハードロック・シーンの頂点を極めたキッカケは、
7thアルバム「Slide It In」から、コージー・パウエル、ジョン・サイクスを、
メンバーに迎えてからのことである。
皮肉にも、リッチー・ブラックモア率いるレインボーの
初期作品ほとんどに関わったコージー・パウエルと、
以前ココでも紹介したタイガース・オブ・パンタン、そしてThin Lizzyと、
着実にギター・ヒーローの仲間入りとなっていたジョン・サイクス…。
攻撃性を兼ね備えたドラマーとギタリストを迎え入れることにより、
今までのホワイトスネイクのサウンドに切れ味が増したのかもしれない。
また、他バンドで活躍していたプレイヤーを起用することにより、
従来のマンネリなサウンドを払拭させるアイディアとエッセンスが組み込まれたのかも。
そして、そのアイディアに難なく対応できるカヴァーディルの
ヴォーカリストとしてのポテンシャルの広さを、
カヴァーディル自身が気付き、コージーやジョンに委ねられたのかもしれない。
とは言っても、所詮カヴァーディル帝国のホワイトスネイク!!!(笑)
メンバー・トラブルは絶えないのである.....。

WSB.JPG結局コージー・パウエルやジョン・ロードが脱退し、
3年の制作期間を経て完成したのが、
多くのハードロック・ファンが、
コレをキッカケにHR/HM信者になったであろう、
ロック史に残る名盤とも言うべき作品、
1987年発表、通算8枚目となる「Whitesnake」。
邦題は「サーペンス・アルバス〜白蛇の紋章〜」。
Serpens Albus(サーペンス・アルバス)とは、
ラテン語でWhitesnakeって意味だそうだ。
この名盤を生んだ影の功労者は、
間違いなくジョン・サイクスである。
なのに!!!ジョンはレコーディング終了後、
無情にもカヴァーディルから解雇通告!!!
「Here I Go Again」、「Crying In The Rain」は、
彼らの6thアルバム「Saints & Sinners」の
収録楽曲を再レコーディングしたものではあるが、
その2曲以外は、ほとんどジョン・サイクス節炸裂。
解雇されたジョンが後に結成した
ブルーマーダーの1stアルバムを聴けば、
「サーペンス・アルバス」の功績が伺えてしまう。
さて、素晴らしいアルバムだけに、
4曲もシングル・カットされ、どれもが大ヒット!!!
ビデオ・クリップには、急遽召集された、
エイドリアン・ヴァンデンヴァーグ、
ヴィヴィアン・キャンベル、ルディ・サーゾ、
そしてトミー・アルドリッヂがPVに出演し、ツアーも敢行された。
ヴィヴィアンにジョン・サイクスの音が似合わないのが悲しい(笑)

bibiru.JPG
僕にとっても、この「サーペンス・アルバス」は思い出の一枚であり、
ハードロックの世界に誘ってくれたアルバムであるのは事実です。
時々、「何をキッカケに、メタルとか聴くようになったの?」
っと訊かれたりすることがあります。
その際に答えるエピソードに「サーペンス・アルバス」が必須なんです。

忘れもしない、僕が14歳の中学二年生の時でした....。
学校行事で僕らの学年で、山梨県西湖のキャンプ場に行った時です。
それぞれグループ分けして、バンガローに泊まり、
自炊などをしながら、楽しい野外体験の授業です。

初日の夜…
多目的集会場のようなフロアに、
全学年が集まりレクリエーションをしていました。
その時、とある先生が我々の前に出て、こう言いました…

「おーーーい、誰かみんなの前で出し物するやつはいないか??」
もうすっかり、女の子を意識し、髪型なんかも気にし始めた、
青春真っ只中の我々は、気恥ずかしいと言う気持ちが芽生えてしまい、
誰もみんなの前に出たりはしませんでした…

っと、その時!!!!
とある男が…「先生、僕やらせてもらいます」っと言いやがった…。
彼は、とある超有名人の孫であるK君…。
K君は、真っ赤なラジカセを片手に、颯爽と160人ぐらいの前に現れた。

みんなの視線が彼に注がれる…
しかし、彼は動揺した様子は微塵もない.....
そして彼は、みんなの前ででかい声で言った.....

「今からホワイトスネイク物まねします♪」

っと言った瞬間に、ラジカセの再生ボタンをパチンと押した!!!
すると、ブーーーーン!!!!デデーーン デデーン キュイーーン!!! ブーン!!

そう!!!ジョン・サイクスの分厚いレスポールのグリスサンドが高らかに始まる
大名曲「Still Of The Night」が流れ始め、彼はエア・ギターをしたのだ!!!
そして、カヴァーディルのヴォーカルを口パクで歌マネをし始めた!!!

K君は「Still Of The Night」のPVを、一人で再現したのだっ!!!(笑)
もちろん、あの間奏パートのバイオリンのサウンドも、
エイドリアン・ヴァンデンヴァーグになりきってバイオリンを弾いていた!!!

会場は大爆笑なんだけど、彼は汗びっしょりでホワイトスネイクを
ノンストップで熱演!!!
僕は、声に出して言ってしまいました
「かっけーーーー!!!!」
彼への嫉妬と尊敬の意が一気に膨れ上がったのを覚えてます(笑)

「終わりですっ!!!」
っと、あの6分ぐらいある「Still Of The Night」を完全再現し、
フラフラに元の場所へと戻るK君…。会場は盛大な拍手!!!!

その日のうちに、僕は彼のところへ行った。
朝:「ねぇ、あれ誰が歌っている歌なの??」
K君:「だから、言ったじゃん、ホワイトスネイクって」
朝:「かっこいいねぇ」
K君:「あぁ言う音楽、アサトも好き?」
朝:「おおっ!!!超カッコ良かったよ!!!」
K君:「んじゃあ、来週テープ貸してあげるよ」

翌週、K君は2本のテープを貸してくれた…
1本は「サーペンス・アルバス」、もう一本はメタリカの「メタル・ガレージ」!!!(笑)
メタル初心者である僕にとって「メタル・ガレージ」は難しかったけど、
そんなK君とホワイトスネイクの出会いにより、
僕は、ハードロックの虜になったんだよね....

WS joined SV.jpg
さて、話は戻って本題のホワイトスネイクに…。
「サーペンス・アルバス」の大ヒットにより、染めた金髪も落ち着いた
デヴィッド・カヴァーディルも、ツェッペリンのパクリだ!!!
…なんて言われつつも、“元ディープ・パープルのヴォーカリストのバンド”
っと言うレッテルから払拭され、絶対的なポジションを確立した。
そして「サーペンス・アルバス」により、アメリカ進出は大成功したので、
ホワイトスネイクは更なる飛躍を求めて、スティーヴ・ヴァイと言う、
個性が強すぎるギタリストを迎え、1989年「Slip of the Tongue」を発表。

「サーペンス・アルバス」の聴きやすさは、
ジョン・サイクスのメロディ・メイクのセンスが軸となっているのだが、
もうひとつ、ヒットチャートに食い込んだ理由としては、
希代のキーボディスト、ドン・エイリーの存在も大きかったハズ。
エイティーズ独特のキーボード・サウンドが違和感なく、
「サーペンス・アルバス」の楽曲陣に注入されていたことも、
親しまれた要因のような気がしてならない.....
また、その鍵盤サウンドを取り入れた成功には、エイジアやジャーニーと言った、
産業ロック・バンドを多くプロデュースしたマイク・ストーンの功績も大きい。

よって、純粋なロック・バンドのサウンドよりも加工された音色…
エフェクトを駆使したサウンドこそが、成功の鍵だとカヴァーディルは睨んだのでは??
ヴァイの知名度を利用して、セールスにあやかる気なんかは、
カヴァーディルには、さらさら無かったと思う。
ヴァイならではのIbaneze特有の近未来的エフェクト・サウンドが、
ホワイトスネイクならではの“産業ロック”を確立できると思ったハズ。

そんなヴァイの加入ニュースは、「Slip of the Tongue」発売前から話題となり、
当然ながら賛否両論の嵐が巻き起こった…。
そりゃそうだよね、デヴィッド・リー・ロスの「Just Like Paradise」のPVで、
スティーヴ・ヴァイはハート型のダブル・ネックのギターを弾いていたんだから(笑)

そんな「Slip of the Tongue」は「サーペンス・アルバス」に次ぐ、
ホワイトスネイク歴代アルバムで、2番目に売れた作品となった。
控えめとは言えど、やはり個性が光まくるヴァイのギターではあったが、
カヴァーディルの高音ヴォーカルに磨きが掛かっていたこともあり、
エッヂが効いていて爽やかで、広がりのある楽曲が多かった。
ヴァイの個性を大事にしながらも、「サーペンス・アルバス」で得た経験を継承した、
練りこまれた素晴らしい完成度を誇るアルバムだと思う。

nezumi.JPG
「Slip of the Tongue」からは、5枚シングル・カットされた。
今回のピックアップ・ソングは、そのうちの1枚で、
10月下旬の秋にピッタリなバラード・ナンバー
exclamation×2「The Deeper the Love」exclamation×2

話は変わって、ホワイトスネイクと言うと、彼らのPVに必ず出ていた、
カヴァーディルの当時の奥様、トーニー・キテインが思い浮かぶ。
そんなに美人とは言えない彼女だが、抜群のプロポーションを持つ女優さんである。
実は、ラットのデビュー・アルバム「RATT」のジャケットに出ている、
白いネズミが絡みつく妖艶な足は、彼女の足なんだそうだ。
その流れで、ラットの2ndアルバム「Out of the Cellar」(邦題「情欲の炎」)の
ジャケットにも出演している。
実はトーニーは、当時ラットのギタリスト、故ロビン・クロスビーの彼女だった(笑)

そんな、みんなに自慢したくなってしまうトーニーの魅力に、
カヴァーディルもメロメロだったんだろう…。
今回の「The Deeper the Love」のPVにも出演しちゃっている(笑)

この曲のメロディは僕の琴線ストライクの旋律なんだよね.....
全身に寒気が走って、ちょい涙が込み上げてしまう切なさと爽やかさがある。
このメロディで思い浮かぶのが、ボン・ジョヴィの「Without Love」。
走馬灯のように、当時の思い出が頭を駆け巡ってしまうバラード。

asato with rage.JPG
先日、アニメ版の映画「時をかける少女」を観ました。
さすが、評判が高かった作品だけに、素敵な映画でした。
だらしない性格の自分だけに、時間を戻せたらなぁ…
って思ってしまった映画でもありましたね.....
posted by 佐藤朝問 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

Carcass「R★★k The Vote」

かぁぁかす.JPG

まぁじゃん.JPG
麻雀です…。
あまりギャンブルをしない自分ですが、麻雀は学生時代から時々していました。
久々の5時間、ぶっ通し麻雀に熱くなってしまいました。
麻雀の5時間って本当にあっという間であり、
こんな調子で、学生時代は、友人宅で徹夜麻雀をしていた思い出があります。
とは言え、麻雀の空気を一切読めない自分ですので、
他の御三人には、僕の捨牌を読めないようで、申し訳なかったです(笑)

まぁぁじゃん.JPG改めて、全自動麻雀卓は便利ですね(笑)
昔は、こたつのテーブルを裏にして、
地道に牌を混ぜ合わせ、揃えたものです。
また点棒も自動計算してくれるし…
棒の重さなのか?センサーなのか?
いやいや、麻雀卓に驚かされっぱなし。
この勢いで、役の点数も計算してほしいです(笑)
あっ、今回の麻雀にて「赤ドラ」の存在を知りました。
自分にもチャンスはありますが、
振り込んでしまったら恐ろしい赤ドラ。
とかく、リーチしまくる自分ですので、
読み合いの緊張感が消えてしまい、
つまらなくしてしまいました(笑)
上の写真で、麻雀をわかる方は、僕の上がった役判りますよね??

さてさて先週に引き続き、「LOUD PARK08」出演アーティスト第二弾は、
グラインドコアの先駆者的アーティストであり、
デス・メタル・シーンを牽引してきた偉大なる、魑魅魍魎バンド、カーカス!!!
CARCASSとは、死骸、残骸、または腐乱死体と言う意味。
こんなバンド名なのだから、当然ながら音楽も強烈極まりないっ!!!

夏が終わるにつれて、至る場所で、セミの死骸を見かけるのも一種の風物詩…(笑)
田んぼなどを走ると、つぶれた蛙の死骸などもあったりする。
意外と身近なキーワードだったりする“死骸”と言う言葉。
でも身近でありたくないのが本心であったりする。

凄惨な事件がニュースで流れ、時折「死体遺棄」事件などと言う言葉が飛び込む。
「死体」と「死骸」と言うのは意味は同じなのだが、
言葉の響き、ニュアンスが違うような気がする。
人間における「死体」は他殺によるもので、
「死骸」は戦争などの犠牲者で、身元の確認が困難なほどの状態なイメージがある。

crcss mv.JPG
僕は20代前半に、とりつかれたかのようにカルト映画にハマった時期がありました。
スプラッターやホラー映画を好んで観ていた悪趣味が加速したんだと思います。
一般的に、カルト映画と言うと、デヴィッド・リンチ監督の「イレイザーヘッド」や、
テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」、パゾリーニ監督の「ソドムの市」、
クローネンバーグ監督の「裸のランチ」と言った難解映画が挙がります。
邦画でも、寺山修司監督「田園に死す」や、橋本忍監督の「幻の湖」など、
ATG系映画は、ほとんどがカルト映画的作りと言えます。

B級っぽさと、監督の頭の中の世界観が暴走し、そのまま反映されたと言う、
まさに「映画」ならではの非現実と現実が交差した作品ばかりです。
そんなカルト映画の醍醐味は、その現実…“奇妙なリアリティ”だと思います。
ジョン・ウォーターズ監督の「ピンクフラミンゴ」は、
どこまでがフィクションなのかが解らないほどのヤバ映画でしょう(笑)

なぜ、こんな話題になったかと言うと、「死骸」という映画的マテリアルが、
カルト映画にはよく登場する事を思い出したからです。
まずは、死体と性交を好むカップルを描いた衝撃作「ネクロマンティック」の監督、
ユルグ・ブットゲライト監督作品「死の王」。
もうひとつは、ピーター・グリナーウェイ監督の「ZOO」。
この二作品の共通項は、物語の軸に、ひとつの死体が登場し、
物語が進むにつれて、その死体が腐乱していくと言う構成。
「死体」→「死骸」へと変わりゆく様が描かれた問題作と言えよう。
「ZOO」は動物の死骸なのだが、「死の王」は間違いなく本物の人間の死体…。
当然ながら、各国上映禁止となった、文字通りのカルト映画。

もうひとつ「死骸」で思い出すのが、カルト映画の金字塔、
ホドロフスキー監督の「エル・トポ」。
ジョン・レノンも愛したと言うカルト映画だが、
この映画で大量のウサギの死骸が使われているシーンがあるんだけど、
砂漠の真ん中に、大量の純白のウサギの死体が転がっているシーンは、
惨いと言う言葉を通り越して、芸術の域に達している…。

「観た」、「聴いた」と言う表面上では判断出来ない奥深さと、
先入観を覆してしまう表裏一体さが、カルト映画にはあり、
そして今回のカーカスにも、そんなエッセンスが備わっているような気がする。

carcassgoroku.GIF
ご存知の通り、初期カーカスの作品は、デス度100%であり、
トイズ・ファクトリーが命名した楽曲の邦題は、どれもが凄い!!!!
あの禁断ムービー「ギニー・ピッグ」のサブタイトルかと思わせる、
笑ってしまうんだけど、なんだか気分が悪くなってしまうタイトルばかり…。
解剖学用語が羅列した、カオスな歌詞をデス声で歌い上げるカーカス。
タイトルとデス声により、初心者は、やはり躊躇してしまう…。
しかし、聴けば聴くほど、完成度の高いメタル・サウンドである。
甘っちょろいハードロックに飽きたメタラーにとって、
彼らの登場は衝撃的であり、メタリカとは違った強靭な存在感に酔いしれたに違いない。
映画産業の飽和化により、カルト映画が生まれ、
支持する者のみに理解してもらえればというサブ・カルチャーの発信と同じように、
固定観念が濃かったメタル・シーンに、新たな風をもたらし、
メタル・ミュージックのポテンシャルの広さを更に拡大させたアーティストである。
彼らの影響力は後のアーティストにも絶大であり、
カーカスが生んだ世界観は、禁断の領域へと進み、“ゴアグラインド”と言う、
メタル内のサブ・カルチャーが生まれた。

カーカスは1985年にデビューし、1995年に解散…。
昨年の2007年に奇跡の再結成し、今年のLOUD PARK08に出演する…。
今回は、1995年解散後に、メジャー・レーベルである、
コロンビア・レーベルから発売されたカーカス最後のアルバムであり、
毒気と破壊力が消え失せてしまった、ファン失望のアルバム
「Swansong」をフィーチャーさせていただきます。

crcss.jpg
とは言っても、スリップノットのようなビジュアルなのか??
血なまぐさいカンニバル・コープスのような出で立ちなのか?
っと思ったら、意外と普通なメンバーのカーカス(笑)
こんな彼らが、ひとたびステージに上がれば、宇宙刑事ギャバンで言うならば、
“暗黒空間へ引きずり込めぇぇ!!!”ってカンジ(笑)
おまけに、デス・メタルと言えば、アメリカはフロリダってイメージだけど、
彼らは由緒あるイギリスはリバプール出身と言うどんでん返しっぷり。

1985年…写真右端のビル・スティアーと、彼の隣のケン・ウォーエンが、
ディスアタックと言うバンドで活動し、
その後エレクトロ・ヒッピーズと言うバンドで活動していた、
ジェフ・ウォーカーとSanjivが2人とバンドを組むこととなる。
この頃、ビル・スティアーは、ナパーム・デスのメンバーとしても活躍。
1987年、バンド名をカーカスと名乗り、デモ作品のレコーディングを開始。
同年にはナパーム・デス衝撃のデビュー作「Scum」がリリース。
アルバム・ジャケットのデザインを担当したのは、ジェフ・ウォーカー。
トータル33分なのに28曲も収録され、ご存知、1秒曲「You Suffer」も、
このアルバムに収録されている。

crcss 3.jpg
ヴォーカリスト、Sanjivが脱退し、3人編成でカーカスは始動。
タイトなスケジュールで、1stアルバム「Reek of Putrefaction」が、1988年完成。
邦題は、「腐乱屍臭」と言う強烈なタイトル(笑)
計22曲、トータル39分…ほとんど2分を切ったナンバーばかり(笑)
ジェフ・ウォーカー、ビル・スティアーそれそれヴォーカルを務めるカーカスだが、
初期作品はビルの低ーーいデス・ボイス!!!
本当に歌詞を歌い上げているのか?っと疑問を持ってしまうほど、
飲みすぎた後に、道端で吐いてしまう際に出てしまう声のような、
もう解読不能なロー・デス・ボイス(笑)
「ジョジョの奇妙な冒険」に欠かせない演出の擬音にも通じます(笑)
ナパーム・デスよりも更なるデス・ワールドを築き上げた1枚である。

iroirometal.JPG
1988年作品は、このブログで多数取り上げています。
それだけ、多くの名盤が生まれた年だった事が伺える。
クリフ・バートンの死を乗り越えて生まれた「…And Justice for All」を軸に、
スラッシュ四天王それぞれが発表した年であり、
ボン・ジョヴィ、シンデレラなどヒットチャートを賑わす名盤も、
1988年には多数発表されている。
そんな中での、カーカス、ナパーム・デスの衝撃のデビュー。
また、インダストリアル・メタルの代表格ミニストリー、
デス・エンジェル、テスタメントなどのベイエリア・クランチ、
大合唱が聴き応え十分なブラインド・ガーディアン、
元祖デス系であるDEATHや、強烈なビジュアルのセルティック・フロスト、
マッスル軍団、マノウォーや、これまたマッチョなミスフィッツ出身の
グレン・ダンジグのソロ作品など、メタル細分化が著しく激しく、
他バンドと重ならない、見事な差別化されたバンドが続々と登場してきた。

スピアー.JPG1991年、カーカス通算3枚目の作品
「Necroticism - Descanting the Insalubrious」。
今作からスウェーデン出身のギタリスト、
マイケル・アモットを迎え、4人編成へ…。
マイケル・アモットと言えば、
スピリチュアル・ベガーズ、
そしてアーク・エネミーを生んだ、
稀代の北欧ギタリストであり、
カーカスを劇的に変えた男かもしれない。
スラッシュ色が色濃く出てきて、
マイケルのギター・ソロが冴え渡る1枚。
そしてギーガーのジャケット・デザインで
有名な4thアルバム「Heartwork」を、
前作から2年後の1993年に発表。
ココから彼らは、フルモデルチェンジ!!!
シングル・カット名曲「Heartwork」は、
後期カーカスを代表するナンバー!!!
当初は、今作収録「Death Certificate」を
ピックアップ・ナンバーにしようと思っていました。
今回のラウドパーク08は、アモット復活のステージ!!!
すげぇーーライヴになるのは間違いナシ!!!!
残念ながら、このアルバムを最後に、
ドラマー、ケン・ウォーエンが脳内出血が倒れ、
そしてマイケル・アモットも脱退してしまう。

メンバー間でのゴタゴタが生まれながらも1994年に初来日公演を実施。
1996年、レーベルとの契約も難航となりながらも、
彼らにとって最後のアルバムとなってしまう5thアルバム「Swansong」が発売。
デビュー当時の魑魅魍魎な世界観は失せ、
マイケル・アモット在籍時のメロディック・デスの世界観も感じられない、
“あの頃のカーカス”を知るファンにとっては、
破壊力と攻撃性を欠いたカーカスを知るキッカケとなった1枚となってしまう。

とは言え、デス・メタルに嫌悪感を持ってしまうメタラーには、
カーカス入門編として楽しめると思うほどのメタル・ナンバーが収録。
ザクザクしたリフが印象的な楽曲が多く、首を振りたくなってしまう。
初期メガデスにも思えるインテレクチュアルな転調などもある。
そんな中で、ピックアップしたナンバーは、アナイアレイターを髣髴させるイントロ
exclamation×2「R★★k The Vote」exclamation×2

今回は、「Swansong」の邦盤のみに収録されているスペシャル・トラック
「DEATH RIDER DA」とリミックスしたメタル無頼漢リミックスです。
いやぁ〜編集のN君の見事な編集により、素晴らしい流れの1曲に仕上がってます。
もともと「DEATH RIDER DA」は、BAY FMの長寿メタル番組
「POWER ROCK TODAY」の午前4時30分からのデス系を流す時間帯の
オープニングを飾るタイトル・コールのような楽曲であり、
ピックアップ・ナンバー「R★★k The Vote」のショート・アレンジのような楽曲。
プロデューサー、コリン・リチャードソンのおふざけシャウトから、
違和感なく、流れるように「R★★k The Vote」へと誘います。

asato with giuffria.JPG
緒形拳さんの訃報、ビックリしました。
最近の緒形さんの演技で印象的だったのが、
山田洋二監督作「武士の一分」でしたね.....
でも、なんと言っても三島由紀夫の生涯を描いた映画、
「Mishima」の緒形さんの演技は凄かった!!!!
この映画は、日本未公開映画なんだけど、
アメリカ在住の友人にお願いして手に入れたレア作品。
あと清原選手の引退、王監督の引退など、
今月はなんだか寂しいニュースが多いです。
世界同時株安も深刻だしね.....。
posted by 佐藤朝問 at 22:06| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

Mötley Crüe「HOME SWEET HOME05」

mtlycrftchstr.JPG

asato with kurando.m.JPG昨晩、久しぶりの会合が開かれました。
アメリカで映画監督として活躍中の光武蔵人氏。
伊藤P氏の紹介で2年前から、
彼が来日の際は宴に参加させていただき、
同い歳の仲、映画談義しちゃってます。
師匠、岡本喜八監督のDNAを受け継ぐ光武氏の
待望の新作
Samurai Avenger:The Blind Wolf
満を持して完成したようだ。
血しぶき全開のド派手なサムライ・アクション!!!
僕や伊藤P氏のツボ押さえまくりの映画であり、
ヘヴィメタル・ムービーと言っても過言ではない!!!
光武氏のHPで最新トレーラーをチェック!!!

くらんど.JPG
とにかく、尊敬すべき方です。
監督業のみならず、俳優や原案作成、
現地コーディネイトなどもこなす光武氏。
その懐の深さと、監督ならではの視点の広さ、
苦労を重ねてこその現在の光武氏があるんだろうなぁ。
毎度、何かとアドバイス&励ましなどをしてもらってます。
自分のちっぽけさを感じながらも、
何か彼と一緒に仕事が出来る土俵へと進まないと…

lp8@.gif
さてさて、国内最大のメタル・フェス「LOUD PARK08」が、
今月の18日、19日の2DAYS、埼玉スーパーアリーナで開催される。
今回で3回目を迎えるラウド・パーク。
記念すべき第一回目の幕張メッセ開催から3年が経とうとしている。
アンスラックス、メガデスを思いっきり堪能したのを覚えている。
昨年の第二回目は、トニー・アイオミ、ディオ、ギーザー・バトラーの
元ブラック・サバスのメンバー再結集グループ、
ヘヴン・アンド・ヘルのステージが話題であった。
そして2008年、またまた新旧豪華な顔ぶれが揃った。
初日の18日のトリを務めるのが、スリプノット。
彼らのステージは、サマソニで何度か目撃したけれども、
“メタル”というジャンルには当てはまらないと思うのは自分だけか??
僕的に初日の注目は、やっぱカーカスとオビチュアリー!!!
この両アーティスト目的のオーディエンスは相当おっかないだろう(笑)
初日の喫煙所の様子が目に浮かんでしまう(笑)
ドラゴンフォースは第一回目のラウドパークでステージを観たけれども、
とにかく、個々のテクニックが凄すぎて、音楽を楽しめなかった(笑)
彼らには、もっと口ずさめるようなナンバーも作ってほしい。
また、元パンテラのヴォーカリスト、フィリップ・アンセルモのプロジェクト、
DAWNも、モッシュ度200%ではないか??!!
あっ、AVENGED SEVENFOLDは、サマソニでパンテラの「WALK」を歌っていたなぁ....

lp08A.gif
そして2日目のトリを飾るのが、我ら世代の青春、モトリー・クルー!!!
また、元ガンズで、現ヴェルヴェット・リボルバーのダフ・マッケイガンが、
ソロ・プロジェクト、DUFF McKAGAN'S LOADEDで出演が決定した。
ダフのパンキッシュな世界は、ガンズの1993年発表のカバー・アルバム、
「The Spaghetti Incident?」で聴かせてくれた、
ダムドの「New Rose」でノックアウトされたファンは多いのでは??
ジョシュ・トッド率いるバックチェリーも再結成し、
パンク・エッセンス満載の泥臭いロック・チューンが武器であり、
モトリーの「アナキー・イン・ザUK」のカバーも有名であり、
メタル、ハードロック、そしてパンクな世界も楽しめるかもしれない。
そして、メタル・シーンの救世主、Bullet For My Valentine。
彼らはウェールズ出身で、ドラゴンフォースはロンドン出身。
ブリティッシュ・ムーヴメントが再燃し、
彼らのお陰により、メタルのカッコ良さが再確認され、
新たなファンを獲得した功績は大きいです。
よって、幅広いメタル・ジェネレーションが集う素晴らしい2日間になるハズ。

んなワケで採り上げたいアーティストが多いんだけど、
デフ・レパード、ホワイトスネイクも控えているため、
今日はモトリー・クルー、来週はカーカスの2アーティストに絞る事に…。

MC@.JPG
ジョン・コラビ加入の第二期モトリー・クルー前の、
ヴィンス・ニール在籍のモトリー黄金期を支えた上記6枚のアルバム。
LAメタルの象徴とも言うべき、ショッキングなルックスと、
アルコール、セックス、ドラッグのキーワードを糧に、
リスキーな香りを漂わせ、ひたすらバッドボーイ魂を貫いたモトリー。
ピストルズやクラッシュが築いた“怒り”や“暴動”な反社会的ロック道とは違う、
社会的道徳や常識に反れる事に快感を覚えろ!!!っと言わんばかりの
問答無用の不良スタイルを築いたバンドのような気がする。
まさに「掟破り」と言う言葉が似合う唯一無二のバンド、モトリー・クルー。
現在平均年齢50歳のモトリー・クルーの不良オヤジたちのステージは、
“あの頃”と同じ、楽しく、エロく、そして攻撃的なんだろう。
そうじゃないと、モトリー・クルーじゃないんだし.....。

当初ピックアップ・アルバムは、1stアルバム「Too Fast for Love」
邦題「華麗なる激情」を考えており、
ピックアップ・ナンバーは「Take Me to the Top」に決めていましたが、
さすが、有線放送キャンシステム!!!
素敵なナンバーの音源を所有されていたので、その曲にしました。
その前に、モトリー・クルーというバンドを紐解いてみる。

MtlyCr@.JPG
先月1日のW.A.S.P.の紹介の際に触れた、
ブラッキー・ローレスとニッキー・シックスが在籍していたロンドンと言うバンド。
ニッキーがロンドンを離れ、Suite19と言うバンドで活動していた
ドラマーのトミー・リーと後にジョージ・リンチ加入前のドッケンの
初代ギタリストだったグレッグ・レオンの3人でバンドを結成。

しかし、サウンドを作っていく内にグレッグが音楽の方向性の違和感を感じ脱退…。
後任ギタリストとして、彼らよりも年上のミック・マーズを迎える。
ミックはホワイトホースと言うバンドで活躍していたギタリスト。
そのホワイトホースのメンバーが、ある時自分たちの事を、
Motley Crew(うさんくさい一団)に因んで、
“a motley looking crew.”っと名乗っていたそうだ…。
そのフレーズを覚えていたミックがバンド名のアイディアとして、
ニッキーとトミーに提案…
最初は“Mottley Cru-”に決めたが、メンバー同士でドイツ産のビールを飲んでいた際に、
Mötley CrüeのOとUの上の
ドイツ語独特の母音の上に付くウムラウト記号を載せようと盛り上がり、
晴れてバンド名“Mötley Crüe”が誕生する.....。

その後、ヴォーカリストを探す3人…
ハリウッドでロック・キャンディ(Rockand)と言うバンドで、
ヴォーカルを務めていたヴィンス・ニールを誘ってみるが、
当初ヴィンスは、彼らのオファーを断った。
しかし、ロック・キャンディのメンバーが他バンドでも活動するようになり、
トミーの最後のオファーでヴィンスもロック・キャンディから離れ、
モトリーのメンバーに入ることを決意する。

MCA.jpg
バンドをスタートさせるために、早速アラン・コフマンを
アーティスト・マネージャーとして1stシングル「Stick to Your Guns」を発表。
このシングルはモトリーのメンバーの自主レーベル、レザー・レコード
(Leathür Records)から発売し、同年に記念すべきデビュー・アルバム
「Too Fast for Love」を発表。
収録曲には、名曲「Live Wire」が収録、
思わず手が動いてしまう、カウベルでのブレイクが印象的なナンバー(笑)

ローリングストーンズの「Sticky Fingers」をオマージュした、
ヴィンスのレザー・パンツの腰元のショットのジャケット。
プロデューサーは元アクセプトのギタリストであり、
旧友ドン・ドッケンと共にアメリカ進出した、
後の名プロデューサーとして活躍したマイケル・ワーグナー。
彼の若かりし頃のプロデュース作品である。
1stアルバム発表をキッカケに、カナダ・ツアーを敢行し、
アメリカでも小規模なライヴ・ハウスで精力的にギグを行う。
軽快なロック・チューンと奇抜なファッションで瞬く間に話題のバンドとなり、
1983年にメジャー・レーベル、エレクトラ・レコードより、
再レコーディングによる「Too Fast for Love」が発表される。
リレコーディングのプロデューサーは、クイーンやアリス・クーパー、
チープトリックなどのプロデュース歴のあったロイ・トーマス・ベイカー。

一アーティストとして活躍するモトリーではあったが、
パーソナリティは、どうしようもないトラブル・メイカーであり、
ツアー中に、鋭利なスパイクが付いたファッションとポルノ雑誌を
カナダ・エドモントン空港の入国審査の再に発見され、
危険物とわいせつ物所有により逮捕されてしまったりする(笑)

すくっろいのは.JPG
1983年に2ndアルバム「Shout at the Devil」を発表。
ビートルズの「Helter Skelter」のカバーを含む全11曲は完成度が高く、
そしてニッキー・シックスのサウンド・メイカーとしての才能が光り始める。
しかし、バッドボーイワールドは加速する一方であり、
ステージ上においても更なる奇抜メイク、そしてプレイメイトを髣髴させる
グラマラスなお姉ちゃんがステージを乱舞するといった演出。
この頃のモトリーのグルーピーは、それはそれは凄かったそうだ(笑)

1984年…
名曲「Tragedy」でモトリーと同期となる1981年に鮮烈なるデビューを飾った
マイケル・モンロー率いるハノイ・ロックスとモトリーに悲劇が起こる。
ハノイは既に5枚のアルバムを発表し、
本格的な全米デビューとなるアメリカ・ツアーを敢行していた。
ツアーを終えたハノイのメンバーはヴィンス宅に集まりパーティーを開催。
相当盛り上がっていたに違いないパーティーの中で、
酒が足りなくなったヴィンスは、ハノイのドラマー、ラズルと共に、
ヴィンスの愛車、フェラーリー・デトマンソ・パンテーラに乗って
酒屋に酒補充に向かった…。
当然ベロベロの状態での運転であり、案の定、車は大事故を起こしてしまう。
この事故により一般人に重症を負わせ、同乗していたラズルは即死。
賠償金270万ドル、30日間の禁固刑等の罪がヴィンスに科せられた。
ドラマーを亡くしたハノイは、全米進出目前にして空中分解…。
この事故の翌年の1985年に解散してしまう…。(2002年に再結成)

HSHA.JPG
模範囚だったヴィンスは30日間のところを18日間で釈放…。
シャバに戻ったヴィンスはモトリーに戻り、
1985年、3rdアルバム「Theatre of Pain」を発表。
第一弾シングルは、Brownsville Stationの1973年作品
「Smokin' In the Boys Room」を軽快なロック・チューン・アレンジ。
MTV全盛期だった事もあり、コミカルなPVを製作し、大ヒットとなった。
アルバムは、ビルボード・チャート6位と言う快挙。
そして、「Theatre of Pain」から生まれた珠玉のバラード・ナンバー
「Home Sweet Home」は、モトリー・ヒストリーに欠かせない楽曲である。

このナンバーは1991年に発表されたモトリーのベスト盤
「Decade of Decadence」にて、新録ミックスされ
「Home Sweet Home '91」としてハイクオリティとして生まれ変わる。
哀愁漂うピアノのイントロと、ヴィンスの邪悪さが残りながらも、
切ないバラード節で歌い上げ、ミック・マースのトルクフルなギター・ソロが印象的。

bllrd cllctn.JPG
ハードロック・アーティストのバラード・ナンバーで最も有名なのが、
エクストリーム「More Than Words」とMR.BIG「To Be With You」。
両曲とも1990年代に生まれたナンバーであり、チャートでも首位を獲得した。
両アーティスト共、2ndアルバムに収録されたナンバーで、
1stアルバムで培った経験を軸に、熟練されたスキルにより生まれた楽曲と言える。
2曲とも耳残りの良い素晴らしいバラードではあるが、
当時の僕にとっては、そこまで騒ぐほどのバラードではなかったかも。

通称、グラム・メタル、またはヘアー・メタルと呼ばれるアーティストにより生まれた、
80年代の名バラードを経てきてしまったからかもしれない。
・BON JOVI「Never Say Goodbye」
・WARRENT「HEAVEN」
・Ciderella「Don't Know What You Got(Till It's Gone)」
・STRYPER「Honestly」
・POISON「Every Rose Has Its Thorn」
・EUROPE「Carrie」
・L.A.GUNS「The Ballad Of Jayne」
・Enuff Z'nuff「Fly High Michelle」
・Guns'N Roses「Patience」
・WHITE LION「When the Children Cry」
・KIX「Don't close your eyes」
・TESLA「Love Song」
エクストリーム、MR.BIGのような柔らかさと優しさが包み込むような歌ではなく、
切なさと物悲しさが、ヴォーカリストの歌声と
ギターの音色に凝縮されたナンバーが80年代には多く、
そのキッカケを生んだのが、モトリーの「Home Sweet Home」のような気がする。

lnkn prk.jpg
今回のピックアップ・ナンバーは、モトリー・クルーと、
ハイブリット・ロックの代表格、リンキン・パークの
激情シャウト・ヴォーカリスト、チェスター・ベニントンとの夢の競演
exclamation×2「Home Sweet Home05」exclamation×2
この夢の競演の実現の裏には、2005年8月末、アメリカ南東部を襲った
ハリケーン・カトリーナにより壊滅してしまった
ルイジアナ州ニューオリンズへの被災者救済プロジェクトとして生まれた楽曲。

1996年結成のリンキン・パークのメンバーたちは、
アンスラックスとパブリック・エナミー競演ライヴに感銘を受けてバンドを結成した、
生粋のメタルっ子育ちと言える。
ヴォーカリスト、チェスターにとって「Home Sweet Home」には、
色々な思い出があったハズだ。
そんな一度きりの競演楽曲「Home Sweet Home05」は、
チャリティー・ソングとしてアルバム未収録のナンバーであり、
PVとステージのみで聴けるナンバーだった。
その貴重なCD化された音源を所有していたキャンシステムに乾杯!!!
ってなワケで、是非今月のラインナップのラストに流れます。
是非、放送も楽しんでください!!!!

asato with queen.JPG
もう、かれこれ2週間ぐらい、地味な風邪を引いてます。
季節の変わり目、そしてお酒の飲みすぎかもしれません(笑)
寒いからこそ、鍋やおでんが美味しいし、そして酒も美味い!!!
こりゃあ、当分直りそうにありません.....。

さてさて、ブログのトップページが変わりました!!!
お忙しい中、ウェブデザイナーS君、デザイナーのM君に、
かなり頑張ってもらいました!!!
50アーティスト突破記念による一挙放送の詳細は、
10月第二週には告知させていただきますので、要チェックです。
もし、今までの50曲で一番好きな歌なんかをコメントしてくれると嬉しいです。

では、みなさん風邪には気をつけてください。
今回は風邪気味のポッドキャスティングです↓
posted by 佐藤朝問 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月29日

JUDAS PRIEST「HARD AS IRON」

JP@.JPG

yakatabuneC.JPG
一昨日の土曜日に、はじめて屋形船での宴会を楽しみました。
総勢30名の一隻貸切の飲み会であり、
残り3ヶ月の2008年の素敵な思い出になりました。
船は、勝どき橋からスタートし、お台場方面へと進み、そこで停泊。
それから隅田川を経由して勝どきに戻る2時間。

yakatabuneB.JPG天ぷらをメインにした和食コースで、
船内は、日本人が落ち着く、畳の和の空間。
生ビールや焼酎、ワインなどお酒も豊富。
マイクを持ってしまうと暴走気味の自分…。
幹事でもないのに仕切り始めてしまいました。
カラオケは、Sさんのジュリーからスタート。
僕も、吉川晃司とBUCK-TICKを熱唱(笑)
それからは、氣志團、冠次郎、大黒摩季、
リンドバーグ、ユニコーン、モー娘。…っと
微妙にジェネレーションがバレてしまう、
レパートリーが船内を盛り上げていました。
船が移動する間は、程よい揺れが生まれ、
海上にいることを実感できました。
まぁ、酔いの揺れなのか、船内の揺れなのかが、
わからなくなってしまいましたが(笑)

yakatabuneA.JPG
この日の主役は、Yさんの息子さん二人でございました。
長男の円蔵君のマイク・パフォーマンスに嫉妬さえ覚えました(笑)
大人30人を目の前に、堂々のMCっぷり!!!
どうやら、マイクで自分の声を出すことに快感を得たようです。
う〜ん、彼は大物になる予感がする.....。
将来は歌手?もしかして声優??

さてさて、現在ジューダス・プリースト来日ツアー真っ只中!!!
本日、最終公演、日本武道館でライヴが控えております。
3年振りの来日であり、新作「ノストラダムス」を引っさげてのライヴ。
3年前の公演に行った僕は、ロブ完全復活を目の当たりにし、
ジューダスの“メタル・ゴッド”の存在感に安堵と感動を体感した。
おそらく、9月24日の名古屋公演から、彼らのアクセルは全開であろう。
本日、聖地日本武道館では、新たなセットリストを準備して、
ジューダス・ファンを楽しませてくれるのではないか??
そんなワケで、今日はジューダス・プリーストをフィーチャー!!!!
巨人メタリカを凌ぐ、メタル・シーンでの絶大なる存在感。

1970年に、イギリス、バーミンガムで結成され、
今年で結成38周年を迎える、言わずと知れたNWOBHMの重鎮であり、象徴である。
1974年の1stアルバム「Rocka Rolla」から、最新アルバム「ノストラダムス」まで、
オリジナル・アルバム16枚をリリースし、全世界で3500万枚を売り上げた、
まさに、“メタル”のアイコン的存在であり、現在も、そのポジションは不動である。

1974.JPG
1974年…僕が生まれて1年後にジューダスは1stアルバムを発表。
この年では、エアロスミスが2ndアルバム「Get Your Wings」、
ディープ・パープルは8枚目のアルバム「BURN」、
キッスは、ジューダスと同期で、デビュー・アルバム「KISS」、
クィーンは3rdアルバム「Sheer Heart Attack」、
UFOはマイケル・シェンカーを迎えての4thアルバム「Phenomenon」…
などなど、HR/HMが確実にロック・シーンの定位置を築き上げた時である。
この検証により、老舗バンドのイメージが強いジューダスなのに、
エアロやUFOなどは既にリリース済みであり、
両バンドの歴史の深さを改めて、感じてしまいます。

early JP.jpgとは言え、70年代バンドのジューダス。
彼らが活動してきた約30年間で、
消えたバンドは星の数ほどいる。
なのに、彼らは失速せず、
王者の風格で堂々たる健在ぶり。
バンドを維持させる“タフさ”とか、
時代に適応できるフレキシブルさとか、
そんな言葉では済まされない、
「メタル」を追求したハングリーさ、
そしてメタル・ゴッド故の責務、
それらが彼らを30年以上活動させる原動力なのでは??
グレン・ティプトンは、もう還暦過ぎ!!!
平均年齢58歳のジューダス・プリースト。
20代の若者を虜にさせる旋律を、今もなお奏でているお爺ちゃんバンドだ!!!!

JP hstry.JPG
2003年にロブ・ハルフォードがカムバックし、
1990年の大傑作「Painkiller」から、スコット・トラヴィスが正式ドラマーに。
その布陣で、来日公演を展開中のジューダス・プリースト。
数々の“メタル・アンセム”を世に送りながらも、
個々のメンバーも歴代メタル・プレイヤーとして、その名を刻む者が集結した、
非の打ちどころのない完璧なバンドのような気がする。
彼らから漲るオーラは、アイアン・メイデンやスコーピオンズのような、
ゴリゴリの“男っぽさ”なんだけれども、メイデンやスコーピオンズには無い、
ファッションなどの一貫とした世界観が彼らにはあり、
そんな彼らにファンは虜になってしまうのではないか??
「The Hellion」が高らかに流れ、「Electric Eye」の演奏が始まり、
ロブがカットオフGジャンとジーパンでステージに現れたら、
ファンは「オイオイ!!!」っとブーイングが出てしまうハズ。
暑い夏だろうと、彼らはレザー&スタッズを身に纏わないとダメなのである(笑)

leather JP.jpg彼らのファッション・スタイルは、
「Hell Bent for Leather」を収録した、
1978年発表の5thアルバム
「Killing Machine」
邦題「殺人機械」から確立された。
ファッションの確立と共に、
ロブのシャウトが強調され、
サウンドも加速力と攻撃性が増した。
そして80年代のプリーストは、
ヘッドバンキング満載の
スピード・メタルを量産し、
“メタル・ゴッド”の称号を手にする。
80年代に突入してからのプリーストは、
10年間で6枚のアルバムを発表。
今回のピックアップ・アルバムは、
80年代最後のアルバムである、
通算11枚目のアルバム
「Ram It Down」

JPE.jpg
ジューダス・プリーストは、イギリス。ウェストブロミッチにて、
写真左のイアン・ヒルと隣のK.K.ダウニングの
近所のお友達同士のキッカケでバンドが生まれた。
バンド名「JUDAS PRIEST」は、ボブ・ディランの1967年発表のアルバム
「John Wesley Harding」に収録されている、
「The Ballad of Frankie Lee and Judas Priest」からインスパイア。
アル・アトキンスをヴォーカリストに、バーミンガムを中心に活動。
ブルース・バンドとして活動していたが、徐々にハードロックへと転向。
時折、バッジー、Thin Lizzy、トラピーズの前座などを務める。

その後、ヴォーカリスト、ロブ・ハルフォードとドラマーのジョン・ヒンチが加入。
1stアルバム「ロッカ・ローラ」のレコーディングの際、
ザ・フライング・ハット・バンドで活躍していたグレン・ティプトンを迎える。
ブラック・サバスのプロデューサーとして活躍したロジャー・ベインの下、
1stアルバム「ロッカローラ」を1974年に発表。

JP hstryII.JPG
デビュー当時のジューダス・プリーストは、スピード感というよりは、
ツェッペリンやブラック・サバスのようなグルーヴ感あるナンバーが多い。
2ndアルバム「Sad Wings of Destiny」邦題「運命の翼」に収録されている
歴史上の暴君的、独裁者を歌った「Tyrant」から、攻撃性を兼ね備え、
プリーストらしい、伸びやかでキャッチーなサビの持って行き方が出てくる。
また、7分を超える大作「Victim of Changes」では、ツェッペリンを髣髴させ、
プリーストの音楽性の幅広さを垣間見え、ロブならではのハイトーンが光っている。
このアルバムから、ドラマーがジョン・ヒンチからアラン・ムーアを迎える。
1977年、3rdアルバム「Sin After Sin」邦題「背信の門」を発表。
ディープ・パープルのメンバーであり、名プロデューサーとしても知られる、
ロジャー・グローヴァーを迎え、前2作よりもグッと音に重みが増した。
ドラマティックな名曲「Sinner」から始まるこのアルバムは、
アメリカではゴールド・ディスクを獲得。
当時若干19歳の天才ドラマー、サイモン・フィリップスがドラムを担当し、
ボブ・ディランを発掘したジョーン・バエズの楽曲
「Diamonds & Rust」のカバーなども収録された第一期プリーストの成功作。

サイモン・フィリップスからレス・ビンクスを新ドラマーに迎え、
1978年に4thアルバム「Stained Class」を発表。
ライヴでも定番であり、グレン&K.K.のツイン・ギターが光る「Exciter」、
パワー・バラードの金字塔とも呼べる大名曲、
「Beyond the Realms of Death」邦題「死の国の彼方に」、
そして自殺の引き金となったと裁判沙汰まで発展してしまった、
プログレ・バンド、スプーキー・トゥースのカバー
「Better By You, Better Than Me」も収録された話題作。

そして同年の1978年に、先ほども触れた「Killing Machine」邦題「殺人機械」を発表。
アメリカでは、アルバム・タイトルにNGが出てしまい、
「Hell Bent for Leather」として発表される。
このアルバムからジューダス・プリーストならではの皮ジャンと、
ピラミッド・スタッズという重厚なファッションで、バンド・カラーを構築。
収録曲「Hell Bent for Leather」では、ハーレーに乗るロブが、
ステージ上に現れるパフォーマンスは有名であり、
本日の武道館でも展開されるのではないか??
このアルバムには、フリートウッド・マックの1970年ヒット作
「The Green Manalishi」のカバーも収録されている。

WG.JPG
そして、1980年代へと突入し、6枚目のアルバム「British Steel」を発表。
地位と名誉を確立したプリーストは更に加速力を増していく。
プリースト・サウンドの原動力であり、プリーストの醍醐味である、
K.K.ダウニングとグレン・ティプトンのツイン・ギター。
二人のギター・バトルが80年代から目立ち始め、
よりヘヴィ・メタルな世界になってくる。

HR/HMシーンで、ツイン・ギターを擁するバンドは、それはそれは多い。
リズムを刻む、バッキング・ギタリストと、ソロでテクニックを魅せる、
バンドの花形とも呼ぶべきリード・ギタリスト…。
リズム&リードの編成ではアンガス&マルコムのヤング兄弟のAC/DCや、
スラッシュ&イジーのガンズ、スコット&ダンのアンスラックスが印象的。
ジューダス・プリーストの場合は、両ギタリストともにリード・ギターであり、
お互いが持つ得意奏法を展開させるツイン・リード編成。
ナイトレンジャーのブラッド・ギルス&ジェフ・ワトソン、
アイアン・メイデンのデイヴ・マーレー&エイドリアン・スミスが代表的。

右→左、左→右と、ツイン・ギター編成ならではの空間の広がりを、
ヘッドフォンやスピーカーで味わえるのが醍醐味。
グレン・ティプトンの変形型ギブソンSGから奏でられる
ドライブ感溢れるダイブボムと、ハンマリング&プリング・オフの流麗なレガート。
それに対してK.K.は、ハイ・ポジション&チョーキングの高音を
主軸とするグレン・ティプトンと対称的に、
ロー・ポジションから繰り出すヘイマーUSAのギター・テク。
ピッキング・ハーモニクスと滑らかなスウィープ奏法など、
攻撃的なグレンと職人的K.K.の華麗で激情なツイン・ギター・バトル。
そんな二人が同旋律を奏でたときの美しきユニゾン・スタイルが、
スピード・メタルらしさを出しながらも、NWOBHMの精神を色濃く出している。
ナイトレンジャーのスポーティーなツイン・ギター、
アイアン・メイデンの刹那メロディにおける芸術的なツイン・ギター、
そしてプリーストの“硬さ”を強調させたメタラーの琴線ストライクのツイン・ギター。
僕は、そんなツイン・リード・ギター・バンドが本当に大好きです(笑)

tamio loves JP.JPG
大好きな奥田民生さんも、思わず手にとってしまうジューダス・プリースト。
民生さんが手に持つプリーストのベスト盤
「リヴィング・アフターミッドナイト〜ザ・ベスト・オブ・ザ・メタル・ゴッド〜」は、
80年代からの後期プリーストの名曲がずらりと並ぶ、
我々世代が一番愛してきたナンバーばかり。
asato with metalogy.JPG「The Hellion」→「Electric Eye」から始まる、
1982年発表通算8枚目の作品
「Screaming for Vengeance」
邦題「復讐の叫び」から僕らはハマった。
それから「Defenders of the Faith」
邦題「背徳の掟」に続き、「Turbo」
そしてピックアップ・アルバム
「Ram It Down」っとジューダスにゾッコン。
最後は「Painkiller」で驚愕した!!!!
そんな流れの同い年メタラーは多いのでは?
そして、←の写真のコンプリート・ボックス
「メタロジー」を思わず買ってしまうのである。
最近中古市場で安くなってしまっているのが悲しい。
確か定価は9000円だったような気がします。

とにかく歴史が長く、多くのファンを獲得しているプリースト。
膨大な名曲を持つプリーストにおいて、
出来ればベスト盤にも収録されていない名曲を選ぼうと考えた末、
決まったのが、「Ram It Down」からのナンバー、
「メタロジー」にも収録されていない名曲exclamation×2「HARD AS IRON」exclamation×2
アルバムのタイトル・ナンバー「Ram It Down」も名曲であり、
遊び心満載のチャック・ベリーの「ジョニー・B・グッド」のカバー、
グレン&K.K.のギター炸裂ナンバー「Heavy Metal」、「Come and Get It」など、
珠玉ナンバー満載のアルバムなんだけど、「HARD AS IRON」の
サビで聴かせる“ヴィーークトーーーリーー!!!”のロブのシャウトが、
鳥肌が立っちゃう爽快感があり、最高です。
当然グレン・ティプトンとK.K.ダウニングの鋭利なギター・バトルも
思いっきり堪能できます。なんで、ベスト盤に選ばれないんだろう。

GT.JPG
今回は、「HARD AS IRON」の前にグレン・ティプトンのソロ・アルバム
1997年発表「Baptizm of Fire」からタイトル・ナンバーで、
「Painkiller」を髣髴させる、グレンのギター炸裂インスト・ナンバー
「Baptizm of Fire」とリミックスした編成で放送されます。
この「Baptizm of Fire」は、ベースがビリー・シーン、
ドラムには故コージー・パウエル、キーボードはドン・エイリー、
そしてグレン・ティプトンと言う最強の4人が奏でるナンバー。
スーパー・プレイヤーの持ち味が出まくる、
フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチのようなインストです(笑)

asato with enka satsugai vinyl.JPG
すっかり秋らしい季節になりました。
そろそろ、自動販売機にはホット・コーヒーが並ぶ頃です。
さてさて、本日のジューダス・プリーストでお蔭様で、
50アーティスト目です!!!
50アーティスト目がジューダス・プリーストと言うのも、なんだか嬉しいです(笑)
生粋のB型人間で、飽きっぽい自分が、ココまでよく書いたと思います。
すっかりブログの意図を通り越した、自己満足のアーティスト紹介ですが、
それでも読んでくださる皆様、ありがとうございます。
来月は、50アーティスト突破を記念して、
今まで紹介させていただいた全アーティストを一挙放送します。
編集のN君にも泣いてもらっております。
是非、放送のほうも楽しんでください。
有線放送キャンシステム
衛星デジタル音楽放送スペース・ディーバ

はぁ…今年もあと2ヶ月かぁ....
posted by 佐藤朝問 at 11:27| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

METALLICA「No Remose」

mtllc@.JPG

baso.JPG
「あの時に食べたお蕎麦をもう一度…」
「蕎麦と言えば、このお店…」
「蕎麦を食べに、車で2時間掛けて行く…」
…などなど、そんなお蕎麦に対するエピソードってあります??

都内でも、美味しいお蕎麦を堪能できますし、
最近の駅中にある立ち食いそばも、侮れないほど美味しいです。
とは言え、やっぱシチュエーションによって、
美味しい蕎麦が、さらに美味しくなるものです。
緑豊かな場所で食す蕎麦は、至福の時間を得られますよね。

写真は、奥多摩のそば処 とちより亭の「天そば」。
このお店は、味も素敵なんですが、とにかくお店に辿り着くまでが大変!!
4年前ぐらいに、後輩とツーリングに行った際に見つけたお店。
バイクで登るのも至難な程の急傾斜の山道をひたすら上がる。
このお店に、歩いて向かう事を想像すると、ゾッとします。

kusizashi.JPG
4年前に見つけたときの感動を覚えていて、
今回また行ってきちゃいました。
「天そば」と一緒に、その場で焼いている「ヤマメの炭火焼」も注文。
これもまた、とちより亭ならではの美味メニューです。
うちの猫にも食べさせたいけれど、骨がねぇ…(笑)

このお店で、お蕎麦を注文すると、刺身こんにゃくと大根酢漬けも食せます。
また、お蕎麦のメニューには、ほんのり甘い、そば団子や
天然のわさびも出してくれて、旅行気分倍増です。
これからの紅葉シーズンにお薦めのお店です。
とは言っても、車で行った方がイイですよ.....
まぁ、山道を歩いて、とちより亭で食した時は、
達成感と充実感両方を味わえるでしょうけど....

teppen soba.JPG
台風直撃の先週金曜から、サバイバル・キャンプを実行していた、
長年仲良くさせてもらっているディレクターさんたち。
土曜日から途中参加で、奥多摩のキャンプを楽しみました。

本格的なキャンプ・セットを持っている皆さんの手際さに感動。
時折の雨による不安定な天気なんかビクともしないテント内で、
バーベキュー、そして熱きUNO対決などを楽しみ、
翌日の日曜日のお昼に、とちより亭に行ったワケです。

とちより亭
http://www.okutama.gr.jp/mikaku/totiyori/totiyori.htm

clff brtn.JPG
さてさて本題に入りまして…
今週末27日は、メタリカの初代ベーシスト、クリフ・バートンの命日。
享年24歳と言う若さで、この世を去った偉大なるベーシスト。
彼がこの世を去って、もう22年の月日が経つが、
彼の攻撃的ベース・プレイは、今もなお圧倒的な存在感が漲っている。

今回は、ベーシスト、クリフ・バートンを偲び、
そして、5年振りの新作「Death Magnetic」発売を祝し、
請謁ながらメタリカをピックアップさせていただく雷雷

この時点で、今回のブログは長くなるような気がします…

まず、クリフ・バートンと言う男を紐解いてみる....
1962年2月10日、カリフォルニア州、カストロ・バレーにて生まれる。
幼少の頃は、両親の薦めで、ピアノを習うが、彼が13歳のときにベースと出会う。
ABCスタジオのスティーヴ・ドハーティの下、毎日6時間の猛練習を積む。

FNM.JPG
1979年、クリフ17歳のときに、高校時代の友人であり、
後のフェイス・ノー・モアのギタリスト、ジム・マーティン、
(写真右のフライングVを持った男)
同じくフェイス・ノー・モア出身で、現在オジーのドラマーとして活躍中の
マイク・ボーディン(写真左から2番目のドレッドヘアーの男)と、
EZ-Streetと言うバンドを結成し、バンド・スキルを高めた。

高校卒業後、シャボット・カレッジに進学。
あのトム・ハンクスも、シャボット・カレッジで2年間学び、
カリフォルニア州立大学サクラメント校へ編入している。

クリフは、同じくシャボット・カレッジに入学したジム・マーティンと、
Agents of Misfortuneと言うバンドを結成。
カリフォルニアで開催された「Battle of the Bands」と言うコンテストに挑戦。
このコンテストで、後のメタリカを代表するナンバーとなる、
クリフの真骨頂ベース・ソロ楽曲「(Anesthesia) Pulling Teeth」と、
2ndアルバム「Ride the Lightning」収録の「For Whom the Bell Tolls」を披露する。
(「For Whom the Bell Tolls」のイントロ部分)
「For Whom the Bell Tolls」に関しては12分間もベース・ソロを展開したらしい。

リッケンバッカーによる、ずば抜けたベース・テクニックと、
従来のベース音を超越した、ディストーション全開のサウンドを展開したクリフは、
このコンテストをキッカケに、トラウマと言うバンドのメンバーに....

1982年、トラウマのメンバーとして、ロスアンゼルスにあるナイトクラブ、
ウィスキー・ア・ゴー・ゴーでライヴを実施。
この時の対バンに、初期メタリカが参加していた。
この時のメタリカのベーシストは、ロン・マクカヴニー。

トラウマのメンバーとしてベースを弾きまくるクリフの姿に、
ジェームズとラーズは、ビビりまくったそうだ…。
クリフのプレイに心底惚れ込んだ二人は、ロンの代わりに、
クリフ・バートンを正式なメタリカのメンバーとして迎え入れる。
(ロン・マクカヴニーは、初代メタリカのギタリストであった
デイヴ・ムステインに嫌気がさしてメタリカを脱退してしまう)

mtllc rly yr.JPG
クリフ・バートンが在籍した頃のメタリカは原点であり、無敵である。
スラッシュ・メタルの礎を築いた名盤3枚は、
今もなおロック・シーンに影響を与えているのではないか?
上記3枚の中で、クリフ・バートンの名前がクレジットされた楽曲は、
1stアルバム「Kill'Em All」では、「(Anesthesia) Pulling Teeth」
2ndアルバム「Ride the Lightning」では、「Fight Fire with Fire」、
「Ride the Lightning」、「For Whom the Bell Tolls」、
「Fade to Black」、「Creeping Death」、「The Call of Ktulu」

3rdアルバム「Master of Puppets」では、「Master of Puppets」、
「Orion」、「Damage, Inc」
  
そして、他界後にリリースされた「…And Justice for All」に収録されている、
9分を超える壮大なインスト・ナンバー「To Live Is to Die」の合計12曲。

clff frvr.JPG
3rdアルバム「Master of Puppets」の大成功により、
メタリカは欧州ツアー“ダメージ・インク・ツアー”を敢行.....
頂点を極めたモンスター・バンドの位置づけに奢らず、
精力的にライヴを展開したメタリカ。

スウェーデン巡業時、メンバーはツアー・バスに乗り、一路コペンハーゲンへ....
疲労が溜まっていたのか、クリフは後部座席に座っていたジェームスに、
席を替わって欲しいと言い、彼は後部座席へ移動した。

午前6時15分…バスが凍結した路面によりスリップ…横転した。
後部座席に座っていたクリフは窓ガラスを突き破り、外に投げ出され即死。
この時のバスの運転手は酒を飲んでいたらしい.....。
1986年9月27日…クリフ・バートン永眠....享年24歳

クリフの突然の他界はシーンに激震が走った。
メガデスを始動させた、元メタリカのギタリストであり、
クリフと共にメタリカのステージも経験したデイヴ・ムステインは、
3rdアルバム「So Far, So Good... So What!」に、
彼への追悼の意を込めたナンバー「In My Darkest Hour」を収録。
クリフの死に絶句し、悲しみのどん底になってしまったデイヴの
怒りと悲しみが、ひしひしと伝わる6分越えの壮大な名曲。

アンスラックスは3rdアルバム「Among the Living」、
メタル・チャーチは2ndアルバム「The Dark」をクリフに捧げるアルバムとして発表。

Mtllc Grg Dys.jpg
メタリカは、後任ベーシストのオーディションを実施。
このオーディションには、技巧派、プライマスのレス・クレイプールも参加した。
そして、メンバー3人が選んだのは、フロットサム・アンド・ジェットサムのリーダー、
ジェイソン・ニューステッド。
忌まわしき事故から2年後の1988年8月に、「…And Justice for All」を発表。
生前にクリフが手がけた楽曲「To Live Is to Die」を収録。
「Master of Puppets」収録の「Orion」を髣髴とさせるインスト・ナンバー。
「…And Justice for All」はシングル・カット「ONE」のヒットにより、
前3作を大きく上回る売り上げを記録…。ここから第二期メタリカの幕が開ける。

ftr clff dth mtllc.JPG
グラミーの常連ともなったメタリカだが、頂点に君臨し続ける重圧が圧し掛かる。
その辺の彼らの栄光と苦悩を描いた作品が「メタリカ 真実の瞬間」。
バンド歴今年で27年目を迎えたメタリカの歴史が、
2003年に発表されたアルバム「St.Anger」の制作経緯と共に振り返る、
ファンにとっては、涙が止まらないドキュメンタリー映画である。
デイヴ・ムステインの解雇、クリフ・バートンの死、
ジェイソンに対する視点、新ベーシストのオーディション、
そして新作を作り上げる苦悩…フィクションにも見えがちではあるが、
真実を伝えたノン・フィクションな構成である。

先日のフォビドゥンの際にも紹介したように、
メタリカが残した功績は、あまりにも大きい…
特に、1stアルバム「KILL'EM ALL」の登場は衝撃度があり過ぎる。
今回のMETAL無頼漢も、この「KILL'EM ALL」をフィーチャー。
この作品をピックアップしながら、本体であるメタリカを今度は検証する。

mtllcA.jpg
写真で上から左は、故クリフ・バートン、
>ジェームス・ヘッドフィールド(リード・ヴォーカル&サイドギター)
カリフォルニア州、ドウニー出身、1963年8月3日生まれ
使用ギターは、ESPのシグネチュア・モデル「トラックスター」、「グリンチ」。
>左下、カーク・ハメット(リード・ギター)
サンフランシスコ出身、1962年11月18日生まれ、
フィリピン人の母親とアイルランド人の父親。
使用ギターはESPのシグネチュア・モデル「KH」シリーズ。
1980年〜1983年までエクソダスのメンバーであり、
ジョー・サトリアーニの門下生でもある。
>ラーズ・ウルリッヒ(ドラマー)
デンマーク、コペンハーゲン出身 1963年12月26日生まれ
元プロ・テニス・プレイヤーの父親のもと、17歳でカリフォルニアに移住。

mtllc lbm hstry.JPG
1981年に結成されたメタリカ。
デビュー・アルバム「KILL'EM ALL」から最新作「DEATH MAGNETIC」までの
27年間の彼らのバイオグラフィを、ざっと並べてみた。
デビュー当時の骨太でストイックな存在だった彼らも、
時代とともに、様々なサントラやコンピレーションに参加しているのが伺える。
やはり、クリフの死とともに、表現方法が変わった事も伺えてしまう。
メタリカと言うバンドは、歴史が長いバンドだから、発表している作品も多い…
っと言う単純計算が当てはまるバンドでなかったような気がする。
商業目的や時代に迎合すると言ったバンドではなかったハズだ....。
しかし、紐解くと上記のようなバイオグラフィであり、
明らかに5thアルバム「メタリカ」通称、ブラック・アルバム以降が、
無駄にサントラへ楽曲提供したりして、アイデンティティを見失いかけてしまっている。

mtllc sngl hsory.JPG
そんなメタリカの迷いは、シングル・ヒストリーを分析すると、如実に出てしまっている....。
ブラック・アルバムから6枚のシングル・カットを発表してからは、
手抜きなデザインで、インパクトの薄い楽曲が無駄にシングル・カットされている。
B'zのような、シングル出せば必ずオリコン・チャート1位と言う、
楽曲の良し悪し関係ない、熱狂的なファンの支えと、
音楽ビジネスの戦略が垣間見えるようなリリース方法を取って欲しくないものである。
とは言え、日本の音楽シーンは、シングルを常に出し続けなければ、
忘れられてしまう程のアーティストが飽和状態であり、
確実かつ安定度のあるラインに乗らなければ、正直、消えてしまうのが、
日本の音楽シーンならではの下克上なんだけどね....。

メタ真.jpgメタリカなんだから、巨人らしく堂々して欲しいのに、
グランジ、ミクスチュア、メロコアの追い風により、
彼らでさえ、試行錯誤の日々が続いたに違いない。
そんな彼らの苦悩を、「メタリカ 真実の瞬間」により、
メタリカ・ファンである我々は知ったような気がする。
U2やプライマル・スクリームのように、
時代が求めている音楽に適応するような器用さは、
メタルには必要ないし、メタリカなら尚更である。
そんなメタルだからこそ、取り残されたシーンであり、
その普遍的でマンネリな部分が良さでもあったりする。
どんなアーティストでも“新譜の俺らを聴いてくれ”
…っと言う趣旨で、ツアーを敢行したりするわけだが、
多くのファンは過去の名曲が聴きたいのが正直な話。
進化し続けることが大事なのか??
それとも確立したスタイルを持続するのが大事なのか??
非常に難しいポイントである。

mtllcB.JPG
1981年結成時の初期メンバーには、ご存知メガデスのフロントマンである、
デイヴ・ムステインがリード・ギタリストであった。
元々デイヴはパニックと言うバンドで活動していたが、
ラーズのプローモションによる地元のコミュニティ紙での、
リード・ギタリストの募集告知を見て、メタリカのメンバーとなった。
とは言え、デイヴはアルコールとドラッグの常習者であり、
デイヴの飼っていた犬が、レコーディング中に暴れたりするなど、
バンドと言う一組織として考えるにあたって、問題児であり、
ジェームズとラーズの理想のメタリカ・フォーメーションにならなかった。
よってデイヴは解雇され、カークが新ギタリストとして起用される。
とは言え、デイヴの名前がクレジットされている、メタリカの楽曲は何曲かある。
「The Four Horsemen」、「Jump in the Fire」、「Phantom Lord」、
「Metal Militia」、「Ride the Lightning」、「The Call of Ktulu」の6曲。

“バンドやろうぜ”と言う勢いだけでもバンドは成り立たないし、
いくら優れた技術を持っているメンバーであっても、
組織を乱すような人物がいては、バンドは存続出来ない…。
だいたい、こういったバンド内のコントロール問題は、
バンドがデビューしてから起こりうる問題なのだが、
メタリカの場合は、アルバム発表以前に、そんな問題を克服した。
正直に言えば、デイヴ・ムステインと言う強烈な問題児と遭遇した事により、
メンバー間の結束の大事さを知れたのかもしれない(笑)
また、ジェームズとラーズが持っていたメタリカの理想像は、
計り知れないほど高いものであったに違いないし、
逆を言えば、ワンマン社長の会社が持つ社訓のような、
融通の利かない自己主張主義が強かったのではないか?っとも思う。
だからこそ、予想もつかなかったクリフの死に、
右往左往してしまったのではないだろうか???
“人生何が起こるかわからい”と言う生命保険のキャッチコピーではないが、
そんな人間が生きていくにおいて、常に考えなければいけないことが、
メタリカの生き様を見ると、改めて感じてしまうのである。
そして、そんな人間味あふれるところもメタリカの良さなのかもしれない。
そんな人間味は、徐々にメタリカのメンバーの風貌にも現れていくのだが、
生粋のバッドボーイだったデイヴは、いまだにブロンドヘアーを維持し、
若々しいルックスで活躍していると言うのも皮肉である(笑)

mtllc dm.JPG
メタリカは、デビュー前に発表されたデモ盤の存在も有名である。
特に「KILL'EM ALL」前のデモ盤は貴重なモノかもしれない。
初期デモ盤は、「KILL'EM ALL」に収録された楽曲ばかりであり、
デモ盤に収録されながら、徐々にアレンジが変わり、肉付けされ、
1曲1曲が完璧に仕上がったと言うことである。
他には、ラーズ個人的に愛したダイアモンド・ヘッドのカバーや、
現デフ・レパードのヴィヴィアン・キャンベルが在籍した事でも知られる、
スウィート・サヴェージのカバーなども収録されている。
デモ盤を発表することにより、中途半端なメジャー・デビューを避けてきた、
メタリカの完璧主義な一面も垣間見えるのである。
その間で、ベーシスト、ギタリストの交代劇などを経て、
最強の4人が集ったメタリカは、1983年「KILL'EM ALL」を満を持して発表するのである。

邦題「血染めの鉄鎚」として日本でリリースされた「KILL'EM ALL」。
フォビドゥンの紹介の際にも触れたが、西海岸出身バンドの“メタル革命”が、
このアルバムによって生まれ、その伝説は今もなお継承されている。
デビュー・アルバムにして本国アメリカでプラチナ・ディスクを獲得。
ジェームズとラーズが築き上げた土台と、
悪童デイヴ・ムステインのエッセンス、神業ベーシスト、クリフのプレイ、
そして、今や世界的ギタリストとして成長したカーク・ハメットのプレイ、
メタルの重要キーワードが凝縮された一枚なのである。

そんな「KILL'EM ALL」からのピックアップ・ソングは、
当然クリフ・バートンの追悼の意を込めて、
「(Anesthesia)Pulling Teeth」
そして、その流れで「Whiplash」と行きたいところなんだけど、
今回は、exclamation×2「No Remorse」exclamation×2にしました。

クリフ・バートンの歪を効かしたノイジーなベース音を
驚異的なフィンガー・ピッキング、そしてワウペダルを駆使し、
曲中盤からタッピング奏法をも展開させる、クリフ十八番のベース・インスト・ナンバー。
ラーズ&クリフの息の合った、加速力を増した部分は、
何度聴いても鳥肌が立ってしまう。
そして、ヴォーカル・トラックとしてピックアップさせていただいた、
「No Remose」(邦題「懺悔無用」)は、インスト・ナンバーではないかと思うくらい、
カークのギターが火を吹きまくる!!!!
トータル6分26秒は終始、スピード・メタル・アンセムが展開される。
この曲は、極上の転調を繰り返すので、3部構成のような曲展開。
まるでユニコーンの「おかしな二人」のような、聴き所が3パターンある(笑)

「(Anesthesia)Pulling Teeth」→「No Remose」と言う流れで、
放送には組み込まれております。
メタリカ・ファン的には、気持ち悪い流れかもしれませんが、
ご了承いただければと思います(笑)
「Whiplash」も、それはそれは名曲なんだけどね....
放送を聴いてくれた方が、この流れで、「オイ!!!」ってずっこける姿が目に浮かびます(笑)

asato with oni hattchuu.JPG
先週テレビ東京のレギュラー番組「オニ発注」の最終回収録を終えました。
若かりし頃に観ていた深夜番組ならではの、
ソフト・エロな世界が出ていた番組でした(笑)
最終回の収録のときに、「オニ発注」Tシャツを、
スタッフの方からいただきました。
この番組では、僕はかなり低めな声でのナレーションであり、
自分にとっても新たな声での仕事だったので楽しかったです。
思えば、最初の収録の際、スタッフの方が僕にオーダーした声が、
「郷里大輔さん風の声だと嬉しいです」…
っと、まさしくオニのような発注が来ました(笑)
げっ!!!! あんなに低い声出ねぇーーーーっ!!!!
って最初、躊躇してしまいましたが、
僕なりな映像と声のギャップ感を強調させたナレーションをしました。
そして、その声で一発OKをもらった時は嬉しかったです。

結構僕の周りの制作関係者は、「オニ発注」を観ていてくれて、
かなり業界ウケが良かった、知る人ぞ知る番組だったかもしれません。
是非、また「オニ発注」スタッフの皆様とお仕事が出来る日を楽しみにしています。

mtllcC.jpg
DANZIGさん、二度目のカキコミありがとうございます。
メタリカの新譜、最高ですよね。
今年のベスト・アルバムかもしれません。
ブログでも書かさせていただきましたが、ブラック・アルバム以降のメタリカは、
もう聴く気にもならない作品ばかりだっただけに、
今回の新譜も期待していませんでした。
何事も期待しすぎると、ハズレてしまうケースが多い昨今ですが、
「デス・マグネティック」に関しては、
メタリカ原点回帰を感じずにはいられませんでした。

大人になってしまうと、“あの頃のようには出来ないよ”
なんて思ってしまいがちですが、歳を重ねたって、
若かりしアクセル全開だった頃のような行動を取ったってイイと思うんです。
そこに、自分のキャパの広さを再確認出来るワケだし。

確かにVOIVODは変態スラッシュかもしれませんね。
“変態スラッシュ”って「ハイスクール奇面組」の“奇面フラッシュ”みたい(笑)


posted by 佐藤朝問 at 03:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月15日

FORBIDDEN「R.I.P.」

禁断.JPG

ekiben.JPG
本日敬老の日…午前中の仕事を終えて新宿駅へ。
1日4本しか運行しない、小田急あさぎり号に乗って、
僕の田舎である静岡県沼津市へと行きました。
静岡県へ向かう旅といえば、「鯛飯弁当」を食しながらの旅が理想。
っが…!!!!
残念ながら売り切れだった為、
久しぶりに、横浜名物、崎陽軒の「シウマイ弁当」を買いました。

王道の白俵型ご飯と、シウマイと鮪の照り焼、唐揚げ。
そして崎陽軒ならではの筍煮。
この筍煮が、小さい頃嫌いでしたね。
絶対食べませんでした(笑)

シウマイ弁当とは言えど、「和」が基調となった名物弁当に、
今では至福の時間を過ごせるようになった自分…
味覚の変化を経て大人になった事を感じてしまったような気がします。

asato with gp.JPG今年で97歳を迎えた僕の祖父。
いやいや、最近すこぶる元気になっていて、
孫としても安心でございます。
とにかく、僕が幼少の頃は厳格な祖父であり、
色々な面で怒られた思い出があります。
とは言え、お小遣いやお年玉をくれて、
この歳になっても、あの頃の祖父であります。
午前中の現場が赤坂だったので、
「とらや」の羊羹を敬老の日のお祝いに持参。
照れながら「ありがとう」っと言ってくれました。
「最近景気はどうだ?」っと会うたびに尋ねる祖父ですが、
「あっ....あ、けっ…景気ねぇ...まーまーかな」っと返す自分。
ぶっちゃけ祖父は、僕の仕事をあまり理解していません(笑)
また、ちょっと前まで金髪で、ロックTシャツ着て仕事していることも
当然祖父は知りません…。きっと…たらーっ(汗)たらーっ(汗)たらーっ(汗)

すらっちゅ.JPG
さて、今週土曜日開催の5周年を迎えたスラッシュ・ドミネーション。
先週のヴォイヴォドに続き、今週はフォビドゥンをピックアップ。

このブログを始めてから、改めて“METAL”と言う音楽を探求していったワケだが、
今更ながら、“METAL”の奥深さ、そしてジャンルの広さを感じてしまった。
そして、結論で言うならば、“時代錯誤”な音楽であり、
暑苦しい存在で、カッコ良さを見出しずらい音楽である事も否めないのである。

このブログで、もっと僕が簡潔にまとめなければいけないのに、
ついつい、熱くなって書いてしまうが故に、
更にMETALへの拒否感を募らせてしまう方も、かなり多いようだ(笑)
この流れにより、現役メタラーを窮地に追い込んでしまっているようで、
最近は申し訳ない気持ちになってしまっている。

過去、メタルを聴いていた若者が、徐々に音楽の好みが変わっていき、
持っていたメタルのCDをガンガン、中古CD屋へ売り飛ばし、
メタルを卒業し、大人へとなっていっている。
こういった流れは非常に多く、よってメタラー人口は減少していった。

別に、この流れに意義申すとは僕は言いません…。
音楽そのものに興味を無くしてしまっている人間も僕の周りには沢山いるので、
そんな方たちよりかは、音楽の趣味が変わっても、
“I LOVE MUSIC”のポリシーを持っているならば素敵だと思います。

“I LOVE MUSIC”と言うより、“I LOVE ROCK”な方に、
かなり贔屓してしまう自分ですが、そんな洋邦問わず、
ロックを愛する方たちにとって、METALと言うワードは、
眉をひそめてしまう響きなんだろうけど、
不思議とスラッシュに関しては、皆認めている感があるような気がする。
前述で触れた、メタルCDを売ってしまい、メタルを卒業してしまった人も、
ハロウィンは売っちゃったけど、メタリカやアンスラックスは売らずに、
自宅のCDラックに保管している…って方が僕の周りには多い。

それだけ、スラッシュと言うジャンルは、
メタルのジャンルの中でも、色褪せないカッコ良さを兼ね備えたジャンルなのかも。
だからなのか、今もなお現役を貫いているスラッシュ・バンドが多い。
ライヴ熱がすっかり失せてしまった自分も、
スラッシュ・アーティストの来日だけは行きたくなる。

ボン・ジョヴィ、エアロスミスのようなミーハー感が無く、
孤高の存在感が漲っているのがスラッシュ・アーティスト。
邦楽ロック・シーンにおいてB'zが認められていないのに対して、
マキシマム・ザ・ホルモンの人気度は絶大である。
チャートを賑わすアーティストを毛嫌うロック通が、
世代関係なく多い日本のシーンを振り返ってみれば、
スラッシュが「METAL」と言う枠を飛び越えて、支持されているのが
うなずける様な気がしてならない.....。

さて、そんなスラッシュ・シーンにおいて、アンスラックスの際に触れた、
メタリカ、スレイヤー、メガデス、アンスラックスのスラッシュ四天王と、
もうひとつ欠かせないのが、“ベイエリア・クランチ”と呼ばれた、
サンフランシスコを拠点に生まれたベイエリア・スラッシュ・アーティストの存在。

エクソダス、テスタメント、デス・エンジェル等を中心に生まれた、
メタリカの成功に触発されたムーヴメントである。
そのムーヴメントで、独自の存在感を出し、
ベイエリア・クランチを代表するアーティストとなったフォビドゥン。

今回は彼らの1990年発表の2ndアルバム
「Twisted into Form」をフィーチャー。
frbddn.jpg
先日のW.A.S.P.の際にも触れたのだが、
とにかく、アメリカ西海岸出身のアーティストは、非常に横の繋がりが強い。

ベイアエリア・クランチが生まれたキッカケも、
エクソダス出身のカーク・ハメット、そして故クリフ・バートンが、
交流のあったエクソダス、テスタメント、そしてデス・エンジェルたちと、
サンフランシスコ近郊で、精力的にライヴを展開しながら、
互いに自主制作のデモ・テープを評価し合うようになってからの事。
各バンド、独自の世界観を持ちながらも、共通のロック・スピリットを見出し、
メタリカの1stアルバム「Kill'Em All」のヒットをキッカケに、
ベイエリア・クランチ・ムーヴメントを始動させたのである。

先輩☆後輩.JPG
上記のような年表を作ってみたんだけど、改めて、メタリカの1stアルバム
「Kill'Em All」が偉大な1枚だと言うことが解る。
1983年の同年発売であるスレイヤー、ヴェノムは、デビュー当時は、
サタニック要素強いビジュアルと音楽性であり、
スラッシュ・アーティストのカテゴリーとしては微妙な存在。
クロスオーバー・スラッシュのスーサイダルも1983年デビューであり、
あのパンテラも、メタル・バンドとして83年デビューである。

デイヴ・ムステインを解雇し、エクソダスのギタリストであった
カーク・ハメットを起用し、1stアルバムを発表したメタリカ。
って事は、エクソダス自身、非常に長い歴史を持ったバンドなんだけど、
メジャー・デビューしたのはメタリカのデビューから2年後の1985年。
同年、悔しい思いをしたデイヴ・ムステインのメガデスがデビュー。

そして、メタリカが既に頂点を極めてきた1980年代後半から、
テスタメント、デス・エンジェル、そして今回のフォビドゥンがデビューし、
スラッシュが産声を上げてから4年の歳月を経てベイエリア・クランチは誕生した。

スラッシュの土台が築き上げられ、
1980年代後半はスラッシュ・アーティストが大活躍した時期。
攻撃的なリフと社会問題を説いたリリックで、
スラッシュ・アーティストの存在感が絶大となり、
METAL=THRASHとなっていった中で、フォビドゥンは異色な存在感であった。
スラッシュ・バンドならではのツイン・ギター編成バンドだが、
ヴォーカリスト、ラス・アンダーソンのハイトーン・ヴォーカルにより、
他のスラッシュ・バンドのサウンドよりもソリッド感が生まれている。
メタル・チャーチのヴォーカリスト、ロニー・マンローの声にも似ているんだけど、
ラスには、伸びやかな高音シャウトがある!!!!

frbddnA.jpg
フォビドゥンはサンフランシスコで、1985年に結成。
初期メンバーは、ヴォーカル:ラス・アンダーソン、
ギター:クレイグ・ロシセーロ、ベース:ジョン・テジオ、
ドラム:現テスタメントのドラマーであり、
エクソダス、スレイヤーのドラマーとしても活躍したポール・ボスタフ。
そして、サイドギターには、現マシンヘッドのフロントマンであり、
ベイエリア・クランチ・アーティスト、ヴァイオレンスのメンバーでもあった、
ロブ・フリンがフォビドゥンの初期メンバーであった。

当時のバンド名はフォビドゥン・イーヴル(FORBIDDEN EVIL)。
このメンバー構成で1985年から2年間活動していた。

VLNC.JPG
後にヴァイオレンスのメンバーとなったロブ・フリンは、
サウンド・メーカーとしての才能もあり、1988年に発表された
フォビドゥン記念すべきデビュー・アルバム「Forbidden Evil」には、
ロブが関わった楽曲が3曲も収録されている。

ロブ脱退後のフォビドゥンは、新ギタリスト、グレン・アルヴェライス、
ベーシストにはマット・カマチョを迎え、バンド名もフォビドゥンに改め、
1988年にメジャー・デビューする。

88thrash.JPG
1988年は、スラッシュ・メタル・アーティスト全盛期であり、
カーカス、ナパーム・デス、デスと言った、デス系、グラインド・コア系も、
メタル・シーンに欠かせないジャンルとして確立された年でもある。
また、パンテラもフィル・アンセルモを新ヴォーカリストに迎え入れ、
パワー・メタル、スラッシュ・メタル要素を取り入れ、徐々にその存在感を出していった。
クリフ・バートンを亡くしたメタリカは、ジェイソン・ニューステッドを
新ベーシストとして迎え入れ、「…And Justice for All」を発表。
翌年の1989年に、初のビデオ・クリップ「ONE」がMTVでオン・エア。

1990年、フォビドゥンは、今回のピックアップ・アルバム「Twisted into Form」を発表。
グレン・アルヴェライスが脱退し、新ギタリスト、ティム・カルヴァートが加入。
アコースティック・ギターを起用したインスト・ナンバーを散りばめ、
コンセプト・アルバムのような構成に仕上がった彼らの大成功を収めた秀作。
シングル・カット「Step by Step」では、
ザクザク感溢れるスラッシュ・ナンバーでありながらも、
キャッチーなメロディ・ラインで、フォビドゥンを代表するナンバーとなった。
アルバム収録曲のほとんどを、ギターのクレイグ・ロシセーロと、
ドラマーのポール・ボスタフが関わっており、
テクニカル要素濃いナンバーが収録され、聴き応え十分な仕上がり。

このアルバムから、METAL無頼漢ピックアップ・ナンバーは、
7分を超えた大作ナンバーexclamation×2「R.I.P.」exclamation×2
「R.I.P.」とは、「RUST IN PEACE」の略であるのだが、
1990年と言えば、メガデスの最高傑作「RUST IN PEACE」も発表された年であり、
もしかすると、メガデスと差別化を図るために、タイトルを「R.I.P.」にしたのかも。

ラスの攻撃力増したハイトーン・ヴォイスと、
ティム&クレイグのツイン・ギター構成から放たれたヘヴィなリフが、
アンビエントな世界観を生み、インテレクチュアル・スラッシュな仕上がり。
ベイエリア・クランチ勢の中でも、このような楽曲を発表したバンドは、
フォビドゥンだけかもしれない。
今回はアルバム「Twisted into Form」の魅力の一つである、
アコギ・インストナンバー「Spiral Depression」とリミックスして放送されてます。

boze asato with seikimaII.JPG
夏休み明けの三連休、どんな休日でしたか??
僕は、今めちゃくちゃ首が痛いです(笑)
土曜早朝から釣りに行き、痛恨の釣果ゼロで終わり、
そのまま、釣りの帰りに飲み会に合流し、
カラオケで、SEX MACHINGUNSをヘドバンしながら歌いまくり!!!

飲んだ勢いでのヘッドバンキングなので、
腰を使わず、ひたすら首を振りまくってしまい、
案の定、首が悲鳴を出してしまいました(笑)

さてさて、もしWOWOWに加入している方いらっしゃいましたら、
明日から始まる音楽番組「RO15」観てください♪
真夏の祭典「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」と年末の祭典「COUNTDOWN JAPAN」。
この二大フェスのファンにお届けする、スペシャル・プログラムです。
第一回目のアーティストは木村カエラちゃんです。
ロック大好きスタッフに囲まれながら、ナレーションをさせてもらってます。
是非、観てくださいね♪
はぁ…首が痛えーーーっ
posted by 佐藤朝問 at 23:16| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月08日

VOIVOD「Jack Luminous」

VVD@.JPG

tokuchan wedding.JPG
昨日、長年お仕事を一緒にさせていただき、
ジョジョ話で盛り上がりながらの酒を交わした、
CMディレクター徳さんの結婚式に出席させていただきました。

今年初の結婚式の出席でありましたが、
何度出席しても、結婚式というセレモニーは素敵です。

新郎新婦の人徳なんでしょう、それはそれは大盛り上がり。
披露宴が1時間もオーバーしてしまう程(笑)

よって二次会のスタンバイが大変でした。
二次会の司会を僕が担当させてもらったんですが、
あまりの演出の多い二次会だけに、
リハ不足により、ちょいドタバタ気味でしたが、
これまた大盛り上がりの二次会で、僕も司会をさせてもらって楽しかったです。

社会人になってから12年目ですが、
結婚式の出席は、司会を承った事も含めると、もう20組ぐらい。
ここ7〜8年は毎年出席しているような気がします。

僕を差し置いて、どんどん、みんな幸せになりやがる!!!!(笑)
まぁ、何はともあれ、徳さん、お幸せに〜♪

THらどみ.JPG
さてさて、鋼鉄話題へ…
今月の20日、21日に毎年恒例のスラッシュ祭り、
「スラッシュ・ドミネーション」が川崎クラブチッタで開催されます。
昨年の「スラッシュ・ドミネーション07」は、
ニュークリア・アソート、デストラクション、アナイアレイター、ネヴァーモアの4組。
今年は、テスタメント、ヴォイヴォド、フォビドゥンの3組。
ベイエリア・クランチの2強と、カナダの技巧派スラッシュの競演。
3アーティストとも大好きなアーティストだけに心踊ります!!!
んなワケで、テスタメントは既に紹介させていただいたので、
今週と来週で、ヴォイヴォドとフォビドゥンをピックアップさせていただきます。

今週は、カナダはケベック出身のヴォイヴォド!!!
アナイアレイターぶりのカナダ出身のバンドのピックアップ。
1982年結成で、元メタリカのジェイソン・ニューステッド参加や、
中心人物“ピギー”ことデニス・ダムールの急死など、
様々な出来事を経て、今もなお活躍中のカナダを代表するバンド。
2006年までに11枚のアルバムを発表し、元祖“SFスラッシュ”であり、
プログレ要素強い、変拍子が縦横無尽に展開される、
難解なスラッシュ・サウンドで、多くのスラッシュ・ファンを魅了している。

今回のピックアップ・アルバムは、1993年発表の通算7枚目となる
「THE OUTER LIMITS」をフィーチャー!!!

VVDA.JPG
“VOIVOD”(ヴォイヴォド)…凄いバンド名ですが、
語源はスラヴ語で、スラヴ語圏内とされるロシア、ポーランド、
ルーマニア、セルビア、クロアチアなどから生まれた言葉らしい。

強大な権力を持つ君主をヴォイヴォドと呼んでいたそうだが、
ドラキュラ伝説の発祥の地であるルーマニアなどでは、
人喰い戦士をヴォイヴォドと呼んでいたそうで、
そこからヒントを得て、バンド名にしたらしい....

そんな、権力と残忍性と攻撃性を感じさせるバンド名の彼らは、
デビュー当時の80年代初頭は、ゴリゴリのスラッシュ・メタル・バンド。

リード・ヴォーカルのスネイク、ギターのピギー、
ベースのブラッキー、ドラムのアウェイの4人編成でバンドを結成する。

ヴォイヴォドの発祥の地、カナダ、ケベック州は、
ご存知、カナダ国内で唯一、公用語がフランス語という特殊な文化圏。
先日、滝田洋二郎監督作「おくりびと」がグランプリを獲得した、
「モントリオール国際映画祭」が行われる場所としても有名であり、
昨年、佐藤琢磨選手が6位入賞の偉業を成し遂げたカナダGPの開催地でもある。

カナダの華やかな催し物の開催地であり、
フレンチ・カナディアンによる様々な文化が交錯する地で、
彼らはNWOBHMや70年代のハードコア・パンクなどからインスパイアされ、
ヴォイヴォドのサウンドが生まれた。

特殊な文化圏に生まれた彼らの本名は、
スネイクは、デニス・ベランジェ(Denis Bélanger)
ピギーは、デニス・ダムール(Denis D'Amour)
ブラッキーは、ジャン・イヴ・テリオー(Jean-Yves Thériault)
アウェイは、ミシェル・ランジュヴァン(Michel Langevin)
読むのが非常に難しい名前ばかりなので、
彼らはラモーンズのように??バンド内でのメンバー名を持っている。

VVDB.JPG
初期ヴォイヴォドの作品は、子供の落書き??
はたまた電話していると、話しながら、ついメモ帳に何気なく描いてしまった、
奇妙な落書きのような、滑稽なジャケット・デザインのヴォイヴォド。
1stアルバムから、このデザインを担当しているのが、ドラマーのアウェイ。
そんなアウェイが、“ヴォイヴォド”をバンド名に提案したらしい。

1984年、記念すべき1stアルバム「War and Pain」を発表したヴォイヴォド。
荒削りなリフとダークな世界観、そしてスネイクのデス・ボイスで、
当初のサウンドは、かなりブラック・メタルに近い世界観。

1986年発表の2ndアルバム「Rrröööaaarrr」。
ツェッペリンの最高傑作「Led Zepplin IV」も
本当のアルバム名が読めなかったが、
彼らの2ndアルバムは表記されているのに読めない!!!(笑)
ルルルォオオアアアアウァァーー!!!っかな??
名曲「Fuck Off and Die」や「Ripping Headaches」が収録された1枚。
王道なスラッシュ・ナンバーもあれば、
ヘッドバンギングしようと思ってもしずらい、
奇奇怪怪なヴォイヴォド・ワールドが展開し、
当時はB級スラッシュ・アーティストとして君臨していた。

1987年発表の3rdアルバム「Killing Technology」から、
ピギーのギターが、かなり前面に押し出されてきて、
金属的、メタリックなサウンドを展開したヴォイヴォド。
70年代ハードコア・パンクを髣髴させるメロディ・ラインと
ピギーの不協和音な予測不可能なギター・プレイが、
後のプログレ要素強いヴォイヴォドへのキッカケなのかもしれない。

PRC.JPGヴォイヴォドを知ったキッカケは、
TBSで毎週日曜の深夜放送されていた、
伝説の番組「PURE ROCK」でした。
「ヤング・ギター」元編集長、山本隆士さんが、
マスターとして営む「ピュア・ロック・カフェ」に、
伊藤政則氏、キャプテン和田氏が訪れ、
カウンターに座りながら、
お薦めのバンドなどを紹介した番組。
うじきつよしさんが声を務めていた、
ド派手な猫のマスコット、ガスの兄貴、
そして英語が堪能な菊池君、
あと、故野本礼三さんが声を担当した、
ゴミのおっさんのマペット・キャラも、
「PURE ROCK」ならではの不思議な構成(笑)
この番組で、ヴォイヴォドの「Killing Technology」のシングル・カット
「Ravenous Medicine」を紹介したのが、ヴォイヴォドとの出会いでしたね。
まぁ、この時14歳だった僕にとってヴォイヴォドの魅力は、
全然解りませんでしたけどね(笑)

1988年発表の4枚目のアルバム「Dimension Hatröss」。
プロローグとエピローグの2部構成となったコンセプト・アルバム。
アルバム最後には、「バットマン」のテーマ曲のカバーが収録。
キング・クリムゾンっぽいサウンドへと移行し、
デビュー6年目の貫禄が漲る珠玉の1枚かもしれない。

VVDC.JPG
1989年、大手レーベル、MCAと契約。
通算5枚目となる「Nothingface」を発表。
よあふき.JPGビルボードのアルバム・チャートに、
チャート・インしたヴォイヴォド最大のヒット作。
また、ピンク・フロイドの1967年発表のデビュー作、
「The Piper At The Gates Of Dawn」
邦題「夜明けの口笛吹き」に収録されている、
「Astronomy Domine」(邦題「天の支配」)を、
原曲の世界観を忠実に再現し、
ヴォイヴォドのプログレの世界観の第一歩がココから始まったかもしれない。

コード進行における“ディソナント・コード”。
そう、日本語で言う不協和音が確立されながらも、
今までのヴォイヴォドで聴かせてくれた荒々しさが排除され、
物悲しさとサイケな世界が伝わる楽曲が、この頃から生まれてきている。

TT.JPG
また、「Nothingface」発表の1989年には、アナイアレイター「Alice in Hell」、
エクソダス「Fabulous Disaster」 クリーター「Extreme Aggression」、
メタル・チャーチ「Blessing in Disguise」、オーバーキル「The Years of Decay」、
テスタメント「Practice What You Preach」
など、“テクニカル・スラッシュ”と言う新たなムーヴメントが生まれた頃である。

そして、MCA移籍第二弾であり、通算6枚目となる「ANGEL RAT」が1991年に発表。
ヴォイヴォドと同郷のハイテク集団、ラッシュのアルバムを多く手がけてきた、
名プロデューサー、テリー・ブラウンがプロデュースを担当。
ベーシスト、ブラッキーがキーボードを担当するなど、
収録曲は、かなり鍵盤が目立ってくる。
それだけに、かなり聴きやすいアルバムかもしれない。

変なの.JPG
そして、やっと今回のピックアップ・アルバム「THE OUTER LIMITS」。
1993年に発表された、「X-FILE」??って思わせる変なジャケット。
左のジャケットは、懐かしい赤青の3Dメガネが付属されている
3D立体ジャケット??仕様のアルバムであり、右のアルバムが通常盤。

この変な??アルバムから、長年ヴォイヴォドのリズムを刻んでいた、
ベーシスト、ブラッキーが脱退し、3人編成となったヴォイヴォド。
その為、ピギーがギターのみならずキーボードとサウンド・エフェクトを担当。

この流れだと、ヴォイヴォド失速を辿るのか?
っと思ってしまうが、これが恐ろしいほど素晴らしいアルバム。
ヴォイヴォドのファンの間でも、間違いなく最高傑作と呼ばれているのでは??
最高傑作と呼ぶメタラーは、スラッシュも好きで、プログレも好きな、
メタル追求型かもしれないけど、とにかくバラエティに富んだ1枚。

moapf.JPG今回の「THE OUTER LIMITS」でも、
ピンク・フロイドのカバーに挑戦している。
バルベ・シュローダー監督の1969年映画、
ヨーロピアン・ヒッピーを描いた作品
「モア」のサウンドトラックを担当した
ピンク・フロイドの楽曲「The Nile Song」をカバー。
彼らがピンク・フロイドを敬愛しているかが伺える。
そして、その勢いは「THE OUTER LIMITS」に
遺憾なく発揮されており、プログレ度が数段にアップ。
当然、テクニカル・スラッシュ色も申し分ナシ!!!
スネイクのヴォーカルも素晴らしい。
とにかく、捨て曲が1曲もない今作だけに、
1曲に絞るのが難しかったですが、
やはり、一際存在感が出ていたのが、トータル尺17分26秒と言う、
まさに、プログレならではの長尺ナンバー!!!!

exclamation×2「Jack Luminous」exclamation×2
17分間のナンバーなのに飽きさせない構成で、
プログレ色溢れていて、かつ変調を効かしながらスラッシュ・モードへ、
ザクザク引きずりこむ流れは、最高です。
故ピギーのギター・テクが素晴らしく、彼の他界が悔やまれる。

LLS.JPG
10分以上のナンバーと言うと、今思い出すのが上記6曲。
☆ドリーム・シアターの7部構成楽曲「A Change of Seasons」。23分6秒
☆キング・クリムゾンの2部構成楽曲「Moonchild」。12分13秒
☆ボストンの4部構成楽曲「Walk On」。10分23秒
☆アイアン・メイデン「Rime of the Ancient Mariner」。13分34秒
☆ガンマ・レイ「Heading for Tomorrow」。14分31秒
☆イエス「Heart of the Sunrise」。11分27秒
他にも、ロック史に残る壮大な長尺ナンバーは多い。
っが、やはりトラックに分かれた構成となる楽曲が多く、
1曲そのまま10分以上というのは、なかなか無いもの。
ガンマ・レイの大名曲「Heading for Tomorrow」も途中、失速気味となり、
ダレてしまう構成だが、今回のヴォイヴォド「Jack Luminous」は、
終始ドラマティックにスラッシュ&プログレッシヴが展開されます。

apu wear voivod.JPG
ヴォイヴォドの付録である3Dメガネを、愛猫にかけさせました(笑)
このコの顔にピッタリな小っちゃいメガネなんですよね。
なんだか、この赤と青のアナグラフ式3Dメガネも懐かしいアイテムですよね。
でも調べてみると、3Dメガネ着用で楽しむブログがあったりしました↓
http://yaplog.jp/yap_3d/
僕が、このメガネで思い出すのが、
ファミコン・ソフト「とびだせ大作戦」や、映画「ジョーズ3」、
ディズニー・ランドでしか観られなかった、
マイケル・ジャクソン主演映画「キャプテンE.O.」かなぁ.....
さんでぃ.JPG
う〜ん....懐かしい。
posted by 佐藤朝問 at 23:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。